青ノ湯
湯気の中、2人の青き少年は確かめ合う。ドキドキ。
「なぁ、お前、杉村の気持ちにはまだ答えてやれないのか?」
同じ湯船に並ぶ若草青磁が姿勢を変えないまま僕に質問する。
「答えたいけど、答えられない」
いぶかしむ様に僕の方に顔を向ける若草。
ちなみにタオルはたたんで頭に乗せている。
肉体的描写は、男なので避けておくが、意外と喧嘩が強そうな体でした。ムキムキとかでは無く、ただ相手を倒す為だけに鍛えられたようなそんな強さが漂う。
僕は普通な感じだと思う。
「・・・・・・性欲はあるんだよな?」
「微妙な所だけど、杉村を綺麗だとは感じるし、裸の日嗣姉さんを見た時は、ドキドキはしたよ」
「まぁ、俺はそんな状況になってもおばさんの体には何にも感じないが、愛情が無くてもいいんじゃないか?俺もわかんねぇし。好かれているなら、その気持ちに愛情は返せなくても、行為で答えてやれよ」
「うん。ん?え!?」
僕はそんな提案をする若草に驚いて、3mぐらい後ろに跳ねてしまう。がぼぼ。危うく溺れる所だ。
「いや、ほら、行為って一応俺らは未成年だし、可能な範囲でなら大丈夫だろ?それに何も無くても、付き合う位はできるだろ?」
僕は、杉村の姿を思い出す。
蜂蜜の様な甘い匂いと黄金に輝く髪、緑青色の瞳。
彼女は僕を献身的に愛してくれている。
だから僕も何かしらの形で答えてあげた方がいいのかも知れないのは確かだ。
けど。
「本気なら尚更だよ。本気で答えられないからこそ、僕は出来ない」
「そんなもんか?まぁ、俺に口出しする権利は無いからな」
若草がめんどくさそうにのびをしながら、女性が婚姻を結べる年齢があと5歳くらい下がらないかなぁとボヤいている。
「でも、何か答えてやりたいとは思ってる」
「おぉ、緑青ちゃん。いつになく前向きじゃないか」
「日嗣姉さんも必死に進もうとしてる。だから僕もこのままではいけないのは解っている」
若草が頭のタオルをとり、湯船の縁近くに腰を乗せ、上半身を湯船から出す。
「まぁいいんじゃないか?お前はそのままで。
だが、日嗣か・・・どうも俺はまだ、信用出来ない」
僕は慌てて日嗣姉さんが怪しくない事を説明するが、いまいち解ってくれないようだ。日嗣姉さんの情報源についても話す。
「俺が引っかかってるのは、俺の両親、特に、父親の所在を知っていると言っていた部分だ。その話から言うと、誰かからその情報が漏れたという事になる。それは俺も知らない情報だからな」
「あ。確かにそうだな」
「恐らく、八ツ森市事態に深く関係している人間か、警察関係者がいるのかも知れないな」
「大人まで?」
若草が笑う。
「黒衣の亡霊はあと一年したら、大人だろ?そりゃ、大人の知り合いの1人や2人・・・・・・」
何かに気付いた様に、何かに考えを巡らせる若草。
「緑青。この先、展開次第では俺達のクラスを襲撃した犯人が捕まるだろ?」
「うん。僕は捕まえるつもりだ」
「気をつけろよ?もしかしたら、犯人は同じ様な情報網を利用した奴かも知れない」
「ん?」
「警察が本腰あげてるにも関わらず、これだけ犯人の目星がつかないってことは、どこからか動向が漏れている。もしくは、膨大なネットワークを持つ奴かも知れない。下手したら、お前なんかよりも、一枚も二枚も上手かも知れない」
「下手したら、ただじゃすまないって事か?」
「あぁ。少なくとも、杉村の過去を知る人物だ。間違っても、殺人事件の関係者だ。気をつけろよ」
僕は、いじわるそうに笑う若草の警告じみた優しさに礼を言う。
「僕がもし、犯人に殺されたら、棺桶には約束通り・・・・・・」
「あぁ。ハンバーガーセットLLで満たしてやる」
「すまない」僕は短く頭を下げた。
笑い合う僕ら。
笑いすぎて、お腹が痛い。
「なぁ、緑青。これは聞き流してくれ」
「ん?なんだ?」
「俺はロリコン、もといペドだ」
「だな」
「俺は、その尊い命が奪われた「杉村が関係した事件」を心底恨んでもいる」
「幼い女の子が何人も殺されたんだよな。いや、正確には殺し合わされたか」
若草が何かを決心したように静かに呟く。
「安全な所から、見下して、ほくそえんでる奴が居るなら、俺はそいつをぶっとばす」
僕はその本物の気迫に、うまく答えられなかった。
ある意味では、僕がその犯人に向ける憎しみよりも強いものを感じた。
愛情と憎しみは表裏一体という。
もしかしたら、僕は、憎しみという感情もどこか希薄になっているのかも知れない。
「あ、日嗣姉さんとは仲良くしてくれよ?」
若草は、お手上げだという様な仕草で僕に返事する。
「日嗣姉さんも、杉村と一緒で、その事件の関係者・・・・・・いや、被害者なんだから」
若草が目の色を変えて近づいて来て、僕の両肩を掴む。
「それを早く言えよ!お前はバカか!」
「え?えぇ?」
僕は訳がわからず戸惑ってしまう。
「お前にも・・・・・・いや、お前の場合は特殊だが、幼い頃受けた暴力的な情景は、その後の人生に呪いの様にまとわりついてくるんだよ!そんな奴が、まともな生活、人生を送れる訳ないんだよ!必ず何かしらの歪みは、日嗣にも生じてるはずだ」
そのあまりの剣幕に僕は呆然とする。
両肩が若草の強い握力によって、締め付けられていく。
目を赤くする若草の心はどこか泣いているように思えた。
「俺の負けだ。緑青。俺は、あいつと仲良くする」
「うん!姉さんも喜ぶよ」
若草は、すっと手を戻し、僕に背中を向けてしばらく湯の中を漂っていた。
「そうか、そういうことか。何かが繋がったかもしれん」
と、目を瞑りながら若草が何かに納得していたけど、僕にはさっぱりだった。