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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
みつばちのきおく
303/319

斬華

「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたの慈しみを忘れず、

 全ての人の幸せを祈りながら。主、イエス・キリストによって。アーメン」


 金髪の小さな少女が目を瞑り、祈りを捧げて十字を切る。

 命乞いの様に胸の前に組んだ手は食事への感謝だった。


「この状況が分かっているのかい?君は……?」


 背後から首に手を回され、眼前に突き付けられた小型の包丁に臆する事無く、目を開けた少女の緑碧色の瞳に揺らぎは感じられ無い。


「えぇ……こんな形だけど食事を終えたの。日本に来て初めて出来た友達との食事も嬉しかった……祈るぐらいいいでしょ?」


 包丁を突き付けられても一切の淀みも見せない幼い少女は背後の女に振り返る素振りもなく無く、その視線は店内へと向けられていた。


 先程まで友達の親に対して四苦八苦していた可愛い少女の姿は顔を潜め、その冷たさが圧となって銃を構える者達の動きを止めていた。


 銃を構える四人の男、身なりは普通でありながらその手に握られた小型の護身銃はベレッタPx4(13発装填)、ルガーLC9s(7発装填)、グロック26(10発装填)、ベレッタ ナノ(6発装填)と携行に便利な拳銃だった。黄金の少女は相手に気付かれる事無く、犯人の武装と撃った弾の数を確認していた。それは父から教えられた銃器の知識であり、その大凡の装弾数に目星をつけ、犯人達が店内で乱射した場合、来客数の半数近くは撃ち殺せる事を確認すると、諦めた様に溜息を吐く。彼等は正確にSASである三人の護衛の胴体を一発で当てた。その事実からその弾数ぐらいは人を殺せるという事だ。対する杉村家側はSASの三人と母の拳銃が取られ、杉村誠一は酔い潰れている状況にあり、銃保持者である彼等四人への対応は困難極まり無い。店内にはお互いの死角をカバーする様に四人が広がり、その状況下ならば誰かに狙いを定めて撃つ間に他の三人から撃たれる事は容易に想像出来る。


 突破口があるとすれば入口付近で金髪少女を拘束する包丁を構えた女だ。彼女だけは銃を保持していなかった。


「お家に帰りたい……」


 仲間から花菱草と呼ばれた女性が首を振りながらそれを否定する。


「ごめんね、それはきっと叶えてあげられない……最終的に君の身体はゾフィーさんの家に配送される事になるだろうけど。お金と引き換えにね?」


「それなら……もし、銃撃戦になっても危なくない様に私の友達だけでも見逃して貰えない?」


 金髪少女はその時初めて犯人の腕の中で振り返り、彼女を目を見て話し掛ける。その悲しみに満ちた瞳の揺らぎを感じ取り、花菱草と呼ばれた女性は銃を店内に向ける仲間とアイコンタクトを取り、渋々少年を逃す事にする。一人子供が居なくなったところで状況は変わらないからだ。彼等も流れ弾で子供が死ぬ事を良しとはしていない。それは身体を切り刻まれる運命に晒されている金髪少女への罪悪感からの許しだった。


「まぁいい、分かった。これだけ人質が居るんだ。子供一人減ったところで問題無い。椅子にもたれ掛かってる少年……こっちへ来い」


 ルガーLC9sを構えた中年の男が花菱草の代わりに店内の入口までやってくると、少年を正面玄関まで呼び寄せる。扉の鍵を開き、少年を外に出そうとするが、その場で立ち止まる少年に首を傾げる。


「……やっぱり先にトイレ行っていい?我慢出来なくて……ここでしていいならトイレ行かなくてもいいけど……」


 少年に銃を突き付けながら眉を顰める男が花菱草に合図を送ると、トイレまで一緒に歩き出す。


「おじさんもトイレ?」


 ニット帽を被った中年の男が銃で早くトイレに行く様に催促させると、少年は思い出した様に慌ててトイレがある店の奥へと駆けようとする。


「おい、走んな……危ないだろ……って言わんこっちゃ無い……」


 緑青がロングコートを羽織る男性の椅子に引っ掛かり、その衝撃で椅子が倒れ、酔い潰れた長身の男ごと床に倒れ込んでしまう。男は英国国防省長官であるゾフィーの夫だった。金髪少女の小さな悲鳴と、少年の方の母親が立ち上がり、駆け寄ろうとするが、別の銃を持つ男性に銃口を向けられ、席に座らされる。


 痛みで少年が泣き叫ぶ中、呆れたルガーLC9sの男が少年をあやしながらトイレへ続く通路へと連れて行く。


「緑青……大丈夫かな……」


「やっぱりお友達の事は心配なんだね……それより、君の渋いお父さん、倒れちゃったけど平気?」


 少し間が空いてキョトンと首を傾げた後、さも当然の様に父親を突き放す。


「平気よ。殺しても死なないぐらいなんだから」


 その言葉の意味を知らぬ花菱草も首を傾げ、床に転がり気持ち良さそうに眠り続ける男を見下ろしていた。店内の銃保持者の数が三人になった事により、少女はこの偶然に活路を見出せないかを必死にシミュレートを繰り返していた。


「君はお父さんとあまり似てないね?」


 金髪少女はその時初めて見せる不快感を顔に現わし、自分の緑碧色の瞳を指差す。


「似てるわよ!!ほら、目元が!!ママや義姉と違って少し垂れてるの!!なんでみんな私の事、パパの養子とか言うの?本当のパパなんだからね!!」


 少女の琴線に触れたのか、腕の中で憤慨する少女に戸惑う花菱草。その騒ぎに乗じて客の一人が扉に走り込み、花菱草の横を駆け抜けていく。店内の三つの銃口が一斉にそちらに向けられるが、その方向に花菱草と人質の金髪少女が居る為、発砲出来ない。逃げ出した男はそれも計算済みだったのかも知れない。


 眼鏡を掛けたサラリーマン風の男が革鞄片手に玄関フロアの扉に手を掛ける。邪魔する人間は一人も居なかった。その背後で花菱草の声が響く。


「撃つ必要は……もう無い」


 サラリーマンの男が勢い良く中扉を開け、二、三歩踏み出した所で突然倒れこむ。男自身も一体自分の身に何が起きているかも分からないまま目を閉じ、そのまま倒れて絶命する。


 花菱草と呼ばれる暗殺者の横を通ったその場所から玄関に続くまでの床と壁には夥しい量の赤い鮮血が付着し、スカイブルーの壁を紅く染め上げていた。それは斬られた男の首から吹き出した血の跡だった。


「動くなと言ったよ……私は……私に手間を掛けさせないでよね、全く……そんなに仕事が大事かい……」


 その店内に居る誰もが彼女の繰る包丁の動きを捉える事が出来ず、手元は既に金髪少女の眼前へと戻されていた。苛立つ彼女に金髪少女はその時初めて恐怖の色を顔に浮かべた。銃を保持していないといだけで警戒していなかった女性が一番警戒すべき相手だと悟ったからだ。寧ろ、人質を拘束し、動けない方が安全であり、彼女がもし、店内を自由に歩き回れるなら更に人が死ぬ数は増える。


 金髪少女は唯一、彼女の斬撃を追い、横を駆けるサラリーマンの首に与えられた一瞬の致命に至る一撃、それを垣間見た。そして相手との力量差を思い知り、絶望する。


「どうしたんだい?お嬢ちゃん?」


「貴女……多分、私より強い……」


「アハハ、何を言ってるんだ?でなきゃこんなリスクを犯さないよ。……護衛付きのお嬢さんを白昼堂々とね?失敗する見込みのある仕事は初めから受けないさ。それが私達暗殺者だ……まぁ……霞草が撃ち殺されたのは想定外だったけどね……君らの護衛は私達の想定より少し上手だった。それだけだよ」


「……暗殺……者……?」


「そう……金を貰えば何でもする便利屋さんさ。今回はそこでベレッタの銃を構える男に頼まれた……そういう事だから大人しくしてなさい……彼には莫大な金が必要で、その為の投資も既に行なわれた。後戻りは出来ない人間は怖いよ?君はいずれ死ぬけど、他の人がこれ以上殺されたく無かったら大人しくしている事だよ。何を企んでいるかは知らないけどね。君の母親は大事な金蔓だから殺さないけど、そこで酔い潰れてるお父さんは死んじゃっても私達は一向に構わないからね……フフフ」


 ベレッタの拳銃を持つ男が死んだサラリーマンの死体を店内に引き戻し、扉に鍵を掛け直す。


「花菱草……トイレから出て来ても少年を逃すのは無しだ。それより、いつここから逃げる?流石に悠長な事をしていると、通報されるぞ?」


「安心しろ……指定の時間に仲間が車を裏口に回す算段はついている。その連絡を待っているのだけど……少し遅いわね……今なら逃げだせるけど、金髪の女の子に包丁突き付けながら歩くのは流石に目立つわ……」


「早くしてくれ!あと五分だ。これ以上待たされるなら、俺達だけでも逃げるからな!お前は報酬分、その女の子を攫って一人でここから勝手に逃げ出せばいい」


「……落ちついて下さいよ……私が逃走の依頼をしたのはプロの運び屋です。もう少し待てばきっと……」


 その時、豪快なブレーキ音と共にレストランの窓から黒いワゴンが横切るのが見え、スリップした車がレストランの前の生垣に衝突する。その衝撃で店内が揺れ、人々が騒めく。慌てて犯人の一人が窓越しに衝突した車を覗き込むと、ワゴンのフロントガラスは割れ、運転手の男は頭から血を流していた。


 遠くから再度の破裂音が聞こえると共に黒いワゴンからドス黒い煙が立ち上り、炎上を始めると車はたちまち炎に包まれ、爆発しするとレストランの分厚い強化ガラスにヒビが入る。


「運び屋の男が……事故を、いや、殺されたのか?」


 どよめく店内に於いて、女性の笑い声が響き渡る。

 その笑い声の主を店中の人間が探し、その目星をつける。


 その人物は椅子に拘束され、身動きの取れない淡い金髪の女性……人質となった少女の母親ゾフィー=レヴィアンだった。


「アハハハ……ねぇ?貴女達……本気で私の目の前で娘を拐えるとでも思ったのかしら?残念ね……そんなもの……」


 少女の母親が口に含んだパンの欠片を吐き出し、少女の背後で包丁を構える花菱草を睨みつける。それは殺意というより、娘を危険な目に合わせ、大切な家族との食事を壊された怒りだった。


「百億分の一の確率も無いわ。……残念ね、ここが貴女達の墓場よ、犯罪者達」


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