バーベQ~サーバントさんの悲劇~
その者赤き肉を寸断する者。その果てに血をすすりし刃は居場所を失う。
「ぷはーっ、大自然の中で飲むビールは最高だな!」
八ツ森高原オートキャンプ場で僕らは昼食の準備をしている。
スーパー「サジマ」で購入した肉やら野菜やらを見事な手つきで串刺しにしている杉村蜂蜜。さすが刃物の扱いには人一倍長けているようだ。ものの数分で一人でテントも張ってしまうし、サバイバル関係においてこのメンバーの中で彼女は一番だ。
「ろっくん?肉の大きさ、これぐらいでいいかな?」
杉村が、拳大の肉の連なりを僕の前に差し出す。
「でっかくない?」
そうかな?という顔で首を傾げ、その肉を串から抜くと、まな板に肉の塊を並べる。
そして、施設でレンタルした小さな包丁を使ってぐりぐりと肉を切断していく。というか、千切っている。切れ味が最悪なのが端から見てもまる分かりだ。杉村の顔に不満が積っていく。
僕の方はというと、日嗣姉さんと並んで野菜をバーベキュー用の大きさにカットしている。タンタンッとまな板に包丁を叩きつける音が響く。
若草は今、必死にコンロ用の炭に火をつけようと悪戦苦闘していて、佐藤はアルミホイルに魚を包む作業を黙々とこなしている。魚は切り身を選んできたので捌く必要は無い。そこに、玉ねぎのスライスとえのき茸、ポン酢を一緒に包む。魚が好きな佐藤は嬉しそうだ。
若草は1人、火と煙に喘いでいる。
「ぐおーっ、誰か助けてくれー、誰か、誰かー。なんで俺がこんな一番の汚れ役を!」
荒川先生は少し離れた所で一人、野外用のリクライニングチェアに仰向けに寝そべっている。
よく冷えた缶ビールと、おつまみのピーナッツを片手にだ。木の下にチェアはあるため、木陰で快適そうにしている。横で、日嗣姉さんが自分の場所が酒臭くなってしまう事を嘆いている。
肩をつついて僕を振り向かせる日嗣姉さん。手元を見ると「しいたけ」の笠の部分が綺麗な星(✡)形を描いている。
日嗣姉さんの下準備のノルマである他の野菜達は切られずに、鮮度を保ち続けている。
「姉さん、仕事して下さい」
慌てたように日嗣姉さんが野菜を切り始める。
「フフ、料理とは芸術なのだよ、緑青君」
「はいはい、早く切らないと間に合いませんよー」
「安心せい、カイ=シデン(若草)は火をつけるのに戸惑っておる。まだ時間は十分に・・・・・・」
少し離れた所から、若草の声が響く。
「おーーいっ!火、ついたぞ!そっちは準備整ったかーっ!?」
向こうの方を向いて固まる日嗣姉さん。
日嗣姉さんの前には、星形を刻まれた「しいたけ」しか転がっていない。串にすら刺さっていないし。
「どうしよう、緑青君。戦局を見誤ったようだ」
涙目で僕に振り向く日嗣姉さん。
「僕も手伝いますから、その前に転がってるタマネギを・・・・・・」
逆隣から、杉村に肩を揺すられる。
「ろっくん、殺菌スプレーとかある?」
「ん?あぁ、ここにあるよ。スーパーで佐藤が念のためにって買ったやつが」
「ならよかった」と笑う杉村の右手を見上げると、いつの間にか握っていたサバイバルナイフを振り上げていた。
杉村の右手に握られたナイフがまるで舞うように踊り、まな板に並べられた肉塊を次々と二等分している。極限まで研ぎ澄まされたナイフは使用者の技量をそのまま反映する。綺麗な断面を覗かせた肉塊が次々と誕生していく。
トントンというような、家庭的な響きは全く無く、空を切り裂く金属音の様な不快な音が僕をざわつかせる。
日嗣姉さんが怯えて、僕の背中に隠れながら、一歩引く。
それにつられて僕も一歩下がる。
刃物を振り回すのが素人なら、危険を感じるが、相手があの杉村なら誤って僕に刃が襲いかかる事はない。ので、安心はしているが。
次々と肉片がその数を増やし、6人分の肉片が用意される。
血を滴らせた杉村のサバイバルナイフ。
血を吸った刃は、活き活きと怪しく輝きを増す。
杉村が僕に手を差し出す。
僕は慌てて殺菌スプレーを手渡す。
シュシュシュッと、ものすごい勢いでナイフに吹き付けると、ナイフに一言「こんな事に使ってごめんね」と呟き、血を布巾で拭う。
僕はそろそろと、分解された肉片を串に刺している。
それに気付いた杉村が、私がするよ?と申し出てくれるが、野菜の方が全然切れてないのでそっちをお願いする事に。
何かに戸惑った様な顔をする杉村だが、歯を食いしばって「ろっくんの為なら!ごめんね、サーバント」と悲痛な声で誰かの名前を呟くと、日嗣姉さんの横に立ち、ナイフの切っ先を野菜達に向ける。
日嗣姉さんはまたも怯え、わざわざ僕の背後に回り込んでくる。弾避けか僕は。こういうタイプが実際、戦場で生き残るんだよなぁ。
杉村のナイフ(サーバントさん)がまるで命を吹き込まれたかの様に暴れ回る。刃の嵐を巻き起こし、野菜が見事に分解、いや、切り整えられていく。
杉村が無念の涙を流している。そこまでして、なんで愛用するサーバントさんを酷使するのか。
あ、僕の為か。
「オニオンー!」
どうやら、タマネギの汁が目にしみるようだ。
そしてあっという間に野菜が切りそろえられていく。
目を赤くした杉村が、こっちに向き直り手を差し出す。
「グスンスン」
杉村の言わんとしている事はわかるので、再び僕は殺菌スプレーを差し出す。
「ごめんね、サーバント。肉に続いて野菜まで切らせてしまって。あなたの本来の役目以外の事を私は・・・・・・」
杉村の涙がどちらが理由で流されているか微妙に分からない。
シュシュシュシュシュシュッ!と先ほどの倍以上のスプレーが吹きかけられる音がする。
その横を、ホイルに魚を包んだ佐藤が、何か異様な光景をみるように横切っていく。
「す、杉村さん。あっちの準備は整ったみたい。食材を向こうに持っていきましょう」
泣きながら杉村は頭を振る。
「天使よ、その役目は私に任せよ。お主は傷ついた心を癒すがよいぞ」
「ありがとう、日嗣さん」
杉村は丁寧にナイフの手入れを始める。
サーバントさん、なんかすいません。
やる気まんまんで野菜類をトレイに入れて運び出す日嗣姉さん。
僕も、肉を運ぶ。
うおっ!という声と共に、日嗣姉さんが何も無いところでつまずいて、こけそうになるが、横を歩いていた佐藤が、器用に抱き付いて転倒を防ぐ。
佐藤も両手に魚を持っている為、手は使えないのだ。
「いだっ!いや、おぉ!すまぬ!助かったぞ、深緋ちゃん」
「いえ、いいですよ。それより、動けないので早く態勢を……あ!」
日嗣姉さんが、無理に態勢を起こした為、逆に佐藤が体型負けして仰向けに仰け反る。
「私の鮭ー!!」
の声と共に空中に鮭が舞う。
僕は鮭を犠牲に、自分の背中を合わせて佐藤を支える。なんの抵抗感も無く、佐藤が僕の背中に体を預ける。
「任せて」
という声と共に、杉村が落下する鮭を一つ残らず拾い上げていく。両手一杯に鮭を抱えた杉村が笑顔をこちらに向ける。
「全員、生還しました」
おぉ、と、拍手する僕ら。
照れる杉村に、周りのキャンプ場の利用者までもが見惚れている。彼女の笑顔は人を惹きつける魅力があると思う。もっと笑えばいいのにな。
「すまぬ、深緋ちゃんに、天使よ。妾はやっぱりダメな子じゃの」
「いいですよ、日嗣さん。鮭や魚は杉村さんが助けてくれましたし……」
杉村が、僕に近付いてきて佐藤に体当たりをして僕の背中から引き剥がす。
短い悲鳴と共に、佐藤が地面に転がる。
「私も」
と、杉村が僕の背中に背中を合わせる。なんなんだ。一体。
「む!楽しそうじゃ、妾も……って、天使よ!お主の服にポン酢の汁がホイルから染み出して、しみになっておるぞ!」
杉村が、今気付いた様に自分の衣服を確認する。
「あ、着替えないと……」
「私も……」
と、地面に転がって汚れた佐藤が嘆く。
「遅いぞー」と若草のクレームを受けながら、僕らは急いでコンロの上に肉と野菜を並べていく。
「うお、臭いぞ!石竹くん!」
僕は慌てて自分の体の匂いを確かめる。
「ごめんなさい、匂いましたか?」
首を振る日嗣姉さん。
「違う、炭火の煙を服が吸い込んで匂ってきたようじゃ。うお、気のせいか髪にも匂いが!?匂うか?!緑青君!想像と現実は違うものじゃな!こんなにキャンプが泥臭いものとは、いや、煙臭いものとは!」
日嗣姉さんが、頭を差し出すので反射的に僕はそのまま髪の匂いを嗅ぐ。大丈夫だ、火元から離れていた為か日嗣姉さんの衣服や頭髪からは、百合の様な花の匂いを保ち続けて・・・・・・。
「ろ、ろっくんが・・・・・・」
日嗣姉さんごしに、杉村が驚愕の表情をする。
「ろっくんが、日嗣さんにおでこチューしてる・・・・・・!」
その場にうなだれ、崩れる杉村。
丁度杉村の角度からは、僕が日嗣姉さんの額にキスしたように見えたのだろう。
「いや、違うよ」
日嗣姉さんが慌てて僕を突き飛ばして、距離をとる。
「お主、どさくさに紛れて!なんという破廉恥高校生じゃ」
おい!自分で頭を差し出しておいて。
「ろっくん、匂いフェチだから」
杉村の中では僕は匂いフェチらしい。
さらに誤解は重みと速度を持って転がっていく。杉村と日嗣姉さんがお互いを庇い合うように抱き合う。
あんた達、仲がいいな。共通の敵を持つと、仲良くなるそれか!
肉の焼ける音と供に、串刺しにしたピーマンと、タマネギを頬張りながら荒川先生が僕の背後に立つ。
「ん?日嗣、匂いが気になるなら、着替えるか、温泉に入るか?佐藤や杉村の服も大分汚れてるみたいだし」
「「「温泉?」」」
僕らは荒川先生の方に向き直る。
「あぁ、ここはシャワー出来る設備もあるが、同じ敷地内に温泉もあるんだ。私も、それなりに汗かいたし、食事の後、行くつもりだがどうする?」
ホントに荒川先生は、ここで羽を広げに来ているらしい。
温泉という言葉に目を輝かせる女性陣。
「なんと、それなら若草の様に炭臭い(←失礼)ままでいる必要は無いという事じゃな!」
「こ、混浴!?ろっくんと入る!」
滅茶苦茶だ。
荒川先生が珍しく困ったように、男女でちゃんと分かれているからと説明する。残念がる杉村はどこまでも肉食系女子でした。
遠くでは、もくもくと食事をする佐藤と若草の冷たい視線が僕らを差していた。
「温泉か……どうしよ。着替えるついでに入ろうかな?あ、鮭おいしい」
「あぁ、肉も上物で、うめえな。炭だとなんか違うな」
頼む、あの2人みたいに普通に食事させてくれ。
そんなこんなで敷地内の森に遊びに行く前に僕らは一風呂あびる事となった。
炭火で焼いた肉や野菜は格別でした。
ちなみに夕食は、焼うどんとお好み焼きです。
なんだかんだで、自然を満喫している訳だが、やっぱり何かが、誰かが足りない気が僕らはしていた。
あの子は今、どうしているんだろう。
もう一人の杉村、「働き蜂」さんは。
ちなみに、ナイフのサーバントさんはあのゴタゴタの時に、杉村が紛失してしまっていて、その後、杉村の手に戻ることは無かったらしい。ひどい話だ。