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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
救世主と藻。あと蜂と星。
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第一ゲーム (里宮翔子)

悪夢の始まり。贄は捧げられた。

< 里宮さとみや 翔子しょうこ


 2001年11月8日。


女の子の泣き声で私は目を覚ました。


とは言っても薄暗い場所なので自分が本当に目を覚ましているかは怪しいけど。かろうじて聴覚で解るのは〝泣いている女の子”が近くに居るって事だけだ。

 

 左手に違和感を感じる。


妙に手首が重くて、動かす度にジャラジャラと鎖が擦れるような音を立てている。


 私は左手を鎖に繋がれているようだった。


 暗闇の中、左手を思いっきり引っ張ってみる。その勢いのままに私の体は仰向けになりながら情けなく倒れる。慌てて立ち上がろうとして今度は逆に左手が鎖に引っ張られて、つんのめってしまう。


 何やってるんだろ私は。


 左手が鎖で繋がれているとはいえ、ある程度の自由は効く様だ。


 「誰かそこに居るの……?」


 私が馬鹿なことを繰り返していると隣で泣いていた女の子が私に話しかけてきた。相手を探す様に私は手を宙に彷徨わせる。


 「私は、里宮さとみや 翔子しょうこ!10歳!あなたは?!」


 暗闇の中、声のした方に声を張り上げてみると先程の怯えた幼い声が返ってくる。


 「私は、天野あまの 樹理じゅり、9歳。小学3年生」


 私は小学4年生なので少しお姉さんだ。


 「樹理ちゃんは今、どんな状態?」


 「解んない、多分、鎖でどこかに繋がれてると思うの」


 天野樹理と名乗った女の子と私の状況は同じようだった。何でだろう。数時間前まで私は家族で山登りに来ていたはずだ。そしてお弁当を食べた後、1人で森を散策していて、そこから記憶に無い。やけに後頭部が痛いのは、きっと誰かに殴られたからだ。私と樹理ちゃんをここに閉じ込めた犯人に。


 「樹理ちゃんはここがどこだか解る?」


 「……多分、山小屋だと思う。友達と八ッ森市の山林に遊びに来てたのだけど、歩いてる途中に何件か山小屋を見かけたから。ここはそれの一つだと思う」


 その意外としっかりとした返答に私は少し驚いた。確かにこの山には所有者不明の山小屋が幾つか点在していた。しかし、外観的には使われている様な様子など無かったはずだが。


 「なんで、私達が誘拐されたのかな?」


 幼い声だが、聡明そうな女の子に私が訊ねてみる。


 「なんでだろ?身代金が目的なら、こんな中途半端に拘束されないし……何か別の目的があるのかも?」


 私はその別の目的に恐怖する。身代金目的なら僅かながら無事に解放される可能性がある。しかし、もし、私達を殺す事が目的だったり、私達の体が目的なら絶望的だ。私は怖くなって膝を床に着く。歯がカチカチと音をたててうまく噛み合わない。


 私の人生はこんな所で終わるのかな。知らない男に命を弄ばれて一生を終えるなんて耐えられない。


 「お姉ちゃん?」


 樹理ちゃんの心配そうな声が聞こえてくる。そうだ、私がしっかりしなければいけない。何とかしてここから脱出を……。


 私をここに縛り付けている鎖の感触を確かめようとすると、辺りが急に光に包まれた。私はその光に眩暈を覚えながら、声がした方を振り向いた。

  

 「やぁ、おめでとう。君達は選ばれたんだ」


 後ろを振り返ると、裸電球の灯りに照らされた背の高い男のシルエットが浮き彫りになる。背も高いが、横の幅もそれなりに有りお腹も少し出ていた。年齢は意外と若そうだ。小屋の中が明るくなった事により、私は天野樹理ちゃんの姿を確認出来た。左右に垂らしたおさげが似合っているかわいい女の子だった。


 目は泣き晴らした顔をしている。多分、私もそうだろうけど。樹理ちゃんがこっちを向いて、何かの答えを私に求める。


 「大丈夫だよ、おとなしくしていればきっと助かるよ!」


 私は犯人の男を警戒しつつ樹理ちゃんに励ましの言葉を送る。私は男の言葉を思い出す。「君達は選ばれた」それが意味する所を幾ら考えても嫌な予感しかしない。身代金目的の誘拐犯ならこんな言葉は初見に選ばない。こいつは明らかに異常者だ。殺しを楽しむタイプか、小さい女の子を弄ぶタイプの最悪な奴だ。


 樹理ちゃんが男を警戒して、繋がれた鎖が許す限り男と距離を取る。


 私達は小屋の中央にある太い柱に鎖で繋がれていた。長い鎖のその両端に私達の片腕同士は繋がれていて、余剰分の鎖はその柱にぐるぐると巻き付けられている。なんで片腕しか拘束されて無いんだろう?普通なら両手とか両足なのに。


 裸電球の灯りを男が背に受け、私と天野樹理ちゃんの間に何を放り投げた。刃が剥き出しになっている折り畳みナイフだった。その刃に光が反射して私達の視覚に存在を主張する。私はもう一つの嫌な予感がした。


 殺すのを楽しむでもない。


 幼い体を弄ぶのでもない。


 他に浮かびあがる可能性。


 天野樹理ちゃんは本当に意図が解っていない様な表情で男の近くに落とされたナイフを怯えて見つめている。


 「さぁ、ゲームをしようか」


 私の嫌な予感は確信へと変わった。

 ゲームと言えば、勝ち負けが存在する。


 この目の前の男がゲームの主催者とすれば、プレイヤーは自ずと……。


 「君達のうちのどちらかが、僕の儀式の生贄にならないといけないんだ」


 どんな義務だよ。と思いながら、私は目の前の男の思考、いや趣向に反吐がでる。唾を床に吐き捨てた。


 「おやおや、なんて行儀の悪い子なんだろう。いいかい?僕は君達に生きるチャンスを与えてあげようとしているんだ」  


 隣で首を傾げている天野樹理ちゃんを確認してから、男に私は悪態をつく。


 「何がチャンスだ!この下衆野郎!」


 男は呆れた様な表情をして私の目の前に立つ。両膝を着いていた私は丁度男を見上げる形になる。そして一発頭を殴られた。


 「下品な言葉を吐く女の子は、生贄の資格を失ってしまうんだ。気をつけてよね!」


 男が意味不明な事を喚き散らす。その性で、天野樹理ちゃんはすっかり怯えてしまった。失策だったようだ。


 「この儀式の記念すべき一回目なんだから、ちゃんと大人しく僕の言う事を聞いてよね!出ないと僕も怒られちゃうんだよ!」


 頭を殴られた痛みが続く中、私はこの男に反撃できないか思考を巡らせる。さっきのナイフと男の距離を測る。素早くナイフを男より先に拾って、そいつに刺してやれば何とかなりそうだ。私はナイフ目がけて走ろうと足に力を込める。


 どこからか、何かを叩く様な音がした。


 その音を聞いて、男は思い出した様に胸ポケットから折りたたみナイフを取り出した。一歩遅かった。これではナイフを取ろうと走りだした瞬間に、私は斬りつけられる。鎖が床に擦れる様な音がしたので私はそちらに顔を向ける。男が私に気を取られている隙を突いて樹理ちゃんがナイフを拾って男に飛びかかったのだ。男は間一髪の所でそれを後方に避ける。


 鎖の許す長さが限界に達し、樹理ちゃんの体が前のめりに床に転がる。


 「危なかったぁ!大人しそうな子だから、ついつい安心しちゃってたよぉ……やっぱり想定とは違うね」


 男が、元々座っていた木製の椅子に腰かける。手にはナイフをチラつかせている。恐らくあの椅子が置かれている位置は、私達の鎖が届かない範囲に置かれているのだろう。余裕の笑みを浮かべている男の顔からその事が見てとれた。


 「仕切り直し。僕が合図したら、ゲームの始まりだよ?今、そっちの大人しそうな女の子が持っているナイフを使って、2人で殺し合って貰うんだ」


 想像通りの言葉に私は恐怖を通り越して呆れてしまう。

 

 「こんな下らない事をして何が楽しいの?」


 男が考える様に、目を天井に向ける。


 「んー……僕は別に楽しくなんかないなぁ。でも、これは大事な儀式だから必要な事なんだ。君達が学校で勉強する様にね」


 明らかな異常者だ。脳みそも足りて無いらしい。


 「こう考えて?逆に言えば、殺し合って生き残った方は助かるんだよ?僕はきちんと定められてルールは守るし、何より、2人も生贄はいらないしね」


 なんと高尚な考えの持ち主なのだろうか。自分が善行を行なっているかの様なもの言いだ。


 「もちろん、君達がルールを破って、僕を刺そうとしたら、僕も多少なりとも抵抗するからね?このナイフで」


 この男と私達2人が争う場面を想像する。駄目だ。体格差で負けてしまう。そもそも片腕を両者とも繋がれていて、男に近付く事さえ出来ない。男が部屋の奥に向き直り、何かを確認した後、私達に始まりの合図を告げた。


 「じゃあ、記念すべき第一回目のゲームの始まりだ。スタートッ!」


 その大きな声に驚いて樹理ちゃんが私の方に顔を向ける。恐らく樹理ちゃんも今の状況で男に抵抗した所で歯が立たない事は理解している。私は樹理ちゃんの手元を見て、冷や汗をかく。ナイフは今、樹理ちゃんの手に握られているからだ。

 樹理ちゃんは私の視線に気づくと、慌てて首を振って、男とは反対側の壁にそれを放り投げる。硬質な音が何度か部屋に響いた。小屋全体が薄暗い為、そのナイフの行方は私達には解らなくなった。


 うん、それでいい。


 時間が立てば恐らく警察も動き出して、このイカれた犯人を捕まえに来るだろう。何日こうしていればいいんだろう。トイレとかお風呂どうしよう。食事も心配だ。私は片手で自分の胸元を持ちあげて服の匂いを嗅ぐ。うん、まだ臭くは無い。


 「はぁ……ここでずっと我慢比べをするつもりかい?」


 私達2人は何もせず、じっと男の方を見ていた。


 「じゃあ、制限時間を設けるよ。3分間、僕は待つから、その間に殺し合ってくれる?」


 時間制限がついてしまった。これは少しまずいかも知れない。私は3分経ったらどうなるかを男に訪ねる。


 「3分経ったら、僕自身が判決を下すよ。より生贄に相応しい方を僕が選んで主に捧げるんだ」  


 状況はますます好ましくなくなった。今から3分後にどちらかが死んでしるという事だ。樹理ちゃんが耐えられなくなり、男から精一杯距離を取る。男は腕に巻いている時計で時間を確認している。


 私と樹理ちゃんは、為すすべなくお互いに顔を見合わせて時間に身を任せるしか無かった。


 目の前の女の子を、私が殺すなんて出来ない。それは向こうもそうなのだろう。こちらに殺意を抱く様な素振りは見られなかった。


 「2分経過……」


 男の呆れた様な声が小屋内に響く。


 「あと1分後、君達のうちどちらかが僕に殺されるんだよ?本当に理解してる?」


 理解してるよ、この豚野郎。自分の命が危ういからって、他人を傷つける事を良しとする思考回路は私達は持ち合わせていない。この目の前の男とは違って。男が部屋をうろうろして、痺れを切らした様に「3分経ったよ!」と叫ぶ。 男が「やっぱり、上手くいかないな」とぼやく。 


 と、その時だ。樹理ちゃんが勢い良く男に突進した。大きな音を立てながら男が転んで、床に顔をぶつける。「痛いよぉ!」と叫びながら立ちあがった男の鼻から血が垂れていく。それに気付いた男が、それを服の裾で拭いながら、樹理ちゃんに近付いていって、勢い良く蹴り飛ばした。


 華奢な体が軽く宙を舞い、鎖が巻き付けられた柱に激突する。


 短い悲鳴を上げて樹理ちゃんが衝撃で気を失う。


 「くそ、鼻から血が止まらないよ!くそっ!」


 男が狼狽し、私の周りをくるくる回っている。良い気味だ。私は口の端を歪めて男をあざ笑う。男がそれに気付いて青ざめた表情をする。


 「その表情!僕はその顔をされるのが一番嫌なんだ!皆僕を馬鹿にして、見下し、嘲笑するんだ!」


 男が私に平手打ちを何度も繰り返す。頬を何度も叩かれた私は、頬の裏側を怪我してしまい、口から血を吐き出す。でも、動揺するこの男を視るのは愉快だった。男が我に返って、樹理ちゃんと私を見比べている。


 「うーん、あの子は、生き残る為に何度も闘おうとした。けど、君は結局、悪態ついてるだけだったね」


 私の体から血の気が引いていく。


 「君に決めたよ。本当は純真無垢な女の子の方が僕は好きなんだけど、ゲームはゲームだしね」


 男のナイフが、私の首元を掠めて、胸元から衣服を縦に引き裂いて行く。

 縦一文字に切り裂かれた衣服の間から、私の肌色の部分が露出する。


 私は一気に吐きそうになった。いや、吐いた。男が慌てて私から離れる。視界がどんどん濁っていき、狭まっていく。


 血の気は無くなっていくのに鼓動は高鳴り、脈は限界を越えて湧き立つ。


 「待って!こ、ごれは、ゲームなのよね?」


 男が、吐瀉物まみれの私に嫌悪感を抱きながら頷く。私はゆっくりと、樹理ちゃんに近付いていく。近付くにつれて弛んでいく鎖を両手にしっかりと握る。


 私は気を失っている樹理ちゃんの首に優しくそれを巻き付けた。


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