僕の隠しナイフ
嫉妬そして昏倒。傍に眠るは魚の女。少年は新たな決意を胸にする。無茶はしないでね?
僕はその後の記憶がすっぽ抜けているので、恐らく彼女に気を失わされたのだろう。
僕が目を覚ますと、なぜかベッドの上で寝かされていて、横には僕の脇で眠る荒川先生が居た。
後から日嗣姉さんに聞いたのだが、杉村が暴れて、蝋燭の火が室内の暗幕に燃え移ったりで大変だったそうな。何とか出火は免れたものの、その騒ぎを聞きつけた荒川先生に滅茶苦茶怒られたそうな。
この先生もよく解らない。
厳しいかと思えば、時々、僕にだけ少し甘かったりもする。
そしていつも死んだ魚の目をしている。
僕は自分の腕の中で眠る先生の顔を横から覗き込む。
え?
僕は目を疑う。
その目元には確かに、涙の跡があったからだ。
僕が戸惑っていると、寝ぼけながら「朝か?」と顔を上げる荒川先生。そして僕と目が合うと、慌てて周りを確認した後、自分の衣服の乱れを確認する。いや、その心配はいらないだろ。
そして、恥ずかしそうに咳払いをすると、今日はもう帰っていいぞ?と後ろを振り向いて僕をカウンセリング室から追い出した。
去り際、優しい眼差しが向けられているのを感じて振り返ると、先生は慌てて取り繕う様にいつもの呆けた様な顔に戻った。
校舎を出て、暗くなった帰り道を歩きながら僕は胸ポケットに入れた「隠者」のカードを出して確かめる。その時にもう一つ、僕のポケットに居座っていた物がその姿を現す。
杉村に渡しそびれたままのナイフだ。
僕は改めてそれを外に出してやる。
するとその刃は命を宿した様に月光を浴びて青く輝いた。
「隠者のカード・・・・・・光を発するなら動かなければならない。けれどもそれは、周囲の闇を更に濃く映し出す事にもなる。矛盾に悩み、苦しむか」
杉村や心理部員達の顔を思い浮かべる。
「僕はまだ、あいつらみたいに全然苦しんでない」
そっと杉村のナイフと「隠者」のカードを自分のポケットにしまい込んだ。
「少し借りとくよ、杉村」
あれだけのナイフを仕込んでいた杉村だ。
多分、一本くらい無くなってても杉村なら気付かないだろう。
こんなものに頼る状況にならない事を願って僕は再び歩き出した。
んー……
やっぱり一本足りない気がする。
杉村蜂蜜(働き蜂)