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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
みつばちのきおく
305/319

ペトリコール

「クフフ……良い度胸ね……貴女達。よりにもよって戦闘的な軍を持たない日本人が、英国の軍事責任者を相手に喧嘩を吹っ掛けるとはね。英国の歴史は常に戦いの中にあった私達に、よもや平和ボケした日本人ごときに……」


 椅子に繋がれた母、ゾフィー=レヴィアンが虚空を睨みつけながら啖呵を切る。その焦点が定まっていないのは口に含んだパンの切れ端から滲み出た毒がまだ回っているのかも知れない。


 母の挑発に怒りを露わにしたグロック26を構える小男が母の顎下に銃口を押し付けて無理矢理上を向かされる。


「その平和ボケした日本人を甘く見た結果がコレだよ。大事な娘を誘拐され、肉片一片に至るまで利用されたあげく、金を毟り取られるんだ……あんたがいくら喚こうが、逃走用の車が壊されただけだ。店にはこれだけの人質が居れば何とかな……」


 小男の意識が店内の客に逸れた瞬間、母が顎を器用に使って銃口を逸らした瞬間、驚いた男の手から銃弾が発砲され、天井の照明が一部破壊されてその破片が降り注ぐ。


 銃声と破裂音に気を取られた全員が視線を母に戻すと状況は反転。椅子に縛られていた母の足下に犯人が床に仰向けにされて倒れていた。動揺する犯人と店内の客。


「な?何が起きて?」


 母の紺碧のタイトスカートから伸びた長く白い足。その足先のヒールが犯人の銃を持つ右腕と喉元を抑え込む。


「銃を渡されて強くなった気でもいたのかしら?」


 苦しそうに喘ぐ小男が喉笛をヒールで潰され、目を見開きながら力無く血の海に沈んでいく。


「銃は子供にはまだ早過ぎるわ」


 呆気に取られる群衆の中、母は椅子ごと床に倒れ込むと同時に後ろ手を椅子から引き抜くと、両手を縛られたまま流れるような所作で犯人のグロック26を奪う。拳銃保持者二人の死角になる会計カウンターへとその身を素早く隠す。


「な、なんだ?聞いてない!こんなの……ゾフィーさんはデスクワーク職の人間なはず!そんな情報、どこにも無かった!」


 背後の暗殺者の動揺が背中越しに伝わってくる。血が滴る包丁を眼前に突き付けられ、生きた心地がしないけど。カウンターに向けて店の奥からベレッタを構えた二人の犯人が母の隠れるカウンターに向けて次々と銃を撃ち込んでいく。


 流れ弾を恐れた背後の暗殺者が出入口付近まで私を引っ張り、母からの射線上に私を置いて盾にしている。激しい銃撃戦の中、母が手持ちの銃を空中に放り投げて、降参の合図とする。


「分かったからやめなさい!二対一、入口には一流の暗殺者……人質は多数。射角的にこちらからはどちらにしろ撃てない。私は自分に向けられた脅威を退けただけ。こちらとしても無用な被害は出したく無いの」


 銃が捨てられた事を確認した二人の男がカウンターににじり寄り、母に投降を促す。


 母が縛られた両手を上げながらカウンターから出て来ると、髪を掴まれカウンターのテーブルに体を押し付けられ、頭に銃を突き付けられてしまう。私はその騒ぎの中、ただじっとしている事しか出来なかった。冷静に観測は出来ても行動する事が出来無い。


「大人しくしていろ!このクソ女!仲間を殺しやがって!」


 母が溜息を吐きながら犯人に大人しく従う。


 主犯格であるベレッタナノを構えたニット帽の男が店内に銃口を向けながら暗殺者に相談を持ちかける。床に蹲るSASの三人への警戒も怠って無いのは流石だ。彼等は命に代えても私を暗殺者から引き剥がそうと機会を伺っていた。


 私は彼等の目を見て首を振り、それは許さないと念を押す。銃声が鳴り止み、火薬の匂いが店内に充満している。焦る主犯の男と暗殺者のやりとり以外の音は聞こえない。


「あんた……どうする?仲間が二人やられた……車は使えない」


 暗殺者が私の拘束を強め、痛みが腕の関節に走る。


「仕方ない……動かれたら厄介なゾフィーさんの脚を撃ち抜いた後、親子共々裏口から連れて出るしかない……車は裏口の駐車場に停めてある車を拝借する……早くもう一人の仲間を連れて出よう」


 そういえば、緑青はトイレに行ったまま帰って来ない。


 私の予定ではとっくに私は犯人と共に店を後にしてたんだけど、逆に今出てこられたら困ってしまう。


「宮川は……ガキのトイレに付き添いに……あいつ、何やってんだよ。待ってろ、呼びにいってくる」


 主犯の男が拳銃を店内に向けながらトイレのある通路に呼び掛ける。


「おい!宮川!ガキはもういい!まずい事になった。早くこっちに……」


 静けさを取り戻した店内に靴音を響かせながら一人の少年がハンカチで手を拭きながらマイペースに出て来る。


「ふぅ……スッキリした……」


 緑青だ。私は思わず叫ぶ。


「緑青のバカ!なんで出て来るのよっ!」


「え?だって……トイレが終わったから……」


「逃げるチャンスだったのに……」


「あはは……ごめんね?でも大丈夫だよ。僕だけはお店の外に出ていいって言われたから」


 緑青が真っ直ぐこちらに向って歩いて来る。脇目も振らずに私目指して。


「少年……止まれ。その約束は反故になった。君も此処から出さない」


 それでも緑青は止まらない。真っ直ぐと、その向こう側にある扉を目指して歩く。瞳はじっと私を見つめながら。


 母が犯人の一人に抑えつけられながら笑い声をあげる。痛いはずなのに全く怯まない。


「困った子ね……君は。私が銃を手放さなかったら、銃弾の雨の中を一人で歩くつもりだったの?」


「うん。僕はどうしようもないバカだと思う」


「まぁいいわ……自覚があるだけマシよ。この場に居る犯人達よりもね。ねぇ……その男の子が逃げる間、昔話をしましょうか?愚かな犯罪者達?」


 犯人に押さえ付けられているにも関わらず母はいつもの調子でまるで眩しい思い出を語る様にどこか懐かしそうに語る。それはきっと私の知らない母の大切な思い出だったのだろう。戸惑う犯人達を他所に母と緑青は自分がそうするべきだとまるで信じている様にその表情は揺らいでいない。


「貴女は暗殺者で、ニット帽の男が雇い主……貴方は何の為にそんな大金が必要なのかしら?」


 主犯格の男が一向にトイレから出てこない仲間に呼びかけながら答える。呼びに行けないのは、彼が此処から居なくなれば店内の客に圧を掛ける為の人間が居なくなるからだ。


「娘の……手術代だ……大金がいる……海外で受けさせる為に……」


「そう……不憫ね」


「同情はいらない。後には引けない……娘を持つアンタなら分かるだろ?」


「そうね……娘の命が助かるなら何だってするわ……人殺しでもね」


「なら頼む……何なら娘の命は助けてやってもいい……金さえ寄越してくれたら……」


「……だから暗殺者まで雇って銃を買い付け、こんな事までしたのね……」


「そうだ。だから見逃して……」


「見逃さない。ここで殺す。ここで見逃せば、このやり方は正しいと世界は認識してしまう。貴方と同じ様な境遇の人間が第二、第三と生まれ、不幸な人間は増えていく。貴方のその行ないで既に死人が出ている。うちのSASの新人も撃たれた。無関係な一般市民もそこの暗殺者が殺した」


 私の掴む暗殺者の手が震えて私に電波する。


「大口を叩かない方がいい……貴女の護衛は負傷し、娘は私の腕の中で命を握られている。貴女は何も出来ず、娘を連れ去られる……おい!早く仲間を連れて行くぞ!って、少年!こっちに来るな!それ以上近付くと殺す!子供だろうと容赦しない」


 緑青はチラリと背後の出入口に視線を移した後、諦めた様に溜息を吐く。その壁は殺された男性の血で赤く染まっていた。


「分かったよ……引き返すから、ハニーちゃんに最期の挨拶をさせてくれる?」


 暗殺者は何も答えず、それを是とした緑青が私の前に立ち、囁く様に話し掛ける。


「ごめんね……助けられ無くて」


「いいよ!そんなの!危ないから離れて!」


「……有難う。僕と友達になってくれて……」


 緑青がその言葉と共に私を抱き留めてくれる。彼の暖かさと共に私の鼓動は早く、高く鳴り響く。私と緑青が抱擁する間、母が語り掛ける。


「そうそう……昔話だったわよね……私には一人の師と呼べる人が居たわ。元々、SASの部隊で第一線で活躍していた退役軍人よ」


 暗殺者が再び母を警戒する。遠くで主犯の男が痺れを切らして仲間を呼びに通路の奥へと消えて行く。


「それが何だって言うんだ?」


「ギア=ネイル……退役後は護衛を主にする傭兵として活躍していたわ」


「その男がどうした?」


「さっき、貴女は私の所作に驚いてたわよね。私は彼から技能の一部を受け継いだ……近接戦闘とハンドガンの使い方ぐらいだけどね」


「自分が強いから逆らうなと言いたいのか?」


「いえ、貴女のその剣力なら私に充分刃は通るはずよ。その男は戦場で雷神と呼ばれていた……そして私はこの黄金に輝く金髪からか稲光とも呼ばれていたわね……こう見えても叩き上げの軍人よ?親のコネも地位も富も無い」


「だからどうした?」


「貴女のその力……別の方向なら役立てられたと思うの。私の下でなら……」


「私を雇うと?」


「金で雇われたのなら、こちらからの再雇用も考えてみてはどうかしら?」


「断る……お前の部下は私の姉の脳天を撃ち抜いて殺した。拘束専門の……非戦闘員の姉をお前の部下は殺した」


 その声に始めて隠されていた感情の様なものを感じさせた。


「そう……交渉決裂ね……残念だわ」


 静けさが店内を覆う中、慌しく主犯の男が駆けてくる。


「おい!坊主!どういう事だ!何をした!」


 仲間の男が動揺する主犯を宥め、状況を説明する様に求める。


「仲間が……トイレで胸を撃たれて死んでいた……坊主、何を……」


 私は驚いてすぐそばにある緑青の顔を眺める。


「ごめんね……お姉さん……ハニーちゃんは渡せない」


 背中から小さな破裂音が聞こえると同時に私の拘束は解かれ、暗殺者の女性が蹌踉めきながら入口の扉へ背中を預ける。


「お、お前……まさか……」


 緑青に背中を抱えられながら暗殺者と距離を取る。緑青の右手にはサイレンサーが装着されたワルサーPPKの拳銃が握られていた。


「狙って当たらないなら、当たるまで近付けばいい……雛お姉さんのアドバイスさ……さよなら、悪いお姉さん……」


 暗殺者のお腹周りが血で赤く染まっていく。口から血を滴らせながら包丁を構え、叫ぶ。


「や、やめ……ろ!」


 犯人の男二人が一斉にこちらに銃口を向けた瞬間、何故かニット帽の男が上空に吹き飛んで机の上に叩きつけられた。その光景に驚いたもう一人の犯人の隙を突いて、母が頭突きをかませ、怯んだ隙に男に蹴りを放つと、呻きながら蹌踉めく。


 黒く大きなシルエットが男に覆い被さる様はまるで獣が獲物を捕らえた様に見えた。訳も分からず、頭を床に叩きつけられた男は気を失い、銃声が三回鳴り響く。


 薬莢が音を立てて床を転げ、硝煙が燻る。


 男の頭から脳髄と血が垂れ流れ、辺りに拡がっていく。犯人に覆い被さった黒い影の獣は父だった。


 その鋭い眼光が腹部を抑える暗殺者に向けられる。


 その圧に私は身動き一つ取れなかった。私に対して見せる事の無かった圧倒的な殺意が暗殺者の女に重く圧し掛かる。


「え?あ……え?」


 それは困惑。新たに現れた脅威に脳の処理が追い付かない様だった。


「お前は……何者だ?」


 父がゆっくりと身体を持ち上げ、手に構えた愛銃のワルサーP38を暗殺者に向ける。


「ただのサラリーマンさ……」


「そんな訳無いだろ!一瞬のうちに銃を持った二人の男を退けた男がただのサラリーマンなど!」


 母がカウンターに背中を預け、話始める。


「私の師であるギアは戦場で傭兵稼業の傍ら、戦争孤児となった子供をボランティアで面倒を見ていたのよ。一人の戦場カメラマンの助けを借りてね?……雷神にはもう一人弟子が居た。私が師から一部しか技能を習得しなかったのに対し、その全てを引き継いだ人間が居た……」


「待て……聞いた事がある……戦場の雷神、稲光……そしてもう一人、出会ってはいけない人間……傭兵王、又の名を……」


「そうね、色々呼ばれてるわ。うちの二人目の夫はね?」


「雷神と対を為す存在……風神……」


 暗殺者の女性が震え出す。


「そんな……そんな情報組織には無かった!クリミナからは聞かされてない!知らない!ゾフィー=レヴィアンの夫が伝説の傭兵である事も!そんな訳が……そんな」


 父が身体についた埃を払いながらマイペースに答える。


「痕跡は消してるからね……私と……そして娘のね。尤も、娘の情報はどこからか漏れていたみたいだがね……おっと、まだ酔いが抜けて無くてね……フラついて仕方無い」


 父が転がった椅子を立て直し、どっかりと座る。


「ゾフィーが君達の事を訝しんだのはきっと君がサインを求めて来た時かな?君は店内に入ってすぐ迷わず隣に座る緑青君では無く、二つ隣に居るハニーを娘だと言い当てた。確かに同じ金髪だが、私の髪は黒い。隣に座る少年をまずは子供と見るはずだ。勿論、君が最初から店内にいた人間ならば話は別だが……さて」


父がナイフを一本懐から取り出すと、それを私のすぐ側に放り投げる。


 床に転がったそれは黒い柄のシース型ナイフ。銀色のドロップポイントの刃。あれはきっと軍でも使用された事のあるバークリバー製のBravo1だ。


「ハニー……どうするか分かってるね?」


 私の本能が告げる。

 ここでこの女を殺すべきだと。


 私は父の圧に背中を押されながら床に転がる銀刃のナイフを手に取る。


 至近距離で銃弾を腹に撃ち込まれた暗殺者はまだ手当をすれば助かる。


 私は自分の感情を押し殺し、一歩一歩、暗殺者の女に近付いていく。


 力無く腕を垂らした女が怯えた様に包丁を私に向ける。


 構わない。


 彼女の間合いの内に一歩踏み込んだ瞬間、白銀の軌跡を伴いながら私に襲い掛かる。けど、私が背中越しに感じたあの刃捌きは鈍り、とるに足らないものに感じた。


 私の頬に刃が当たる間際、ナイフの腹で相手の刃の軌道を変えて避ける。


 ナイフは好きだ。


 銃弾と違って自分の意思や技量がそのままダイレクトに反応する。


 私は両手でナイフを持ち上げ、彼女の脳を破壊する為に頭頂部に狙いを定める。


 このナイフなら頭蓋骨を容易に貫通するだろう。苦しみは一瞬。彼女は死ねば、撃たれた痛みや、妹が殺された苦しみから解放される。


 振り下ろした切っ先が彼女の頭上、僅か上のところで止まる。


 いや、止めたのは私だった。


「やっぱり……ダメだよ……私には殺せな……い」


 首を振りながら父に渡されたナイフを放り投げる。


「この人の人生を……終わらせる資格が私には無い……」


 父の溜息を離れた所から感じた瞬間、身体中が何かを警戒するように寒気が走る。


 それは暗殺者の最期の足掻きだった。


 抵抗する為のナイフは捨てた。どちらにしろもう私は彼女のナイフからは逃げられ無い。


 何かが弾ける音と共に彼女の包丁が空を舞い、力無くそれが床に転がる。父が暗殺者の腕を正確に撃ち抜き、彼女の右手を破壊して使えなくさせてしまった。その痛みに蹲る彼女を他所に、父は淡々と私に殺害命令を出す。


「全く……困った子だ……いいのかい?次、同じ事が起きた時、既にハニーは殺されているかも知れない。手は切り落とされ、足は炭になるまで焼かれ、胴体は散々犯人に弄ばれた後かも知れない」


「それでも!」


「ここで彼女を見逃せば次に狙われるのは……義姉のサリアかも知れない。ゾフィーかも知れない。そして誰より緑青君かも知れないんだぞ?」


「緑青……が?」


 振り返り緑青を見つめると、彼はいつもの調子で私に微笑みかけてくれた。


「ハニーちゃん……いいんだよ?僕の事は……どうなっても。話はもういいよね?」


 その言葉を言い終わるか否か、緑青は何の迷いも見せず、暗殺者の眉間を撃ち抜いた。


 頭が勢いよく仰け反り、仰向けになってフロアーに横たわる彼女の顔はどこか安らかで、半分吹き飛ばされた手は殺された自らの姉が横たわる場所を指差していた。


 私には出来なかった。


 例え、相手が悪い人間であったとしても、死んで良いとは思えない。


 彼女や犯人の彼等にも大切な家族が居た。


 彼等が死んで悲しむ人間がいる限り、人は人を自分の都合で殺した瞬間からその人の悪者になってしまう。


「どうして……そんなに簡単に殺せるの?」


 父が意識を取り戻した主犯格の男にゆっくりと、足音も無く近付くと、大型のナイフで四肢を切断し、何の弁明の余地も無く殺されてしまった。


 父が何の悪びれも無く真っ直ぐ答える。


「彼等は悪党だ。死んで当然の行ないをしてきた連中に慈悲など必要無い。ハニーは自分の心配をしなさい……」


「でも!殺して良い理由にならない!私やパパや……緑青が殺して良い理由にはならないんだよ!!そんなの可愛そうだよ!」


 母がいつもは見せない悲しい眼差しを私に向ける。分かってる……全部、分かってる!彼等が死んだのは……。


「理由なら……あるよ。僕はハニーちゃんに生きてて欲しかったから。それだけじゃダメかな?」


 緑青が何の淀みも無くそう答えた内容を噛み締め、私は死んでいった彼等の為に死後の平穏を祈りながら涙を流した。


 私が原因で死んでしまった哀れな彼等の為に。崩れ落ちる私の横を誰かが通り抜けて行く。


 歪む視界の端に映ったのは石竹葵さん……怯え、誰も動けない中、彼女だけが自分の息子の元へと駆け付けた。


 そして、彼女はただ、只管に、緑青に謝罪を重ねるのだった。


「ごめんね……ごめんね、緑青!私達の所為で貴方は、こんなにも……」


 私より泣き喚く葵さんの真意はきっとこうだ。誰かを守る為に他者を攻撃する事を良しとする幼い我が子に対する贖罪だった……。


 そして緑青は何を謝られているか分からないまま、ただ首を傾げ続けている。


 小さな手に握られた銀色の拳銃からはまだ硝煙が漂い、火薬と雨の匂いが混じっていた。

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