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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
働き蜂と女王蜂
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下された判決

地に落ちた天使はその首を人々に差し出す。ガンバだよ、緑青君!


 「悪戯で、あんな事をしますか?しかも、ピンポイントで2年A組を狙ってです。謎のメッセージまで残して」


 「杉村が狙われている理由が解らない」


 「”天使様、なぜ私を浄化して下さらなかったのですか?”この文章が黒板に紅い字で書かれていました。このメッセージの意図は、杉村さんによると、自分にしか伝わらない内容らしいのです。それとも何か心当たりがあるのですか……?」


 困惑しながらも「ない」と答える3年の学年担当の教員。


 「そして、あのタイミングであのクラスにメッセージを残せたのは、4月の初めに彼女がそのクラスに転校してきた事を知る人物だけなのです。

  ここに集まって頂いて居る先生方がその犯人で無いという事は、本校の生徒である可能性が高いのです」


 「確かにそうだが、タイミングとメッセージから、彼女を狙っての犯行だという事はありえる。しかし、まだ外部の可能性が……」


 「確かに、その可能性はぬぐいきれません。しかし、今、この場で重要なのは、犯人が内部犯である可能性が有り、杉村さんが被害者だということです」


 そこで、校長が声を上げる。


 「今回、皆さんに集まって頂いたのは、犯人探しの為ではありません。事件の被害者である杉村さんに、もう一度チャンスを与えられないかという話です。幸いな事に、あと二学期分猶予は残されています。そこで彼女が挽回出来れば問題無いのではないでしょうか?」


 校長が言うなら、と、全教員が頷く。

 2年英語科担当の教員が手を挙げて進言する。


 「杉村さんに関しては、石竹君とランカスター心理士に任せきりで私も教師の1人として無責任さを感じていました。そして犯人を放置しているという点に置いても弁解の余地がありません。私は杉村さんに然るべき処置では無く、平等な機会を与えるべきだと思います」


 少しずつではあるけど、杉村に対する見方の流れが動きつつあるのを感じた。


 「それでは、補習で補える範囲で杉村さんに機会を与えるという決定で宜しいですね?賛成の方は挙手をお願いします」


 勢い良く、担任の荒川先生が手を挙げる。


 他の教員達はそれぞれに目を合わせながら、仕方ないといった表情で徐々に手を挙げていく。


 「そうそう」と校長が付け加える。


 「杉村さんの親御さんからはこう言われています。彼女の力になって頂けるなら、英国を代表してお礼をさせて頂きますと」


 その言葉で、約半数の職員が手を挙げた。


 杉村のお母さんは確か、英国でも影響力の有る政界の人だとか。


 小さい声で「国家権力の力は強大だな」と笑う荒川先生。


 校長が場を見渡し、採決を取る。


 「賛同者が過半数を越えましたので、議会のルールに則って、杉村さんに多少の手心を加えた補習を実施する事を決定します。そしてその補習を担当する教員の方には我が校から特別手当を出させて貰います」


 何人かの教員は、平等性を欠くとして手を挙げなかったが、ひとまず第一課題はクリアである。僕はほっと溜息をついてパイプ椅子に腰をかける。


 「よかったわね、石竹君」


 「はい、それより、よく校長先生が動いてくれましたね?」


 ランカスター先生がウィンクをする。


 「八ッ森市とこの学校の繋がり、そして、八ッ森市と英国の繋がりを少し利用させて貰っただけよ」


 「色々あるんですね、大人の事情ってやつが」


 教頭が閉会の宣言をすると、ぞろぞろと教員が会議室を出て行く。

 会議の間、全生徒は自習扱いになっているので、予想より早めに終わった会議に残念がる生徒も何人かいるだろう。


 「覚えてらっしゃい、石竹君。会議での結果は、始まる前に出ているのよ」


 どんな根回しをしたのか僕には想像がつかなかったけど、ランカスター先生ほど僕等生徒の言葉を真摯に受け止めてくれる大人はいない。

 それは彼女が教師では無く、心理士としての立ち位置からかも知れないけど、僕には彼女が誰よりも教師に見えた。


 会議室の開け放たれた入り口から出て行く教員達。

 一瞬、ざわめきが起こり、そちらの方を見る。


 そこには杉村の姿があって、彼女を避けるように人々が道を開けていた。


まるでモーセだ。


 そのままこちらに駆け寄ってくる。


 そして人目もはばからずに、僕に抱きついてきた。

ハチミツの様に甘い香りが辺りに広がった。


 「ろっくん!荒川先生から聞いたの!ろっくんが頑張ってくれたって!私、私、頑張るから!ろっくんともう離れ離れになりたく無いから頑張るから!」


 その光景を見ていた教員達は優しい笑みを僕等に向けてくれた。


 そう、この彼女こそが本来の彼女自身の姿なのだ。

 直向きで、純粋で、不器用だけどそれでも前に進もうとする普通の女の子なのだ。


 近くに校長先生がやってきて僕に声をかける。


 「青春だね、若者よ。今を後悔しない為にも頑張んなさい」


 と僕の肩を叩いてくれた。


 「2学期から、授業は出られそう?夏休みは補習地獄だけど大丈夫か?」


 杉村が目を潤ませながら、こちらの顔を覗く。


 「教室は荒川先生が守ってくれるから、私も授業受けられると思う。歌とか絵は苦手だけど、体育なら得意だから!」


 多分、彼女の身体能力なら全国を狙えるレベルだろう。精神面はともかくとして。


 「犯人捕まるかな?」杉村に訪ねてみる。

 彼女の表情が一転して、厳しいものに変わる。 


 「私が、捕まえるから。安心して、ろっくん」


 その強い言葉が僕を逆に不安にさせた。


 「無茶だけはするなよ?」


 彼女は素直に頷くが、僕は知っている。彼女は僕の為にだったらなんでもしてしまう事を。

 それほど僕は犯人を警戒している訳では無いけど、彼女に危害を加える事を許してはいけない。

 その為にも早く犯人が捕まるように出来る事をしていくつもりだ。


 もちろん、杉村の補習地獄に付き合う事も厭わない。


 「あ、ろっくんはテスト結果どうだった?」


 「相変わらず、中の中ぐらいの成績結果だったよ」


 厳密に言うとクラス内の順位は少し下がってしまっている。

 この会議の為に色々と下準備をしていた影響もあったのだが、そんな些細な事は杉村の問題に比べれば大事な事ではなかった。


 「私は、英語以外、あんまりだったよ」


 僕は笑って、杉村を元気づけた。


 「留年しない様に頑張らないとな」


 それに素直に頷く杉村。


 「留年怖い」 

  

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