帰り道
少年達は傷をさらけ、黄金の少女は太陽の輝きをとりもどす。私達は幸せだった。そうだよね?お姉ちゃん?
学校からの帰り道、僕等4人は一緒に歩く。ふと若草が口を開く。
「俺、思ったんだが、お前が杉村の匂いを嗅いで、働き蜂さんが出てくるのって、恐怖心じゃなくて羞恥心じゃ無いのか?」
僕は並んで歩く杉村の顔を見る。こっちを見て、少し顔を紅くした杉村が、解らないというように首を振る。
「わかんないって」
「そ、そうか。だが、結構重要なポイントだと思うぜ?入れ替わる間際の表情を見る限り、緑青に恐怖心を抱いた顔はしていなかったからな。恥ずかしそうにはしていたが」
「でも、キスは平気なのよね?」と佐藤。
杉村は更に顔を紅くして「平気じゃない。あの時はちょっと興奮してた」と首を横に振る。
「青磁の洞察力はすごいな。僕はよく、鈍いって言われるから尊敬するよ。もしかしたら、ランカスター先生並みかも」
誉めすぎだと、呆れる様な仕草をして若草青磁がそれを流す。
「多分、あれだ。こっちに引っ越してくる前、ずっと父親の顔色ばかり伺っていたからな。自然と人の表情から気持が読み取れるようになった。まぁ、必中ではないけどな」
「あれ?そうだったの?いつから八ッ森市に?」と佐藤。
「中学の時だから、丁度、3~4年前かな?今は母親と2人で暮らしてる」
「そうか」と僕。青磁にも色々あったようだ。
「お父さんとはどうしたの?」
青磁が少し困った様な顔をして答える。
「知らない。俺と母親はその親父から逃げる様に引っ越してきたからな。幸いな事に、この町は俺達をすんなりと受け入れてくれた。しかも、俺達が親父に見つからない様に、完全に情報を遮断してくれてるみたいだし、本当に感謝しているよ」
「私、そういう点では恵まれているのかも知れないわね」と佐藤が俯き気味に答える。
若草が「美人な母親に、優しそうな父親。ほんと、お前のとこは羨ましいぜ」と羨ましそうにするが、どこかその眼は笑っていなかった。どちらかというと、憐みに近い悲しみが瞳に現れていた。それが何を意味するのか僕には解らない。
「そういえば、緑青のところは?」
若草からの質問に僕の体は自然と強張る。事情を知る佐藤も同じ様なリアクションをする。口を開く前に、横を歩いて居た杉村に体を抱きしめられる。先ほどとは違い、その肌の温もりが直接僕の体を暖める。
「何も、ろっくんは話さなくていい」
若草が少し、詫びる様に頷いた。
「いや、すまん。緑青も家庭内暴力を受けていたと、聞いた事があったから少し聞いておきたくてな」
僕は杉村に礼を言って、優しく体を離す。
「いや、いいんだ。青磁も話してくれたし、ここには友達4人しかいないから別にいいんだよ。な?杉村」
素直に頷く杉村。
「簡単に説明すると、母親は亡くなってて、父親は市外の刑務所に居る」
「そうか」と呟く若草はそれ以上何も言わなかった。
杉村はずっと心配してくれているのか、制服の裾をずっと掴んでいてくれている。霞みのかかった記憶の一部を思い出す。母が父に刺されたその日、僕は傘も差さずに杉村と約束していた紫陽花公園に向かった。
確か、その時も先程と同じ様に、血まみれの僕を抱きしめてくれたのだ。「ろっくんは何も悪くない、大丈夫だから。私があなたを守るから」って。
もしかしたら、その時から杉村は僕の事をずっと守ろうとしていてくれているのかも知れない。
今もまだ?
「杉村、ありがとな」
もう一度僕は礼を言う。
それに目を丸くする杉村だが「いいよ」とだけ呟いて優しく微笑んだ。黄金の髪が夕日に煌めき、光の粒が辺りに漂う。僕等はしばらく無言で歩き続けた。
程なくして、若草が「じゃ、また明日な?」と別れを告げると西岡商店街の方へと歩き出した。途中、佐藤から「今日は喫茶店寄ってかないの?」と訪ねられるが、それを断る。
僕は杉村と二人で歩いている。僕等がよく雨の日に遊んだ紫陽花公園を横切る。
「ろっくんから貰った黄色いレインコート、今も大事にとってるよ」
「え!そうなの?サイズ合わないんじゃ」
嬉しそうに首を振る杉村。
「合わないけど、私のお守り」
杉村に貰った青い傘はどこに行ったけなぁ。確か、あの日、持って出たはずだけど、知らない内に無くなっていた。
「また、よろしくね。ろっくん」
僕は静かに頷き、ある提案をする。
「今度、新しいレインコートをプレゼントするよ」
杉村は目を丸くしながら「黄色いやつがいい!」と微笑んだ。
杉村は僕の住むアパートとは違う方向にある住宅街に住んでいる為、そこで手を振って僕等は別れた。今度は僕が彼女を守る番だ。
その太陽様な笑顔を絶やさない為にも。