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蜜 蜂

天使は舞い降りた

 一体あの山小屋で何が起きていたの?


 私は鬱蒼と草木が繁る森を駆ける。

 肺が痛み、恐怖で息が出来ない。


 自分がどこを走っているのかも解らなくなってきている。今日見る森の景色はどこか違って見えた。


まるであいつと一緒になって森が私を弄んでいる様だ。


 ここで私は……死ぬんだ。あの子と同じ様に。


 混乱していた私の頭の中に冷たい感覚が滑り込んでくる。


 熱を帯びた脳を冷やす程の冷気。体が死ぬ準備に備えているのかも知れない。足も既に重たい。


 アオミドロ……はあだ名で、幼馴染の彼の名前は石竹緑青。私の愛しい人。


 細い木々を抜け、背の高い草木が密生している場所へと駆け込む。


 「緑青ーーっ!!」


最期に愛しい人の名前を叫んでみた。


 届か無い事は分かってる。


 彼は先程のあの小屋で倒れて気を失っている。額から血を流して本当はもう死んでいるのかも知れない。自然と涙が溢れてくる。あの日、守るって約束したのに。


 奪われた未来に対する悲しみと奴への憎しみが混ざり合って渦を巻く。


 私が彼とあの男を引き離したとしても何の意味も無かったのかも知れない。


なんでろっくんばっかりこんな目に……。


「そこにいるんですね!天使様!」


 奴はこちらの位置を完全に把握している訳では無い。距離も二百M程離れている。


 でもここで奴が私を諦めたら、あの小屋に戻って生きているかも知れない緑青に止めを刺す。


 それだけは阻止しないといけない、でもどうやって?平常時ならともかく、身体が上手く動かせない今は成功するかも分からない。


 このまま逃げられたとしても、緑青はあの男に殺される。


 私が殺されたとしても、緑青はあの男に殺される。


 緑青はもう死んでるかも知れないけど、あの男に殺される。


 解んなくなってきた。


「嫌だっ!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!そんなのは嫌っ!」


 私の中の感情が再び流れ始めた涙と共に体中を駆け巡り、湧き上がる血となり蘇る。


 どこか遠くから……獣の鳴き声を聞いた気がした。


 陽が沈み、もうすぐ闇が辺りを支配する。私の運命は絶望的だ。


 追いかけてくるあいつに殺され死体を嬲られるか、森の奥深くに潜む獣達に食い散らかされるかのどちらかだ。


 それに……そうだ、私は……あの日から彼を守るって決めたんだ!女の子らしくなくたっていい、彼がそれでも笑ってくれる世界がそこにあるなら諦めない!


 もう何もいらない、彼以外いらない。自分の心さえも!


 恐怖に反比例するように何か別の感情が沸々と湧き上がってくる。それを体の中心に強く感じる。何だろうこの感覚は……魂が震えているの?


 これまで自分が抱いた事の無い感覚。


 誰かの声が聞こえた様な気がした。それは囁くほどの小さな声。自分の中から聞こえてきている。耳を澄ませてその声に意識を集中させる。


 私は馬鹿だ。


 もうすぐあいつがやってくるというのに。


 その声は人のものでは無い様だった。まるで獰猛な獣の唸り声、殺人蜂の羽音にも似た不快音。耳を澄まさないと解らない程度だけど、その羽音は……私自身から聞こえてくるようだった。その音は次第に私の中で大きく反響し木霊するようになる。


 あるじゃない、もう1つの選択肢。


 あいつを私が!此処で殺せばいいのよ!


 自分の中で何かが静かに変化していくのが解る。目を開け、夕闇が迫る風景、薄暗いはずの辺りは、再び息吹を取り戻し、本来の私の狩り場へと姿を変える。


そう、ここの地形は全て把握している。


 なぜ今まで思い出せなかったのだろう。


 私は翅をもがれた蜜蜂では無く、鎖を外された獣。


 追われる側では無い、追う側だ。


 獲物を狡猾に待ち伏せし、罠に嵌め、その喉笛に牙を突き立てる獣。


 アイツとの距離は既に三百Mほど空いていた。このまま逃げ仰せる距離だ。


 しかし私はその選択を拒否する。逃げる気などない。狩る側の猟犬として立場を変化させたのだから……。


 殺さなければ殺される。


 私は物音を最小限に抑え、腰のポーチからナイフとワイヤーを静かに取り出す。勝機はある。奴が私を他の少女と同じだと信じて疑わない限りは。


奴は恐らく、この黄色いレインコートを頼りに走ってきたはずだ。


 下に着ている迷彩模様の服装は、この森に潜むには丁度いい。


 その肉を擂り潰し、引き裂いてやる。あんな豚野郎に奪わせない、私と緑青の未来を!


 キャハッ、キャハハハハハ……ッ!!

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