和平交渉
杉村家と石竹家の簡単な自己紹介を終え、空になったスープのお皿が青縞柄セーラー服のウェイトレスさん達に退げられていく。
それと入れ替わる様に店長自らハンバーグの乗った鉄板を私達の前に丁寧に並べていく。
出来立てのハンバーグがまるで踊る様に鉄板の上で音を立てながらソースと肉汁を弾けさせる。その食欲を唆る匂いに私は必死にお腹を抑えた。音が鳴らない様に気を付けて。一番聞かれたく無い彼が横に居るからだ。
幸いな事に先程運ばれてきたトウモロコシのスープのお陰で空腹は抑えられてい……る?
「きゅ〜……」
近くから少し可愛い感じのお腹の音が聞こえて緑青の方を向いてしまう。これは逆に失礼になってしまうけどつい反応してしまった。
母も聞こえていたと思うけど、何も聞こえていない様に首元にナフキンを付け、目を瞑って静かに配膳が終わるのをじっと待っていた。黄金の鮮やかなその睫毛は光を湛え、輝いている様にも見える。
母と義姉の髪色はプラチナブロンドで真っ直ぐ綺麗な髪なのに、私の髪は少し癖がついていてまるでくすむ様に蜂蜜の様な鼈甲色が光の加減で差し込んで見える。母の銀色に近いその髪を眺めていると、目を瞑る母の口が開き、私を咎める。
「ハニー……そんなに犯人探しをしたいのなら探偵でも雇いなさい」
「ちが、私は……その……」
私はそれ以上何も言えなくなって視線を自分の小さな膝小僧へと戻す。
「どうしたの?ハニーちゃん?」
緑青がお腹の音にまるで気付いていない様に首を傾げる。
「ううん、何でも無いの。勘違いだったみたい……?」
夫々の席にメインディッシュと共にパンやライスが慌ただしく並べられていく中、緑青の前に座る葵さんが手を膝の上に乗せて、顔を真っ赤にしながら俯いている姿を目の当たりにする。
「あっ、さっき……緑青にスープをあげたから……」
彼女もお腹が空いてたのに、それを我慢してコーンスープを喜ぶ緑青にあげたのかも知れない。でも本人はとうもろこしが嫌いだと言っていたから単に好き嫌いの問題なのかも知れないけど。
さっきまで無関心で無表情だった石竹葵さんの顔は一変して、まるで無垢な少女に返った様に視線を泳がせて狼狽している。その視線が私を捉え、恥ずかしそうに不器用そうな笑顔をその顔に浮かべる。
少し私は彼女の事を誤解していたのかも知れな……い?誰かの気配を感じて横を向くと、不思議そうにこちらを見つめる緑青の小さな顔があった。近い。すごく。
「呼んだ?」
「近いよっ!顔を急に寄せて来ないでよっ!」
葵さんと同じぐらい顔を真っ赤にさせた私は、顔がくっつきそうになった緑青を突き飛ばす。それが思いのほか強かったのか、緑青はそのままフェードアウトして椅子から転がり落ちてしまった、やり過ぎた!
勢いを殺せず、コロコロ転がる緑青を入口近くの席で待機していたSASの予備部隊員であるウォードが素早く支え、彼を立たせてくれた。
安堵の溜息を吐き、見上げた彼等の食卓にはサンドイッチやハンバーガー、チキンライスにイギリスと日本の国旗が刺されたお子様ランチまで並んでいる。警護担当の三人が母に怒られないか心配。完全に日本をエンジョイしている。
大丈夫なのかな?この三人。配属されて間もないらしいし。それより私の突き飛ばした緑青は無事だろうかと彼の様子を伺う。
「え?ありがとう……サングラスのおじさん……」
おじさんと言う言葉に僅かに眉を顰めるお子様ランチを頼んだウォードだけど、緑青の服を払ってあげた後、親指でグッドサインを作って座らせてあげていた。緑青もグッドサインで返している。黒いスーツにサングラスを掛け、長身で屈強な外国人に普通の人なら警戒する。緑青に警戒という概念は無いのかすっかり相手を信用しきっている表情だ。もう少し警戒してもいいと思うけど。
辿々しい日本語でウォードが答える。
「ケガはナイ?ボーイ?」
屈託の無い笑顔で背の高いウォードにお礼を言う緑青。緑青の事が気に入ったのか、彼の背中を軽く叩いてこちらを向くと、親指を立ててグッドサインを送ってくる。
「おテンバなハニーお嬢さんをヨロシクね!」
余計なお世話だ。私が頬を膨らませ、無言の抗議をすると、ウォードはホールドアップしてそそくさと席へと戻る。緑青はウォードに背中を叩かれて厳しい顔をしていた。
「背中打ち付けた?ごめんなさい……私の所為で……」
彼はまるで取り繕う様に笑顔を顔に貼り付けると首を振る。
「違う違う、これは……昨日、ちょっと家で転んじゃって……だから平気だよ!」
のぼせていた血が引き、冷たい殺意が内側から拡がっていくのを感じる。何だろう、この感覚は。
「それならいいけど……」
「それより、ほら、料理来たし食べよ?」
一見すると緑青はどこにでもありそうな幸せな家庭の子供に見える。けど、私の目の前で美味しそうに出来立てのビーフシチューハンバーグを頬張る男の子は家族に出来た歪みを一身に受け止め、何とか今を繋ぎとめようと必死なのかも知れない。
子供が出来る事なんてたかが知れている。それでも緑青は……必死に小さな抵抗を続けているのだ。
私達はまだ無力だ。
私の力は弱く、英国では政治家の娘として護衛を付けられ、大事に育てられてきた。何の不自由の無い暮らし、けどそこには母も父も居なかった。サリア義姉ちゃんも父も日本に。母は仕事で世界を飛び回り、殆ど家に帰らなかった。
そんな寂しさの中、私は唯一のワガママを認めて貰った。
それが日本で父と暮らす事。
最初は母も反対したけど、日本の治安の良さと、サリア義姉ちゃんが居るという事で渋々折れてくれた。周りの言いなりになっていた私の唯一の反抗だった。
私を守るべく立てられた壁は、同時に私を閉じ込める鳥籠でもあった。その不自由さに私は耐えられ無くなって飛び出したのだ。
緑青……じっと我慢して理不尽な暴力に耐え続ける必要なんて無い、無いんだよ?
私がその籠から彼を解き放つ一助になればいい。
卓を囲み、大人達が会話を交わす中、私は緑青を救い出す手段をもう一度シミュレートしていた。問題点打破の為には三つ、どうしても解決しないといけない事がある。
まず、こうやって大々的に親同士が顔を突き合わせれば、私と緑青との関係性は公認となり、私が何時彼の下へ訪れたとしても問題は無いはずだ。雨の日しか外出を許されず、公園に一人寂しく放置される現状を無くしたかった。
晴れの日に緑青とピクニックに行きたいのもあったけど。
「ハニーさん……食べないの?」
険しい顔でじっと緑青を見ていた私を不思議に思ったのか、石竹葵さんが私を心配して声を掛けてくれた。
「え?あ!食べます!」
私は慌ててナイフとフォークを手にすると、鉄板の上で湯気を立てるチーズトマトソースハンバーグを切り分けて口の中に放り込む。国産牛の手ごねハンバーグの肉汁が中から溢れ、癖の無いクリーミーなチーズと程良い酸味のトマトソースが調和し、私の想像を超えた味覚が舌を通して伝えられると、その美味しさに震える。けど、慌てて頬張った所為で、美味しさと共に熱も伝わってくる。
「熱いぃ!」
必死に口を押さてその熱さに耐え、涙目になりながら咀嚼し、その一口を飲み込む。
「ごめんなさい……冷めないうちにと思ったのだけど……猫舌でしたのね……ハニーさん」
グラスに注がれたオレンジジュースを飲み干して、事無きを得るけど舌を少し火傷してしまった。
母が卓に出された赤ワインを口にしながら補足してくれる。
「葵さん……娘も私と同じで猫舌なのよ。だから気にせず召し上がって下さい」
「は……はい」
それでも僅かな戸惑いを見せる葵さんの為、母も鉄板に乗せられたミニハンバーグと鶏肉とソーセージのミックスプレートに手をつける。流れる様な所作で、ソーセージをひと齧りして、葵さんに微笑み掛ける。母は強く厳しい。けど、決して人の気持ちを無下にする人では無い。
「そうですぞ、さぁ、遠慮無く食べて下さいな。私も他のメニューを追加するところです。ポークカツの追加を……」
「パひゃ、食べるの早すぎ!」
父のお皿にはまるで最初から何も乗って無かった様に綺麗に平らげられていた。母がナフキンで口元を押さえながら、ソーセージを飲み込むと、呆れながら溜息を吐く。
「貴方はもう少し味わって食べてよね?いっつもそう。私とハニーが冷めるのを待ってる間に食べちゃうんだから……」
「す、すまない……つい戦場での癖で……だが、きっちりと味わってはいるよ。ゾフィーの手作り料理もね?」
母が少し頬を赤くさせながら父に肘鉄を食らわしていた。何だかんだで仲が良い二人。そのやりとりを見て安心したのか、葵さんも目の前に用意されたチーズデミグラスソースハンバーグを切り分け始める。その口元は僅かに微笑んでいた気がする。
因みに母も口に入れたソーセージが熱かったのか、目の端に涙を溜めていた。そんな素振りはこれっぽっちも見せないけど。
「だ、ダメだ……もう食べられ無いよ……」
程よい熱さになったハンバーグを食べている私の横で、緑青がお腹を押さえながら椅子の背もたれに身体を預ける。緑青のお皿は空になっていた。
「緑青も食べるの早いのね?」
「普段は遅いけど、外食だと早いんだ……何でだろ?」
「……私の作るごはんが美味しく無いからかしら?」
葵さんが頬を膨らませながら緑青を恨めしく睨め付ける。可愛い。
「え?あ、ち、違うよ!ママのごはん……ちょっと変わってるけど、美味しいよ!だから何だか勿体無くて……ちょっと変わってるけど……」
しどろもどろになる緑青を見て、私と葵さんの目が合い、我慢出来なくて吹き出してお腹を押さえながら笑い声をあげてしまう。
「アハハ、緑青……ダメよ、もう何を言っても手遅れ。葵さん御立腹なんだから」
逃げ道を無くした緑青が今度は顔を両手で覆って隠してしまう。
「いいのよ……緑青。美味しいなら美味しいって言って?ママの作るちょっと変わった下手な料理よりも美味しいって」
お腹を押さえ、少女の様に笑う葵さんを垣間見て、私は好感を抱いた。でも、なぜ、雨の日に緑青を公園に置き去りにしてしまうのだろうか。何かきっと理由がある、そんな気がした。
葵さんはコーンが苦手だと言っていたけど、ハンバーグに添えられていたコーンも食べていたし、もしかしたらコーンスープを美味しそうに飲む緑青を見て、自分の分も飲ませてあげようと嘘をついたのかも知れない。彼女は緑青の事を少なからず愛している様に見える。
そして、緑青もまた母を愛していた。なら、歪みの元凶はどこにある?
「ママ……ごめんなさい……」
顔を隠しながら只管謝罪を続ける緑青が何だか可愛くて、可笑しくて、色々な事を考えながらも私もずっとお腹を押さえて耐えていた。笑い過ぎてお腹痛い。ここまで笑ったのいつ以来だろう。
美味しい料理を囲み、杉村家と石竹家の間にあった緊張は何時のまにか無くなり、石竹白緑さんとパパもビールで乾杯して、席を立ち、肩を組み合って意気投合している。母も気分良さそうに赤ワインを味わっているし。
「貴方、お店の迷惑でしょ?席に戻りなさい」
「いや、しかし、白緑殿もいける口で……」
「誠一さん、ほら、奥さんが困っています。席にお戻り下さい……石竹家の者として英国の方に恥をかかせる訳にはいけませんから……」
父はすっかり出来上がってしまっていて尚も席に戻る気配が無かった。仕方が無いから、私が父に言い聞かせる。
「パパ?席に戻りなさい……もう遊んであげないんだからね!」
その言葉にシュンとした父はビール瓶片手に大人しく席に着く。白緑さんが父に苦笑いを浮かべながら助け舟を出す。
「誠一さん、お嬢さんに遊んで貰うって……逆では無いんですか?」
母に空になったグラスに赤ワインを注がれながら、父が首を振ってそれを否定する。
「違わないんですよ……私がね……娘が心配でどうしても身を守る術を身に付けて貰いたくて、特訓させて頂いてるんですよ」
「特訓?」
「えぇ。最近はもう充分強くなったと言い張って、緑青君とばかり遊びに出掛けて……全然相手をしてくれなくなりましたが、私はこう考えてるんですよ……危険から身を守る最良の手段は自分がその脅威よりも強くなればいいと」
「は、はぁ……」
白緑さんが首を傾げながら頷く。それは私の考えと符合する。必要条件その二だ。それは父の教えでもあるのだけど、自らの身に降りかかる脅威は自分で払い除けられるならそれに越した事は無い。身を守る為の力をつければ問題無いという事だ。私は緑青と……遊びたいし、特訓もしたい……私よりも強くなって欲しいと願うのは女の子の自然な願望だ。でも……父の特訓は危険を跳ね除けるだけの力を付けるが為に、危険をその身に晒す必要がある。自分の子供ならいざ知らず、他人の子供だ。最低でも親御さんの許可が必要になる。そしてその承諾は恐らくまともな親なら出来ないだろう。
「ゾフィーは軍関係で政治的介入できる立場にあるから、弱みを握られれば悪用される可能性もある。そういう意味でハニーには肩身の狭い思いをさせていると感じている……サリアちゃんに関しては充分に犯罪に対する抵抗力を持っているし、実のお父上は警察でも地位のある方だから安心していますがね」
「はぁ……ですが、そんな物騒な話、日本では無縁でしょう……」
「確かにそうかも知れませんが……用心に越した事はありませんぞ?ゾフィーに似て可愛いからね」
「パパのバカ!」
私に罵声を、母に肘鉄を喰らいながらも笑う父。ポークカツを店員さんに頼んだ後、トイレに行く為に席を立つ。母が隣に座る緑青の方を振り向き、父に何か聞いてるかを尋ねる。
「ううん、知らない。一緒に食事するっていうのも突然だったし。僕が何か関係してるの?」
「誠一さんが私との時間や地位を多少利用してまで設けた遅めのランチよ?それに約束の段取りも本来ならせめて1ヶ月ぐらい前に調整期間を設けるはず。恐らく、そうしなければいけない何かがあったのよ……君は何か知らないかしら?」
その質問に一瞬、顔を引攣らせる緑青。
「ううん、知らない……分かんないよ」
その一瞬を母が逃す訳も無く、軽く緑青の頭を撫でた後、意味ありげに微笑みながら石竹夫妻の方を睨め付ける。
「そう……ならいいわ。誠一さんからの言葉を待ちましょう。ハニーから何かあるのかしら……?」
「わ、私は……緑青と」
私へ視線を移した後、新しく来店してきた女性に声を掛けられて振り向く母。
「何かしら?」
二人組の女性に声をかけられ、サインを求められている。タイミングが悪いにも程がある。母はメディアへ顔を出していたりするので意外と顔を知られているのかも知れない。花柄のワンピースに茶色のボレロを纏った女性が周到に用意された色紙にサインを求めてくる。
「あ、これ使って下さい」
少し迷惑そうにする母だけど、私や義姉が日本でお世話になっている事もあり、渋々渡されたマジックペンでサインを書く。
「こんな普通のサインが欲しいなんて……変わった人ね……芸能人じゃ無いんだから。名前は?え?そのままでいいのね?……はい、サインペン返すわよ?」
母がまるで書類にサインする様に飾り気の無い名前を色紙に書いて渡す。私ならそこに蜜蜂を描くかも知れない。蜂蜜のあの癖のある甘みは嫌いだけど。いつかは克服したい。自分の名前の食べ物ぐらい私だって好きでいたいから。
「有難う御座います!ゾフィーさんと言えば日本と英国を繋ぐ橋渡し的な政治家としてその美貌もさる事ながら我々八ツ森市民にも有名で……此方こそ感謝しか無いですよ!可愛いお嬢さんですね……お幾つですか?」
「大袈裟な……それを言うなら英国も日本からの支援を受けているわ。此方が感謝してるぐらいよ。……娘は今年七歳になるわ」
女性客二人と母の視線が私に向いて、私は咄嗟に俯いて顔を隠す。
「あはっ。照れ屋さんなんだ……可愛いですね……サイン、有難う御座いました。日本でのお食事、楽しんでいって下さいな」
「えぇ。日本は料理が美味しくて驚いてるわ。少し塩分が気になりはするけど。薄味に慣れているせいかしら?」
女性二人がこっちに手を振りながら店員さんに誘導されて席へと歩いていく。私はその間、じっと床を見つめていた。可愛いと言われるのは苦手だった。私は義姉みたいな綺麗さに憧れていたから。
入れ違う様に父がトイレから席に帰ってくると全員の様子を見渡した後、母に尋ねる。
「何かあったのかい?」
「貴方がトイレに行ってる間にサインを求められたのよ。芸能人でも無いのに変よね?」
母が皿の上に乗せられた黒パンを一欠片千切って口に運びながら呆れた様に答える。
「確かにそうだね。芸能人というよりは女優の方が近いと思うがね」
「はいはい。また調子の良い事を言って……何を企んでいる……のかし……ら?」
父がグラスに残っていたワインを着席と同時に飲み干すと、眠気に耐えられなくなったのか、デーブルに突っ伏してしまう。
「あら?赤ワインは苦手だったのかしら?食事の主催者が離脱するなんて……石竹御夫妻にご迷惑をお掛けしてしまうわよ?」
白緑さんが滅相も無いと言った顔で首を振る。
「そんな、いいんですよ……こうしてお知り合いになれたのなら……また食事の機会を作る事は出来ますし……」
「あら、てっきり迷惑かと」
「そんな事ありません」
「なら……うちのハニーと御宅の緑青君が彼等の意思で遊ぶ事にも同意して下さると?」
「あれ?ママ?私……まだその要望を伝えて無いのに……」
「何か不味かったかしら?」
「ううん!そうじゃ無いけど……」
「寝落ちした夫に代わり、私が要求します。うちの娘との交際を認め……」
「え?まだ緑青は七歳ですよ?気が早く無いですか?せめてお友達から……」
「ママァーー!!違うよっ!合ってるけど違うよっ!!」
私は机を叩いて立ち上がると母の提案を否定する。緑青は首を傾げ、私が何故狼狽しているかを考えあぐねているようだ。
「ハニーちゃん……僕と友達になってくれないの?」
「違うよっ!もう友達だけど……交際って、友達よりももっと上の関係性を求めてる訳で……」
「上の?……親友?」
「ちょっと違う……」
「好敵手?」
「敵対してどうするの?!もういいよ!緑青は黙ってて!!」
「……」
素直に口を塞ぐ緑青を他所に母が満足そうに微笑む。
「……だそうです。認めて下さるかしら?私もまだ婚約は早いと思いますので……まずはお友達からどうでしょう?フフフ」
母が楽しそうに微笑むと、石竹夫妻は顔を見合わせ、何も言えなくなってしまう。
「日本人の悪い癖よ……和を重んじ、察しの心遣いは尊いと思うけど、時にはハッキリと断言して下さらないと困るわ。大丈夫よ、夫と違って私は酔ってはいない」
「「い、イエス……」」
「宜しい」
母が深く頷いた後、再び此方を向く。青く透き通る綺麗なその瞳に見透かされそうで私は居心地が悪くなってしまうけど、父が酔い潰れた今、頼れるのは母しか居ない。
「……何かまだありそうね……言いたい事があるなら言いなさい。大丈夫よ、多少の事なら私が今持つ富と地位と軍事力で無理矢理にでも聞かせる事も……zzz」
「寝たっ!!このタイミングでママまで寝落ち無いでよっ!!」
卓の上に置かれた鉄板の上に顔を突っ込む直前で、SASの見習い三人組が母を支え、料理を退避させる。背中で銃を構えるチャーリーに至っては周囲の客に銃を向け、まばらに悲鳴を起こさせている。迷惑極まり無い。
「貴方達も席に着きなさいっ!チャーリー!銃は仕舞いなさい!」
私の叱咤に、母をゆっくりと椅子の背もたれに寝かせた後、護衛三人組は慌てて席に戻り、食事を再開する。母の鉄板に残されたハンバーグもきっちりと完食する気だ。ポールに至ってはお子様ランチに刺さっていた英国の小さな国旗を振って私を応援している。
ダメだコイツら。父と母は酔い潰れ、おバカな味方の支援は得られない。
頼れるのは自分だけ。
箱入り娘で世間知らずな私。
私に今必要なのは一歩踏み出す勇気だ。
私は座らず、背筋を伸ばすと真っ直ぐと石竹夫妻の目を見て宣告する。
「……父と母が失礼しました……サリア義姉も居ない今、私がレヴィアン家の代表として、お願いあります」
「「は、はいっ!!」」
静まり返る店内に、他の大勢のお客さんの視線を浴びながら私は声高らかに叫ぶ。恥ずかしさで頭の中がぐるぐる回って、混乱しながらも、私はその言葉を私の中からひじり出す。
雨の中だけでしか彼と会えないのは嫌だ。それは私の一つめの大事な要求……緑青の和平交渉に必要な条件。緑青と自由に会える権限を!
「緑青君を……私に下さいっ!!」
………………間違えた。