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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
みつばちのきおく
306/319

黒煙のドレス

 双眼鏡を覗き、レストラン「みっどうぇ〜」店内に居る要人の安否を確認する。


 道路側の窓には一台の大型ワゴンが煙を上げ、ハザードが雨の中で橙色に瞬き続けている。爆発の心配は無さそうだが、俺の放った一発の.357マグナム弾が奴らに回収され無い為に継続して現場の動きを観察していた。


 犯人グループは五人。

 暗殺者二人に運び屋一人。


 全員の死亡を確認。


 警察や英国軍なら弾を回収されても問題無いが、此方側の人間に回収されたら面倒な事になるのでそれは避けたい。俺の扱うこの黒いデザートイーグルの銃は誠一さんから託された物で、弾丸の旋条痕から持ち主が特定された場合、被害が誠一さんに及ぶからだ。


 流石に組織と対立して生き残る自信は無い。


 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。ようやく警察が動いたようだ。レストランの入口横の壁に誠一さんが殺された一般人の男性と暗殺者の姉妹二人、殺した犯人達を引きずりながら几帳面に並べていく姿が見える。


 誠一さんの家族は無事な様だった。


 ただ、娘さんの友人らしき少年と母親と思わしき人物がずっと傍で少年の事を抱き締めているのが気になった。まぁ、誠一さん以外の人間に興味は無いが。


 ……俺は逃走車に乗った運び屋の男を撃ち殺した後、そのまま外から一番厄介である暗殺者を殺すつもりで居た。ただ、離れた場所から撃つとなると外れた時の被害と、もし、暗殺者の胴体を貫通して人質に当たってしまう場合を恐れた。


 一般人が一人犠牲になったが、それは見せしめとしては有効であった。それ以上の犠牲者を増やさなかったのは幸いだろう。もし、誠一さんの娘が下手に動いていたら誰かが殺されていたかも知れないし。


 信じ難い事だが……それを防いだのはトイレから戻ったあの少年だ。室内での出来事は事前に仕掛けておいた盗聴器から音声は拾えていた。銃撃戦にもつれ込んだ中、出て来た少年は自然を装い、犯人に近付き、そして致命に繋がる胴体へ銃撃を加えた。


 もしかしたら素人が離れて撃っても当たらない事を知っていたのかも知れない。当たる距離まで近付いたのはその為か。


 何より彼の最も功績が大きい部分はトイレに行く道中、転倒し、泣き叫ぶ事によって意識の無い杉村夫妻を起こす切っ掛けを作った事になる。暗殺者達は無能では無い。一歩間違えれば結果は違ったものになっていた。


 そして更に確実性を増す為に一番警戒されないであろう自分自身を利用した事になる。拳銃はワルサー系のものであるから、もしかしたら転倒したタイミングで誠一さんの懐に忍ばせていたものを借りたのかも知れない。


 それを使い、戦力を削ぐ為、犯人の仲間の一人を誘い出して撃ち殺した。


 銃撃戦の時、素人相手の立ち回りで稲妻…雷獣の爪と呼ばれたゾフィーさんが負ける事は無かった筈だ。彼女があの場面で降伏したのはトイレから出て来た少年に流れ弾が当たる事を恐れたからだ。


 そして酔い潰れた誠一さんが目を覚ました事を犯人達に悟られ無い様に自分へと注意を向けさせた。雷獣の牙を担う誠一さんが目覚めた段階で既に雌雄は決した事になる。彼の実力を知る者なら。日本にしか活動拠点を持たない彼等は知る由も無いだろう。その男が到底自分の敵わない相手である事など。


「それにしても……護衛の三人は本当に役立たずッスね……殺すなら先に妹を殺せば鎮圧出来たのに……まぁ……此方側へコネクト方法が無い真っ当な人間には無理な話っスかね」


 もし、犯人達が残忍で、SASの人間の胴体では無く頭を撃ち抜かせていたら?そして重要人物では無いと踏んでいた杉村誠一を撃ち殺していたら?トイレに行きたがった少年を無理にでも外に追い出していたら?


 まんまと誠一さんの娘は誘拐され、大金は犯人に流れ、娘はバラバラに解体されていた。


「まぁ……そうなる前に撃ってたっスけどね。出て来た所を」


 腰のホルダーに収めたスコープ付きのデザートイーグルに触れて感触を確かめる。ゾフィーさんが此処で娘を連れて食事する事は急であったにも関わらず此方側の情報網に早い段階で流れてきていた。そういう美味しい話に情報で金を食う輩が放っておく訳も無い。


 元々、ゾフィーさんが来日する事も事前に分かっていた。場所が特定されるのも一瞬だ。日本で護衛三人で賄えると踏んでいたゾフィーさんが甘かった。勿論、誠一さんが横にいるという安心感もあったのだろう。


 若くして警察の組織に身を置くもう一人の娘、天使のコードネームで呼ばれるサリア嬢が気を効かせて退席したのも大きかったかも知れない。


 彼女が居れば多少強引にでも義妹を助け出していたのかも知れない。今頃は大急ぎでこっちに向かって来ているかも知れないが。


 パトカーのサイレンが近付き、その車体が視認出来る距離まで近付いて来た事を確認する。


「もう……大丈夫か。こっちも日本から退避しても良さそうっスね」


 双眼鏡から目を離した後、遠くで赤い何かがチラつき、確認しようとした瞬間、茂みに隠れていた俺の背後から声を掛けられる。その紅髪には見覚えがあったが、意識を背後に集中させる。


「やぁ……君のマグナム銃の音だったのか……この辺から聞こえて来たと思ったらドンピシャだね……戦車の少年」


 俺はその声を聞いて合点する。

 とっくに逃げたはずのお前が此処に居るという事は、あの少年に銃を渡した人間が誰であるかという事に。


「アンタの名前の漢字表記は難し過ぎて読めないんだけどさ、アンタが何者かは背後を見なくても分かる……証拠でも消しに来たか?」


 目を瞑り、女の立てる音に全神経を集中させる。まだ安全装置は解除していない。


「アハハ……君も私も同業者でお友達だよ?殺すにしても理由が無い……お互いにね?」


 妙に含みのあるその言い方に俺は呆れた様に溜息を吐く。こいつはわざわざ釘を刺しに来たのだ。お互い詮索は無用だという事を。


「そうそう……このM8000の拳銃をゾフィー=レヴィアンという人に返しといて貰えるかな?使い込まれてるけど、大事にメンテされている。肌身離さず持たれていた証拠だ。それに足がつく可能性もあるからね……これは捌けないんだ。だから宜しくね?おっと、まさかお金を取るなんて言わないよね?」


  両手を挙げ、茂みから姿を出して振り返るとM8000クーガーの黒い拳銃だけが置かれていた。その銃を拾い、俺もその場から姿を消す事にする。


「今回だけっスよ……誠一さん。恩はこれで返しましたからね……師匠」


 雨の匂いの中、硝煙の臭いが仄かに混じり込む。それはとある日本の飲食店で起きた小さな小さな事件として処理された。


 殺された暗殺者と殺した少年の名が世に出る事は無かった。それを知るのは当時の客と俺、そして何人かの関係者に留まった。


 墓石に名も刻めぬ哀れな暗殺者にせめてもの安寧が訪れる事を願い……。


  *


 母に抱かれながら僕は手元で光る銀色の拳銃を眺める。

 雛お姉さんが言っていた。これはワルサーPPKというモデルでジェームスボンドも扱っていた拳銃らしい。その先端には丸い筒が装着されて撃つ時の音が小さくなるらしい。僕はカッコ悪くなるからいいって断ったのに。


 雛お姉さん、逃げられたかな?


 トイレで死んでいた男の人を誠一おじさんが運び出す時、雛お姉さんの姿は見えなかったので無事に逃げられたんだと思う。もし雛お姉さんがお店の人に止められてトイレに隠れていなかったら、僕はフォークで戦うハメになって犯人に射殺され、ハニーちゃんは誘拐され、バラバラに解体されて、杉村さん家のお金も空っぽになっていたかも知れない。


 雛お姉さんに感謝しつつ、僕の目の前に遺体を並べ終えた誠一おじさんが僕を無言で見下ろしている。


「僕を怒る?」


 誠一おじさんは返事の代わりに手を僕に差し出す。


「あ、危ないもんね……いいよ、おじさんにあげるよ。ハニーちゃんの危機は救えたし」


 銃を渡すとおじさんが慣れた手つきで安全装置を掛け、マガジンを落とし、スライドを引いて残った中の弾を掌で受けて眺める。


「使い古されているのか外装に小さな傷が幾つもあるね。よく整備され大切にメンテが行き届いている。恐らく、常に身に付けていたものだろう。.25ACP弾……弾丸としては小さく反動も少ない。これならまだ子供でも扱い易い……勿論、女性でもね……これは君が犯人から奪ったものだろう?だから君のだ。持っていたまえ。後で弾丸も取り寄せてあげよう……その代わりと言ってはなんだが……」


「いいよ、僕もハニーちゃんとおじさんの訓練を受けてもいいよ?」


「フフッ……君はなかなか見所がある。白緑さん、葵さん……この子は貴方方が思っているよりも弱くはない。意識を失っていた私とゾフィーを起こし、犯人の戦力を分散する為に一人をこの場から引き離した。そして銃を手に入れた状態で犯人の目を欺き、格上の暗殺者に対しても臆する事無く近付き、そして最後までハニーを守り切ってくれた」


「運が良かっただけだよ……」


「知恵、機転、行動力、洞察力、そして何より君には強い心が備わっている。君の勇気には感服したよ。……君は君が思っている以上に素晴らしい人間だ……だろ?ゾフィー?」


 カウンターに寄り掛かり、氷袋を頭に乗せるゾフィーさんが呆れた様なジェスチャーを片手でとる。


「そうね……君が居なくても、私達なら何とかしたでしょうけど、娘の命を救った事に変わり無いわ。君には一つ、借りが出来たわ。ただ、娘との結婚は許して無いわよ?」


 誠一おじさんがハニーちゃんが床に投げ捨てたナイフを回収しながら微笑む。


「それは本人達に任せようじゃないか……。私から頼めるのは……これからは娘の背中を守って欲しいという事だ」


「背中だけでいいの?」


「あぁ。うちの娘は優しすぎるんだ……けど、誰にも負けない程強くなる素質を秘めている。ただ、少々お転婆で危険を顧みない事があるからね。君にはハニーが怪我しないように見ていて欲しい。もし、怪我をしたら手当してくれないかな?」


「……うん。友達だからね」


「そうだ。友達だ……宜しくね」


 誠一さんの視線が入口近くで膝を抱えて蹲るハニーちゃんを捉える。その視線に顔を赤くしたハニーちゃんが今度は僕を見つめる。


「パパの訓練……凄く厳しくて、面倒くさいよ?服も汚れちゃうし、慣れないうちはきっと怪我もする……それでも……」


「いいよ。僕は……君を悪い奴らから守りたい。それだけだから……誰にも僕の友達を奪わせないよ」


「わ、わた……」


 わた?


「私の所為で……誰も死んで欲しく無い……なんで逃げれたのに緑青は逃げなかったの?怖く無かったの?」


「震える程怖かった……初めての友達を失う事が。だから良かっ」


 ハニーちゃんの姿が一瞬消えた様な錯覚を覚えて目を擦ると、いつのまにか僕に覆い被さる様に抱きついていた。蜂蜜の様な甘い香りと、その身体の暖かさが僕を温めてくれた。


「私も怖かったよ!皆んなが、貴方が!殺されちゃうかと思って!!」


 包丁を突き付けられても泣かなかった彼女がその時初めて見せた泣き顔はさっきの母の顔によく似ていた気がした。


 遠くに聞こえるサイレンの音と共に黒いドレス姿の女性が黒い拳銃片手に入ってくる。


 その女性は銃に手を掛けたまま、壁一面にこびり付いた血を確認した後、店内の様子を伺う。


「これは……一体何があったの?誠一さん、ゾフィー?」


 淡い水色の瞳を持つその女性が抱き合う僕等の側まで寄ってきて膝をつく。銃は既に仕舞われていた。


「大丈夫よ……ハニー……もう大丈夫だから……もうすぐ警察と義姉も駆けつける。もう脅威は去ったのよ……」


「うん……分かってる……分かってるけど」


 ハニーちゃんを背後から優しく撫でる彼女は儚げだった。その瞳が僕の目を覗き込む。何かを見透かされてる様で本能的に僕はこの紅髪のお姉さんを警戒する。その肌は白くて死人の様にも思えたから。


「君は……怖く無かったの?」


 僕は首を傾げ、自分の手を広げて見下ろす。


「怖かったはずなんだけど……よく分からなくて。人を撃ち殺したのに何も感じないんだ……何でだろう?僕は知ってるんだ……抗う事の出来る人間だけが生き残れるって事を。だから、僕は……」


 紅髪のお姉さんの哀れむ様な表情が見えた瞬間、頬に衝撃が走る。軽く叩かれた?


「君は……泣いていいの。我慢しなくていい……落ち着いて聞いて?貴方は昔の私と一緒なの……自分に降りかかる全ての不幸を受け入れ過ぎている。心に蓋をして、感情を殺し過ぎて分からなくなっている……もういいのよ……」


 僕が我慢をしてる?


 違う。全ては仕方の無い事だった。


 ハニーちゃんを守る為に僕は多少無茶でも犯人に近付く必要性があった。


 トイレに誘い込んだ犯人はきっと雛お姉さんが殺した。関係無い。けど、僕があの男の人をトイレに連れて行かなかったら今も生きていたのかも知れない。


 僕が間接的に殺したんだ。

 でも仕方ないよね。


 暗殺者のお姉さんも仕方無かった。


 撃てば怯むと思ってた、抵抗しないと思ってた……けど、ハニーちゃんがもし、暗殺者のナイフを捌けなかったら死んでいた……。


 僕が手を抜いたから。


 今回はたまたま上手くいっただけだ。


「もし、僕が失敗してたら……ハニーちゃんは死んでた?僕があのお姉さんをしっかりと殺さなかったから……」


 紅髪のお姉さんがそれは違うと首を振る。


「違うわ……貴方は何もしなくても良かった……殺す役目は他の人で良かったのよ……貴方が封じ込めている感情は……恐怖や怯えでは無い。人を殺した事に対する罪悪感よ……守る事を、生き残る事を理由に、君は殺した事を正当化し過ぎている。順応し過ぎてるって言った方がいいのかな?」


 僕は再び自分の手を広げ、裏返してその痕跡を発見する。


 それは暗殺者のお姉さんを撃った時に付着した返り血だった。


「僕は……僕が殺したんだ……あのお姉さんを……僕が。あの人にも家族が居て、守りたい人も居た。でも死んじゃったらそれを悲しむ人がいる……?」


「いいの……緑青は悪くない。緑青は私を守ってくれた……私が殺すはずだった……それを貴方が肩代わりしてくれただけなの」


 耳元で囁くハニーちゃんの声で僕の中で堰き止められていた感情が溢れてくる。


 母とハニーちゃんの腕を振り解き、その場から逃げようと走り出す。頭が、頭が痛い。


 お腹が気持ち悪くなって吐きそうになる口を押さえながら。紅髪のお姉さんの横を通り抜けようとしたらけど、足を払われて横転する。


 床に転がる間際、紅髪のお姉さんがしっかりと僕を抱き留めてくれる。


「いいの。それでいいのよ……それが正しい心の反応なの……我慢しないで?無理に心に蓋をすれば歪んでしまう。昔の私みたいに……貴方にはそうなって欲しくないの」


「僕は!僕は……殺したんだ!人を!もうその人は誰とも会えないし、何も食べられないし、色んな楽しい事も味わえない……僕が奪ったんだ!全部!」


 混乱する思考の中、紅髪のお姉さんが僕を抱き締め、ゆっくりの頭を撫でながら諭してくれる。


「いいの……今は忘れなさい。君には抱えきれない。大丈夫、今日、此処では何も起きなかった……君は楽しい楽しい食事会を終えて、何事も無く、家に帰るの。今日はもう疲れたでしょう……だから、眠りなさい……好きなだけね……いい子だから…………」


 頭が白み、全身の力が抜けて僕はそのまま眠りについた。


 次に目を覚ました時はきっといつも通りの生活が待っているんだ。


 きっと……。

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