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杉村との登校

創造せし少女と少年、力を一つにし、蜜の者の過去をあばかん。貴女は何も悪く無い。悪いのは私なの。

 その日の朝、僕と杉村蜂蜜は紫陽花(アジサイ)公園で待ち合わせをしてから登校する。


 いつもは八ッ森高校の正門前で待ち合わせをしていて、僕がきちんと杉村の状態を確認してからGOサインを出している。少しでも異変を感じたら止める様にと僕はランカスター先生から言いつけられているからだ。


 「おはよ、ろっくん!」


 「うん。おはよ」


 太陽よりも眩しい笑顔が僕に注がれる。残念なのが八ッ森市は朝は少し冷えるので杉村の夏服姿は見れない。


 「ごめんね、急にここ(紫陽花公園)で待ち合わせとかわがまま言って……」


 「いいよ、どうせ校門前でも待ち合わせはするし」


 僕は微笑んで杉村と並んで歩く。

 

 「あのね?ろっくんは心理部に入る前に何か部活動してたの?」


 なんで朝からこんな質問をするんだろう?一昨日の下校時にも聞けたのに。少し気になっただけなのかな?


 「……ほぼ黒歴史扱いだけど〝軍部”っていう部に入っていたよ」


 杉村が少し間を置いてまた質問する。


 「ろっくんはそこで何をしてたの?」


 「ん?僕は……世界で起きた戦争の歴史とかの資料を集めて、必死にその行為の愚かさを伝えようとしたけど……馬鹿らしくなってやめた」


 「戦争を無くそうと努力する事は、馬鹿な行為なんかじゃ無いよ?日本がたまたま平和なだけだよ。今もまだ内乱が続いてる国もあるの。私達は恵まれすぎているんだよ……」


 真剣な眼差しで僕を見る杉村。

 それに僕は首を振って返事をする。


 「他の部員の事だよ。僕以外の部員は戦争をしたくて仕方無かったみたいで」


 「戦争を?」


 杉村の瞳に怒りの色が現れる。彼女自体は戦争行為自体には反対している様だ。


 「うん。戦争ごっこを校内で繰り広げる毎日だったよ」


 「エアガンとか使って……?」


 「うん。しかも、あいつら違法な改造までしてて、よく空き缶とか撃ってはしゃいでたなぁ……」


 「ろっくんも?」


 杉村の鋭い視線が、僕を射抜く。この鋭さは〝働き蜂”さんとはまた違うものだ。僕は慎重にそれに答える。


 「そんな事しないって。確かに、部員には色々勧められたけど、全部撥ね退けた。その性で、僕は捕虜扱いにされたけど……。杉村と昔、山で遊んだ時以来、玩具の銃には触れて無いよ」


 杉村が過去の事を思い出す様に、目線を明後日の方向に向ける。


 「フフッ、あの頃は楽しかったね!」と昔の事を思い出し、優しい笑顔を僕に向ける。


 先程までの鋭さはもうどこにも無かった。そして嬉しそうに僕の腕に絡みついてくる。

 さすが英国人、日本人の僕にはこんな自然に異性と腕なんか組めない。僕だけが顔を紅くする。


 「そっか、ならいいんだよ。それだけ」


 杉村が嬉しそうに僕に肩を寄せる。一体、何の確認だったのだろうか?


「あ!軍部に居た人達ってろっくん分かる?」


「そうだなぁ……交流無かった人も結構居るし、クラスメイトには元軍部はいないしなぁ……2年B組の新田透(にいだ とおる)って奴が軍部だったからそいつに聞くか、学年代表の田宮なら教えてくれると思う」


「田宮さんか……2年B組の新田透君ね?ありがとう……」


杉村は何をする気だろう?まさか自分もミリタリーマニアだから、軍部を復活させようとしているんじゃ……?


あ、そういえば……。


 「杉村……いや、ハニーちゃん」


 少し面食らった表情でこちらを見上げる杉村。完全に、歩くのも忘れている。


 「最初に僕等が出会った時の事、覚えてる?この前、また、夢に出て来て……それをあの公園見たら思い出した」


 杉村が僕を嬉しそうに引っ張り、再び歩き出す。遠くにバス停の看板が見えてくる。そこでバスにさえ乗れば僕等はもう学校に着いたも同然だ。


 「覚えてるよ、私の初めての親友に出会った日だもの」


 「そっか。でもあの日、ハニーちゃんに出会って無かったら、僕の人生すごい惨めだったと思う……」


 杉村がバス停を直前にして立ち止まる。

 僕の腕を掴んでいた手が急に震えだす。呟くように何かを囁く杉村。


 「(私と出会ってさえいなかったら……ろっくんは……あんな事に……ならなかった?)」


 杉村が急に涙眼になって僕に抱きつく。


 「ごめんなさい!私!もしかしたら、とんでもない事を……!」


 そこに丁度、緑色のバスが到着する。制服姿で抱き合う僕等に、クラクションを鳴らして到着の合図を送る。


 僕は杉村をなだめつつ、赤面しながら運転手さんに会釈する。


 「最近の若いもんは」という様な視線に苛まれながら、僕等はバスの一番後ろの席に座った。


 流れて行く景色を目で追いながら、僕は杉村の手を握る。ごめんね。〝僕が人を愛せなくて”……。だから君にはこれぐらいの事しか出来ない。     


 杉村は多分、昔から気付いてる。


 僕の母が父に殺された日、僕が愛情を失った事を。解っていながら彼女はずっと僕の傍に居続けてくれたのだ。彼女が数年間姿を消した期間を除いて。


学校へはバスに揺られて20分程度で到着する。その間杉村は何かに怯えて無言だった。バスを降りても僕等は手を離さなかった。この繋がりは恐らく愛情では無い、友情だ。


 そして校門前に着くと、僕等はいつもの様に別れの挨拶をして、帰りにまたここに集まる約束をする。


 杉村が別の校舎に入ろうとする前に僕はある事を思い出して慌てて呼び止める。


 「杉村ぁー!!」


 その声に驚いて、こちらに慌てて振り向く杉村。僕はカウンセリング室でのあの約束を思い出したのだ。


 「杉村!悪いけど補習終わったら、カウンセリング室で待ってて?」


 その言葉を受け取って、特に何の迷いも無く了承する杉村。杉村も確か部室の合鍵は持っていたはずだ。僕と杉村は携帯を持っていないので、少し連絡が取り辛いの。今度、伯父さんに相談してみようかな?そうなったら、僕もバイトする事を視野に入れないとなぁ。


 さてと。確か、カウンセリング室への待ち合わせ時間は午後4時だったはずだ。現時刻は午前9時なので、がっつりと調べ事も出来そうだ。


 この後、余分な荷物を置く為に、部室に一度足を運ぶのだが!


 そこで水着に着替える最中の〝日嗣姉さん”と遭遇してしまった事は誰にも言えない。


 他の女子に着替えるところを見られたく無かったそうなのだが、部室から室内プールがある校舎まで水着姿のまま移動した日嗣姉さんの感覚はよく解らなかった。


<木田沙彩の心配事>


 今日も図書委員の仕事を担当するはめになってしまった。それというのも全部、あの死神少女の性だ。


 でも今日はそう退屈でも無い。


 アニメ研究部の活動が重なっている為、他の部員もここに顔を出してくれているからだ。


 「ねぇ!沙彩ちゃん、この場面の演出ってどうする?」


 私は、天然系美少女の江ノ木カナに演出について意見を求められる。


 「そうだね……ちょっとそこは待っててくれる?ちょっと先に調べて置きたい事があって……それまで、他の場面について担当者と構想を練るか、作画担当の小室とこの前の打ち合わせの続きを掘り進めておいてくれないかな?」


 江ノ木が元気よく手を挙げて返事をした後、首を傾げてこちらの顔を覗く。


 「沙彩ちゃん、元気無い?」 


 私は夜更かしの性だよ、と嘘をついてごまかす。


 「なら問題無いね」と笑顔で小室の座る席まで走っていく江ノ木。


 彼女があの杉村の行動を知ったらどう感じるだろうか?恐らく、怒りを露わにして危険も顧みずに杉村に掴みかかるだろう。「なんで沙彩ちゃんにそんな事したの!」という具合に。二重の意味でそれは不味い。杉村蜂蜜は何の躊躇も無く人を殺せるタイプの人間だ。

 恐らくあの秘密を知ってしまったらこの世から消される。私もあの子も。だからこの事は誰にも言えない。

 それに、悲しくもあるかな。杉村は梯子から落ちそうになった私を助けてくれた恩人にも違いは無かった。あの状況下で落下しようとする人間に片手を差し出せば自分も巻き添えになる危険性もあったはずだ。足場もタンクの上であった為に不安定だった。

数mの距離を、トップスピードで駆け、梯子の手前付近でブレーキをかけつつ、不規則にもがく私の腕を見極めて掴み取る。

あの時、彼女はただ私を助けたい一心で行動したのでは無いのか?という淡い希望が頭に過る。しかし、それは私から何かしらの情報を聞き出すための手段に過ぎなかったのかも知れない。もし、それが無かったら、私は今頃死んでいたかも知れない。後悔ばかりしている。私が貯水タンクの梯子を登ってまで彼女に近付か無ければこんな事にはならなかったのだ。


結果、彼女は私の腕を離し、気を失わせた。もしかしたら、気まぐれで殺されていたかも知れない。私の腕を離した後、杉村がどういう行動をとったのかは分からないが、私は生きていた。


 さて、私達アニ研が文化祭で発表するアニメの題材は杉村蜂蜜だ。


 計画は着実に進行している。


 私のシナリオも9割がた出来ていたが、少し杉村蜂蜜について調べなければいけなくなった。 

 私の当初のシナリオがフィクションとは言え、もしあの杉村さんの秘密に繋がるような事になってしまっては命に関わるからだ。

 こんな所で私は死にたくないし、文化祭も楽しみたいからね。アニ研の彼女達と。


 遠くの机から私を呼ぶ声が部員からするが、私は図書委員の仕事があると言い、それを断る。


 何から調べたものかなぁ……ひとまず何かネットで探せないか試してみるか。

 あの2年A組の事件がどれほど広まっているかも把握しておきたいし。


 私は、アニ研以外に図書室の利用者が居ない事を確認して、受付からは死角になっているネット専用のパソコンスペースにこっそりと足を運ぶ。そこに先客が居てびっくりした。全く人の気配がして居なかったからだ。


 「いや、驚かれても……さっき受付で、木田自身に許可貰ったはずなんだけどなぁ……そんなに影が薄いのか、僕は」


 二つあるパソコン席の片方に、クラスメイトの没個性君、石竹緑青君が座っていた。鞄から丁度、筆記用具とレポート用紙を取り出している所だ。彼は溜息をついてから、念押しをする。


「頼むからもう邪魔だけはしないでくれよな?」


彼の無個性な目が何かを諦めるように私を見据える。だが、私は、いや、私達は知っている。彼の額に出来た傷の理由も、母親を父親に殺されたという境遇も。彼自身は時折、無個性である事を心地良く思っていないが、彼が無個性では無い事も私達は知っている。

彼は私達が杉村さんを見捨てようとしていた時に、1人、彼女すら救う為に奮闘した。そういう優しさと何者にも染まらない強さを彼は持っている。


それはちょっと普通の高校生には真似出来ない個性的な事なんだよ。


と、こんな事は面と向かって言えないので、私はいつもの通り、彼をからかいにかかる。


「図書室のパソコンを使ってエロサイトを覗こうとする石竹君を発見しました。って、今日のブログに書いとくよ。写メ付きでね?」


私は誤魔化す様に携帯に内蔵されたカメラで彼を撮る。


「名誉毀損罪で訴えてやる!」


「法廷で戦おう。ふむ。それとは別に何の用事でわざわざここに来たんだ?」


石竹は少し迷いながらも正直に答えてくれた。


「僕等の教室をめちゃくちゃにした犯人を捕まえる為に……何かヒントが無いか、杉村の遭遇した事件を調べに来た」


私との利害は一致したようだった。もしかしたら、彼こそが私にとっての救世主なのかも知れない。なんちゃって。


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