緋炎
お姉ちゃんごめんね、私がそうさせたんだね。
幼い頃の記憶、暗い山小屋内の情景、犯人の動向と、妹を助ける為に自らの右手首を切り落とした姉、色を失った銀の髪……。
日嗣さんはあの事件で姉を失った。
私はあの事件で妹を失った……。
あぁ、そうか。
日嗣、どこかで見たと思ったら、八ツ森市連続少女殺害事件の第3件目の事件の被害者の名前でした。
双子の日嗣命さんの妹、日嗣尊さん。
こんなに、こんなに近い所に……。
私は嗚咽にまみれ、涙を瞳から垂れ流してしまいます。彼女は私と同じなんだ。
失われた半身、それを取り戻す術を私は知らない。
私の膨れ上がる憎しみは、どこにぶつけていいのでしょう。
あぁ、それを知る術はありません。
ただただ、悔しい。
この国の刑法と犯人へ裁きを下せないと言う無念が。
私は、私は、私は。
悔しくて、悔しくて。
何度も、何度も、拳を湯船の縁に叩き下ろします。
何も出来ない、何もなせない。
脆弱な体を持つ自分自身を哀れみながら。
そして何も出来なかった自分自身に恨みを募らせるのです。
許さない、許さない、許してなるものか。
私だけでなく、日嗣さんの半身まで喰潰したあの男!
日嗣さんは語らないけど、左腕に出来ている深い皺は、自分の腕を姉と同じ様に切り落とそうとした痕跡。
彼女自身もまた、姉を犠牲にして生き残った自分を責め、罪悪感に苛まれていたのでしょう。
あの男の性で、何人もの少女が犠牲になった。
あの男さえ居なければ!
いや、違う。違います。
あの男は私の妹、佐藤浅緋を直接殺した訳ではありません。
妹の直接的死因は、窒息。
つまりは絞殺されていたのです。
そして、過去の事件の傾向から見て、妹に直接手を下したのは「石竹緑青」君である確率が高いのです。
私の中では、犯人である「北白直哉」と「石竹緑青」は同格なはずなのです。しかし、当事者の記憶は、どこかに消えてしまい、当時の事件を直接知る人間はいません。
私は知りたいのです。
妹が、浅緋が最後に何を思い、感じたのか。
何度も、何度も私は「石竹」君を恨もうとしましたけど、事件の持つ微妙な違和感がそれをさせずにいました。
何度、何度検証しても不可解な点があるのです。
あぁ、解らない。解らない。
私は、一体誰を恨めばいいの?
拳を血塗れにしてうずくまる私。
体の感覚は無くなっていき、悪寒だけが体を駆けめぐります。
そんな私を背後から優しく抱きしめる温もりを感じました。
あぁ、なんて暖かいのでしょう。
*
日嗣さんの話を聞いて、取り乱す佐藤さん。
それは紛れも無い憎しみ。
愛する家族を失わされた者の慟哭。
「佐藤さん、大丈夫、大丈夫だから」
「大丈夫じゃない!もう、ダメ!何年も、妹が被害にあった事件を追っているのに、全然真相に辿りつけない!もう無理なのよ!」
私は、震える佐藤さんの体を、後ろからそっと抱きしめる。
今の私にはこれぐらいしか出来ない。
私は、私の決意と一緒に佐藤さんに囁く。
「私が、絶対に、真犯人を突き止めるから」
その言葉に、顔を上げる佐藤さん。
「真・・・」
私は慌てて佐藤さんに正面から抱きついて、言葉を遮る。
そして、荒川先生や、日嗣さんに聞こえない声で耳打ちする。
「証拠は無いけど、北白直哉の犯行には共謀者がいる。この事は内緒にしてくれる?後ろの2人、そして、ろっくんを巻き込みたくないの。そして、私達の教室を襲撃させた首謀者」
佐藤さんの怒りの炎は瞳から消えていき、何かに納得した様に囁き返してくれた。
「そうか、それで・・・・・・」
落ち着きを取り戻した佐藤さんが私の腕から離れていく。
そして、そっと日嗣さんにも抱きしめられる。
「すまぬ、妾はまた見誤った。若草の時といい、迂闊であった。お主が、妾以上に、あの事件の犯人を恨んでいる事に気付く事が出来なかった。すまぬ」
佐藤さんがそっと、日嗣さんの手に触れて、首をふる。
「いいんです、取り乱してすいませ・・・・・・ん」
その視線はずっと私の緑青色の瞳を覗き、何度も何度も真意を確かめようとしている。
私は、静かに深く頷いた。
大丈夫、あなたの無念は私が晴らす。
ふと、私の耳に、獣の唸り声が聞こえた様な気がした。
いや、違う、あれは殺人蜂の羽音だ。
誰かが囁く。
「女王蜂よ、その獣に身をゆだねてはいけない」
誰だろう。
この声は、私を女王蜂と呼ぶ彼女は一体?
なんだか懐かしい様な声の音色だった。
頭が、じわじわと痛みを伴って圧迫されていく。
よろめく私に、今度は荒川先生が私の体を支えてくれた。
そして・・・・・・。
「私も話せる範囲で話しておくよ。私の知り合いの女の子の話だ」