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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
救世主と藻。あと蜂と星。
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天野樹理の下山

生還した少女の末路、血色に染まる。

 杉村が、事件の結末がその後どうなったかを佐藤に訪ねる。


 「9歳の女の子が10歳の女の子を刺し殺して、北白直哉の生贄ゲームに勝ったのよ。彼女が下山した時に浴びていた返り血は恐らくその女の子のもの。最初、警察の見解では、北白の切り傷によって失血死したと見られていたけど、司法解剖の結果、死ぬ直前に、背中からの傷とは別に、小さなナイフが心臓を貫いていた事が分かって……」


 杉村と日嗣が嫌悪感を抱いた表情になる。それに気付いた佐藤はそれを誤魔化すように話題を少し変える。

 「えっと、それはともかくとして、第一ゲームで生き残った被害者は現在施設に保護されている状態だと何かで見た記憶があります」

 佐藤が淡々と私に質問を投げかける。先程までの身の取り乱しかたが嘘のようだ。

 「あぁ。今も、厳重に保護されているよ。両手を拘束されてな」

 私はまた歪な笑顔で笑う。佐藤は首を傾げる。

 「犯人である北白が、更正施設に収容されている現在、保護する必要は無いのでは?それに両手を拘束というのは変です。まるで、罪人の様な……」

 私はなるべく感情を込めないように言葉をならべる。


 「彼女が下山して、警察が駆けつける間に、計40人もの一般人が彼女の手によって重軽傷を負った。うち8人は失血死している」


 佐藤が言葉を失う。


 「私を慕う、近所のかわいい女の子は、一日で多重殺人者に変わり果てた。危うく、天野樹里自身も銃殺されかけたほど、手のつけられない状態だったらしい。当時、9歳のか細い体で、大の大人を何人も刺し殺した状況だったから、色々メディアにもとりだたされた記憶がある。最初は別の事件名でとりだたされていたがな。な?日嗣?」


私が日嗣に目をやると、居心地悪そうに頷く。事件の内容と結末に杉村も驚いているように思えた。


 「彼女が、刃こぼれした短いナイフで他人を傷つけ、殺した理由は、自分が生き残る為だった。何度も何度も「私は生贄じゃない」と繰り返し呟いてたそうだ」


 しばらくの沈黙のうち、佐藤が口を開く。


 「彼女が現在も、施設で厳重に保護され、両手を拘束されている訳は……彼女の中で、まだゲームは続いているからですね」


 私は、静かに頷く。


 「何度も、何度も私は彼女に会いに行ったんだよ。私の知る彼女に戻ってほしくて。でもダメだった。何度呼びかけても、天野樹理は、樹理ちゃんは、殺戮本能を抑えられずに、他人を傷つけてしまう。いや、両親すらも区別無く傷つける。心と体がバラバラになったような状態なんだ」


 杉村が、苦しそうに胸を抑えている。そうか、お前もだったな。今はもう一人の自分の事を思い出せなくても、深い意識の奥底で苦しんでいるのかも知れない。佐藤が怒りのこもった目で、ここに居ない事件の犯人を睨みつける。


 「彼女がよく言っていたよ。私の体をハサミで削りながら「私は殺人者」なのだと。人間のレールから外れた私はもう二度と誰とも関係を持つ事は出来ないのってな」


 佐藤が、何かを思い出したように顔を歪ませる。


 「その腰にある、古い傷も、彼女によってつけられたものなんですね」


 私は驚く。もう、古い傷でよく見ないと解らない様な傷だからだ。


 「あぁ。そうだな。私なら、樹理ちゃんを助けられると思ったんだ。けど、とんだ思い上がりだったよ。彼女の下を訪れる度に私は傷つけられ、変わり果てた彼女に言葉をかけるだけしか出来なかった。そのうち私の心は折れて、体が傷つく痛みに怯え、彼女から距離を置くようになった。そんな罪悪感を紛らわせる為かな?公務員を辞めて、教師の職についたのは。もう5年位あっていない。彼女の手によって殺された遺族の所には、毎年顔を出しにいくのに……教師になったのも彼女へ会いにいけない逃避行為なのかも知れないな、ハハハ……」


 私は、自分の無力さに嘆く。そうだ、佐藤も、日嗣も、無力だ。私たちの前に立ちふさがる壁はあまりにも高すぎて、疲れ切った私では、何年壁を叩いても、一向に破れる気がしない。

 私は杉村の方を、涙を流しながらぼんやり見つめる。もしかしたら、彼女ならそんなもの全部とっぱらって全てをなぎ倒せてしまえそうな気がしたからだ。変えられるなら、変えてくれ。無理矢理、理不尽に、ねじ曲げられてしまった彼女らの運命を。杉村が意を決した様に口を開く。

 「彼女の保護されている施設の場所を教えて下さい」

 私は、とんでもない事を口にする杉村の言葉を疑った。

 「ただじゃすまないぞ?」

 何かに考えを巡らせた後、彼女は普通の会話でもするような調子で返答する。


 「日嗣さんの持つ情報は、たいへん有力でした。だから、本人から話を聞けるのが一番効率がいいんです。佐藤さんも恐らく、直接話を聞きたいはずです。事件に直接関係の無い人間が問いただした所で、おそらくまともな回答は得られないものと予想されます。生贄ゲームの被験者同士なら何か情報を得られる確率が高いと思いますが、日嗣さんだと何かあった時の対策がとりにくいと思います。だから、事件に直接関わりが無いとはいえ、間接的に関わりのある私なら、何か情報を得られると思います」

 こんな饒舌な杉村の言葉を聞くのは初めてだ。

 「100%、生徒の安全性が確保されない限りは」

 杉村の姿が、途切れ、私の視界から消える。何が起きたか解らなかった。湯しぶきが跳ね上がり、風が巻き上がる。私の背後から、殺気を感じて振り向こうとする。


 「本気です」


 私の背後に杉村が回り込み、私の顔の横には長い針の様なもの、杉村の髪を纏めていたかんざしの先が怪しく光を放っていた。杉村の手が私の背後から回されて、私の体を拘束する。命の危険を感じる寒気とは対照的に、杉村の柔らかく、暖かい体温が私の背中を通して伝わってくる。私は、教師として、大人として、杉村を注意しようとする。杉村……?私は気付いてしまった。今の彼女は、正真正銘、彼女自身の意志で動いている。あの攻撃的な性格のもう一人の彼女が起こした行動ではない。私の体を締め付ける腕が、その力とは対照的に震えだしたのだ。彼女は、自覚している。自分の立場をよけいに悪くしてしまう事も。声だけは凛としていたが、その震えだけはごまかせなかったようだ。彼女は、自分自身を犠牲にしてまで、佐藤や日嗣、そして私の無念すらひっくるめて突き進もうとしている。私は、自由な方の左手を大きく上げて、そのまま背後に密着する杉村の頭に手をおく。

 「すまないな。損な役回りをさせてしまって。託すよ、私も、杉村に。後で「天野樹理」が拘束されている病院の住所を教える」

 一瞬、体を強ばらせた杉村が、一転して私から体を離す。そして、一言私に謝ると、そのまま浴場から姿を消した。


 私は大きな声で呟く。


 「全部、あいつの為なんだろうな」


 佐藤と日嗣は、ぎこちなく見合い、納得したように頷いた。ホント、つくづく罪な少年だよ。石竹緑青よ。


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