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私ノ罪

 雨上がりの濡れたアスファルトの道は夕陽を反射し、まるで燃えている様に見えた。走り抜けた路地の先に朱い傘を閉じた石竹葵さんが観念した様に私を振り返る。陽を背中に浴びた彼女の表情は伺い知れないけど、呆れた様に微笑んでいる気がした。


 *


 私は九年前のあの日の夜、緑青の父親である石竹白緑の車を襲撃し、脅迫した。


 これ以上暴力を振るうならばその命は無いと銃を向けた。私は緑青を傷付ける者は許さない。例え相手が父親だとしても。


 私は暴力を他者に行使する事に何の迷いも無かった。今もそうだけど、その結果がどうなるか、そしてその責を負う意味も知っている。


「ごめんね……ろっくん……」


 私は抱き締める様に彼と鳩羽君の間に自らの体を割り込ませ、彼の行為を止めさせる。


 最後の生贄ゲーム。


 鳩羽君はろっくんへの違和感に気付き、不信感を抱いた結果、その全ての決着を付けようとした。


 私達の誤算は鳩羽竜胆君が予想を超える剣力を有していた事。そしてこの中に於いて唯一、私達の嘘を見抜いていた。厳密に言えばきっと二川亮とあの場に居た佐藤深緋や若草青磁も事態は把握しているはずなのだけど。


「ごめんね……鳩羽君……もう少しだけ緑青に時間をくれる?」


 私は床に手を着き、背後で鳩羽君が驚いた表情で私を見上げているのを確認すると、蹲る。


「杉村先輩……貴女は……そんな、どうして!?」


 ろっくんに刺された腹部から痛みがじわりと拡がり、彼の肩に添えた手に力が入らなくなって私は体勢を崩し、床にお尻を着く。


 大丈夫、腹部に刺さったナイフを筋肉で押さえ込み、緑青から刃物を奪い取った。私が貸したトンファーは床に転がったままだから、今のろっくんは武器を一つも所持していない。


「緑青にはもう誰も殺して欲しく無い……」


 緑青の虚ろで曖昧な焦点が徐々に私へと向けられる。彼は殆ど生存本能で動いていた。それはある意味で私の中の働き蜂の役割に近い防衛本能だ。向けられた殺気に対して自動的に身体が動いていた。


 緑青と竜胆君の戦いは鮮烈を極め、お互いに満身創痍の状態まで持ち込まれた。緑青は直前に目の前で繰り広げられる第六ゲームの光景を見て精神的に追い詰められていた事もあり、精神的には衰弱していた。先程までの私達の生贄ゲームによるダメージ(主に私)も有り、万全では無かった。


 対する鳩羽君は働き蜂と東雲雀の一騎討ちの際、私達を庇う様に竹刀による一撃を体に受けているがその一撃だけしか貰っていないはず。竹刀である分ダメージは緩和されているが、東雲雀の一撃の重さは身を持って知っている。


 緑青は油断していた。


 彼と東雲雀は対二川亮への対策として、放課後、剣術指導を受け、剣道に対する対策を充分に行なっていると過信し、彼のプレイスタイルを看過出来なかった。先読み型の緑青の癖を見抜いた竜胆君がフェイントを交えた剣術で翻弄し、完全に戦いの場を掌握していた。


 けど、緑青が本当に強くなるのは箍が外れてからだ。彼は死の間際に於いて、彼自身が生を求めた時、相手に対する生命に対する倫理観は消え失せ、ただの排除すべき対象となる。


 それは父が教えた身を守る術であり、他者の命を奪う獣の牙にも似た力だった。

 彼の姿が嘗て垣間見得た黒い獣と重なる。


 緑青は相手との間合いを殺し、懐に潜り込むと、容赦無く竜胆君を殴りつけ、相手の得物を叩き落とすと、抵抗すら出来ない竜胆君を容赦無く殺しかけた。


 その光景はまるで狩りを楽しむ白い獣の様で、私ですら間に入れなかった。


 私が介入出来たのは竜胆君を床に押し倒し、とどめを刺す為にフォールディングナイフの刃を展開させた僅かな一瞬の隙を突いての事だった。


 もし、竜胆君が弱ければこんな事態にはなっていなかった。先輩にあたる東雲雀は二年ながら、剣道部副将。その剣力は校内随一とされるが、彼女のプレイスタイルは性格がそのまま反映され、愚直で真っすぐな太刀筋に渾身の力を込めるパワー型だった。相手の動きを読み、悪手を誘い、切り返し技に優れた鳩羽竜胆のプレイスタイルとの相性は最悪だった。恐らく彼は二川亮と東雲雀、両者から技を引き継いでいる。事実、緑青は夏休み、野犬との戦いで受けたダメージと、間近で炸裂した閃光筒の影響で耳が聴こえなくなってはいたが、二川亮には追い詰められていた。


 文化祭でも再度彼等は対峙しているが、その時二川亮は日嗣尊による致死に近い傷を腹部に受け、病み上がりだった。近接戦闘を好む私達にリーチで勝る剣道は厄介に変わりは無い。東雲雀自身、二川亮と鳩羽竜胆にはいつも翻弄され、勝てた試しが無いと言及しているし。最も、こんな分析をしても何の意味も無いのだけど。


「ハニー……?」


 崩れる私の姿を見下ろしながら呆然と立ち尽くす緑青。意識はまだハッキリとしていない様に見える。


「ごめんね……緑青。私ね、謝らなければいけない事があるの……ずっと怖くて言えなかった事……」


 緑青の意識は恐らく過去に囚われたままだ。それでもいい、最後かも知れないから彼に聞いて欲しい。


「私は九年前……白緑さんを脅迫した。これ以上貴方に暴力を振るう選択肢を与えない為。そうすれば貴方への暴力は無くなると思って……」


 命の危険を匂わせ、暴力という選択肢を無くし、緑青の父親の四肢を捥いだも同然の事をした。実際にその日から緑青への暴力は無くなった。


「そして追い込まれた彼は……やりようのない怒りと悲しみの矛先を失い、全てを終わらせる事によって解決しようとした……だから、白緑さんが葵さんを刺したのは……彼を追い詰めてしまった幼い頃の私の罪でもあるの……」


 葵さんがあの白いレインコートの男の子と会う約束をしていた雨の日に悲劇は起きた。石竹白緑は自分の妻と子供を刺し殺して一家心中しようとした。


「貴方の母親を死なせてしまった原因は私にあるの……そして、白緑さんが自殺したのは葵さんを殺した罪を償い終わったから……もう一つの罪も償う為にきっと……」


 私は九年前のあの日、雨に濡れ、血塗れになって紫陽花公園で待ち合わせをしていた彼を抱き締めた。


 彼の口から葵さんの死を聞かされた私は決意する。


「私が葵さんの代わりに貴方を守る……それが私の償い。間接的に殺してしまった私が出来る唯一の罪滅ぼし……」


 それは私が切っ掛けを作ったに等しかった。

 私が緑青の家庭を壊してしまった。


 私は間接的に葵さんを殺した殺人者なのだ。


 私は彼を守らなければいけない、愛さなければいけない。

 死んでしまった彼女が出来なくなった分まで。


「十一年前の食事会で貴方は私を助ける為に引き金を引いてくれた。私の代わりにその手を汚した。貴方は優しい人、本当は誰も殺したくなんてなかったのにね……」


 緑青の目の焦点が合い、私に刺さったナイフを見て戸惑う。


「ろっくん……私は大丈夫だから……それより、鳩羽君からすぐに離れ……」


 何かが弾ける音と共に緑青が床に倒れる。


「石竹緑青……ついに本性を現したわね。ハニーも私の射線上から退きなさい!」


 母であるゾフィー=レヴィアンだ。私は咄嗟に前に出て、両手を広げてその射線上にその身を晒す。刺された箇所から血が滴り、床の紅い染みが拡がっていくけど構わない。傷はそんなに深く無い。


「ダメ!ママ!彼を撃たないで!」


 母が私への返答の代わりに、音も無くするりと私の傍に身体を滑り込ませると、M8000クーガーの銃底で私の側頭部を打ち付け、目の前が白んで力無く床に倒れこむ。それと同時に黒い影が私を囲む。この感じは何だか懐かしい感じがした。


「すぐに応急処置を!大丈夫よ!サリアには及ばないだろうけど、その程度で私の娘は死なないわ」


 その三つの黒い影は全身を黒いプロテクターで覆ったSASと書かれた衣服を羽織る特殊部隊の人間。チャーリー、ウォード、ポールの三人だ。マスク越しに彼等の声が響く。


「ハニー嬢さん……診ますから、少し痛みを我慢して下さい……」


 救急ポーチから医療道具を取り出したポールが烏の衣装でもあるラバースーツの一部を切り裂いてナイフが刺さった腹部の状態を確かめる。子宮には届いてないといいな。


「……筋肉で止まって……内臓までは達してませんね……流石お嬢様……人間技じゃない……」


「ゴリラって言いたいのかしら?」


「……はい」


 私が頬を膨らめせてポールの胴体を軽く殴ると、マスク越しに三人の笑い声が聞こえてくる。


「久し振りね……貴方達」


「えぇ……お元気そうで」


「そう見えるとしたらウォードの目は節穴ね」


 呆れたジェスチャーをとるチャーリーを余所にポールが鎮痛剤と消毒、縫合の準備を始める。私はそのままウォードの膝を借りて身体を横たえる。


 二発目の銃声が放たれ、私に近付こうと立ち上がってた緑青の脚が弾け飛び、再び転倒し、私は悲鳴を上げながら立ち上がろうとするけど、それを三人に押さえ込まれて動けない。


「安心しなさい、鎮圧用ゴム弾を使用しているわ。貴女の前で殺す様な真似はしない……貴女の前ではね?」


 呆れた様に笑う母の圧に私は勝てないと思った。


「ハニーのお母さん?ですか?」


 緑青が困惑しながらも母に質問する。


「直接会うのは久し振りね……石竹緑青君。最後に会ったのは浅緋ちゃんが貴女に殺される少し前だったかしら?本当なら私も文化祭に顔を出す予定だったのだけど……参加しなかった事に後悔しているわ……」


 母が一度此方の状態を確認した後、安堵の溜息を吐いて銃口を再度緑青の頭目掛けて照準を合わせる。


「貴方じゃ無ければ突入時に実弾で撃ち殺しているわ……感謝しなさい」


「有難う御座います……」


「貴方って子は本当に……でも、十一年前の借りは返したわよ。これでチャラになさい。と言っても、貴方は覚えて無いのでしょうけどね……あの暗殺者の事も、当時のゼノヴィアの事も……」


 首を傾げる緑青に微笑む母。


「さて、八ツ森高校の生徒殺害、誘拐と監禁、銃刀法違反、諸々の容疑で貴方を確保します。石竹緑青。貴方は犯罪者よ?未成年とはいえ、その罪しっかりと償って貰うわよ?」


 ……どうしよう。

 私も色々と罪を犯した。


 でも二人で刑務所暮らしも悪くないかも知れない。

 独房は男女別々だろうけど。

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