雛罌粟
<武器商人 雛罌粟>
今回の仕事で流した銃はベレッタPx4、ルガーLC9s、グロック26、ベレッタ ナノ、各銃に対応した弾薬をそれぞれ三十発。銃規制が厳しい日本ではそれで事足りる。
今回、相手から押収した銃はSASの三人からUSP、SIGP220、グロック17とゾフィー=レヴィアンからはベレッタM8000クーガー。四丁捌いて四丁をタダで手に入れたと思えば成功報酬無しでも充分見返りはあった。
銃規制の厳しい日本で銃と弾薬を手に入れるのは困難を極め、ましてや持ち歩く事自体リスクが伴う。私がやっている事は需要と供給その橋渡しである。
銃を流せば銃による犯罪が起き、不幸な人間が増える?そんな事は知った事では無い。銃という力を手に入れてまで何かをなそうとする酔狂な人間の事など知った事ではない。誰かが撃たれて心が痛まないのか?
撃つ奴が悪いんだよ。
道具に罪は無い。造られた事自体に罪は無いのよ。私を恨むなら銃を製造した設計者と生産したメーカーにクレームを寄越して頂戴。
取り敢えず私は全ての事が終わるまで此処に身を隠すつもりでいる。おっと、通路の方か声が聞こえてきたので私は部屋の隅に銃を詰め込んだ鞄を押し込んで自分の身体をドアから死角になる壁へピタリと付ける。
「(坊主……さっさと済ませろ)」
「(え?ここ男子トイレじゃないよ?)」
「(共用なんだよ。監視し易いし、もし何かあっても仲間のとこにすぐに駆けつけられるからな)」
そう。私が居るのは個室トイレだ。鍵を掛けなかったのは、もし、鍵が掛けられてると分かったら怪しまれて騒がれるからだ。私は息を潜め、もしもの為に愛銃のワルサーPPKの拳銃を構える。流石に私と分かったら犯人も撃たないと思うけど、相手は素人。驚いた拍子に撃たれては堪らない。撃たれる前に撃つが私の信条だ。あっ、扉が開かれて、入口のとこで会話してる。
「……おじさんとしては不安だもんね」
「何がだ?」
「他の人に先に逃げられたら嫌だもんね」
「アイツらはそんな事しねぇよ……あのフワフワした大学生っぽい暗殺者は別料金で雇ったからな……裏切るとしたらソイツだよ」
少年が背後を振り返り背後のニット帽の男の目を覗き込む。ルガーを渡した男はあの中でも武闘派で背が高く、筋肉凄い。
「お金で雇われた人は裏切らないよ……払う人が死んだらお金貰えないから。気をつけないといけないのは意思の弱そうなあの骸骨みたいな人。何度も入口を確認してた。あ、あの頭を撃たれた人はお友達?」
「小生意気な子供だな……。撃たれた奴も雇った人間だ……だから悲しくねぇ。あのフワフワ女の妹らしかったけどな。仕事の時は必ず二人で行動しているらしい」
「あの女の人は妹を殺されたんだよね……そんな素振り全く見えなかったのに……」
「知るかよ。そういう世界で生きてる奴等の事なんか知りたくも無い。ほら、さっさと済ませろ」
男の拳銃が個室の奥にある方を指し、促すと扉を閉める。どうやら外の様子が気になるらしい。ここで言う外とはトイレの外、つまり店内だけどね?
少年は溜息を吐いた後、便意を思い出した様に便座に腰掛けると、壁の傍で中腰になって潜んでいた私と当然目が合う。
「……や、やぁ……」
「あれ?お姉さん……さっきのサングラスの人?ハニーちゃんのママの銃を取っていった……」
「叫べば撃つ……」
私は構えた愛用のワルサーPPKを少年の頭より少しズレた位置、背後の壁に狙いを定める。子供は殺さない。一般人を殺した事も無いけど。素直に少年が口を噤む。
「……」
「あれ?叫ばないの?」
「叫んでいいの?」
「叫んだら撃つ……」
「……」
六歳ぐらいの男の子は何も言わず、そのまま便器に腰掛ける。ちなみにズボンは降ろしてない。降ろしてたら私は別の罪で捕まりそう。
「君、トイレに来たんだよね?私を気にせずしてもいいよ?」
「……え?特にそういう訳じゃないよ?お腹はいっぱいだけど、特にしたくない」
どういう事だろうか?わざわざ銃を突きつけられてまでトイレに?何を考えているのだ?この子供は?
「お姉さんは……なんでここに?先に逃げたと思ってたけど?」
「企業秘密だ」
本当は裏口から出ようとして、仕事熱心な厨房の人間に見つかり、正面玄関から出るように注意されたなんて言えない。カッコつけて立ち去ろうとして立ち去れ無かったなんて銃流しの雛罌粟としてカッコつかない。
「お姉さんはあの人達の仲間?」
その目が、声色から温度が消える。それは純粋な警戒心……殺意にも似た敵意がこちらに向けられるのが分かった。何なんだこの感覚は?私はこんな小さな男の子に怯えているのか?
私は拳銃を服の下に仕舞うと両手をあげる。
「安心していい。私はただの銃マニア。銃を欲しがる人達に分け与えてるだけさ。彼等とはただの利害関係しか無い。そしてもう彼等との取引は終わっている。無関係だ……」
「そっか……なら安心だね」
「君はどうしてわざわざトイレに?」
少年が少し考えた後、提案を出してくる。
「本当の事を話すから、お姉さんも本当の事を話してくれる?そしたらお姉さんの事は誰にも言わない」
私に交渉を持ちかけてきた?いや、私が信頼に値する人間かどうかを見定めているのか?
「お姉さんは……裏口から出ようとしたけど、止められたんだ。つまり、逃げられずに困っている。今、出て行ってもカッコつかないし、こんな騒ぎに巻き込まれたくないの」
少年が私の顔と声色を吟味するように私を暫く見つめた後、信用できると踏んだのか深く頷く。
「ね……お姉さん、僕と取引しない?口外しない対価は、お姉さんのそれでどう?僕は友達を犯人に奪われたく無い……だからお姉さんのそれがどうしても必要なんだ」
少年が微笑みながら私のお腹を指差す。私は誰と話をしているのだろうか。目の前に居るのは本当にただの少年?危うくも映る彼の瞳は揺らぎ、私の魂がまるで見透かされている様な気がした。
あ、したくも無いトイレに来た理由を聞いて無かった。
「え?それは……きっと僕が居ると僕の友達はきっと僕に被害が出るのを恐れて何も出来なくなると思うんだ。まず、僕がその場から居なくなるのは必ずで……あとは、拳銃持ってる人は四人居た。一人でもこっちに人員を避ければ何とかならないかなって。まぁ……そろそろ時間切れっぽいけど」
壁際に中腰で屈む私と便座に腰掛けると少年。香る芳香剤。扉が開けられて男が怒鳴り声をあげながら入って……来させない。
「お前……さっきから誰と話し……」
私の咄嗟に低姿勢から突き上げた肘鉄が相手の顎を捉え、その衝撃で声を出す間も無くその場に崩れ落ちる男。
外の連中にバレない様に倒れる前に身体を支え、トイレの中へと引き摺り込む。これではまるで悪質なトイレの花子さんだ。
あぁ〜、これ、やっちゃったなぁ……仕事は既に終えてるとは言え、顧客の一人を倒す必要無かったよね?
「お姉さん……強いね……」
私は取り敢えず平静を装う。
「フッ……素人なんかに負けないさ。これでもこの世界での暮らしは長いんだ……」
「ありがとう、これで一人減ったね」
「……」
「どっちにしろ、ここで相打ちになってでも殺そうとしてたから……」
「えっ?」
少年が背中に手を回すと、そこから銀色の食卓フォークが顔を覗かせる。
「少し無理だと思ってたんだ……拳銃にフォークは勝てないかなって」
「君、そんな事したら死んじゃうよ?撃たれると凄い痛いんだから……ほら、私もお腹撃たれて死にかけた」
上着のボタンを解いて、ブラウスを捲って撃たれた場所を少年に見せる。子供は純粋過ぎて、いや、無知すぎて死への感覚に疎すぎるのだろうか。
「凄い痛そうな後だね……」
私のお腹の傷跡を確認した後、照れた様に顔を背ける少年。そこは少年っぽい反応する事に私は可笑しくなって小さく笑い声をあげる。
「キミ、面白いね……クククッ」
「もう、からかわないでよ!」
「キミ、名前は?」
「……緑青、石竹緑青だよ」
「私は雛罌粟……ヒナゲシって漢字で書くと凄い難しいから覚えなくていいよ。私も書けないから。だから、本名の雛子って呼んでくれていい」
「じゃあ……雛子」
「呼び捨てかよ」
「雛ちゃん……」
「背は低いけど歴とした大人だから」
「雛お姉さん……」
「宜しい」
偶然居合わせたこの不思議な少年との間に妙な連帯感の様な絆が芽生え始めた頃、遠くからけたたましい自動車のスリップ音が聞こえた後、その衝突音と共に店全体が震える。
私はその衝撃の合間に鳴った銃声を聞き逃さない。恐らく、誰かがピンポイントで犯人達の逃走用の車を撃ち抜いて止めさせた。もしかしたら、あの三人の護衛の他に別の人間が外に居て狙撃された?
私は冷や汗をかく。
もし、私が表玄関から出ていたら……撃ち殺されていたのは私だったのかも知れない。