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毎週末の来訪者

まどろみの中で見た光景は喪失の夢。そこに私はいるよ?

 杉村の補習は来週の火曜日まで無いので、僕は夏休みを満喫していた。土曜日、今日は確か叔父さんが雇ってくれているお手伝いさんが来る日だ。最近、色々あってなんだか疲れてしまった。


 僕は昼食用のカップラーメンを食べる為に、やかんを火にかける。


 杉村の補習については、すこぶる順調である。


 体育科の教員を病院送りにした経緯からマイナスイメージは拭えなかったが、杉村の叩き出した様々な記録は校内最高を叩き出しており、十分と足りない成績分を補えるだろう。今回の記録を生徒達が聞きつけたら恐らく運動部に引っ張りだこだろう。


 持久力、瞬発力、柔軟性、バランス感覚、動体視力、どれをとっても桁違いの能力を持つ彼女は十分に世界に通用する才能を有している。


 しかし、その溢れる才能を彼女は自分が生き残る為の能力としてしか見ていない。他の目的に自身の能力が使われる事に全くを以て興味が無いのである。


 何の才能も無い僕の目から見た彼女は、美貌も含めて雲の上の様な人物なのに僕の傍から離れようとしない。


 これは世界的損失ともいえるかも知れない。


 英国に戻り、きっちりとした教育を受ければ十分に自国のオリンピック代表選手にも選ばれるだろう。


 そうならないのは、きっと、彼女の興味が他に向いているからである。

 それが何なのか、誰なのかは解らない。


 彼女の爆発的な身体能力はいくつかの制約を持っている。

 その鍵となるのは僕の存在らしい。


 僕が一緒に、校門を潜らない限り、彼女は不安になり、補習どころじゃ無くなるのである。


 つまり、最優先順位の頂点がこの僕だと言うことだ。


 英国美少女にこうまで愛されて、男冥利に尽きると言いたいところだが、僕にはその愛情を返してあげる事が出来ないのだ。


 それ自体が、僕と杉村の悲劇であるとしか言えない。


 有り余る才と絶世の美貌を持つ少女が唯一愛してやまない、凡小な少年がその気持ちを理解出来ない。なんとも贅沢なエネルギーの使い道だろうか。


 そそがれるエネルギーは莫大だが、生まれるモノはガラクタという究極の無駄が、僕と杉村の間には存在する。


 もし、僕が無害な両親を選べていたなら。

 愛情を理解出来る少年になって、彼女の気持ちに何か答えれたのかも知れない。更に言うなら、杉村が僕と出会ってさえいなければ、こんな大いなる無駄は生まれなかったはずだ。


 ふと考える、もし、僕が命を絶ったとしたら、彼女に訪れるのは何なのだろうか?


 その才能を世界に知らしめる為の自由の翼を得るのだろうか?

 それとも彼女の心を更なる地獄へと引き吊り落とす枷となるのだろうか。


 意識の遠くで、湯が沸き、笛がなる。


 僕はいつの間にかまどろんで、浅い闇へと引き吊られていく。


  

  *


 それは僕が小学生の頃の記憶だったと思う。


 僕は近くの小学校に通っていたが、確か杉村蜂蜜は専属の家庭教師の先生が居て、僕が逆立ちしても解けない様な問題ばかりを扱う授業が行われていた。英国だけに英才教育ってやつだ。そんな事はどうでもいい。


 僕らは、時々、雨の日に紫陽花公園で約束も無いのに落ち合っては、色々と話をしたり、遊びの計画を立てていた。


 この年代で、女子と遊んでいると色々を言われるのだが、残念な事に母を殺した父を持つ少年に人は誰も寄りつかなかった。


 だから彼女とは時間を見つけては一緒に遊んでいた。 


 学校が終わる時間帯に、彼女の「自宅教育」も終わる。

 晴れの日は、彼女と約束が無い日は佐藤の喫茶店の客席で、色々と一人遊びをしていた。


 母を失って、父が刑務所に移送されると、僕の叔父さんの計らいで佐藤の喫茶店でお世話になることになった。当初は色々話があって、僕の叔父さんの所や、杉村おじさんの所で厄介になる話があがったのだが、叔父は仕事の関係で、杉村おじさんも仕事で海外出張が多いため、地域に根づいて、喫茶店を営む佐藤の両親の所でお世話になる事になったのだ。


 幸いな事に、児童施設に送られる事は無かった。


 この当時、喫茶店で同じ屋根の下で暮らしていた佐藤深緋さとう こきひには当初、完全に異物を見るような目で見られていた。佐藤の両親からは、かなりよくして貰っていたが。


 僕が喫茶店の裏口で長靴を履いていると、佐藤深緋から声をかけられる。


 「ね、君、どこ行くの?」


 「・・・・・・友達のところ」


 「雨なのに?」


 「うん、雨だから」


 「君、友達居ないでしょ?クラスは違うけど同じ学校だから知ってるのよ?」


 「もう、行かないと」


 「別に帰って来なくてもいいのよ」


 パタパタと足音を立てて誰かが近づいてきて、僕ら二人に声をかける。


 「もう!お姉ちゃん!また意地悪言ってる!お姉ちゃんの言うことは気にしなくていいからね?緑青君」


 「いや、いいよ。その通りだしね」


 「ごめんね、きついお姉ちゃんで。あ、今日は確か特性ハンバーグだから楽しみにしててよね?すごくおいしいんだから!」


 「うん。ありがとう××ちゃん」


 ××ちゃん。

 あれ?誰だろう?


 僕にいつも親切にしてくれる女の子は?

 変だな?顔も名前も上手く思い出せな・・・・・・い?


 僕は何度も何度もその子の名前を口から捻り出そうとするが、全然出てこない。僕が何度も首を傾げていると、顔のぼやけた女の子が微笑みながら僕に手を振ってくれる。そして「いってらっしゃい」と僕の背中を後押ししてくれる。


そうだ、杉村の所に・・・・・・僕の友達の所に行かなくちゃ。


 僕は振り返って扉を開けた。


  *


「起きなさい!!」


 凛としてよく通る声が僕の脳天を貫く。

 慌てて椅子から飛び起きた僕は辺りを見渡す。


 そこには僕の現在の住居の一室が広がっていた。


 確かカップラーメンを食べようとして?


 「あ!やかん!!」


 「消しといたわよ」


 お手伝いさんが僕を叱る様にげんこつを降らせる。


 「いてっ」


 「もう、私が予定時刻よりも、一時間早く着いたから良かったものの、あと一歩遅かったら、火事になってたわよ?」


 「す、すいません。気をつけます」


 「気をつけてね?」


 とお手伝いさんは、腰に手を当てて柔らかい笑みをこぼす。


 「さてと、今日のお仕事は?」


 「洗濯物は全部片づいてるので、出来たら今日の夕食の用意と、風呂掃除お願いしていいですか?」


 「いいわよ。ご飯の用意をしてから、お風呂掃除をさせて貰うわ。あ、ついでにカップラーメン以外の昼食も作るわね?あと、今日、汗かいちゃったから掃除の後、少しお風呂借りるわね?」


 「いつもすいません」と僕は申し訳なさそうに頭を垂れる。


 「いいのよ。君の叔父さんからの依頼だし、普通にバイトするよりも稼ぎいいのよね」


 「はは、さすが抜かりないな」


 もちろんよ、と笑顔で胸をはるお手伝いさんの長い黒髪がその動きに合わせて揺らめく。


 「昼食を石竹君が食べてる間、必要なものをリストアップしておくから、今日もそれを近くの商店街で買ってきてくれるかしら?あ、これが叔父さんから預かっている食費ね?」


 「了解ー!」



 僕はお手伝いさんが用意してくれた味噌汁と煮干しとごはんを食べてから、近くの西岡商店街へと足を運んだ。


 「大根、椎茸、ちくわ……トイレットペーパーに、牛乳に……豚肉、鶏肉などなど」


 手書きのメモを見ながら、馴染みの八百屋や雑貨屋、肉屋さんにリストに書かれた品物を購入していく。

 もうずっとこの商店街を利用しているので、品物を買わなくても挨拶してくれる。


 八ッ森市の商店街は、駅近くに出来た大型のスーパーや、点々と数を増やすコンビニに負ける事無く、活気立っている。

 あちこちで客と店主の値段交渉が飛び交う中を僕は目当てのものを探す。


 「後は、お茶屋さんによって、茶葉を買うだけだな」

   

 両手一杯に荷物を持って商店街を歩いていると、後ろから声をかけられる。


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