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ピクニック

 スピーカーを通して爆発音の中に耳障りな金属音と風切り音が混じりながら鳴り響く。


 並べられたモニターの片方では人質となった少年少女達を救う為、英国の特殊部隊が山小屋を囲み侵入を幾度と無く試みているが、それを銀髪の魔女が間一髪で引き留め、彼女の脚に絡まる紫色のリボンがまるで触手の様に伸びて山小屋への侵入を頑なに拒んでいる。


 この銀髪の人は誘拐犯石竹緑青に与する共犯者の一人で、警察や特殊部隊の邪魔をしている。


 数多の影を従えし黄泉の防人。


 この異彩を放つ外法の魔女に対抗するのは八ツ森市が組織する通称、存在しないはずの五課、ネフィリム。白スーツ姿の男達が大人しくなった黒い泥人形の傍らでこの戦いの行方を見守っていた。つい先程まで死闘を繰り広げていた戦争の様な光景は一変し、穏やかな空気がその両者間には流れていた。白スーツの男達は指示があれば、世界に害ある存在が現れた時、光の鎧と剣を纏ってそれを滅する。黒い泥人形達も盲目少女がその指揮棒を振れば外道の力を以って世界に牙を向けるだろう。


 戦局は変わり、今は個による一騎打ちが繰り広げられていた。


 銀髪の魔女に対抗するネフィリムの構成員、紅眼の隠密少女と、鋼の翼でただ飛び回っているだけの段ボールを被った金髪のホームレス。


 何かの冗談の様な光景に、これが生中継である事を忘れてしまいそうになる。


 それはまるで特殊効果をふんだんに使われたアクション映画の様で現実味が無い。


 今まで起きた事を思い返す。


 モップを振り回す銀髪の魔女によって、山小屋の周りを球体状の黒いドームに覆われていた。でも、忍者の様な少女が妖術に似た何かを使ってその一部を瓦解させた。その崩れた部分から隊員が何とかして中に入ろうとしている。


 忍者対魔女。


 どちらも悪役に見えてしまうが、両者は何の、誰の為に戦っているのか。


 銀髪の魔女は犯罪者の少年を助けたいが為に。


 紅眼少女は少年がそれ以上罪を重ねさせない為に。


 互いが互いの理由の為に戦いに身を投じていた。


 北方の森は嘗て北白家が所有していた森。そこで彼女達はぶつかり合う。その都度、銀髪の少女は血を流し、ひどい時には四肢を切断され、少しでも隙を見せれば首を両断されていた。


 物量的に勝るが、それを技量で圧倒するくノ一少女の差は埋まらない。並みの人間なら何度死に絶えた事だろうか。何度魔女は斬り殺されようとも蘇り、彼等の妨害をし続けた。


 山小屋の中に居る人物を守り抜く為の抗いにも見える。

 最後の生贄ゲームで嘔吐した星の贄の後処理をする為、ミニスカートのメイド服姿に変身したままの銀髪盲目少女が叫び、その声がカメラを通して聴こえてくる。


「あと少し、もうあと少しでいいんです!お惣菜パン一つ差し上げますから!ポゥさん!少しだけ待ってあっ……」


 投げられた短刀を避ける為の動作、その一瞬の隙を突き、頭上から襲い掛かったくノ一少女が相手を捉え、相手の心臓ごと刺し貫いて地面に磔にする。


 両目を白いリボンで覆う銀髪の魔女がその堪え難い痛みに悲鳴をあげ、その声が森に木霊する。


「パン……ひ、一つじゃ足りないと?い、痛ぃです!!」


 馬乗りになったくノ一の少女が口元を覆う黒い影の様な布を下げ、呆れた様に囁く。


「数の問題じゃ無いのよ。私達は命令に背けば即、死。選ぶ権利は剥奪されている。戦いの中で死ぬか仲間に処分されるかしかない。それが私の犯した罪に対する対価。暴力男を殺し、お腹の赤ちゃんを流し、北方の街で幼児の命を貪り食べた私の贖罪。生きる資格なんて元々持ってないの。こんな命、いつ捨ててもいい。けど、死刑でただ死ぬのを待つだけの人生は嫌。ネフィリムに、サリアさんに、拾われたなら……生きる最後の時まで私は足掻いていたいの。大丈夫……それに芽依さん、貴女は死なないでしょ?世界が砕け散ったとしても」


 齢十五になる死刑囚少女の左右に垂らした黒髪が風に揺れ、皮肉混じりに微笑む。地面に磔にされた盲目少女が必死に首を振りながら短刀の刃を抜こうと力を込めるがビクともしない。その力を込める度に相手の紅眼と短刀の刀身に力が加わる。


 動きを止めた二人。


「死ななくても痛いものは痛いんです!やめて下さいっ!抜いて下さい!心臓刺されたら凄い痛いんですよ?知らないでしょ?!」


「貴女が抵抗するからでしょ……分かってるの?私達が貴女を此処で食い止められてるからいいものの……もし、私を突破すれば、貴女はネフィリムじゃなく、世界を敵にする……貴女も分かってるでしょ?それが貴女がその存在を許された対価。束縛の見返りに得ている命なのに」


 盲目少女が痛みで脚をバタバタさせながら怒った表情で訴えかける。


「そんな事……分かってますよ!それでも私は……彼の事を、事件被害者の為に誘拐犯となった石竹緑青さんを助けてあげたいんです!」


「なんでそこまで……犯罪者の少年に加担するの……メリットなんて一つも無い。なんで今更このタイミングなの?貴女は保護対象とはいえ、言い換えれば此方側から常に監視され、不自由な生活を強要されている様なもの……それでも、法に従えば平穏な日常を約束されている。死刑囚の私なんかと違って。こうやってもう一人の恩人の心臓に刃を突き立てる必要も無いの。この眼と剣を私に与えてくれた事、感謝しているわ。この刀からは、私の膨大な干渉力からは逃れられない。私を殺せば別だけど。……芽依さん……端的に言ってバカなの?私に何度も貴女を殺させないで欲しいのだけど?」


 銀髪の少女が抵抗を止め、観念した様に四肢を投げ出す。


「ふぅ……疲れました。バカなのは否定しませんが……もう嫌なんです。力があるのに、指を咥えて見ているのはもう。何もしない、何も出来ない自分にもう懲り懲りなんです。彼等だってそうです!こんな事をしなくても、大人に全部任せていれば、多少の犠牲は出たとしても、犯罪を犯す事無く、安全なとこで平穏に年の暮れを過ごす事だって出来たんです!仲のいい友達と一緒に!でも、彼等はそれをしなかった!選んだんです!自分達の意志で!」


「彼は同校の生徒を撃ち殺している。犯罪者に平穏は無い」


「彼は殺してません!誰も殺して無いんです……私は誠一さん経由で助力を頼まれ、彼に会って、話を全て聞いて、その上で此処にいます!彼の生贄ゲームを終わらせてあげて下さい!それが……私の……私達被害者の願いです!」


 その叫びと共に彼女の背中から幾何学的に翼が展開すると、そこから垂れた複数もの薄紫の布が近くの山小屋を目指し、小屋に突入態勢にあった英国軍特殊部隊SASの人間達を薙ぎ払う。


「よくもやってくれたわね……」


 吹き飛ぶ部隊の人間を確認した後、くノ一少女が盲目少女を見下ろすと、自らの手足にも魔女のリボンが巻き付いている事に気付く。


「捉えました……貴女はすばしっこくて……こうするしか方法が無かったので……」


「何を言ってるの……心臓を貫かれて地面に磔にされて身動きとれないのは貴女の方でしょ?あら?」


 彼女の眼前に自らが投げた短刀のもう一振りがリボンに絡め取られ、それが目の前に突き付けられていた。


「……ビクともしないわね……手足の自由と武器を封じられた……わ」


「えへへ、まともに戦って貴女に勝てる身体能力は有して無いのは誰より自覚してますからね。私がケーラさんとサリアさんのお父様からこの力を授かったのは十七歳の時……散歩ぐらいしかしてなかったが悔やまれます」


「……歳をとらない代わりに成長もしないのね……芽依さん、私はもっと強くなるわ。その時は覚悟してよね?」


「あはは……大丈夫です、私の反抗期は今回で最後ですから、きっと」


「何が一体貴女をそこまでさせるのよ……石竹緑青って何者なの?トチ狂った銃保持者の誘拐犯としか聞いて無いのだけど、貴女がそれだけのリスクを犯しても助けてやる価値のある人間なの?」


「……ふふふ……話せば分かりますよ。凄く優しい子なんです……」


「優しい子はこんなにも大勢の人間を巻き込んで事件なんか起こさないわ。高校生らしく、学生生活を送って、大人しく暮らしていればいいのよ」


「それは只の真面目な人間です。でも、彼は優しいんです……慣れない犯罪まで犯して彼は……全てを捨ててでも女の子を助けたかったんです」


「女の子を……?それなら無線で聞いたわ。別の場所で北白事件を模倣した少年が貴女の助手の一人に拘束された。被害者の女の子二人はもう助かってるじゃない。うち一人は森で行方不明になってるらしいけど」


 銀髪の魔女が優しそうに微笑みながら山小屋へと目を向ける。


「ふふふ……違いますよ……彼はたった一人の女の子を闇から掬いあげようとした……それが、彼に出来る唯一の贖いだから」


「一人の女の子?彼の行動全ての動機がそれに繋がっているとでも言うの?」


「はい。でなきゃあんなに多くの人前に姿を現して、八ツ森の人達を巻き込んでまであんな事をしませんよ。いいですか?真面目なのは優しいと違います。本当に優しい人って言うのは……寄り添ってくれる人間なんです。彼は謂わば私達事件被害者の代表の様なものです……」


「貴女はこの事件とは無関係でしょ?」


「はい。私のは……両目を失い、兄が目の前で爆散した事件です。その犯人がたまたま人では無かった……それだけの違いです。彼はあらゆる事件の被害者や被害者遺族の側に寄り添える人間です……例え、世界を敵に回しても……例え、自分の命を失ったとしても……」


「……ふーん……似た者同士って訳ね?」


「へ?」


「その石竹緑青っていう少年と、陽守芽依っていう貴女の事よ……」


「そうなのかな?」


「そうよ……でも、少し話してみたくなったわ……その少年と」


「えぇ、話してみて下さい!きっと貴女の事も受け入れてくれますよ!」


「こんな加害者の代表の様な殺人鬼でも?」


「はい!罪を贖おうとする人間なら必ず……」


 短刀を眼前に突き付けられ、相手のリボンで手足を拘束されたポゥの元に統括責任者でもあるゾフィー=レヴィアンから通信が入るノイズが聞こえる。


「あっ……ゾフィー長官、はい。こっちは静かですよ。SASの人達は突入出来てませんが、陽守芽依は此方で拘束しました。されましたの方が正しいかも知れませんが。あ、はい。石竹緑青との接触に成功したんですね……部隊の突入に関しては……はい、掛け合ってみます」


 ポゥが陽守芽依を見下ろし、淡々と情報を伝える。


「今、ゾフィー長官が護衛三人を引き連れて単独で潜入したみたいよ?」


「え、えーーっ?!長官自らですか?!あと少しだったのに……」


 ポゥが誰かを探す様辺りを見渡し、高い木の上で様子を伺う段ボール男に隊長の所在を聞く。


「ねぇ!段ボールのおじさん!サリア隊長知らない?」


 首を横に振られたポゥが溜息を吐いて陽守芽依を見下ろす。


「本当に……身勝手な人が多くて嫌になるわ……」


「そうですよね……全く。因みに私は知りませんからね?少なくとも此方側にはいません」


 くノ一少女が、動かない事を条件に短刀を陽守芽依から引き抜くと、一本を白造の鞘に納刀する。


 宙に浮くリボンに絡め取られているもう片方も、器用にリボンが刀を導いて納刀される。


「ありがと」


 一言お礼を言ったポゥは草叢に寝転ぶ芽依の横で三角座りをして一息つく。


「ゾフィー長官が一人で乗り込むなんて聞いてないし、サリア隊長も現場の指揮を放棄した今……私はサボる事にした。あとは軍人さんに任せても良さそうね。芽依さん、さっき言ってたバン頂戴?」


 陽守芽衣も同じ様に座るとメイド服のエプロンバケットから水筒とバケットに入れられた市内で人気のパン屋のショパンで作られたきんぴらごぼうの惣菜パンを取り出した。


「ごぼう好きですか?」


「毒じゃない限り、私は何でも食べるわ。人間でもね?」


 微笑みながら陽守芽依が彼女にパンを渡すと、思い返したかの様に此方を振り返る。


「あなたも……一つどうですか?」

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