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深淵の刃

「お姉ちゃん、私頑張るから。大好きな人の為に……それが私が事件当日の朝、妹から聞いた最後の言葉でした……」


 私は素顔を晒し、カメラの前で袋から出した小さなフォールディングナイフを手に取る。


 その行為に事の重大さを理解している日嗣尊さんから小さな悲鳴が聞こえる。


 このナイフは十一年前に警察が事件現場で押収したもの。本来素手で触る事すら許されない。


 私の指紋や皮膚組織が付着してサンプルを汚染してしまうからだ。


「現場の証拠品を素手で触るのは本来厳禁です……でも、もういいんです。このナイフから欲しいデータは全て抽出しましたから……」


 血は既に固化している。血はナイフの刃を赤黒く変色させ、腐食を進ませる。


「このナイフには天野樹理さんと北白直哉、小三女児無差別殺傷事件で被害者になった四十人と二川亮、そして天野樹理さんの証言では共犯者の少年の血が付着しているはずです。何故なら、本人の証言によると生贄ゲームが行なわれた山小屋から逃げ出す際、遭遇した二人の子供を斬りつけたからです」


 小さなナイフの刃を展開し、カメラの前に提示する。


「第五、第六ゲームを除き、北白直哉が主犯で行われた四件の連続少女監禁殺害事件を俯瞰的に見た場合、実は二人の少年が関与した事実を証明出来る証拠はこれしか残されていませんでした。現場に残る筈の足跡や指紋の類も、北白家の人間や被害者となった少女の血痕、遺体以外、まるで意図的に二人の子供の痕跡だけが消えていたのです」


 私はこの小さなナイフを片手に室内を歩き、隠者側が使用していた木製の椅子を引きずり、カメラの前に持ってくるとそこへ腰掛ける。


「少し長くなりますが……聞いてくれますか?なぜこのナイフが奇跡の一振りであるかどうかを」


 そして私が例え、墓暴きの結果、犯人を炙り出したとしても、事件当時の共犯者の少年は未成年達であり、法は彼等を裁く事は出来ないのだ。


 なら、被害者や被害者遺族達の無念は何処に向かえばいいのだろうか。だから、私は……自らの手で以って裁くしか無いのだ。


 〆


 <紅髪の悪魔:ゼノヴィア=ランカスター>


 商店街の入口、怪我をし包帯だらけの私は端末のモニターから八ツ森高校の生徒達の様子を見守っている。派遣されている英国軍特殊部隊SASの救護用車に揺られながら。


 車内には謎の仮面男によって斬りつけられた怪我人も複数乗せている。殆どが一太刀で、首を掻き切られ、生き残ったものは少ないが。


 私は傷も浅いので助手席に乗せて貰っている。


 先程まで一緒に居た暗殺者の戦車、もしくは傭兵金獅子はいつの間にか姿を消していた。彼も彼で事情があるようね。


「さて、八ツ森の人間はこの状況をどう見るのかしらね……」


 車の運転手が通じない日本語を一人呟いた私の言葉に首を傾げている。


 彼ら英国の人間にとっては日本の小さな市で起きている事件なんて興味の範囲外だろう。彼等は寧ろ突然現れたやたら強い仮面の殺人鬼の方を警戒して怯えている。世界最高峰の特殊部隊を鉈で捻じ伏せた殺人鬼なんて聞いた事が無い。一級暗殺者の死神でさえ、私達との攻防で怪我を負っていた。それをあの画面の男は強襲とはいえ無傷で切り抜けた。


 一対多、多には多の欠点がある。


 軍人といえど味方の命は優先する様に考えられている。一人やられれば動揺が広がり、恐怖は伝播する。判断と思考が鈍るのに対して、一は死と隣り合わせの中でどんどんと研ぎ澄まされていく。


 鉈と短機関銃では射程も制圧力も雲泥の差がある。冷静に対処すれば相手の動きを封じるなど容易いはずだ。


 もしくは、相手がその得物の差を埋める程の実力者だった可能性もあるけど。


 ……いや?でも、なんで私達は見逃してくれたのだろうか?他は迷わず殺し回ったのに。


 そう言えば、一瞬、銀髪の男がワゴンを横切った。殺人鬼の髪色は黒。乗り合わせていた男の髪型と似ていたがまさかね?


 成り行きで私達を助けてくれる形で介入してきた彼は何者だったのだろうか?戦車の同業者かも知れない。下手したら、誠一さんよりも鉈の扱いは上だ。ハニーでも恐らく勝てないだろう。一線を退いたハミルトンや私なんかじゃ到底無理。


 閑話休題。


 さて、車載テレビのチャンネルを変えると、モニターには、八ツ森高校の制服を着た小柄な十七歳の少女、コッキーが手にした錆びたナイフを私達に向けていた。


 いきなり勝手にテレビを付け出した紅髪の女に不審な顔をする運転手。私の事は誰だか知らないらしい。


 血で汚れたナイフが当時の悲惨さを物語っていた。私は臨時とはいえ八ツ森高校のカウンセラーだ。可愛い生徒達の結末を静かに見守るだけである。彼女が素顔で世間に問い掛ける。


「まず、大前提として、この七年間、生贄ゲーム事件は北白直哉の逮捕という事で終結していました。既に犯人は捕まっているものとして捜査は進められ、現場となった四箇所の山小屋から採取された血などのサンプルは少女を間接的に殺し合わせた『間接殺害』の証拠として扱われました」


 コッキーはさっきまでの苦痛に歪む顔とは打って変わり、事務的な口調で説明する。それは死体と向き合ってきた彼女が初めて見せる裏の顔だ。


 肘掛の左側には黒いゴシック衣装を纏った日嗣尊が、深緋の左手を握っていた。被害者遺族である彼女達もまたこの事件と向き合う事は苦痛なのだろう。


「妾からも改めて補足すると、この時既に北白家の人間の何人かが容疑者として上がり、過去の二件、そして行方不明になった少女達との関連性が妾と警察によってされていたわ。でも、警察が家宅捜索へ踏み切る直前、石竹君と浅緋ちゃんが被害に遭ってしまった。これは名家である北白家への捜査を上層部が躊躇した結果、もしくは何かの圧力が働いたのかも知れない」


 暗殺者死神は生贄クイズゲームの中で、北白家の弟が暗殺者の狩人である事を示唆していた。


 もしかしたら、警察も脅されていたのかも知れない。寧ろ、七年前のあの場所で北白直哉を確保したのが杉村誠一では無ければハニーは狩人に殺されていたかも知れない。でも、確か……サリアの話じゃ北白の弟は同時期に怪我をして入院していたらしいので動けなかったはずなので、その心配は無いかも知れない。寧ろ、ハニーはよく北白を殺さなかったわね。


 車載テレビの中で日嗣尊が横のコッキーの目を見て頷く。


「落ち着いて……ゆっくりでいいの。深緋のペースで話してくれたらいいから。私達が盾になっている間は石竹君も撃たれる心配は無いわ……」


「あ、有難う……尊さん」


 日嗣尊はその後もずっと佐藤深緋の手を握っていた。


「これまでのクイズゲームで、皆さんは充分過ぎる程に北白事件を復習したと思います。その中で、第二ゲーム以降、犯人が捕まる第四ゲームまで事件に直接関わりのある証拠品が持ち出された事はありませんでした。両者死亡による第二ゲームは兎も角、第三……事件で解放された日嗣尊さんは証拠が残らない様に服を着替えさせられていました。しかも、尊さんはお姉さんその場では動けず……犯人との接触もありませんでした」


 途中からコッキーの顔が申し訳なさそうに横にいる日嗣尊を見つめていた。それに対して日嗣尊は気にしてない事をコッキーに促す。


「第四ゲームでは主犯として北白直哉が捕まった事で、裁判の証拠材料としての北白のDNA抽出以外に意味を持ちませんでした。控訴審で無罪となった北白直哉、そして、石竹君の父親の尽力により、八ツ森の人間は北白事件に触れる事をタブー視しました」


 その時、世間では北白事件は過去のものとなっていた。恐らく、誰も関係者が他にいるなんて予想もしていなかった。コッキーでさえ、恐らくそうだろう。彼女がその可能性に辿り着いたとしたら……事件の直接の被害者である石竹っちか、ハニーだけ。


 石竹っちが真の意味で記憶を取り戻したのは、ここ数時間の間でだ。知ったとしたら恐らくハニー経由だろう。つまり、ハニーが転校してきた四月から十二月の八ヶ月の間だ。つまり……。


「この北白事件は既に閉じたものだと世間も私も認識していました。皆さんに至っては石竹君が再度生贄ゲームを始める今日までは。私が杉村さんに共犯者の可能性を示唆されたのは七月です。これがどういう意味か分かりますか?」


 その間、コッキーを含む全世界の人間がこの事件から離れていた事になる。再びコッキーが手元のナイフを掲げる。


「事件の証拠が残っていたはずの第四ゲームの事件現場はその後、警察からは長い間放置され、しかも、誰かがそこに居た人間の痕跡を消せるだけの猶予は与えられていました。恐らく、第四事件現場の山小屋からは望むDNA型鑑定用の試料は手に入らないでしょう」


 コッキーが悲しそうに手元の鈍い輝きを放つ小さなナイフを見下ろしている。


「つまり、この一振りのナイフが誰の汚染も受けず、北白事件から持ち出された唯一の物的証拠となります」


 もし、第一ゲームの時、じゅりたそが里宮翔子さんに大人しく殺されていれば出て来なかった証拠品という事になる。


「もう一度言います……これはその時、天野樹理さんが第一ゲームの事件現場である山小屋から麓まで裸足で歩いて持ち帰ってこられた奇跡のナイフなのです。最も……その代償として何人もの人間を傷付けてしまいましたが……」


 私はその当時を知らないけど、小学三年生の女の子が四十人もの人間を斬りつけたとなれば世間は震撼するのは想像に容易い。


「私は……少しでも妹の声が聞きたくて、北白事件に関する捜査を警察と科捜研、観察医の方達に無理を言って私もお手伝いさせて頂いてました」


 腐敗していく遺体を前に、正気を保てる大人は少ない。私も治療の為の生きた人間に対する医療行為は行えても、遺体を切り刻む行為は行えない。


「さて、この一連の事件を科学的側面から俯瞰した場合、無秩序型の犯行タイプの北白直哉が行なったとは思えない事件後の証拠隠滅が図られていました。恐らくこれは、室戸友華先輩を拉致監禁、陵辱した上で殺害した北白直哉の弟が証拠隠滅をはかったものと思われます。彼のDNAは宍戸友華さんの体内と体外から検出されましたが、もし、山小屋に彼の痕跡が残っていたとしても北白家の人間なら誰のDNAが残っていたとしても不思議ではありません」


 私達の知らない所で軍事研究部、石竹君の先輩にあたる複数の生徒は北白の弟と、生徒会長の二川君に殺されていた。宍戸さんに至っては恐らく、凄惨な拷問と、陵辱の限りを尽くされた後で。それはきっと彼女が最後の最後まで口を割らなかった事を示唆している。君、友達思いだったんだね。


 そして彼女の死後、その携帯電話が悪用された。彼女がまだ生きている様に装って。


「奇しくも、彼自身は自らが飼うお腹を空かせた犬に食い殺されてしまいましたが……。けど、ふと、思うんです。長年寄り添い飼い主を慕う犬が主人を襲う事があるのかと。私は北白の弟が所有していた携帯電話を北白家へ返しましたが、杉村さんの話では誰かと通話していたと言っていました。それに、お腹を空かせただけの犬なら、気を失い、倒れていた杉村さんを食べるのが普通では無いでしょうか?」


 コッキーは話を区切る様に息継ぎを行なう。


「だとしたら、主人と同等に命令を出せる通話相手により仕向けられたのかも知れません。そしてそれは同時に杉村さんを守る意志の現れでもあった……杉村さんのファンクラブに属していた二川先輩や赤西君なら、あり得る話です」



 確か、夏休み、心理部では海に行く予定だったのを森でキャンプへと変更されていた。


「そして本題に入ります……その大前提として、北白事件は北白直哉による単独犯としてクローズされていた事件です。つまり、私も第零ゲームの少年達の存在を知らなかったのです。このナイフもその存在すら忘れ去られ、倉庫の一角に眠っていました。十一年間もです。これが何を意味するか分かりますか?」


 長年に渡り忘れ去られていた証拠のナイフ。


「それはつまり……サンプルとしての劣化です」


 そうか……もし、そこに犯人のDNAが残っていたとしても、サンプルが劣化していた場合、充分な試料としての役割を果たせないという事になる。


 だからコッキーはサンプルの汚染も気にせず素手で証拠品であるナイフに触れていたのね。


 でも、じゃあ……共犯者の証拠にはならないんじゃ無いかしら?


 それ……ダメじゃん?



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