ベッドの上のLesson:2
黒衣の亡霊さんの特別授業は終わらない。
「<Lesson2:小アルカナについて~>」
(CV:日嗣 尊)
カウンセリング室のカーテンで仕切られた空間、 ベッドの上で日嗣姉さんの特別授業は続いている。
「それにしても、お主、なかなか見所があるぞ。なかなかの突っ込み力じゃ」
「そ、そうですか?」
突っ込み力ってなんだろうと思いながらも、僕はこの人の言う事をなるべく流す様に努める。日嗣姉さんは独特のペースを持っている性か、気付かない内に飲みこまれてしまっている感が否めない。
これをカリスマ性と呼ぶのだとしたら相当なものだろう。
「さて、次のレッスンは、小アルカナについてじゃ」
「場に56枚ある〝小さい秘密”グループの方ですね」
「うむ、そうじゃ」
先程まで手で切っていた22枚の大アルカナのタロットカードを横に置く日嗣姉さん。
カードを切っていた意味は特に無かったらしい。
「第4の少年よ、56÷4は?」
「えっと、10枚と、(16÷4)4だから……計14枚ですね!」
「うむ、よく出来ました」
また頭を撫でてくれる日嗣姉さん。場に4列に並んだカードの上下のスペースを広げて1列毎に区分けする。
「実はこの小アルカナのカードは、スート毎に分かれているのじゃ」
「すーと?」
「スート」
「すーと?」
「?」
あ、そっか!と手を叩き、きちんと説明してくれる律儀な日嗣姉さん。
「スート(suit)とは、紋標の事で、ほれ、1列毎に書かれているマークが違うじゃろ?」
僕は目線を上下させて、各列のカードに書かれたマークを確認する。
「剣とコインと、棒?とワイングラスですか?」
「うむ。なかなか鋭いではないか。正確には、〝剣”と〝金貨”と〝棍棒”、そして〝聖杯”じゃ」
「せいはい?」
「……神聖な杯と書いて、聖杯じゃ。ばっかもん」
日嗣姉さんに今度は軽く額を弾かれた。
「小アルカナは、この4つのマーク毎に分かれておるんじゃ。ここ大事じゃぞ?」
頷く僕。
「そして、各スート毎に、14毎ある。順番にA、これは数字の1を現しておる。そして2~10の各数字が割り当てられてられ、残りの4枚は固有名詞が使われていて、
順番に、
「ペイジ(奴隷)」、
「ナイト(騎士)」、
「クイーン(女王)」、
「キング(王)」
と名付けられておる。質問はある?」
「4種類の各スート毎に、
A、2、3、4……10、
ペイジ、ナイト、クイーン、キング
の14枚が用意されているってことですね?」
「お主、天才か!?」
激しく頭を日嗣姉さんに撫でられる。何だか嬉しそうだ。
「あ、さっき思ったんですけど、トランプに似てますよね?」
「お主、神童か!!」
日嗣姉さんがやたらと驚く。
少し大袈裟である。
「お主の言う通り、今世間に広まっているトランプはこの小アルカナが元になっておるのだ」
日嗣姉さんが場に置いてある各スートのペイジとナイトを上下に重ねる。
「このペイジとナイトは混合されて、1枚のジャックとして扱われておる」
「トランプのJ、Q、Kってやつですよね?ジャックって何ですか?」
「ふむ。本来の意味は、奴隷とか仕える者という意味を指すらしいが、騎士に近い存在と考えておればいいじゃろ。中世では貴族が騎士としての役割を担っておったからな」
僕は違和感に気付く。
「確か、トランプのマークって、スペード、クローバー、ハート、ダイヤでしたよね?」
「何!そんな所にも気付きおったか!」
またもやオーバーリアクション気味な、日嗣姉さんに頭を撫でられる。
「トランプの
〝スペード”は「剣」、
〝クラブ”はそのまま「棍棒」で、
〝ハート”は「聖杯」、
〝ダイヤ”は「金貨」が転じてそうなったと言われておる」
「へぇ、じゃあこのタロットカードでもトランプが出来るんですね」
「そうじゃ。ペイジを抜いて、ナイトを〝J”として扱えばそれも可能じゃし、元々は小アルカナが手持無沙汰になったので、それを利用してなんか遊ぼうよ?ってことでカードゲームが生まれたらしいからの」
「やっぱり、小アルカナはいらない子だったんですね……」
またもや〝いらない子”の言葉に反応して肩を落とす日嗣姉さん。何故なんだろうか?
「いや、この子達を扱うには、占い師の高い技量が求められたからのぉ。仕方なかったんじゃ。この子たちは悪くはないし、しっかりとしたメッセージ性も持っておる」
「そうなんですね……あ、ジョーカーはどうするんですか?」
日嗣姉さんが、先程、横に置いて居た大アルカナの山から一枚のカードを取り出す。
「0番のカード、「愚者」のカードからジョーカーが生まれたとされているが……それは嘘らしい。何かのカードゲームの延長上で生まれたというのが有力説じゃ」
日嗣姉さんの手に握られた愚者のデザインを見ると、確かにピエロの様な格好をしているので、その説が囁かれるのにも納得がいった。
「つまり、各スートのペイジを抜いて、その「0:愚者」のカードを加えれば、ババ抜き出来るって事ですね」
それに頷く日嗣姉さん。
そして僕に広がった小アルカナのカードを全部まとめる様に指示を出す。
カードをかき集める僕を眺めながら、日嗣姉さんが呟く。
「第4の少年……君はいい子に育ったようじゃな……よかった」
「??」その言葉の意味が理解出来ないまま僕は場のカードを全部集めて一つの山にする。
「裏表の向きは揃っておるな?」
頷く僕。その僕の手にしていた小アルカナの山を、そっと日嗣姉さんは手にとる。
「上出来じゃ」と優しく微笑んで、また僕の頭を撫でてくれた。まるで保護者のようだ。
そして横にどけてあった大アルカナの山と小アルカナの山を一緒にしてベッドの上に置く。
「お主、紅茶は入れられるか?」
僕はランカスター先生がいつも使用しているティーセットの場所を思い出す。
「はい、多分、用意出来ると思います」
「よし。ここで少し休憩を挟もうかの。ここまでで質問は?」
僕は首を振りながら返事する。
上履きを履き直して、カーテンを開き、紅茶の準備をする。確か、近くの棚にクッキーもあったはずだ。
部費で賄われているお菓子が。流し台でやかんに水を注ぎ、それをガスコンロの火にかける。
火事になると危ないので、ティーセットを用意しつつ、火からは目を離さない。ペタペタと足音を立てて、のびをしながら僕の近くのソファーに腰を降ろす日嗣姉さん。
そして後ろを向き、背もたれの部分に両手をかけて顔を出す。
流し台との距離は2mくらいだ。
「なかなか、同じ部員というのもいいもんじゃな……」
「そうですね」
僕はコンロの前で返事をする。
「僕もなんか新鮮です。部活ではずっと同学年の友達しか接点が無かったから……」
僕は不味い事を言った気がして、振り返る。留年続きの姉さんも年上だが、同学年だからだ。しかしその表情は僅かに笑みを湛えているだけだった。こちらが考えすぎたようだ。
「いいよ、私に気を使わなくても。留年するのは自業自得な訳だしね」
僕はホッと胸を撫で下ろす。
「日嗣姉さんは、なんでテスト期間中にしか学校に顔を出さないんですか?」
少し間を置いて姉さんが答える。
「尊お姉ちゃんとお呼びなさい。そうね……私は怖いのよ……人と繋がる事が。学校には来たい、けど、朝起きたらすごく不安になって、今日も無理なんだろうなって諦めちゃうのよ。ランカスター先生の診断だと、私はスキゾイドパーソナリティー障害にあてはまるみたい」
「スキゾイド?」
「引きこもりがちで、他者と親密になれない傾向があるってことよ」
僕は先程までの尊姉ちゃんとのやりとりを思い出す。
「いや、そんな風には見えませんでしたよ?」
「君だからだよ」と日嗣姉さんが、悲しそうに笑う。
そしてそのまま反対を向いてしまう。
声をかけようとした時、やかんの注ぎ口から耳障りな高音が響き渡る。
「紅茶が飲みたいよ」
寂しそうに呟いた日嗣姉さんの為に僕は紅茶を入れた。カップに注がれた紅色の液体から優しい香りが漂う。そこに、角砂糖を2つ放り込んだ日嗣姉さんは、スプーンで掻き混ぜずにそのまま口に運ぶ。
「石竹君……やっぱり、君には見所があるよ……」
向かい側のソファーに座る僕と目を合わさないまま、日嗣姉さんの目から涙がはらはらとこぼれ落ちていく。
「なんでうまくいかないのかな……?」
そう言って2口目の紅茶に口を付けた。
「なんでですかね……」
僕はハンカチを日嗣姉さんに渡すと、同じ様に紅茶を口に運んだ。涙を拭う日嗣姉さんの姿に先程までの元気そうな姿は……どこにも……無かっ……。
「よーーーしっ!充電完了じゃ✡」
そのあまりの変わりっぷりに思わずむせてしまう。
「も、もう大丈夫なんですか?」
腕を組み、自信満々に答える日嗣姉さん。
「尊お姉ちゃんを見くびるでないわ!はっはっは!」
「元気そうで何よりです」
そして、ベッドを指差す日嗣姉さん。
「さぁ、続きをしようではないか」
僕はまたむせた。
この際、君もタロットに触れてみてはどうだろうか?続く。