荒川V作戦
夏休みの思い出作りだね。楽しんできてね。
夏休みの中頃、僕ら心理部員は担任の荒川静夢先生から召集を受けて校門前に居る。
「よし、お前等、点呼をとる。石竹緑青、佐藤深緋、若草青磁、杉村蜂蜜そして・・・・・・日嗣尊?」
名前を呼ばれた人間から順に手を挙げて返事をしていくが、日嗣尊お姉ちゃんの姿が見あたらない。
少し、間を空けて小さい声で返事だけが聞こえてくる。
僕は後ろを振り返り、校門の影に隠れていた日嗣姉さんがバツが悪そうに顔を出す。銀色の長髪が風に揺れ、黒衣と黒のヴェールが風になびく。
「だ、団体行動は苦手じゃ、やっぱりやめておこうかの・・・・・・知らない顔もあるし」
僕はため息をついて、日嗣姉さんの手を握って、校門の裏から引っ張りだす。
「日嗣姉さん、行きますよ?大丈夫ですよ、こっちの小さいのは佐藤で、こっちのツリ目は若草です」
そう僕が紹介すると、目を輝かせて笑顔になる日嗣姉さん。
「おぉ!お主があの佐藤か!小さいのぉ、可愛いのぉ。黄色いワンピースと、麦藁帽子が似合っておる。そっちのガンダムのカイ=シデンみたいな男が、若草じゃな。知っておるぞ、重度のペドフィリアだと」
そりゃどーも、と挨拶を交わす佐藤と若草。
杉村も軽く会釈する。
「こんにちわ。天使も元気そうで何よりじゃ・・・・・・相変わらず、その黄金の髪と緑青色の瞳は美しいのぉ」
と、僕と杉村の服装を交互に見合わせて、荒川先生に質問する。
「今日は、戦場に向かうの?」
荒川先生が、首をふる。
「こいつらは知らないが、私たちはキャンプ場に行くつもりだ」
荒川先生の提案で、僕らは八ツ森高原のオートキャンプ場に行く。
補習漬けの非リア充の僕らを思っての配慮だ。
荒川先生は山登りする人みたいな、山ガールの服装で、若草は近くに遊びに行くようなパーカー姿。
僕と杉村は、全身アーミールックの上から下までフル装備状態であった。腰のホルダーにはペイント弾を装填している玩具の銃まである。
「え、山・・・・・・森と言えばこの格好じゃないの?小学生の頃、杉村と山に出かけた時はこの格好が標準だったけど・・・・・・」
それに首を横に振る一堂。
杉村の方を見ると、「やっちゃった、テヘッ!」と言うような表情で舌を出して自分の頭をこずく。僕は突っ込みの代わりに、ホルダーから銃を引き抜き、杉村に向かって発砲する。それを軽く避け、杉村の銃から放たれたペイント弾が僕の心臓の箇所をカラフルに染め上げる。
若草が横から「さすがだな。石竹のハートを射抜くとは」とちゃかす。その言葉に、少し暗い表情をする杉村。その理由は、僕と杉村にしか分からない。
荒川先生が、「HoldUP!」と叫び、僕らの銃を没収する。
「お前等、早く私のワゴンに乗りこめ。この銃は必要無いだろうから私が預かる」
先生に銃を没収されてしまった。ついでに服装を注意される日嗣姉さん。
「なんでお前は今日も喪服なんだよ。動き辛い上に、山道は歩き辛いだろ?」
それに反発する様に自分の正当性を主張する日嗣姉さん。
「私はこれが正装なんじゃ!それによく見て下され!いつもは黒いパンプスなのに、今日は山道でもへっちゃらな黒ブーツじゃぞ!」
よく見ると、日嗣姉さんの足元は悪路でも歩き進めそうなブーツだった。肩からかけられた薄い紫の小さい鞄からは、なぜか長い懐中電灯の持ち手が所在なさげに突き出されている。
「ったく、まぁいい。無茶はするなよ」と釘を刺す荒川先生。
勝ち誇った様に満足した顔をする日嗣姉さん。そうして僕らはワゴンに乗り込んだ。
運転席に荒川先生。
助手席に日嗣尊。
ニ列目に僕と杉村。
三列目に佐藤と若草が座っている。
後ろの荷物置き場には、最小限のキャンプ道具が並べられている。今から向かう「八ツ森高原オートキャンプ場」には十分な設備が整っているので炭やコンロ等は必要無いそうだ。
「あれ?先生?食材は?」後部座席に座る佐藤が質問する。
「予約もしているし、多少は向こうでも食材を用意出来るが・・・・・・どこか寄るか?」
それに目を輝かせて元気よく返事する日嗣姉さん。
「行く行く!友達とお買い物なんて、楽しみじゃ!」
「そうか、じゃあ適当なスーパーによって、食材選ぶか」
僕らは微笑みながらそれに頷いた。
窓を全開にして、ずっと市内の風景を眺めて楽しそうにしている日嗣姉さんからは鼻歌が聞こえてくる。
このメロディーは、機動戦士な、燃え上がーれー♪の歌だ。
うーん、
ハヤトが僕なら
カイは若草、
フラウが佐藤なら、
セイラさんは杉村で
ミライさんは荒川先生。
日嗣姉さんは、ララァ?
間違っても僕はアムロには成れない。
主人公タイプでは無いからだ。
横で運転する荒川先生が呟く。
「なんでガンダムの主題歌なんだ」
「おぉ、知っておるのか?」
「まぁ、うちの兄が好きだったからね。自然と」
「荒川はミライさんじゃな」
「そりゃどーも」
前を向いていた日嗣姉さんが、こちらに向き直り、僕をしげしげと観察する。
「美しいものが嫌いな人がいて?それが年老いて死んでいくのを辛く感じないかしら」
「え、いや、その・・・・・・」
「綺麗な目をしているのね」
「えっと」
満足そうに笑顔を僕に向ける日嗣姉さん。
「よい再現率じゃ」
僕は普通に戸惑っていただけなのだが。
やっぱりイメージはララァだな。
横から杉村がムスっと頬を膨らませて、僕の膝にダイブしてくる。
「奴との戯れ言はやめろ!」
下から、僕の顔を見上げている杉村。
え、杉村がシャア?で僕がアムロ?
段々とガンダムごっこに熱が入っていき、車内は宇宙世紀と化していく。マニアックなので割愛するが。後部座席のガンダムを知らない佐藤だけが、わけが分からないよ!と一人呆れている。
そうこうしているうちに、僕らは、食材を調達する為にスーパーに到着する。自業自得だが、僕と杉村はこんな格好なので少し恥ずかしい。
「杉村、僕等は待機だな。こんな格好じゃ……」
助手席に座る日嗣姉さんが、寂しそうにこちらを見てくる。
それに答える様に、杉村は僕等に宣言する。
「物資調達作戦における、ブリーフミーティングをこれより始めます!」
何かが始まってしまった。
いや、まぁ、そこまで気にしてないんだけどね、この格好。