惑う星
<星:日嗣尊>
カメラの前を一人で陣取る私は、双子の被験者が選ばれた北白事件、第三ゲームの生き残り、出来損ないの方の妹、日嗣尊です。
視聴者のアナタ達にはどう映っているのでしょうか?黒い尽くめのゲロ吐き女という認識でも構わない。私は、私達は世間に問い続けなければならない。罪とは何かという事を。
第六ゲームが収束し、世間への北白事件への理解も深められた。これなら石竹君が始めたこの最後の生贄ゲームに対する風当たりもそこまで強くはならない筈。
だから出来る限り世間の印象を良いものに変えておく必要がある。同校の生徒を射殺した誘拐犯が引き起こした凶悪な事件では無い事を。Σterではそれ程まで世間の反感は抱かれて無い様だけど。この事件はあくまで第六ゲームで命の危険に晒されていた少女二人を助ける為に行われた狂言であると。それを見抜けなかった私自身に苛立ちを覚えるけど。星の教会の教祖様(?)といえど結局他の人の協力が無ければ私はただの残念な留年女である事を思い知らされた。
私は既に犯罪者でもある。この事件の一端も私が担っていたとすれば良い。
死んだとはいえ二川亮をホテルに誘い出して瀕死の重傷を負わせた私は逃亡犯。しかも在学中の高校生をホテルに誘い、行為にまで至っている。この一連の事件が私主体で行われたと心象付ける事が出来れば彼の罪も軽くなるはず。
だってこんな世の中、どう考えてもおかしい。
何がキッカケであったにしろ、心神喪失状態であった北白直哉が無罪になり、共犯者の少年達は法が彼等を守り続ける。
事件被害者は一方的に搾取され、その慟哭を内に仕舞い込むしか無いのだろうか。法で裁けない者に相応の罰を与える事が罪だと言うなら、私達の怒りの矛先はどこへ向ければ良いのだろうか。
石竹君は私達の無念を晴らす為に最後の生贄ゲームを始めてくれた謂わば私達被害者の代弁者でもある。そうでなければ時間と共に幼い少女達が犠牲になった事件もやがて忘れさられていくだろう。只でさえ、北白事件は石竹君の関係で口外されずに語られる事は無かった。八ツ森のルールが生きていたとしても、その事件の裏にあった少女達の勇気ある行動までもが忘れさられていただろう?あら?石竹君がもし、最後の生贄ゲームを始めなかったとしても、第五ゲーム発生時、鳩羽君と江ノ木さんが北白直哉に誘拐された時点で事件の再報道はされていた。
勿論、石竹君の遭遇した第四ゲームには情報規制が引かれていたけど、それ以外のゲームに関しては掻い摘まれてはいたけど報道されていた。私が指名手配されている時も。
そうするメリットはあったのだろうか?もし、第六ゲームが行なわれている情報を前もって得ていたのだとしても、警察に相談し、犯人を捜していれば、石竹君はなんの罪も犯す事無く、第六ゲームを解決まで導けていたのでは無いだろうか。
それに第五ゲーム時、一足違いとはいえ、彼等は北白直哉一歩手前、二人を救出する所迄来ていた。第六ゲームも同じ様に森を探せば彼等なら辿り着けたのでは無いだろうか。
弊害はまだある。
彼を幇助した者達にも罪に問われてしまう事だ。
共犯者の脅威から私や軍部の子達を守った若草君でさえ、犯人隠匿、誘拐の罪に問われるだろう。最悪、彼を幇助した商店街の人達も従犯者として裁かれる可能性も高い。彼等の場合未成年による減刑処置も無い。そして被害者届けを出していない此処に居るメンバーの家族も下手をすれば逮捕監禁罪の幇助で何かしらの罪に問われる可能性がある。最も、私の父である日嗣朋樹は何の事情も知らず私達の監禁場所へと訪れ、第六ゲーム解決の為に動いたので罪には問われないだろう。いや、私達が監禁状態にある事を見過ごした点では非難されても仕方ない。第六ゲームという緊急時に於ける対応としての逃げ道はあるかも知れないけど。罪とは何かを問う私達は既に犯罪者なのだ。
私が犯罪者として裁かれるのは構わない。その覚悟はとっくに決めていた。けど、彼等の罪がこれ以上重ねられない様に出来る事がまだ私にもあるはずなのだ。その為にも彼の真意を確かめなければならない。
それなのに……鳩羽君が石竹君に言い放ったその一言によって私の思考が停止する。
『貴方は知ってましたよね?あの白き救世主が偽物である事を。大凡、愉快犯、もしくは只の模倣犯である事を……』
東雲さんの樫の木刀を後輩の鳩羽君が受け取り、その切っ先を石竹緑青へと向けていた。直後、銃声が鳴り響き、今度は若草君がその銃口を石竹君へと向ける。
戸惑う私の様子を見て、私の目の前で構えていたカメラも石竹君へと向けられた。事件は収束しつつあったのに、まだ何かあると言うの?
自身の唇に指を添え、これから起こりうる状況を熟思する。
大丈夫。八年前みたいにもう少女達の命が危険に晒されている訳では無い。脅威は去った。今、検証すべき内容は記憶を取り戻した石竹君は何をしようとしていたかだ。そして、鳩羽君の指摘が無ければ恐らく、彼はそのまま自首をしていたはず。
再び思考の海を巡る私の心。
限られた時間内で彼は何をしようとしていた?生贄クイズゲームにより、世間の事件への認識は改められた。十一年前に始まった生贄ゲームの内容はある程度私は世間に公表していたけど、石竹君の記憶の関係で第三ゲーム以降の追窮を私は諦めていた。それを補完する形で進行した石竹君の生贄クイズゲーム。
第五ゲームに関しては警察で検証済み。内容はほぼ明かされている。深緋さんの検死情報の中で、直接的死因が杉村誠一さんのものでは無く、トドメの一撃を加えたのは二川亮である可能性が高いと示された。
生贄ゲームの裏ルールも私は世間に提示した。
共犯者の彼等は交互にゲームを始めていた。
第一、第三、第五ゲームを二川亮が。
第二、第四、第六ゲームを赤西光流が。
赤西家と北白家は隣接した森同士、交流もあったはずだ。
二川亮は赤西光流が黒板に残したメッセージを見て第五ゲーム決行へと至り、赤西光流は第六ゲームを決行した。それは間違いないはず?
情報不足と推測ミスの可能性を提示していく。何か見落としている?もしくは何かの事実を知らないのかも知れない。
もう一人の共犯者の少年は赤西光流では無かった?
いや、それは無い。彼が犯人で無ければ知り得なかった情報を持っていたからこそ、早い段階で二川亮や石竹君達の動向を監視する事が出来ていた。
今、確かに鳩羽君はモニター前に映っている白き救世主に対して模倣犯と断した。私は彼が偽物である可能性を視野に入れ、第六ゲームの場所に繋がるモニター前で項垂れる白き救世主の姿を確認する。
私の父である日嗣朋樹も鳩羽君の言葉を受け、困惑しながら問い詰める。
「キミ……白き救世主の偽物なのかい?そもそも、私にはその見極めが出来る程の情報を有していなくてね。尊?その可能性は本当にあるかい?」
疑う事で生まれる二つの疑惑の可能性。
一つは白き救世主が偽物である事。
そして、もう一つはその事を石竹君自身が既知であり、今、その矛先は彼自身に向けられているという事。第四ゲームで彼が白き救世主である可能性は無い。なら、それ以外のゲームならどうか?石竹君は幼少期からずっと父親から虐待され、浮気性の母親からは愛情を受けずに育っていた。そしてある日、彼は杉村さんと出会った。
二人は心を解離させる「二重思考」の訓練を受け、自己暗示による解離を意図的に引き起こす事が可能だった。幼少期の暴力が解離状態を生む切欠になってもおかしくは無い。内に三人の人格が存在する杉村さん。石竹君にも別人格が存在していてもおかしくない。人は経験により成長する。欠落した記憶を取り戻した事によって何かが変わった?暴力で抑圧された心がその矛先を他者に向けたのだとしたら?第四ゲーム発生時の状況は彼しか証言を得られない。その場に居たのがもし、彼と二川亮だけだったとしたら?心の中の葛藤、命令される自分、幻視、幻聴、存在しないもう一人の残酷な自分。記憶を取り戻した彼なら赤西光流が偽物である事を見抜いていたとしても不思議では無い。どの段階で最初から?だとしたら記憶の有無は関係無い。それにまだ彼は遣り残した事があると言っていた。それは一体?
「そんな……ありえない。石竹君が白き救世主?もしくは共犯者?そもそも、そこの少年が北白事件を模倣し、第六ゲームを起こす動機が犯人以外に存在しない。彼が未成年の少女二人を監禁し、殺し合わせる事に何の意味とメリットが存在するの?」
父が拘束する少年を問い質しても「それは言えない」と俯くだけで一向に証言は得られ無い。おかしい。彼が模倣犯であるなら、黙秘をするよりも事件の真相を話してしまった方が罪は軽くなる。何を今更黙る必要があるのだろうか。それは彼にとって不利に働くはず。石竹君を庇っているとも思えない。それとも、別の誰かを庇って……?言えない事情があるのだろうか?黙秘をする方が軽くなる罪?
もう一人の不確定要素。私は咄嗟にその名前を叫ぶ。
「パパ!神園エリカさんの状態を確かめて!」
「彼女は山小屋の入口で休んでるけど……彼女が何か知っているのかい?」
「分からない。けど、この第六ゲームに感じた違和感の鍵は彼女が握っている気がするの!」
「じゃあこの少年は解放してもいいのかい?」
「ダメ!黙秘するという事は彼も何かを知っているはず」
「じゃあどうすれば……樹理ちゃんはもう満身創痍で動けなさそうだし、兎に角引き擦ってでも一緒に来てもらうか」
刹那、黒兎の少女が床の鎖を拾い上げると、白き救世主の身体に巻き付けて拘束する。
「これでいいよね?黒いお姉さん?」
その手際の鮮やかさに目を丸くしていると、柱に寄り掛かっている天野樹理が彼女に「上出来よ、黒猫ちゃん」と一言褒めてから此方に向けて手を振る。
「尊、見ての通りよ。手負いの少年一人ぐらい私達で面倒見れるわ?銀髪のおじさん、貴方は白猫の様子を見てきて!早く!」
父が白き救世主から手を離すと、慌てて山小屋の入口へと駆けていく。黒猫少女が更に白き救世主の首に鎖を絡めると、カメラ越しに若草青磁に大きな声で尋ねる。
「若草お兄ちゃん!こいつ、やっぱり殺してもイイって事だよね?」
若草君が銃を石竹君に向けながらそれを否定する。
「気持ちは分かるが、まだ殺すな。逆だ。そいつがもし、そいつしか知り得ない情報を本当に持っているとしたら、緑青の記憶喪失とは違い、一生闇の中になる。いつでも殺せるなら、今は殺す必要は無い。情報を引き出してからでも遅く無いしな。……幸いな事にあんたは未成年だ。実刑は喰らわないが施設に送られるぐらいだ。正当防衛は恐らく適応されない。児童更生施設に送られたくなかったらそのまま大人しくしとけ」
黒猫少女が怯える白き少年を侮蔑した目で睨み付けた後、反転し、此方へ笑顔を見せながら手を振る。強い子に変貌を遂げてしまっている。それが恋の力なのだろうか。
「分かったーっ!大人しくしてるね?その代わり、アンタじゃなくて、きちんと楓っていう名前で呼んでよ!私も青磁って名前で呼ぶからさ!」
やっぱり恋をする乙女、強い。
「あぁ。勝手にしてくれ。ただし、十五歳迎えるまでだからな?」
若草君は若草君でなんだか基準がおかしいし、それを聞いて喜んでいる黒猫少女もやはり少しおかしい。
「はーい!殺すの我慢して待ってるね!青磁!」
そこへやや慌てた様子で戻ってくる私の父、日嗣朋樹。
「すまない尊……こちらの落ち度だ。意識を失っていたはずなんだが、姿を消している。手当はしてるし、死ぬ事は無いと思うが……逃げたと考えるのが妥当だろう。陽はすぐに暮れる……冬の寒空の下、早く捜索しないと凍死する可能性もある。幸いな事に北方の森とは違い、この森は高低差の少ない平坦な山道で、野犬も出ない」
私は即決断を下す。
「パパはそこで樹理さんや黒猫少女、白き救世主をお願い!警察が来るまでその場を動かないで!そして警察はすぐに捜索準備を……」
カメラマンの佐々本さんのカメラの前に立ち、その映像を見ている警察へ、捜索を依頼しようとして思い直す。すぐに森は暮れ、陽の差し込まなくなった霊樹の森から一人の少女を本当に探せるのだろうか?余程森に熟知していないと二次被害は増え、更に行方不明者が出てしまう。どうすれば?こんな時に杉村誠一さんが居てくれれば……。
言い淀む私にアナウンサーの白滝苗さんが私に声を掛ける。
「あの……星の貴女……スタジオにゲストとして招かれている刑事課特別顧問、柳本明先生からお話があるようです」
中継機器から伸ばされたマイク付きのヘッドセットを渡され、呆れた様な溜息と共に壮年の男の声が聞こえてくる。
「柳本だ。白髪の天才美少女よ……何を躊躇っている?その一言をなぜ言わん」
「広大な森を探すとなれば人手が要ります。陽の射さない森の恐ろしさを私は知っている。森を知らなければ二次被害が……こちらの落ち度です。私達が警戒を怠ったから……」
「それはお前が気にする事では無いさ。腐っても警察。散々君らに舐めた真似をされたからな。ここらで汚名返上といこうか。なぁ、お前ら?場所は追って通達する。森で姿を消した神園エリカさんの捜索準備に取り掛かれ!お前らなら出来る筈だ。北白事件発覚後、行方不明の少女を探し、森を這いずり回った八ツ森警察署のお前らならな?」
「柳本……さん」
私はカメラに向かって深くお辞儀をする。一先ずはこれで安心だ。モニター前からの父の呼ぶ声で振り返る。
「すまないね、尊。目の届く範囲に寝かせておかなかった私の落ち度だ」
「いえ、情報がありながらもその点を見逃した私にも責任はあるわ……パパは取り敢えず念の為に彼等を病院に……」
「あぁ。分かった。だが、あまり無茶はしちゃいけないよ?」
「うん、分かってる。もうこの命は私だけのものでは無いから」
「そうだよ。お姉ちゃんが託してくれた大切な命……って、え?もしかして新しい命を宿してる的な意味でかい?」
父の顔が険しくなり、その視線が私と、モニター外に居る石竹君へと向けられる。
「ち、違うの!そういうのでは無いから!あれはただのハッタリだから!」
「むぅ……それならいいけどね。ところで、石竹君大丈夫なの?」
それなら私は安心している。いくら剣道部所属とは言え鳩羽君が石竹君を殺すなんて事態にはならないはずだ。彼は杉村さんの幼馴染。普通の人間が敵うはず……。
何かが弾け飛び、床を転がる音に目を向けると、銀色のナイフが一本転がり落ちていた。
石竹君の手にしていたナイフだ。彼の得物を鳩羽君が絡めとり、叩き落とし、そして切り返した木刀が彼の頭部を掠めて上方に振り上げられる。
掠めた箇所から手で押さえながら膝を着く石竹君。
え?どういう事?
「流石ですね……あの体勢から首を晒して避けるとは……普通なら直撃していました」
「鳩羽……お前……」
「石竹先輩……もう、終わりにしましょう。此処で全てを!」
鳩羽君が間合いを開け、一度石竹君から距離を取る。石竹君が負ける?いや、そんな事はありえない。彼はもっと強い人間とも渡り合い、危機を乗り越えてきた。
確かに夏休みのキャンプ場で私達は目出帽を被る二川亮に追い詰められたけど、彼が部長でたる二川よりも強いとは思えない。
即座に杉村さんが動こうとするのを見越して若草君が発砲し、行動の制限を促す。
「やらしてやれよ……男にはどうしてもつけておきたいケジメってもんがあるんだよ。な?鳩羽?こっちは任せてお前は石竹と決着を付けろ」
「……感謝します。では、お言葉に甘えて……取り敢えず、二川部長の分ぐらいは返させて貰います」
「ろっくん!」
その言葉と共に杉村さんが何処からか取り出したトンファーを空中に投げると、それを掴み取る彼。
「助かるよ……ハニー」
「うん。ダーリン……死なないでね?」
「死ぬつもりは無いけど、その時はごめん」
「……いいよ、でもその時は私も一緒だからね?」
「止めても……」
「無駄だよ!ろっくんも止めてもやめてくれないなら一緒だよ!」
石竹君が杉村さんに謝らながら右脚を引き、左手に構えたトンファーを頭の前に構える。
「鳩羽……竜胆。僕を見逃してはくれない……よな」
「はい。貴方達が許しても僕は浅緋ちゃんを殺した人間を許せません」
鳩羽君が相手を警戒する様に木刀を下段へと構える。両者の圧が場を支配し、私達はその緊迫感に身動ぎ一つ出来ない。
この圧はなんだろう。
生贄ゲームを経験し、深淵を覗いた者達が私達に垣間見せる人の奥底に潜む狂気に似た何かなのかも知れない。




