偽りの白
「つまり私はこう考えたのです……犯人の白き救世主は独自のネットワークを構築し、尚且つ、私達の先手を打てる程に生贄ゲームに対する何かしらのアドバンテージを保持していると」
黒衣の日嗣姉さんがカメラの前に一人で陣取り、自分がどうやって白き救世主に辿り着いたかを力説し始める。
日嗣姉さんがカメラの前で演説をする中、長く真っ直ぐな髪を揺らしながら僕の横に立つ田宮稲穂。トイレから戻ってきたようで、白いハンカチで手を拭きながら、別方向にある第六ゲームが行なわれた山小屋を映すモニターを眺めている。樹理さんと月島楓ちゃんが仲良く身体を休ませている側で、白き救世主が日嗣朋樹さんに身体を支えられてながら移動を始めていた。
「ちょっと、貴方、待ちなさい」
田宮が呼びかけると、日嗣朋樹さんと白き救世主が振り返る。
「……もういいわ。早くそのおじさんに病院に連れて行って貰いなさい」
戸惑う救世主を余所に田宮が僕に打ち明ける。
「未成年だから言わなかったけど、彼、二年B組、杉村さんのファンクラブの会員で、よく窓際に立って私達のクラスを眺めていた取り巻きの一人ね」
え?
「赤西光流十七歳。彼も剣道部員の一人。……生徒会長の二川亮とは同じ部だし、多分、ファンクラブの情報交換制度によって此方の様子を把握してたんでしょう……」
流石生徒会である。赤西……何処かで聞いたような?どこだっけ?
日嗣姉さんが少し勿体ぶって第六ゲームが行なわれた場所を言い当てられた経緯を説明する前に田宮が僕に大凡の正解を教えてくれる。
「推理も何も……消去法で誰でも分かるわよね?」
僕と蜂蜜が顔を見合わせ、首を二人とも傾げる。
「いい?本来なら第六ゲームが行なわれる場所ってどこだと思う?」
森?
「彼は石竹君の不甲斐なさを見て名乗りを上げたぐらいの拘りを持つ人物よ?」
あ、なら……僕等の因縁の地、北白家の森で行われていたのか。
「違うわ。彼としてはそうしたかったでしょうけど……そもそも考えてみて?石竹君が北白の森を匂わせる犯行声明を出した結果どうなったかを」
あ。
「そう。北白家の森全域に警察の部隊が展開。封鎖状態に陥った。第六ゲームが既に行なわれていたとしたら……とっくに警察に見つかっているのよ。石竹君は幸いな事に銀髪の魔女さんの協力があったから事なき事を得ているけど」
確かにそうだ。北白の森は爆薬も仕掛けてるし、危険極まりない。戦闘区域と化しているし。けど北白の森じゃないと推測出来るだけで場所なんか分からないぞ?
「何かしら生贄ゲームに関わりがある、もしくは、北白家と繋がりがあるとすれば……恐らく、その家系……」
何処かで聞いた名前と思ったら、以前、キャンプ場で日嗣姉さんが教えてくれた名前だった。
「そう。八ツ森を代表する名家、四方を冠する一族の一つ、赤西家よ」
北の北白。南の南野。西の赤西……東の東辺だ。それなら確かに北白直哉と関わりがあってもおかしくないか。
「そして、北白家の領地に隣接し、往来がしやすいのは西と東よね。南との接触は街を抜けないと会いに行けないし、子供の足ではなかなか難しかったはずよ」
でも、そんなピンポイントでどうして日嗣姉さんは特定出来たんだ?
「簡単よ。八ツ森高校の全生徒を把握してるなら誰でも分かるわよ」
どういう事だ?
「在学中で、四方の名家の人間は……赤西君しか居ない」
あ、そういう事か。確かに消去方で簡単に特定出来るけど、そもそも、全生徒を把握してる事の方が凄い。僕には無理だ。クラスメイトすら全員分からないのに。
「……回りくどいわね……日嗣さんはなんであんなに真相を遠回しに話してるのかしら……」
カメラの位置とは反対方向にある第六ゲームを移したモニター。そこから日嗣朋樹さんに呼びかけられる。
「もういいかな?こっちは樹理ちゃんと被害者の女の子二人を連れて病院に行きたいのだけど……」
あ、はい。お願いします。
「緑青君、君とは後でちょっと話そうか?」
柔和な笑顔の奥底で、静かな怒りが垣間見えた。ごめんなさい。
モニター前に座る江ノ木が、赤面した顔を手で隠す。本当、記憶無いんです。兎に角必死で。何やら考え込んでいた鳩羽が、ふと白き救世主に声をかける。
「赤西先輩じゃなくて……白き救世主先輩……」
剣道部で顔見知りなのか、気不味そうに目を逸らしながら答える。
「な、なんだよ……竜胆……笑うなら笑えよ……」
「被験者の少女二人は本当に殺すつもりは無かったんですか?」
「あぁ……形式上、殺し合う事を宣言してたけど……ヤバそうなら、僕が止めてた」
「二川部長とは?」
「彼は何も知らない……僕と部長はただの部員仲間同士で、杉村様のファンクラブ同士以上の関係は無かったよ……世間はどういうかは分からないけど、僕は惜しい人を亡くしたと思ってる。殺す必要は無かったんじゃないか?石竹?」
僕はその言葉に無言で俯く。その時々で常に最適な行動が取れれば人は苦労しない。そこにあるのは後悔だけだ。ただ、僕は深緋を守りたかっただけだった。
「まぁ、僕が言う資格は無いけどな」
顔の半分を包帯が覆う顔が自嘲気味に笑う。鳩羽が救世主に質問を投げ掛ける。
「赤西先輩……一つだけいいですか?」
「ん?なんだ?」
「佐藤浅緋ちゃんが、北白事件を追う切っ掛けとなった事を教えて貰っていいですか?」
「……詳しくは知らないが、第一ゲームの被験者、確か里宮翔子ちゃんの行方を追う内にだったよな……」
「……そうですか……ありがとうございます」
鳩羽が悲しそうに俯き、目を閉じ、彼女の死を噛み締めている様だった。僕と深緋は顔を見合わせ、頷き合う。
田宮稲穂がじれったそうに、僕に寄り掛かり、悪態を吐く。
「まだ終わらないの?長過ぎるわ。要点纏めれば二分と掛からない内容よ?一体何を?あら?彼女、背中からこっちに何か合図を貴方に送ってるわよ?」
僕に?恐らく日嗣姉さんは僕を画面から追いやり、自分の存在をアピールする事によって僕の起こした誘拐事件の罪を有耶無耶にしようとしてくれている気がする。その背中に回した手が僕と深緋、青磁を指差し、狐の形にした指をパクパクさせている。
何を意味しているかが何と無く分かった。
日嗣姉さんは第六ゲームの安全が確認されたので、僕等に遺恨が残らない様に話し合う様に促してくれている様だった。
全てが終わってからでもいいのに……いや、待てよ……そんな時間本当にあるのだろうか。此処へ特殊部隊が突入し、確保された場合、僕は事情聴取を受ける羽目になる。次に彼等と話せる機会がいつになるか分からないという事だ。
此処から逃げてもいいけど、逃亡罪でこれ以上罪を重くするメリットが無い。寧ろ、自首する選択がどう考えてもベストだ。下手をすれば……僕は死んでしまう。
けど僕にはまだやる事がある。
日嗣姉さんのカメラに向けたハキハキとした声が響く。日嗣姉さんが間を繋いでくれている自重な時間を利用して、僕等は一度画面外へと掃けると、お互いの怪我の治療やら情報の擦り合わせを行なう事にした。
僕と蜂蜜と佐藤深緋、若草青磁が密談を始める中、留咲アウラさんは未だに気持ちよさそうに眠り続けている。
「おいおいマジかよ……あいつ、銃声の中でも熟睡してたのか?」
肩をすくめ、呆れる青磁。どうやら自然に起こす為に銃を必要以上に連発させてたらしい。
「そもそもな……緑青!お前達爪が甘すぎるんだよ……俺があの時、日嗣尊と樹理さん起こしてなかったらどうなってたか分かるか?」
密談というか久し振りに日常の会話をした気がして何だか懐かしくなる。第六ゲーム、樹理さんの協力が無ければ黒兎は白兎と白き救世主を殺し、自殺していた可能性がある。
「そうだ。まぁ、自分で死ぬのはなかなか勇気がいるからな……自殺の線は実行出来なかった可能性もあるし、お前との会話で徐々に正気を戻しつつあった。白兎と救世主の殺害は行われなかった可能性もあるが……そんな危険な橋は渡らせるな。女児は世界の宝だぞ?」
確かに危ない場面はいくつもあったし、蜂蜜と二人で全てを解決とはいかなかっただろう。
「あとさ、お前……救世主を誘い出すまでは良かったが……追い込み過ぎだ。あそこまで優位性を此方側が示したら最悪、初期段階で逃げられていた。そこから先、尻尾を掴むのは大変だぞ?何せ相手はあの文化祭でさえ、出て来なかった慎重な性格だ。折角あの生徒会長が託したチャンスさえ無駄にするとこだったんだぞ?」
文化祭の日、二川先輩の第六ゲームに関する事前情報が無かったら、確かに誘い出す事は出来なかった。でも、青磁が白き救世主を知っていたなんて驚きだ。
「アホか?知る訳ねーだろ!あんな奴!話を適当に合わしただけだ。いいか?向こうのアドバンテージは少女二人を誘拐している事と、自分が何処に居るか知られていない点にあった。それをお前……何がこっちの方が誘拐人数が多くて悪いだのどうなっても構わないだ?それを奴が鵜呑みにしたら唯一のアドバンテージは無くなり、逃げちまうだろ?最悪、証拠を消す為に二人の被験者を殺してたかも知れない」
いや、あれはその……駆け引きでして。僕と蜂蜜は二人並んで正座し、しょんぼりと首を垂れている。
「それに助かったのは……奴もまた勘違いしてくれていた事だ。俺が軍事研究部員を誘拐して匿ってたのが、奴ら共犯者同士による犯行だとお互いに認識されていた。それがあったから俺はすんなりとアイツらに付け入る事が出来た」
若草青磁は生き残りの軍部員を水面下で匿ってくれていた。
「お前さ……俺を全力で殴ったよな?あの夜、お前が日嗣尊を抱えて商店街の町医者を訪れた日……」
え?ええ?何故それを知って……?
「あの日嗣尊が二川亮を刺した日……お前が樹理さんに背中を押されて日嗣尊を追いかけた日の事だ。こっちはお前と日嗣尊を探すのにどんなけ苦労したと思ってんだよ?それに加えて日嗣尊にはよくない噂が流れていた。上級生の何人かをホテル街に誘い込んでいると。俺としては北白直哉の共犯者に目を付けられる危険性があったから表立っては動け無い。日嗣尊は何処かで決着をつけるつもりだったんだろな。自分が仕掛けた文化祭の舞台で、少しでもお前が死ぬ確率を減らす為に」
そうだ……日嗣姉さんが二川亮に怪我を負わせ無ければ僕も深緋も拘束された段階で殺されていた可能性が高い。その時も事前に潜んでいた若草青磁のお陰で事無きを得ることが出来た訳だけど。二週間ほど前のあの日の夜、僕が殴った相手が青磁だったとしたら……一歩間違えていたら友人を殺すところだったという事だ。
「本当に勘弁してくれよ……念の為に杉村から支給された防弾ベストを寒冷地用ポンチョの下に着てなかったらお前に殺されてたから。あとお前!いくら混乱して、あの星女に懇願されたとは言えだ……病院のベッドの上ではするなよな?マジで。様子を伺いに行った俺が、顔馴染みの町医者のおっさんに日嗣尊を匿う算段付けてる最中だ。日嗣尊の泣き声が喘ぎ声に変わっていった俺の気不味さが分かるか?お前がいい思いしてる間、こっちはお前に殴られた腕と叩きつけられた背中痛ぇし……」
話している内容を本人に聞かれて無いか、推理をカメラの前で絶賛披露中の日嗣姉さんの方を見ると、耳を真っ赤にさせて不自然に向こうを向いていた。カメラに音声は入らないボリュームで会話しているが、日嗣姉さんの耳には届いていたらしい。
「あとさ……アイツは杉村を逆上させる為に妊娠してしまった素振りを見せてたが……大丈夫なんだろな?まぁ、冗談だと思うし、お前とする前に二川亮とも性交渉が合ったみたいだが……お前はきちんと避妊したんだろな?」
……ごめん、覚えてない……血塗れの中、僕の腕で日嗣姉さんは気を失ったから。僕も意識を……。でも、避妊具はその場に無かった事は覚えてる。
「病院だもんな。町医者の。ラブホじゃねぇ。二川の方は分からないが、こっちはホテルの部屋の事件現場から避妊具は使用した形跡は無かったらしい。杉村の義姉さんからこっそり聞いたから確かだ」
蜂蜜の様子が気になってそちらを向くと、放心状態で天井を見上げていた。これは現実逃避という名の自己を解離させた防衛反応だ。僕の土下座にも全く反応しない。横から佐藤深緋が何かを思い出した様に口を挟む。
「あ、でも……春頃、心理部が出来た辺りに緑青、その……ひ、避妊……するのを携帯してた様な……」
それは見つかったらヤバイと思って隠した蜂蜜の隠しナイフである事を告げると、俯いてそれ以上反応しなくなった。ランカスター先生の言う様にエチケットとして持ち歩いておけば良かった……?
「まぁいい……俺はその辺どうでもいいからな。本人達が納得してりゃあ……兎に角、お前のサポートは骨が折れたってこった。あの日、お前と日嗣を街の中で探し出す為に、匿ってる半数の軍部の連中も動員したんだぞ?行方不明になってる筈の連中が北白の共犯者に見つかってたら、俺がしてた事が無駄になるところだったんだからな?アイツら凄いな……サバゲーで慣れてるのか、人を背後から着けたり、連携して人を探し出すのに使わせて貰ったわ。アイツらにも感謝しろよ?結局……半分しか助けられなかったがな」
僕は確認の為に商店街に匿われている軍部の人達の名前を聞く。
「如月達はクイズゲームの中で電話で話したから無事は分かってるだろうから、俺が商店街に匿ったのは他に斉藤肇、畠正一、亀山冬太、速見惇、田中圭一、田中慎一郎、草部 裕太、春咲龍一、島原芭蕉の九人だ」
僕が身動きの取れない間、それだけの人間を裏で助けてくれていた事に感謝し、改めて青磁に頭を下げる。
「あはは、やめてくれ。俺は単に北白の共犯者が好き勝手やってるのが気に食わなかっただけだ。だが、俺に戦う力は無い。出来る事をやっただけだ。荒川静夢にもお前の事を頼まれたしな。それに俺は夏休みのキャンプ場、あの山小屋で犯人を仕留め損ねた。俺がもし、そこで仕留められていたら、何人かは助かった筈なんだよ。第五ゲームも行なわれず、第六ゲームも始まらなかった……」
もしかして青磁は犯人を山小屋で逃した事を後悔していたのかも知れない。
「許せないだろ?ダチを殺されかけて?」
そう皮肉めいて笑う若草青磁もまた暴力に虐げられる被害者の気持ちをよく知る人物だ。
「ちょっとは銃も使えるようになっただろ?蜂蜜から預かった銃と弾が無かったらここまでは出来なかったさ。杉村の親父さんにも訓練受けたしな。銃は独学じゃ時間が掛かるし、名人でもその域に達するのに何千発って撃ってるらしいのな。流石にそこまでは無理だわ。弾買う金無いし」
軽く笑い流す親友のその手には銃を撃つ時の反動で出来る豆が出来ていた。
僕はもう一度青磁に頭を下げる。
「俺から言いたい事はまぁ今はそれぐらいだ。で……お前のやりたい事ってクイズゲームじゃ無いよな?お前は第六ゲームで宣言通りに女の子を救った。まだ最後のクイズが残ってるよな?お前、それがしたかっただよな?ずっと」
僕はそれに頷く。
「なら早くしろ……世界最強と言われてる英国の特殊部隊。そう長くは足止め出来ないと思うぜ?」
僕は最期の遣り残した事を行なう前に、深緋に向かって謝罪する。妹を救えなかった事を。
「いいって……言ったでしょ?寧ろ君と蜂蜜を巻き込んだのは私達姉妹だから……」
僕の思い出した記憶の中にある浅緋の言葉を深緋に伝える。目を瞑り、身構えた彼女は何かに耐えるようにじっと僕の言葉に耳を傾けていた。
「そう……浅緋らしい……わね。賢い癖に本当に馬鹿なんだから……全部私の為じゃない……私を生かす為に」
深緋の眼から涙が溢れ、僕の胸に顔を埋め、非ん限りの声で泣き叫ぶ。そっと優しく背中を撫で、泣き止むまで待っていた。
蜂蜜はその間もじっと天井を見つめ、放心状態のままだった。僕は蜂蜜にもお礼を言う。有難う、駆け付けてくれて。蜂蜜の目に生気が宿り、照れ臭そうに微笑むと僕の頬に軽いキスをしてくれた。
「てへへ……あ!深緋ちゃんはキスダメだよ!」
深緋が顔を上げ、泣き腫らした丸い目を怯えた様に蜂蜜に向けた後、自分の唇に手を添え、僕の方を見る。
「う、うん……もうしないから……あれはその、浅緋の記憶を取り戻すトリガーみたいなもので……浅緋の唇から緑青の唾液が検出されてたから、浅緋はキスした可能性が高くてそれで」
「ふわぁーーーーっ?!」
蜂蜜の妙に澄んだ叫び声が室内に響き、全員が注目する。日嗣姉さんも何事かとこちらを向いている。
「ろっくん!どう言う事なの?私との唇キスはそんなに嫌なの?私、そんなに口臭いの?ねぇ!何なの?なんで私だけろっくんとキスしてないの?」
蜂蜜が立ち上がり、僕の両肩を掴むとガクガクと僕の身体を揺らす。僕と蜂蜜の間に小さな深緋が挟まれて逃げられず、戸惑っている。
いや、結構蜂蜜とはキスしてるのだけど……あ、その相手は殺人蜂さんだった。プリプリ怒る蜂蜜に僕は戸惑いながらも気持ちを伝える。
愛してるよ……蜂蜜。
「ふわぁーーーーーーっ!!」
二度目の叫び声が聞こえた後、蜂蜜は我慢出来なくなったのか、僕に顔をぶつけながらも唇にキスをしてくれる。触れたその桃色の唇から伝わる彼女の熱、愛情が僕の全身を包み込む様に。
その勢いで僕を押し倒した蜂蜜が深緋ごと僕等を抱き締めてくる。
「私も世界一愛してるよ!」
深緋が苦しそうに悲鳴をあげる中、箍が外れた様にキスの嵐を浴びてくる蜂蜜。困ったなこれ……蜂蜜の攻撃が苛烈を極めてくる程、押し付けられてくるのは深緋の身体な訳で……例えまな板でもその身体は筋肉が無い様に柔らかく、仄かに柑橘系の良い香りがする。
「ちょ、杉村さん!私挟んでるから!私に気付いてぇ!!」
キスに夢中の蜂蜜の猛攻が続く中、激しく押し付けられているのは深緋の体な訳で、サンドイッチされた深緋が僕と蜂蜜の間から呆れた様な視線を送られる。ごめんなさい。
「ろっくんの愛情が帰ってきたーっ!お帰りっ!」
この喜び様である。どうしよう……ずっと蜂蜜には待たせていたから、すぐに答えてやりたいけど、最後の生贄ゲームはまだ継続中で、しかもテレビ中継中だ。
カメラの方を見ると、取り乱した蜂蜜が僕を襲っている姿がバッチリ撮られている。推理を披露していた日嗣姉さんまでも此方を向いている。第六ゲームが行なわれた山小屋から樹理さんの呆れた声が聞こえてくる。
「あらあら、緑青……記憶と共に性欲も取り戻したのかしら?ハレンチモンスター君。ね?私もそこに混ぜてくれない?四人プレイでも全然私は構わないわよ?」
僕と蜂蜜、深緋の声が重なる様に樹理さんに突っ込みを入れる。
「「違いますから!」」
「ろっくんは渡さないよ!」
樹理さんがモニターの向こう側、日嗣朋樹さんの横で僕等に優しく微笑みかけてくれている。その微笑みはまるで母の様に包み込んでくれる愛情に満ちていた。
「息ピッタリね。流石幼馴染同士ね……深緋も、もういいのかしら?」
僕と蜂蜜にサンドイッチされた深緋がもぞもぞと顔を覗かせると、倒れる僕は深緋の小さい顔を見上げる姿となる。顔が近い。深緋がモニターの方を向きながら樹理さんに返事をする。
「はい……もういいんです。私の中で区切りはつきました。あとは前に進むだけですから……」
僅かな悲しみを湛えるその吹っ切れた様な笑顔は初めて見る。
「緑青への復讐は?」
「はい……もういいんです。それに、私のは只の逆恨みですから……」
深緋の視線が僕を見下ろし、僕に微笑みかける。
「改めてごめんね?緑青……そして有難う……私、本当は貴方の事憎みながらも、好きだったのかも知れない」
へ?
「子供の頃は冷たくしてごめんね?浅緋がさ……君の事、好きみたいだったから、私の方は無理矢理貴方に嫌われようとしてた……そんな必要無かったのにね。結局、緑青には蜂蜜が居たのに」
照れ臭そうに笑う深緋は可愛く見えて、思わず背中の蜂蜜と一緒に抱き締めてしまう。
「ちょ!やめなさ……い?」
過去の事件の呪いから解き放たれた様な彼女の笑顔に僕は救われた様な気持ちになって涙が流れていく。
ごめんな、本当にごめん。僕があの時、もう少し強かったら……。
「もう……泣かないの。こっちまで泣いちゃう。これ以上涙なんてもう出な……きゃっ」
蜂蜜が更に力を加えて僕等二人を祝福する様にハグしてくれる。
「私もごめんね……あの時、私にもう少し勇気があれば……」
「いいよ!杉村さんもあの時、北白に追いかけられて怖い思いをしたんでしょ?トラウマものだよ……」
「……大丈夫だよ!特に気にして無いよ!」
更にハグの力を強めて僕等二人を抱き締める蜂蜜。その度に押し付けられるのは深緋の幼い身体な訳で……これ以上は不味い。必死に蜂蜜の拘束から逃れようとするけど、その怪力は健在でビクともしない。
佐藤が困った顔で必死に逃れようとしているが、彼女もまた逃れる術を持たなかった。幼馴染二人に抱き着かれて僕は……。
「緑青、ごめん……ちょっと此処から出し……て?」
深緋の表情が固まり、その下腹部の違和感に下を向き、僕をジトリと睨みつける。顔を赤くさせた深緋が自分の胸元を弄り、ある物を取り出す。
果物ナイフだ。
小振りの包丁を小さな鞘から抜くとそれを無言で僕の眼前にチラつかせる。僕は謝罪しながら目を逸らすと、血の気が引いたのが功を奏し、それに伴い、深緋の顔も元に戻っていく。
蜂蜜が首を傾げながら何事かと尋ねられるがそれに僕等二人は答えなかった。モニター前から樹理さんののんびりとした声が聞こえる。
「あら、今度は緑青の奪い合いかしら?尊、貴女も混じらなくていいの?私も参戦していいわよね?緑青略奪ロワイヤルなら負ける気しないわよ?」
蜂蜜が僕を奪われる危険を察したのか、素早く深緋を僕から引き剥がすと、深緋が投げ飛ばされて田宮稲穂に受け止められる。彼女の握る果物ナイフがキラリと光りながら床に転がった。
「ダメーッ!ろっくんは絶対に渡さないよ!樹理ちゃんももうキスは禁止だからね!」
「えぇ。分かったわ。なら身体はいいのね?尊みたいに」
「ダメーッ!ろっくんの心と身体も私のもの何だからね!尊さんも次は無いんだからね!殺すよ?」
日嗣姉さんが蜂蜜の結構ガチめな殺気の圧に押されてその顔が引き攣る。
「その節は全面的に妾の失態、私の責任にあるのじゃ……すまぬ。だからそれ以上石竹君を責めるのは……」
「許す!だってもうろっくんは……私の……私の?」
幼馴染?
「ちがーう!!将来を約束されし運命の……」
宿敵?
「なんで敵対しちゃうの!違う、違うの、もっとこう……ラブな感じの……」
僕の中で混じって一つになったアオミドロの記憶が震え、懐かしむ様に目の前の可愛く表情をコロコロと変えていく黄金の少女の姿を愛おしそうに眺めている。ゆっくりと彼女を優しく抱き締めるともう一度その言葉を口にする。僕は彼女の中に共存する他の二人も愛さなければならない。でもまぁ、こんなに可愛いかったら大丈夫だよね?僕に混じったもう一人の自分にそう言い聞かせる。
「……ただいま、ハニー……」
その言葉を聞いて太陽の様に微笑みながらもう一度僕を泣きながら抱き締めてくれた。
「……おかえり、ダーリン……」
なんか別の意味に変わっているけど、特に問題は無いか。彼女の弾力に飛んだ身体が僕を優しく温めてくれる。あ、もう一つ、深緋に伝えておくことがあった。特殊部隊に突入される前に。
深緋?
「何よ?もう私はそこに混じらないわよ?二人であとは仲良くしなさいよ……」
いや、そうじゃなくて……いや、でも、これ信じてくれるのかな?それにその言葉は僕が夢の中で聞いた言葉だ。信憑性は限り無くゼロ近い。ふと蜂蜜とは別の熱を懐に感じて見下ろすと、緑青色の輝きを帯びるものがあった。陽守芽依さんから夢の中で授かった隠者刀だ。僕は夢の中で浅緋から聞いた言葉を彼女に伝える。
「……映画を見てね?全部そこに伝えたい事を込めている?木田さんが別撮りで制作した作品をなんで?って、緑青は映画の内容を知らないでしょ?私は撮影に携わったから中身は知ってるけど……映画、幼馴染と隠しナイフに全てを込めた?あれは北白事件を題材に作られたドキュメンタリー映像……よね」
文化祭の時、此処に居る僕と深緋と青磁、日嗣姉さんはその映像を直接見ていない。分かるのは……蜂蜜か?蜂蜜に内容を聞くと、掻い摘んで説明してくれる。
「えっとね……文化祭の時に放映された内容は、私が第四ゲームに間に合って、浅緋ちゃんが助かるの」
浅緋が助かる未来を僕等に見せたかったのだろうか。
「それでね、映像が終わる前に、短いけど佐藤浅緋さん役の子からメッセージが入ってて……」
深緋が首を傾げる。
「待って?そんなエピソード知らないわよ?」
日嗣姉さんが補足してくれる。
「ふむ。その映像じゃが……妾の映像を用意する都合で、放映ギリギリまで編集作業が行われ、しかも、陽守さんから別撮りの映像を追加されて困った記憶があるの。メイド喫茶の準備に追われた佐藤さんは見てないかも知れないわね。映像なら警察に押収されておるが、元データなら小室亜記に渡しておるぞい?」
佐藤が撮影当時を思い出そうと考えに耽る中、そんな中、鳩羽竜胆が何か思い当たる節があるのか白き救世主にした同じ質問を投げかける。
「浅緋ちゃんが事件に巻き込まれた原因となったのは……誰ですか?」
それはさっき白き救世主が答えていた。第一ゲームの被験者、里宮翔子さんが被害に遭って行方不明に?いや、違う。僕が夢で聞いたのは矢口智子さんが行方不明になったからだと聞いた。そもそも、事件発生のタイミングで里宮翔子さんとの接点が浅緋とは無かったはずだ。
僕は里宮翔子では無く、矢口智子さんの名前を口にする。
「そうですか……やはり……そうなりますよね。東雲先輩?少し木刀を貸して貰えませんか?」
壁際で木刀を抱えながら座っていた東雲雀が特に疑問を抱く事なく、その木刀を鳩羽に渡す。
「有難うございます……そして、石竹先輩……貴方の周りで決着がついていたとしても、僕等の中では何一つ決着はついてませんからね?」
何を言ってる?
「貴方は僕等の部長を殺し、佐藤先輩の妹さんを殺した。それに、こんなにも周りの人達を巻き込んで命の危険に晒している。それにもう一つ……」
な、なんだ?僕は冷や汗を掻く。
「貴方は知ってましたよね?あの白き救世主が偽物である事を。大凡、愉快犯、もしくは只の模倣犯である事を……」
その木刀の切っ先が真っ直ぐ僕を捉える。素早く腰から銃を引き抜くと同時に室内に銃声が鳴り響く。
僕の手から銃が弾き飛び、若草青磁の手に握られた拳銃から火薬の煙が上がっていた。
「緑青……これはケジメだ。そんなもんで止められると思うなよ?お前はどう取り繕っても殺人者だ。その殺した相手は誰であれ、そいつを慕う誰かにとっては仇に違いない」
僕は溜息を吐き、立ち上がると素早くナイフを手に構える。蜂蜜が僕を止めようとするのを引き止める。
そうだよな……これで納得出来るわけ、無いよな?僕の中で混じり合ったもう一人の僕。心の奥底に渦巻く僕の薄暗い感情が徐々にその顔を覗かせる。
さぁ、最期の決着をつけようか。
僕が生んだ因果を断ち切る為に。




