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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
みつばちのきおく
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みっどうぇ〜会食戦

「うーん……誘っておいて何だが、私はハンバーグが苦手でね……ここはハニーのお気に入りだから選んだのだが……どうしたものか。いつもは珈琲だけで済ますからね」


 ファミリーレストラン「みっどうぇ〜」はお手製の手ごねハンバーグが美味しくて、それをお店側も売りにしてるのにパパは挽肉が苦手。メニューを決めるのを最後まで迷っていた。そんな父を私は嗜める。


「パパ!遅いよ!早く決めて!」


 これじゃあいつまで経っても緑青とお話しできない!


「挽肉は紛争地域で散々見てきたから苦手でね……」


「ブフォ!!」


 白緑さんが緊張して喉を潤す為に含んだ水を吹き出してしまう。むせ込み、慌てて隣の葵さんがお手拭きを渡して介抱する。母が溜息を吐きながら父を嗜める。


「誠一さん、冗談にしてももっとマシな言い方があるでしょう……全く」


「ん?あぁ、直接過ぎたね。日本では無縁の光景だ。アサルトライフルの7.62mm×51mm NATO弾はいとも簡単に人間として輪郭を瓦解させる。敵であろうと味方であろうと、老人、女子供容赦無く……そんな光景を私は……」


「貴方がハンバーグになりたく無かったら、今すぐにオーダーを決めなさい!」


 母が懐から取り出した愛銃のM8000クーガーのコンパクトな黒い拳銃を父の脇腹に突き付けながら最後通告を出す。


「あっはっは、ゾフィーは厳しいな。チキンステーキ、テリヤキソース、ラージライスのセットでお願いするよ」


「か、かしこまりました!」


 対応していた女性店員さんが怯えながら私達全員の注文を取り終わると逃げるように厨房に退避していく。


「さて。今日はこちらの我儘をお聞き入れ下さり感謝します。貴重なお時間を取らせて申し訳ない限りです。白緑さん、葵さん、そして緑青君」


 メニューを閉じた父が和かな笑顔で頭を下げる。父は三十代とはいえ、口髭を蓄えている所為か年齢不詳に見える。背が高く、身体も鍛えているので、父と比べると白緑さんの若さが一層際立つ。この頃の父はまだ白髪も少なく、若々しさがある。誰に似ているかと言われたら、メタルギア○リッドのス○ークって私なら答える。声も渋いけど、口調は軽めだ。白緑さんがしどろもどろに母に挨拶をする。


「いえいえ……こ、此方こそお忙しい中、英国より足をお運び頂いて……」


 父の視線が母へ向けられると、溜息を吐いた後、父を咎める。


「本当よ、全くどういうつもりなのかしら?仕事のついでとはいえ、数ヶ月に一回しか会えない家族ぐるみの貴重な時間よ?サリアは何処かへ行ってしまうし、どうしてくれるのかしらね?貴方?」


 責める母の言葉を意に介さず普段の調子で笑って流す父。


「すまないね。ちょっと杉村家と石竹家、合意の上で進めたい事があってね」

「貴重な家族の時間まで使ってする事かしら?」

「あぁ。少なくとも私とハニーはそう思ってるよ」


「ちょっと!私を巻き込まないでよね!パパ!」


 緑青越しに此方に振り向いた母の目がチラリと私を暫く見つめた後、再び溜息を吐く。機嫌を損ねたかも知れない。どうしよう。


「まぁ……いいわ。慣れない日本で本人の希望とはいえ不自由させている事に違いないもの。英国でも私よりもメイド達と過ごす時間が長いものね。ハニーに免じて許してあげるわ」


 杉村家のマイペースさに戸惑う石竹家の構図。隣に座る緑青だけが親達の会話を全く気にする事無く、私に視線をぶつけていた。


「緑青、どうかしたの?」


「えっと、他の家族のやりとりが珍しくて……あと、ハニーちゃんやっぱり可愛いくて、本当にハニーちゃんなのかが気になって……偽者だったら、見抜かないと怒られそうだから」


「フヘッ?!」


 なんか変な声が出て私は慌ててナフキンで顔を隠す。


「緑青!レディーの顔をまじまじ見るのは失礼にあたるのよ!」


 でも嬉しい。店内の人の殆どは儚い美しさを湛えるアジアンビューティーな石竹葵さんや、英国金髪美女である母に視線が注がれているのを感じる。その中で私を見てくれるのは緑青だけだ。


「ご、ごめん……ね?」


 緑青が正面を向くと葵さんと視線が合い、今度は緑青が少し悲しそうに俯いた。対する葵さんはテーブルの端に軽く添えた自分の指をじっと見つめているだけで、終始心此処に在らずといった感じだった。葵さんの心は何処にあったんだろう。今となってはもう分からないけど。彼女もまた何かに苦しんでいたのかも知れない。


 最も、この現状を鑑みれば無理も無いとは思う。見ず知らずの得体の知れない銃保持者の一家から目的を明らかにされないまま食事を誘われればどうしていいか分からない。私もそうだ。母と父の会話の合間に挟まれる店員の声でそちらを向くと、当店のサービスとしてスープが早速運ばれて来ていた。


「お。お口に合うかは分かりませんが、当店のサービス、コーンスープで御座います。こちら直送された北海道産の有機生とうもろこしを当店でそのまま調理した拘りの品で御座います……」


 父を咎める母の言葉が中断され、テーブルの上に並べられていくスープを静かに見守る両家。スプーンとフォークはケースに入れられ、テーブルマナーは必要無さそうだった。緑青が嬉しそうにコーンスープを飲もうとするのを私は慌てて抑え込む。ママは食事の前に必ずお祈りをするからだ。首を傾げる緑青、可愛い。じゃなくて、結構、力が強くて抑えつけるのが大変だった。


「あら。良い匂いね……石竹家の皆さんには馴染みが無いでしょうが、私達はプロテスタントで食事の前にお祈りを捧げるの……先にお召し上がりになってても構わないですが、私達に祈りの時間を頂けないかしら?あと私とハニーは猫舌で、どちらにしろ少し冷まさないと飲めないのよ」


 石竹夫妻が顔を見合わせた後、慌てて深く何度も頷く。母の視線が緑青越しに此方に向き、合図を送ると私もそれに倣い、きちっと座り直すと胸の前で両手の指を組み、目を瞑ると母の囁く様な祈りの声が聞こえてくる。


「父よ、貴方の慈しみに感謝し、この食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧として下さい。また、この恵の雨の中に於いて杉村家、石竹家の出会いが良きものになる様にお導き下さい。私達の主、イエス・キリストによって……」


 私はそっと心の中で(父と子と聖霊の御名に於いて)囁きながら、父と子と聖霊を現す三本の指先を揃えて十字を画き、アーメンと祈りを捧げる。


「……アーメン……」


 私の言葉に続いて母が祈りを捧げ、目を開けると、どういう訳かお店の人達も全員胸の前で祈りを捧げていた。


「あれ?私、祈りの仕方間違えちゃった?」


 困惑する私に隣に座る緑青が私の肩を叩く。


「ううん。多分、二人の祈る姿があまりにも綺麗だったからだよ」


 私は顔を赤くしながら俯く。母の手を叩く音と野次馬達を追い払う声が響く。


「ハイハイ。祈りは見世物じゃないのよ?これだから無宗教民族は……ほら、そこの人、娘が可愛いからって写真を勝手に撮らないで頂戴?高くつくわよ?」


 取り巻きを追い払いながら困惑する私と母の姿に構う事無く、父が目の前で手を合わせ、宣言する。


「さて、我々も頂きますかな……緑青君以外はね?」


 緑青は既にスープを飲み始めていた。私達は思い出した様に目の前のスープに手をつける。丸いスプーンで滑らかなクリーム色を掬い、それを静かに口に運ぶ。もちろんフーフーして冷ますのは忘れない。クリーム系のスープの熱は見た目以上に逃げ難いから警戒は怠らない。このお店には何度か来た事はあるけど、コーンスープは少し高いので今まで頼んだ事は無かったけど、それを後悔する味だった。滑らかでいてサラサラとする液状のとうもろこしの味付けは絶妙で、濃厚な甘みもありながら、後味は軽く、癖が無くて何杯でも飲めそうな程……美味しい。


「フー……あら?意外ね……美味しいわ、すごく。ファミリーレストランだと侮っていたわ……」


 母が口元を拭きながら店員を呼びつける。近くで配膳をしていたセーラー服(海兵)姿の女の子が慌てて飛んでくる。


「な、何か……御不備が……」


「違うわよ。これを作ったシェフを呼んで頂戴……」


「ひぇーっ!!申し訳ありません!!店長!!」


 暫くして厨房から現れたのは汚れ気味のコックコートを身に纏った若い男の人と、スーツ姿の店長さんだった。


「これを調理したのは貴方ね?」


 汚れたコックコート姿の男の子が、店長に頭を押さえ付けられて頭を必死に下げさせている。その光景に眉をひそめた母の懐からM8000の拳銃の銃口が店長へと向けられる。


「その手を退けなさい……私はそのシェフに用事があるのよ」


 店長さんの腰が抜けて床にヘタリ込む。その場を見守る客達も母の挙動をじっと見ている。出された料理が冷めていくのにも構わずに。


「ふん……美味しいスープを有難う。ポール、彼にチップを」


 調理担当の男の人の背後に音も無く立ったポールが手に挟んだ 5£(ポンド)の紙幣をコックコートのポケットへと挟む。


「他の料理も期待していいかしら?」


「えっと、その、あまり期待されては困りますが、他のお客様同様精一杯調理させて頂きます!」


「……良い答えね。店長、ポール達三人の案内も別の席にお願い出来るかしら?可能なら入口に近い席を」


 店長さんが慌てて立ち上がると背の高いポールを見上げながら慣れない英語で案内をしてくれる。私達との会話は英語が多いけど、彼等も日本語を少しなら話せるから大丈夫なのに。コックコートの青年が母の賞賛に気分を高揚させながら厨房へと戻っていく。


 母はこういう人だ。


 身分も何も関係無い、賞賛すべきものがあるならそれを素直に讃える人だ。それは母が叩き上げの軍人に他ならないからだ。祖母の女手一つ育てられた母は盲目的に国に尽くし、今の地位と財力を手に入れた。だからこそ、下の者の苦しみを知っている。貧しく、明日食べる黒パンを手に入れられるか分からない生活の中から母はその身一つで抜け出し、私とサリア義姉ちゃんはその恩恵を受けている。


「良いお店ね……貴方」


「そうだね。今度はサリアも一緒に連れてくるよ」


 席に座りなおした母と父との会話。私はここに義姉ちゃんが居なくて寂しい。義姉も母と同様に私に厳しかったりするのだけど、やっぱり居ないと寂しいのには変わりない。


「あら、貴方、サリアには毛嫌いされてる事に気付いてないのかしら?」


「あはは、知ってるよ。だからこそさ。仲良くなる為にさ。彼女も戸惑っているのだろう。警視庁で働いている素敵なお父さんの事もあるしね。こんなおじさんがいきなり新しい父親だと言われても納得出来ないだろ?」


「あら、貴方も素敵よ?少なくとも私の目から見た貴方はね……」


 夫婦の会話を物珍しそうに眺める石竹夫妻に気付いた母が、隣に座る緑青の頭を撫でながら説明する。対する緑青はよっぽどスープが気に入ったのか一心不乱に味わっていて、もうすぐ無くなりそうだった。


「そう言えば自己紹介がまだだったわね……私はゾフィー=レヴィアン。英国で国防省に務めさせて頂いてるわ。さっきの会話で気付かれたかも知れないけど、一度離婚してるの。さっき退席した娘は前の夫との子供でね……そちらの緑青君と仲良くさせて頂いているのが今の夫、誠一さんとの間に産まれたハニーよ」


 足早に紹介された私は石竹夫妻の視線に対し会釈をする。


「ハニー=レヴィアンです」


 それに続くように父が挨拶をする。


「杉村誠一です。先日の公園では失礼しました。今は英国を離れ、娘のハニーと日本で二人暮らしをしております。緑青君は日本で出来た最初の友人であり、是非今後とも仲良くして頂けると娘も喜びます。仕事は……まぁ、サラリーマン……の様なものです」


 父の職業は私も実はよく分かっていない。時々日本を出たり、誰かから何かの依頼を受けて仕事を受け持ったりする何でも屋さんに近い。けど、業務内容は詳しく話せないらしくて、他の人にはサラリーマンって事で話を通している。父の言葉を受けて、石竹夫妻がそれぞれ口を開く。


「国防省って……確か、イギリスの軍隊を抱括しているところじゃ……あ、えっと、石竹白緑と申します。八ツ森市内の小さな印刷会社で専務を任されています」


「妻の葵です……主婦です」


 言葉少なに終わった葵さんの紹介に皆が注目する中、元気な声がすぐ傍から聞こえる。


「ごちそうさま!このスープ美味しかった……もっと欲しいな……おかわりしていい?」


 腰を上げた葵さんが無言で緑青の皿を引き下げると、手付かずだった自分のコーンスープを差し出し、緑青の口の周りに付いたスープをハンカチで拭いてあげていた。


「いいの?ママ?」


「えぇ。私はトウモロコシはあんまり好きじゃないのよ……」


「そうだっけ?まぁいいや……頂きます!」


 コーンスープを必死に口に運ぶ緑青の姿を葵さんは静かに見守っていた。そこにどんな感情が込められているかは分からないけど、少なくとも緑青の事を何とも思っていない様には見えなかった。


 だからこそ私は聞きたかった事があった。彼女は何故、雨の日に公園に子供を放置して何処かへ出掛けてしまうのかを。


「緑青のお母さん……」


 緑青に向けられた静かな眼差しが、私の囁く様な声に反応して私の瞳を覗き込む。


「何?ハニーさん?」


「あの、なんで雨の日に緑青を……」


 首を傾げる葵さんが私の質問の意図を察して、虚ろなその瞳に何か感情の様なものが浮んで垣間見えた様な気がした。その答えを聞く前に、隣から大きく咳き込む音が聞こえ、皆がそちらを注視する。


「ケホ、ケホッ……ちょっと欲張り過ぎたかも……」


 緑青が涙目になって口を抑え、その小さな背中を私の母が呆れた様に摩ってあげていた。


「ハニーのお友達は欲張りさんなのね……ほら、もっとゆっくりと口に運びなさい。それにあまりスープばかり飲んでると、メインのハンバーグが食べられ無くなっちゃうわよ?君は何を頼んだのかしら?」


「えっと、ビーフシチューのハンバーグ。うん……そうだね……もういらない……」


「フフ、殆どの空じゃない」

「じゃあ、全部飲む」

「そうしなさい、あのシェフの男の子に残すのは失礼ですものね……」


「うん……そうする」


 素直な緑青の受け答えに母は好印象をもったみたいで、気に入った人に向ける優しい眼差しが緑青を包み込んでいた。私には向けられないその眼差しに少し嫉妬感を覚えながら私達のテーブルに次々と料理が運ばれてくる。


 セーラー服を着た店員さんがカートを押し、並べられた鉄板の上ではハンバーグがジュウと煙を上げている。熱そうだ……。


 その様子を見て、母が緑青越しに私の方を見て、僅かに舌を出して警告する。


 うん、猫舌の私達が慌てて手を付けたら痛い目をみるのは分かってる。


 警戒する私達を余所に緑青だけは目の前に置かれたビーフシチューソースがかけられたハンバーグを前に目を輝かせ、足をジタバタさせていた。


 私と……いや、杉村家と石竹家の見えない戦争は既に始まっている。このレストラン「みっどうぇ〜」に於ける会食戦は始まったばかりなのだ。

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