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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
働き蜂と女王蜂
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少し変化した日常

少し歪だけど回りだした日常。

2012年6月22日。


 八ッ森市を流れる風は、季節が夏の兆しを見せ始めてもその清涼さを失わない。それは八方を霊樹の森が囲む独特の地形が生み出した独特の環境だ。


 僕等の日常は少しその姿を変えた。


 それは、僕こと石竹緑青とハニー=レヴィアンが本当の意味で再会したからだ。


 校門から2年A組までの順路を辿ってもそこに倒れる男子生徒を見かける事は無く、以前はあった校内全体に流れる異様な緊張感もどこか遠くに消え去っていた。


 それは言うまでも無く、僕の幼馴染みによる脅威が消え去ったからである。


 2年A組の教室の扉を開くとすでに何人もの生徒が各々雑談に興じていたが、その数人がこちらに視線を向けて安堵した様子を見せる。


 廊下側の一番後ろの席には、制服をこの学校のものへと新調したばかりのハニー=レヴィアンこと杉村蜂蜜がどこかそわそわした様に制服をいじっている。いかにも着なれていない感じだが、ピーコート風の深緑色をした上着は彼女の為にデザインされた様に思えるほど似合っていた。


 そしてその杉村の前の席二つを、僕の悪友2人が占拠している。杉村の席の隣は僕の席なので、心理部の3人が囲う形になる。まさに人間で出来た檻の様だ。


 悪友、佐藤深緋さとうこきひ若草青磁わかくさせいじが手を上げて挨拶する。


 心理部で杉村との対話を済ませた僕等には杉村に対する恐怖は消えている。


 ただし、他の生徒の杉村に対する恐怖心は未だに消えていない。一部では僕等心理部は英国の殺戮兵器を看破した三英雄として崇められているらしい。


 ワンテンポ遅れて、杉村が隣の席に腰かける僕に気付いて挨拶する。


「おはようございます。ろっくん!」


 その緊張気味の挨拶を受けて僕はやんわりの挨拶を返す。


「あの、この制服似合ってますか?」


僕が2回頷くと、彼女も満足したのか落ち着きを取り戻す。前の席2人も同様に頷く。


「佐藤と同じものを着ているのに、全く別の仕上がりに思えてくる」


「ホント、私が着るとこんなにも地味なのに、なんでかな。やっぱりその黄金の髪と白い肌の性かな?ってお前が言うな!」


と、若草を肘鉄する佐藤。


 杉村はもじもじと左右に垂らした髪を恥ずかしげにいじいじしている。少し聞きたかった事を聞いてみた。


「杉村、なんで蜂蜜って名乗ってるんだ?確か本名はハニーのはずでは?」


 杉村が面食らったように目を瞬かせる。


「それは、その・・・・・・私の本名はろっくん以外にあまり呼ばれたくないから。好きじゃ無くて・・・・・・」


 そうか、この名前で呼んだら、ダーリンって呼ばれそうだっちゃね。僕はとりあえず、顔を赤面させて聞かなかった事にした。


 前の席にいる佐藤と若草は口をあんぐりさせている。杉村はつくろうように付け加える。


「あ!あと、ハニーって名前の赤髪だったり金髪だったりする有名人が日本には居るから馬鹿にされたくなくて」


 杉村の指す日本の有名人とは、昔のアニメの主人公を指している。コスプレとか見てみたいものだ。


 ふと、廊下側の後方からの視線を感じて振り向くと、そこには恨めしそうな目をした東雲雀しののめすずめがこちらを見ていた。


 杉村が大人しくなって以来の唯一の被害者だろう。


 「おい!杉村よ、私との決着はどうした!このままではお前の負けになったままだぞ?」


 強気の発言の割にはどこか気を使った丁寧な言い回しだった。杉村はどこか申し訳なさそうに答える。


「ごめんなさい、ろっくんが傍に居て危険を感じない今、あの子は出て来れない」


「いや、お前でもいい。戦闘能力は元を辿ればお前自身から生み出されているのだから同じであろう?」


 尚も喰い下がろうとする東雲に杉村がやんわりと否定する。


「目的が私に無い以上、貴女とは闘えません」


 ならばと、木刀を脇から出してわざとらしく杉村に切りかかろうとする。そして一瞬だが、戦士の様な眼つきを見せる杉村だったが、歯を食いしばってそれを遮断させる。


 東雲に無抵抗の相手を傷つける精神が無いのを見越しての事だ。以前の杉村なら過剰防衛とも言える行動をとっていたが、今の杉村は完全に冷静さを取り戻していた。


 その姿は昔、僕等が森でサババルごっこをしていた頃の彼女を思い出させた。彼女のコードネームは、Hornetホーネットで僕はアオミドロだった。


 東雲が肩をがっくりと落とすと、そこに学年代表の田宮稲穂たみやいなほが遮るようにやってきて東雲雀をクラスに戻るように促す。


 和風美人なこの二人は並ぶとすごく絵になった。


「ほら、すず、もう少しで授業が始まるでしょ?杉村さんも迷惑してそうだし、今日は帰んなさい」


「稲穂が言うなら仕方ない」とヘアピンを外して前髪を整えるとしぶしぶ2年B組に帰っていく東雲。彼女がヘアピンをするのは戦いの時だけみたいだ。


 そこに入れ替わる様に今度は爽やかそうな青年が顔を覗かせる。


杉村の脅威が収まって、また次第にファンが増えてきたようだ。このいかにもモテそうな顔立ちはどこかで見た気がする。


「やぁ、田宮さん。今日も綺麗だね」


「ありがとうございます、それより、このクラスに何か用事ですか?会長?」


田宮が流すように用件を尋ねる。


「これを杉村さんに渡したくてね」


その手には、手紙の様なものが握られていた。僕は思い出す。


「あ!あんたは確か、杉村の下駄箱前で倒れていたラヴ・レター先輩?」


 微笑む田宮に会長と呼ばれた先輩は確か、我ら軍部を潰した張本人だった。


「こんにちわ、石竹くん。軍部廃部の件に関しては貴重な情報提供ありがとう」


「いえ、まぁ、俺、捕虜っすから」


 笑顔を分け隔てなく僕にも与えた会長は杉村に堂々と手紙を渡そううとした。その瞬間だった。


 杉村のスカートが翻り、その右足が会長を入口のドアに叩きつけた。辺りが騒然とする中、僕だけが声をかけた。


「ハニー?」


 鋭い視線が僕すらも射抜く。


「私は働きウォーカー女王蜂クイーンを守るものだ」


 制服を新調した為、武器を保持していないのか片手を前に構えて戦闘態勢をとる。


 会長の手にしていたラヴ・レターが虚しく床に舞い散った。


 杉村の中で、会長は未だに靴箱に爆薬を仕掛けようとした危険人物として認識されているらしい。


 僅かな違いだが、僕と本当の意味で再会した杉村のもう一つの人格、ウォーカーさんにも若干の変化が見られている。


 あの質問の呪縛から解き放たれているので、警告すら無しで攻撃に移れるという事だ。だから余計性質が悪くなっているかも知れない。


「働き蜂ウォーカー」さんは突然やってくる。

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