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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
救世主と藻。あと蜂と星。
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百合の妖精

目覚めそして前進?背中を優しく押してくれる君は誰?


ありがとう、私の名前を呼んでくれて。でもダメ、これ以上は来ちゃダメなの。

 「あわ・・・ひ・・・」


 石竹君は確かに、潰れそうな声でそう呟きました。

 佐藤浅緋、それは佐藤深緋である私の妹の名前です。八ツ森市連続少女殺害事件、幻の4件目。石竹君と浅緋が北白直哉によって生贄にされた事件。


 その事件以降、石竹君は中学生2年に上がるまで、しばらく私の家で暮らす事になりました。私は何度も浅緋の事を問いただしたけど、事件前後の記憶は彼からすっぽりと消失していました。そこから7年間、私と日常的に顔を合わせていても妹を思い出した様なそぶりは全くありませんでした。


 今、何かが彼の記憶を呼び覚ますトリガーになっているはずです。


 なんなのだろう。


 ここ最近の生活の変化といえば、もう一人の幼馴染み「杉村蜂蜜すぎむら はちみつ」の再来。そして、同じ事件の被害者である「日嗣尊ひつぎ みこと」との接近。


 何かが、彼を変えようとしています。


 石竹君が意識を失う数瞬前、杉村さんと抱き合っていました。そして、苦しみ意識を失う寸前で、日嗣尊さんの呼びかけに反応してかろうじて意識を保ち、そして、私の妹の名を、口にしました。本人にすら自覚出来ないような潰れた声ではありましたが、私を見て発した口の動きは確かに「あ・わ・ひ」でした。


 ふと思うのです。


 石竹君にもし、妹の記憶が戻ったらどうなるのでしょうか?


私はその事に僅かな希望を見出しつつも、何か得体の知れない不安を感じるのです。


 * 


 花のような甘い匂いに包まれながら目を覚ます。僕が目を覚ました場所は天国のようでした?僕を中心に幾つもの白い百合の花が重なり、僕を囲んでいた。


 まるで花葬された様な僕の肉体。


 その甘い香りの隙間をぬって、香ばしいソースの香りが僕の鼻に届き、食欲がまだあった事を思い出させる。この匂いは、お好み焼き、たこ焼きの匂いだ。そういえば今日の夕食は、若草のリクエストで粉ものだったような。背中に力を入れて体を起こそうとすると、僕の周りを囲んでいる大量の百合の花の一部分が蠢き、せり上がる。


 「目覚めたようね?」


 百合の花を纏い、銀色の髪を輝かせた百合の妖精が姿を現す。


 「何を呆けておるのじゃ?妾の事も忘れたの?」


 その口調を聞いて、僕は目の前の妖精さんが日嗣尊姉さんである事を認識する。どうやら僕が起きるまで見守ってくれていたようだ。


 「この大量の百合の花はなんですか?」


 日嗣姉さんが体にまとわりついた花を払いながら、僕に説明する。


 「これか?これは、綺麗なヤマユリが山に咲いておったから、摘んでここまで運んできたのじゃ」


 「僕のために……ですか?」


 日嗣姉さんが急に顔を赤くする。


 「ち、違うわ!私は他の子みたいに釣りや山遊びに興味が無かったからの。暇でうろうろしてたら、たまたま群生するヤマユリを見かけて……緑青君にいたずらしてやろうと思って」


 「い、いたずらですか?」


 「目覚めた時に、花に囲まれていたら驚くじゃろ?」


 僕は辺りを見渡す。


 外から差し込む、夕日がテント内を鮮やかに照らしている。輝く花の中にある日嗣姉さんはこの世のものでは無い存在の様に思えた。日嗣姉さんが僕に優しく微笑む。


 「驚きました。目の前に百合の妖精が現れるなんて思いもしませんでした」


 日嗣姉さんが、夕日を浴びて赤くなっている以上に頬を朱に染めて慌てて立ち上がる。


 「うごっ」


 テント内なので当然立ち上がると天井に頭をぶつける。そしてバランスを崩した日嗣姉さんがこちらに飛び込んでくる。


 「きゃうっ」


 あぐらをかいている僕の足の上に乗っかるような体勢になる。

 百合の様な甘い香りが一層濃くなる。


 「「……」」


 僕は目覚めたばかりなのでイマイチ反応が鈍くなっている。とりあえず体を離さないと。

 「えっと」


 「その、すまぬ。妾の呼びかけの性でお主に負担をかけたのやも知れぬ」


 「そんな事ないですよ。おかげで僕は、僕は?」


 なんだ?何かを掴みかけた。懐かしい感覚、記憶に触れた気がして。不意に脳裏に鮮烈が光景が浮かび上がる。ほとんど光の射さない薄暗い山小屋。大きな男のシルエット。鎖の擦れる音に、夕日を浴びて赤く輝くナイフの刃先。そして目の前には……あの女の子?


 なんだ?この光景は?


 この情景はまるで……アニメ研究部、図書委員の木田と調べたあの事件の情景に似ている。これは倒錯的な記憶の混乱?汗をかき、歪に歪む僕の表情を見て、僕の胸に顔を埋める日嗣姉さん。


 「妾はその男を知っておる」


 僕の心臓に直接話しかける日嗣姉さん。


 「あの事件の犯人ですよね?」


 顔を体につけたまま、日嗣姉さんが頷く。なんだろう、この情景を思い出すと心臓を掴まれた感覚に襲われる。まるでこの男に命を握られているような。


 「妾の姉を間接的に殺した男じゃ」


日嗣姉さんが、僕の頭の中を覗いたように囁く。


 「確か、尊姉さんと殺し合うように仕向けた凶悪な犯人」


 「妾はこいつの性で前に進めない。だから、もしかしたら。緑青君。……私がもし、挫けそうになったら、君を頼るかも知れない。それでもいい?」


 僕にはいつも凛々しい態度をとる日嗣姉さんが珍しく弱気に僕にお願いする。


僕は日嗣姉さんの手を握って「もちろんです!」と力強く応えた。なんだろう、誰かが僕の背中を優しく押してくれている感覚がずっと消えない。この暖かさはなんだろう?


 「緑青君、そんな事言われたら、君に私の初めてのチューを捧げてしまいたくなるよ」


 僕の顔は一気に赤面して、心臓は限界の速度を超えて脈打つ。


 「ぬおっ!お主!妾も感じるぐらいに心臓が鼓動をうっておるぞ!そんな反応を示されたら私まで……」

 

日嗣姉さんが握られていない方の手を、僕の肩にそっと沿えて黒目がちな瞳を潤ませる。 対照的に僕は心臓の高鳴りとは反対に、額に脂汗をかき、血の気が引いていく。杉村に口づけしようとした時の反応と同じだ。


日嗣姉さんが、小さく「すまぬ、天使よ。私は……」と呟く。


僕の顔に唇を近付ける日嗣姉さん。僕は血の気が引いていくのを我慢しつつそれを受け入れ……。


 「石竹君と日嗣さん、たこ焼き焼けた……わよ?」


 テントのファスナーを開いて、佐藤がテントの中に顔を出す。手にはたこ焼きを乗せた皿を持っている。佐藤と僕と日嗣姉さんが互いに顔を見合わせて固まる。


佐藤が小さな声で「石竹君……」と呟き、顔の表情を変えずに一筋の涙を流す。


「あれ?あ、なんで私泣いて……ご、ごめんなさい」

 

すぐにテントのファスナーを閉めてその場から立ち去ろうとする佐藤。いつもなら、何やってんじゃー!って、上履きが飛んでくるのに…。それに、なんで佐藤が涙を?


日嗣姉さんが顔を紅くしながら「見られちゃったね」といつもと違う普通の歳上のお姉さんの口調で舌を出すので、余計に僕は面食らってしまう。そして僕の首に手を回す日嗣姉さん。細くて白い手は微かに震えている。


「知ってる?パーソナルスペースって」


僕は杉村の一件で、ランカスター先生に教えてもらっていた事を思い出す。 杉村の多重人格性障害のスイッチも確か、パーソナルスペースに強く関連している。


「はい、ランカスター先生から教わりました」


日嗣姉さんの腕が持ち上がり、僕の頭を優しく撫でてくれる。丁度目線が、日嗣姉さんの胸の高さになるので、あまりよろしくない。


「さすがじゃの。そのパーソナルスペース、君との0距離接触に妾自身、他人への拒否反応を示さぬ。これは真に稀有な事なのよ」


日嗣姉さんは、前に心理部で言っていたことを思い出す。他人と繋がるのが怖くて、学校に来れないのだと。


「もしかしたら、私にとって今日が最後のチャンスかも知れないから……」


そう言って再び、僕の顔に唇を近付けようとする日嗣姉さん。どういうことだ?最後?

姉さんが、小さく囁く。


「不本意だけど、占い通りになっちゃったわね」


日嗣姉さんが僕に抱きつきながら…… 唇を重ね……ない。


「やっぱ!ダメーーーー!!」


と、テントのファスナーの隙間から中の様子を伺っていた佐藤が急に飛び出してきて、出来たてのたこ焼きを僕めがけて放つ。ソースを撒き散らしながら、すごい勢いでたこ焼きは僕の顔面を直撃する。


「あちーーーよ!」


僕の叫びとともにたこ焼きが飛散し、日嗣姉さんの衣服も汚す。日嗣姉さんに、唇を重ねられそうになった瞬間、僕は泣きながら微笑む小さい女の子の顔をおぼろげに思い出しそうになっていた。


君は一体、誰なんだ?


僕は顔を火傷しながらも、その不可解な女の子の幻影をその場で眺めていた。



皆で共用するテント内で不埒な事はいけませーん! 佐藤 深緋

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