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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
救世主と藻。あと蜂と星。
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八ッ森高原キャンプ場

それは前進?それとも後退?

銀の少女が青き少年に問いかける。

 僕達は1時間弱の道のりを車で移動し「八ツ森高原キャンプ場」に到着する。


 背の高い木々が生い茂る森。その森に囲まれたキャンプ場の空気はいつもと違う。


青々とした森の奥から清々しい木々の匂いと新鮮な風が流れてくる。


 荒川先生は車を駐車場に留めると、手続きするからと僕らに車内の荷物を運ぶ様に指示する。


 「風が気持ちいいね、ろっくん!」


 杉村がお肉が入ったスーパーの袋を持ちながら僕に話かける。


 「そうだな。下(街)でもいい風は流れてくるから、そんなに変わらないけど、森の匂いはやっぱりいいな」


 「うん!」


 「くんかくんか、杉村も蜂蜜みたいに甘い匂いがしていい香りがする」


 「そ、そうかな?」


 杉村は顔を紅くしながら、自分の服の匂いを確かめている。やっぱりそうか。

 若草から聞いたのだが、もう一人の杉村、「働きウォーカーさん」が現れなくなったらしい。そして、その「働き蜂さん」の存在をすっかり忘れてしまっている杉村。


 症状的には、解離性多重人格障害が緩和されたと喜ぶべき事なのだろうが、その事を覚えていない杉村自身の挙動が気になった。


 もし、それが杉村自身にとって黒歴史で思い出したくない出来事で触れられたく無いものであれば僕らはそっとしておくが、もう一人の彼女は確実に存在していた。彼女が居なくなった今、杉村は本来の自分自身に戻ったはずなんだけど、僕らには何か喪失感みたいなものがつきまとっていた。


 それを危険だと判断した荒川先生は、イギリスに帰国しているランカスター先生に連絡をとったのだけど、その返答は、あまりその事について本人に言及せずに、普段通りに接してほしいとの事だった。ランカスター先生も用件が済み次第、すぐに日本に戻ってくるそうだ。


 「元気ないね?車酔い?」


 杉村が、緑青色の目で僕の顔を覗き込む。


 「あぁ、大丈夫だよ。それより、杉村は体調大丈夫か?」


 嬉しそうに「大丈夫」と答えると、僕らがテントを設置する場所まで駆けていく。


 先に、若草や佐藤がそこで待っていた。


 日嗣姉さんの姿も遠くに見えていたが、高原近くの森をもの悲しそうに見つめていた。


 まずはテントを設置して、机出して・・・・・・飲み物も出さないとな。


 少し遅れて、荒川先生が合流してバーベキュー用のコンロや鉄板を運んでくる。


 「おい、石竹?後で施設で炭と着火器具を持ってきてくれないか?私じゃ重くて」


 「わかりました。今持ってる荷物置いたら、持ってきます」


 「あと、店頭で販売してるペットボトルジュースと、氷も頼む。今日一日は、泊まりだから、缶ビール3本も持って来てくれ。つまみはさっきのスーパーで買ってきてるから気をつかうな。あと、クーラーボックス用の氷も・・・・・・」


 お酒の事となると先生は気合い入るなぁ。


 僕と荒川先生が到着すると、既にテント二つ分(大と小)と、大きなタープが展開されていた。


 「準備早く無い?」


 若草と佐藤がテーブルとチェアを用意しながら唖然としている。


 「あ、あぁ。杉村がものの一瞬にして設置してしまった」


 「キャンプのプロなのかしら?」


 杉村が少し照れながら「野営設置は早さが、命に関わるっから」と返事する。ここは日本だし、敵に強襲されたりは無いと思うが心強いのは確かだ。


 僕らがテントを設置した場所には上方に大きく枝葉を伸ばした大きな木が一本、僕らを日差しから守るように生えていた。


 その木の根本で、風を感じている日嗣姉さん。

 僕の視線に気付いたのか銀髪とは対照的な黒目が僕を捉える。


 「おぉ、お主も来たか。久々に感じる自然もなかなかいいものじゃな」


 そうですね、と僕は答える。


 「姉さん」


 「なんんじゃ?」


 「飲み物準備するんで、少し待ってて下さいね?」


 「おぉ、そうじゃな。少し、車酔いでフラつくのじゃが、妾もお手伝いするぞ!」


 と荷物を置いた僕の腕を掴んで、一緒に飲み物の調達に向かう。

 水も調達する為に、大きなクーラーボックスを一つずつ肩にかけながら。


 「昼ご飯のメニューはなんじゃったかのぉ?」


 「確か、バーベキューなんで、肉とか野菜、キノコ、鮭とかですね」


 「おぉ、キノコは楽しみじゃ。炭で焼いたものは一味も二味も違うからの。キノコを食べて尊お姉ちゃんは大きくなるのじゃ」


 「今回の食材にスーパーキノコは含まれていません」


 「フフッ。それは残念じゃ」


 僕らはキャンプ場の売店で、炭と飲料を購入する。

 費用については、事前に荒川先生から徴収しておいた。


 この軍資金、実は学校と僕の叔父さんのポケットマネーでほとんど賄われているらしい。ホント、叔父さん、すいません。


 着火具と炭、飲料を用意するとかなりの量になってしまった。


 日嗣姉さんも居るとはいえ、非力なので水を満載したクーラーボックスを任せるのは少し心配だ。


 二回に分けて運ぶか?


 「ろっくん?持つよ?」


 杉村の声が僕の後ろからかけられる。


 「あ、杉村。いいよ、ここは男手の若草にでも」


 ひょいっと、飲料と水、氷を満載したクーラーボックスを両肩に軽々と抱える杉村。その華奢な体から、力というよりも体全体のバランス感覚が突出しているのだと思う。普段から重装備で動いているのもあると思うが。


 今の杉村は、その重装備を解除し、白いTシャツに迷彩模様のミニスカートに白いニーハイソックスといった出で立ちだ。さっきまでの軍隊の様な格好と180度様相を変えている。


 「キュートじゃの」


 「えぇ」



 じとっと、僕を横から見つめる日嗣姉さん。

 僕は少し戸惑いながら「美しいものを嫌いな人がいて?」と答える。


 「確かにそうじゃな。じゃが、世の中には一般的に醜悪なものに興味を注ぐ変わった趣向の人間も・・・・・・」


 杉村のパージ(武装解除)を思い出し、僕も上着を脱いでそれを腰に巻き付ける。大分動きやすくなった。


 それに驚いた顔をする日嗣姉さん。


 「んな!なんじゃお主!こんな所で何をする気じゃ!お主も変わった趣向の持ち主ということか!」


 「どうしてそうなるんですか」と、僕は大量の炭を両手に抱えて僕らのキャンプに戻ろうとする。


 「待つのじゃ、妾も半分もつぞ!手ぶらで帰る訳にはいかん!」


 「え、でも、袋に包んでるとはいえ、汚れますよ?」


 「黒衣の亡霊をなめるでない。黒に黒の汚れは分かりにくい」


 「そういう問題ですか?」


 「問題じゃ」と僕から片方の炭袋と奪うと両手でそれを大事そうに抱える。


 炭が袋の中でぶつかり合い、並んで歩く僕らのリズムに合わせて独特のメロディを奏でる。


 「緑青くん」


 「何ですか?姉さん」


 「この先、今の状態の杉村で君は満足?」


 「僕は・・・・・・」


 その質問に僕は上手く答えられない。

 彼女が今、幸せならそれでいいと思う。

 ただ、何かが心の中に引っかかっていた。


 「妾は、妾なら、嫌じゃ。それでは前に進んだ事にならぬ。諦めじゃ。私は、それがどんなに苦痛を伴うものだったとしても、それを自分の力で克服して乗り越えて、前に進みたい。それまでは・・・・・・」


 途中から、話が日嗣姉さんのものにすり替わっていた気がしたが、その時、僕は知る由も無かった。


 この時、静かに僕に打ち明けてくれた日嗣姉さんの心の決意を。


 「あ、緑青くん」


 「なんですか?」


 「妾も、もうすぐ大人の仲間入りじゃ。今日は飲むぞ、緑青くん!」


 「ダメです」


お酒は二十歳になってからじゃ✡(日嗣尊(19))

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