黄金の死神
貴女は誰?
それは紛れも無い、杉村蜂蜜本人だった。
私は、息を殺してその様子を見守る。
彼女は、軽く溜息をついて先程まで手にしていたエアガンを自分の鞄にしまった。そして、真正面のクラス棟を見据えると目測で距離感を測っている様だった。
そして、何かを決意した様に「よし」と呟くと足を大きく開いて右手を自分の腰に持ってきて、何かを制服の下から取り出した。
あまりの速さで私は何が制服の下から引き抜かれたかが解らなかった。
そして間髪入れずに、それは行なわれた。
先程からの軽い破裂音とは違い、腹の底に響く様な爆音がその衝撃と供に杉村蜂蜜から発生する。連続して杉村蜂蜜から放たれる衝撃音と供に、何かが次々と砕ける音がする。
私は直感的に気付いた。
杉村蜂蜜は本物の銃を使い、クラス棟のガラスを次々と割っているのだ。私はその聞いた事も無い本物の銃声に恐怖し、声を上げて梯子から手を離してしまう。
遠くで薬莢が辺りに散らばる音がする。
この経験は、アニメに使えそうだ。と思ったが、私は恐らく只ではすまないだろう。10mの高さを頭から落ちれば恐らく、良くて植物状態だ。私の周りの時間の流れが急速に速度を亡くしていく。やけに長い1秒が過ぎた後、私はそのまま落下していく。
はずだった。
誰かが私の片手を掴み、梯子からの落下を防いでくれたのだ。あの騒音の中、微かな私の悲鳴を感知して。そんな芸当が出来るのを私は彼女を於いて他に知らない。
「ありがとう……杉村さん」
私の手をしっかりと握ってくれている杉村さんは何故か返事もせずにこちらを覗きこんでいるだけだった。その目に光は無かった。
「杉村さん?」
いつもの彼女では無かった。
「ありがとう。あの、もう引き上げてくれても……?」
急にがくりと体が傾いた。私の梯子にかけている足を主軸に、杉村さんが片手一本で上半身を繋ぎとめている形になっている。高所恐怖症の私にはきつい。その態勢のまま、私は杉村さんから質問を受ける。
「どこまで見ていたの?」
私はこのシチュエーションを知っている。
悪役が誰かから情報を引き出すために使う上等手段だ。私の命は彼女の右手一つにかかっている。
「答えなさい!」
私は嗚咽混じりで泣きながら、答えた。
「……杉村さんが、エアガンを鞄に閉まった後……本物の銃で発砲するまでです」
杉村さんが何かを考える様に私に質問する。
「玩具の銃を改造し、威力を底上げして遊んでいた生徒を見かけた事は?」
私は軍部の連中を思い出す。一度、銃の構造を知る為に部室を訪れた時、自慢する様に聞いてもいない事まで教えてくれた。発射する球と内部構造に手を加える事によって小動物ぐらいは狩れる威力になるそうだ。
「去年まで……軍部の連中が校舎で、改造銃を使って遊んでいました……」
「軍部?」
「は、はい。確か、石竹君もその部に所属していたので、詳しいと思います!」
私は1分でも早くこの状態から抜けだしたい。
「緑青君……」
私は恐怖で体の自由が完全に効かなくなっていた。
なんで、なんでこんな事に!杉村さんに殺されるなんて予想もしていなかった。その混乱した意識の中、私はある事を思い出す。今の彼女は、彼女であって彼女では無いのだ。確か〝働き蜂”さんというもう一人の人格が存在していたはずだ。私は最後の希望を頼りに、その名前を呼んでみる。
「〝働き蜂”さん、私は貴女の味方です。この事は誰にも話ませんし、石竹君にも内緒にしておきます!」
杉村さんが怪しく笑う。
「あら、ありがとう。いい子ね?木田沙彩さん」
彼女の緑色の瞳は、獣の様な目をしていた。
それが私の最後に見た光景だった。
彼女の片手が私の腕から離されて、私は気を失った。
*
『私は結果的に木田さんから貴重な情報を引き出す事が出来た。でもそれは……』
*
私は、新しく配属になったばかりの警備員さんに頬を叩かれて起こされた。今の私の肉体は恐らく原形を保っていないだろう……一命を取り留めただけでも良しとするか。
「おーい、嬢ちゃん。そんなとこで寝てたら風引いちまうぞー?」
「え?」
私は勢い良く立ち上がると、自分の体を見下ろした。そこには傷一つ無い私の四肢が存在していた。
私は校舎の壁にもたれ掛かる様にしていて眠っていたのだ。
辺りを見渡しても、ガラス片一つ落ちていなかった。あれは夢?
「あの!守衛さん!校舎の窓、割られてませんでしたか?」
警備員が呆れた様に溜息をつく。
「嬢ちゃんは何か知ってるのかい?参ったよ。恐らく近所の子供が悪さして窓割ってたんだろうよ。配属された矢先、俺まで首になっちゃ洒落にならねぇよな」
私は必死に首を横に振ってそれを否定する。
「ならいいけどよ。夏休みで誰も居なくってよかったよ」
「そうですね」
恐らく、彼女が責められる様な事態になれば私は彼女に、いや、もう一人の彼女に確実に殺されてしまうだろう。私は図書室には顔を出さずにその日は帰った。その帰り道、私はある違和感に気付く。
「彼女がもし、〝働き蜂”さんなら、私の事はこう呼んだはずだ。〝アホ毛女”と……」
その日から私にとっての彼女は、姫では無く、いつでも私を殺せる死神となった。
私は監督としても、脚本家としても失格だ。題材となる杉村蜂蜜さんの事を私は全く理解していなかったのだ。
私が今後とるべき行動は……。