留年怖い
黄金の少女来たる未来へ不安現す。彷徨う黒衣の亡霊は何を示すのか。お姉ちゃんは問題無いわよね?
7月1日、僕等は数日後に控えた期末試験の性でどこか憂鬱とした気分で朝を迎えていた。この僕、石竹緑青はテストの順位でも個性を失っており、成績はちょうどその中間に位置する。
可も無く不可も無い順位を毎回受け入れている。
そういえばと思い、横の席に居る杉村を覗く。特に何をする訳でもなく、僕の方をずっと見ていたようだ。少し怖い。
「どうかしました?ろっくん」
不思議そうな顔で首を傾げる杉村。
左右に纏めた黄金の髪の片方が肩にかかる。
「杉村は、テスト得意?」
顔はそのままで、苦い顔をする杉村。
「英語以外はちょっと……」
英語って、明らかに母国語なんだけど。
少しの不公平さを感じつつもその反応からテストの結果はあまりよく無い様だ。
体育や移動教室の授業の全てを拒否していた杉村は当然、授業態度は×となっているはずだ。
彼女の成績表が僕は少し心配になった。今もまだ移動教室の授業は受けないのだろうか?
「移動教室の授業はこれからも出られないのか?」
杉村が盲点を突かれた様にうろたえる。
「どうしよ、わかんない。教室を守らないと」
その一言で、驚愕の事実が明かされる。
杉村が教室を移動しなくなったのは、あの襲撃事件の後だった。
つまりは、無人になる教室を心配して彼女はその場にいたのだ。僕は彼女の肩に触れ、首を横に振った。
「確かに、あの事件の犯人は捕まって無いけど、杉村が心配する事は無いよ。でないと、折角日本まで来たのに留年する事になってしまう」
一気に杉村の顔が青ざめる。
「ろっくんとお別れは嫌!留年怖い!!」
泣きそうな杉村の声に、前の座席2人が後ろを向く。
「え、何?緑青が留年するのか?」
「え、石竹君、そんなにテスト苦手だったっけ?」
首を横に振り、静かに杉村の方を紹介する。すぐに何かを察した様に頷く。
後ろの扉から少し遠慮気味な声が届いてくる、東雲雀だ。
今日も懲りずに木刀を片手に持っている。
「杉村蜂蜜よ、留年したくなかったら私と勝負しろ」
もう意味が解らない。
何かを決心したように杉村が立ち上がり、東雲の方に振り向く。
少し驚いたように東雲が身を引く。
「女王蜂に留年はさせられない。任務了解した」
制服の裾から何か短い棒の様なものを取り出した。勢い良くそれを振ると、如意棒みたいに伸びる。携帯型の警棒のようだ。
毎回思うけど入手経路が謎だ。本人曰く、西岡商店街の文具店で購入しているらしい。
商店街に住む若草に聞いても、そんなものが店に並んでいるところを見た事が無いと言っていたが。
って、働き蜂さんが出て来たって事は、かなりの恐怖感を女王蜂は抱いてしまったらしい。しかも東雲の意味不明なデタラメを信じて出てくるとは。
「おお!お前は!久しぶりだな!」
感動の再会を果たす働き蜂と雀。
「フン、ただの雀がスズメバチに敵うと思うなよ」
ヘアピンで髪を止めた東雲は武人の表情へと変化して木刀を構える。
「君はせいぜい蜜蜂だろ?英国人形さん!鳥さんは虫さんだって食べるんだぞ!」
杉村から放たれた警棒による一撃を木刀で正面から受け止める東雲。
「蜜蜂だって針を持っているぞ!?」
「貴様の針が私の刀に敵う訳が無いだろう!」
なんなく杉村の警棒を地面にたたき落とす東雲。
「いつものトンファーはどうした?」
杉村の表情が少し厳しいものに変わる。
そして小さめの声でぼそぼそと呟く。
「……女王蜂に見つかって没収されたのだ」
怒られた子供の様な表情で下を向く杉村。
「……そ、そうか」
隙だらけの杉村に何もしかけない東雲は、静かに木刀を布にくるむとバツが悪そうに教室を出て行く。
静まり帰った教室内をぶち壊す様な大きな声が前方の席から聞こえてくる。
「か、かわいいーーーーー!!!!」
一気にこちらに駆け寄ってくる女子三人組。確かこの子達は、アニメ研究部の三人だった気がする。
大きな声を上げて一番に駆け寄ってきたのは
木田 沙彩で、
常にアホ毛を立たせていミディアムヘアーの少し変わり者の子だ。
後に続いてやって来たのが
小室 亜記。四角く分厚い眼鏡をかけた短髪の少し変わり者の子で、
最後に杉村の弾かれた警棒を拾って持ってきてくれた前髪が少しキノコっぽい髪の変わり者の子が、
江ノ木 カナ(えのぎ かな)だ。
何やら興奮冷めやらぬ表情で木田が杉村の手を握り、上下に揺らしている。
「前々からかわいいとは思っていたが、もう一人のあなたもかわいいじゃない!」
やたらと顔を紅める働き蜂さん。
そういえば、杉村の多重人格説をすんなりとこの3人は受け入れてくれた気がする。
働き蜂の存在も何の疑いも無く信じてくれている。
「貴様は確か、変態妄想女!軽々しく私の、いや、女王の手に触れるな!殴られたいのか!?」
珍しく戸惑う杉村に構わず抱きつく木田。
杉村の顔が更に紅くなり、どうしていいか戸惑っている。
ふと横を見ると、眼鏡の小室が何やらスケッチブックに何かを描いている。
線が重なり、あっと言う間に杉村の照れた表情が白い画面に転写されていく。
「木田さん、ばっちりおさえました」
木田が振り向き、眼鏡の小室のスケブを確認すると親指を立てる。
「ぐッジョブだよ、小室くん!今年の文化祭は杉村さん祭りで決定だ!」
了解です、と小室が敬礼する。
正直な感想を述べるとなんだこいつらは。だった。
無骨な働き蜂さんは、こういう変化球気味な、規格外の人間には滅法弱いようだ。
「なんなのだ、お前達は。私はもう帰るからな!」
木田がその瞬間を見逃すまいと杉村を凝視する。
戻るに戻れない働き蜂さん。彼女達の異様な雰囲気が彼女の警戒心を解けなくしている。そこへ江ノ木が優しく杉村に警棒を渡す。
「はい、これ。”あなた”のでしょ?ご主人様に見つからないようにね」
とウィンクする。君は天使か。それより、なんだこの子達の杉村に対する適応力は!
ランカスター先生により、全生徒への勧告はなされているが、それを正面から受け入れられる生徒は少ない。
普通の生徒の反応と言えば、だだの情弱暴力女の戯言と捉えられて当然だからである。
杉村が軽く頭を江ノ木に下げると、素早くそれを懐に隠した。
普通、体の違和感で主人格である女王蜂が気付きそうなものだけど、本人の話では互いに覗けない領域があると言っていたからなぁ。
意図的に女王蜂の意識と記憶をぼかしているのかも知れない。
制服を新調してからの杉村の制服は原形を保っている。それは女王蜂が異変に気付いて警戒を強めたからだ。
江ノ木が、杉村から僕に視線を移す。
「石竹君と杉村さんは恋人?」
盛大に椅子から転げ落ちる僕。杉村は変な格好で固まってしまっている。
ん?と小首を傾げる江ノ木さん。天然系美少女、あなどるまじき。
「確かに、私はアオミドロの事は気に入っているが!愛してはほしいが、特にそういう関係ではない……」
「アオミドロ?あの、単細胞生物の?」
要領を得ない杉村に若草が助け船を出してくれる。
「江ノ木ちゃん、アオミドロっていうのは石竹の事で、杉村がクラスメイトに勝手に付けてるあだ名なんだ」
「ちなみに俺はソーセージね?」と呆れ気味に教える若草。
「私達にもあるのかな?」
働き蜂さんの解禁されたクラスメイトのあだ名の一部は以下の通り。
・僕→アオミドロ
・若草→ソーセージ
・佐藤→ロリポップ(砂糖菓子)もしくは、泥棒猫のクソビ○チ女。(多分、隠れた嫉妬心が影響)
・ランカスター先生→吸血乳女
・田宮 稲穂 → タミフル
・東雲 雀 → 木刀娘
・荒川先生 → 魚先生
・鳩羽 竜胆 → ぽっぽっぽ(後輩ストーカー)
・細馬 将 → さいばば(杉村愛好会の会長)
・二川 亮 → 爆弾魔
(本物の会長(ラヴ・レター先輩))
<New↓>
・木田 沙彩→アホ毛
・小室 亜記→腐れ眼鏡
・江ノ木 カナ(えのぎ かな)→えのきたけ
あだ名を聞いて床に手をつく、アホ毛(木田)と腐れ眼鏡(小室)。 江ノ木はノーダメージであった。
顔をあげる木田。
「アニメ研究部の監督として宣言してやる。貴様のOVAは必ず創ってやる!」
と謎の言葉を残し、授業も始まりそうなので3人は席に帰って行った。杉村も元の杉村に戻っている。
「おかえり、杉村」
「ただいま、ろっくん」
と、何やら何かを考えこんでいる杉村。
席から身を乗り出し、後ろから佐藤に耳に囁きかける。
「ん?何?杉村さん?」
「OVAって何?私のOVAが創られるとどうなるの?」
いきなり顔を真っ赤にする佐藤。なんでだ?
「えっと、その」
尚も食い下がる杉村に、しぶしぶそれに答える佐藤。
「未青年が見ちゃいけない、如何わしい動画コンテンツで、主に裸で……」
佐藤が横にいる若草に叩かれる。
「そっちじゃねぇよ!単なるアニメの事だろ!」
え!?更に顔を紅くして俯く佐藤。杉村も何かを察して顔を真っ赤にさせる。
「ごめん、佐藤さん」
こちらこそ、と、僅かに頭を動かす佐藤。
「ろっくんはもし、私のが創られたら見たいと思う?」
むせかえる僕。どっちを指しているかが微妙に解らない。
「ないない、全然見たくないないから!」と慌てて返すが、杉村は残念そうだった。
ふと、教室を横切る黒い影に驚いてそちらを振り向く。
廊下を音も立てずにゆらゆらと黒い衣服を纏った女性が過ぎ去っていく。その姿に釘付けになっていると、前の席にいる若草が声をかけてくる。
「もうそんな時期なんだよな」
「え、幽霊!?かなりしっかりと見えてるけど!」
違う違うと手を横に振る若草。
「あれは喪服を常に着ている2年D組の銀髪の美少女、”日嗣 尊”だよ」
僕は思い出す。テスト期になると現れる亡霊の様な少女の事を。
その姿を目で追いながら、若草が彼女の事を語る。
「ちなみに同学年だけど、2回留年してるから、19歳の年上さんな。お前の好みのお姉さんタイプだ」
「誰がだよ」と突っ込みを入れつつ、僕はこの先、彼女とも接点を持つような気がしてならなかった。
だって、僕の周りには変人ばかり集まるから。
横から変な呻き声が聞こえてそちらの方を見る。
杉村が頭を抱えて「留年怖い」と呻いている声だった。
八ッ森市は直に夏を迎え、僕等高校生は夏休みを迎える。
杉村が加わったこの夏を僕はどう過ごす事になるのだろうか。
僕はかなり不安になった。