黒イ牙
白き救世主だと名乗りを上げた少年が、第六ゲームを始め、そして被験者の女の子の命をかけたゲームが始まろうとしていた……のだけど、どういう訳かその白い救世主の命が危うい状況になりつつある。これはこれで不味い。
「オイオイ……マジかよ……どうすんだこれ?救世主さんよ……流石に俺でも此処からは助けられないぜ?」
対角線上でモニターを眺める若草青磁の声がラッパの仮面の下から溜息と共に溢れる。傍で僕の背中に何故か手を添えている杉村蜂蜜も、眉をひそめながら僕とモニターを交互に心配そうに見つめ、意見を求める。
「ろっくん、照る照る坊主……このままじゃ死にそう……だよ?背中の傷は多分、浅くて出血も少なそうだけど……あっ」
モニターの向こうでナイフを逆手に持ち替えた黒い下着の女の子が、叫び声と共に少年にそれを振り下ろそうとしている姿が映る。躊躇が段々と無くなってきている。
「よくも!よくも……こんな事を!殺して……やる!私がぁ!!」
モニターから少年の間抜けな「あっ」という言葉の後に遅れて悲痛な叫び声が室内に響き渡る。白き救世主の布で隠された顔面の向こう側、華奢な女の子が身を屈め、ナイフの刃を少年の脚に突き立てた。
「私の番……脛を狙いました。……まずは……動けなくして……下から順番に使えなくしていくの。痛みを十分与えて。あっ、爪先を忘れてた……もう片方の脛も……」
私の番?脛?爪先とはなんだろうか。
「キミ!抜いちゃ……ダメッ!」
蜂蜜が制止する声を無視し、少女がナイフが引き抜くと、血が噴き出す。その血が少女肌と黒い下着を汚していく。え?えぇ?
「……すぐには死なないけど、多分、動脈が傷付けられてる……。もう一人の白い猫耳のキミ!包帯をしているって事は近くに救急箱があるって事よね?手当を……!」
白い下着の女の子が怯えながら部屋の奥へと離れていく。白い下着の女の子……名前はまだ分からないし、被害者の名前を晒す訳にもいかないので、白猫と呼ぶ事にする。白猫少女が必死に首を振りながら叫ぶ。
「無理ぃ!近付けない!!だって、これは私と彼女が順番に斬りつけ合うゲームだもん!選択権は救世主にあった……それが無くなった今、これはもう……只の……殺し合いだもん!巻き込まれたくないし!」
……うん。本当にどうしよ。
黒猫少女がナイフを抜いた隙に白き(もはや紅い)救世主が足掻きながら伸ばした反対の足が黒猫を捉え転倒させる。床の血溜まりで上手く立ち上がれない少女から距離を取る救世主。刺された脚を抑えながら画面近くまで避難して来た。
「い、痛い……こんなに痛いのか?聞いてない、こんなの聞いてない!助けてくれ!」
在ろう事か助けを求めたのは散々紛い者だとか言って馬鹿にしていた偽者の笛吹き男、石竹緑青、つまり僕だ。
「……ゲームオーバーの宣言するか?」
「あぁそうだよ!こんなの死んでしまう!手で抑えても……血が止まらない……くそ!全然力が入らな……」
僕は蜂蜜と顔を見合わせ、溜息を吐きながら頷き合う。一先ず、第六ゲームによりどちらかが確実に死ぬシナリオは回避出来たと思いたい。相手が女の子でも、怪我を負っていれば抵抗すら難しいだろう。少し釘を刺しとく。
「自業自得だよ……少女を殺し合わせといて、自分だけが助かろうなんて思ってたのか?最終的に北白も、二川も殺された。君も同じ道を辿るだけで」
「そんな……救世主は絶対……こんなのありえない!僕が死ぬなんて!此処に手錠の鍵がある!少女は解放するから助けて下さい!」
取り敢えず言質はとれた。恐らく完全に戦意喪失している今なら安全だろう。
「分かった……まず、その場所と君の名前を教えてく……れ?」
「僕は……あ?」
モニターの向こう側で白い影が動き、救世主の頭上に何かの塊が叩き落とされ、その下敷きになる。
「やった!お兄さん!!救世主を倒したよ!!」
古びたブラウン管のモニターを救世主の頭の上に叩き落としたのは白い下着の少女だった。少なくとも北白直哉は被験者の周りにナイフ以外の物を置かなかった。それは武器の代わりになるからだ。強烈な一撃を頭に受けた救世主はそのまま意識を失ってしまう。ブラウン管モニターの下で白い頭巾がジワリと紅く染まっていくのが見えた。女の子の力じゃ流石に頭蓋骨陥没まではいってないだろうけど。取り敢えず、脱出を考えないと。
「よ、よくやったね。えっと……白猫ちゃん」
「アハハ、やった!もう私、空腹でヘトヘトで……動けない……やったね、楓ちゃん!これで私達の勝ちだよ!もう殺し合わなくて済むんだよ!」
黒猫少女は楓という名前らしい。白猫少女が血の海で蹲る黒猫少女に嬉しそうに声をかける。身体の半分に返り血を浴びた少女はその言葉にも無反応だった。白猫の方は空腹こそあるものの、比較的衰弱は少なく、対して黒猫は動けるだけの体力は残っているものの……四肢全体に巻かれた包帯からは血が滲み、怪我による消耗が見てとれた。白猫も包帯は巻いているものの、左腕と左の脛に軽く巻かれているだけだった。応答内容や状況の正常な判断力から察するに、白猫少女は監禁されたにも関わらず、心身共に消耗は少ない気がする……。
「兎に角、手錠を外してそこから離れる準備を……多分、その男が持ってるはずだから……」
「うん!」
白猫少女が救世主の身体を探る最中、僕は彼女に質問を投げ掛ける。
「二人とも怪我をしてるけど……それは?」
「あれ?お兄さん、話聞いて無かったの?」
「う、うん。ちょっと考え事してたから……」
「仕方ないなぁ……第六ゲームのルール⑵、救世主に選ばれた方は、予め選択肢として用意された相手の部位を宣言し、そこを一分間自由に攻撃出来るの。攻撃が当たった瞬間、それは成功と見なされて、二度とその部位は選べないの」
「……それをさせられる周期は?」
「えっとね、正確な時間は分からないけど、陽が出てる時と、落ちてる時に一回ずつだから、一日二回ぐらいさせられてたと思う……」
「二人の怪我の数から言って……十日以上はそこに監禁されてるね?」
「うん。攻撃が失敗する事もあって、その時はどっちもごはん貰えない日もあったけど、一週間以上は経ってる気がする……あっ、パソコンに日付表示されてた。えっとね、記憶が曖昧だけど、十二月十五日前後に私達は誘拐されたと思う……順番やタイミングは分からないけど」
「食料を貰える条件は?」
「えっとね、どちらかの攻撃が成功した時だけ。攻撃を受けた方が食料貰えるの。怪我したら消耗するから、それを補うみたいに……」
「……さっき、救世主に選ばれたらってあったけど……選ばれる条件は……?」
気を失う救世主が持つ鍵を探す白猫少女の手が止まる。
「えっとね……攻撃のスパン十二時間中に、救世主様を喜ばせた方が攻撃の権利を得るの……」
「それは……どういう風に?」
首を傾げる僕の頭に衝撃が走る。
「石竹君!どれだけ貴方は鈍感なのよっ!」
どうやら、目覚めた委員長、田宮稲穂の拳骨を頭に食らったようだ。
「相手は幼い少女……中学生と思わしき被験者を何日も監禁する様な変態よ?」
頭を押さえる僕の頭に柔らかくて甘い匂いの何かが包み込む。
「ろっくんの鈍感は筋金入りだよ!でも、殴るなら私を殴って!」
蜂蜜が僕を身を呈して守ってくれているようだ。モニターの向こうから白猫少女の声が聞こえてくる。
「きゃはは……お姉さん達、大丈夫だよ?お姉さんが想像する様な真似は強制されてない……私達の体内に救世主さんの痕跡が残れば不利な事、知ってたから……まぁ……それ以外の事は大抵させられた……いや、私達は、救世主様に選ばれる為に自主的にアピールした……が正しいのかも……」
「え、アピールってどん……むぐぐ」
ガスマスクの下に白い手を潜り込ませた蜂蜜が僕の口を直接塞ぎ、その緑青色の瞳と目が合うと首を振る。あ、これ、聞いちゃいけないやつだ。蜂蜜の手を退けて、その事には触れない事を納得させた後、僕が一番聞きたかった事を訪ねる。
「白猫……何がそんなに楽しいんだい?」
「……へっ?」
それまで意気揚々と明るかった白猫少女の顔に張り付いた表情が消え失せる。
「何を言ってるの?お兄さん……楽しい訳無いじゃない。私達、監禁されて、何日も何日も殺し合わされて……楽しんでるって、酷いよ……」
この女の子、会話してて疲れるタイプの子だ。彼女の薄暗い感情、憎しみは本来、監禁した本人である救世主に向けられるべきものである。それが今、その全てが僕に向かっている。僕の本能が違和感を告げる。その違和感の元はなんだ?何を見落としている?
「鳩羽……江ノ木……第六ゲームのルールを僕は聞いてなかったが、何か気になる点はあるか?」
鳩羽と江ノ木がモニターの傍にいる僕と蜂蜜の横からモニターを覗きながら仮面を着けたまま視線を交差させる。
ハートマークの仮面を着けた江ノ木が首を傾げながら確認する。
「ルール上、特に変な点は見られない気がするよ?」
「……」
鳩羽はじっとモニター越しに室内の状況、被験者の状態と動向を潰さに観察しているようだった。
「石竹先輩が感じてる違和感って……白猫少女の言動ですか?それともこの状況?」
「分からないが……何か違う印象を受ける……それが何かは上手く説明出来ないけど……」
「……第五ゲームを受けた身としては……この第六ゲームは、北白直哉の第五ゲームを踏襲しているのは確かですが……差異はあります」
僕が始めた最後の生贄ゲーム内で、第五ゲームへの言及は既に警察で明らかになっていて、レイプ未遂となった件であった為、必要無しとして言及は後回しにしていた。被験者だからこそ聞ける事実や違和感が必ずどこかにあるはずだ。
「……大前提として、救世主を名乗る彼がどこでこの第五ゲームのルールを知り得たかです。情報規制は特に無く、もしかしたら、警察からの発表で明らかにされていたのかも知れませんが……結論から言うと、この第六ゲームは……大前提として間違ってます」
モニターの向こう側で無表情だった彼女に初めて驚きの表情が垣間見えた気がした。
「えっと、僕も上手く言えませんが……北白さんが僕達に行ったゲームのルールは、ルールなんかじゃありません。儀式の大前提を覆しかねないギリギリの範囲、グレーゾーンで生贄ゲームを継続させる事が目的だった様に思います。正確には……」
その視線がチラリと太陽の面を被る佐藤深緋へと向けられる。
「儀式による贄とはつまり、少女一人分の魂というよりは……少女一人分の血です。約3ℓというボーダーラインが北白さんの中ではあったみたいです……だから僕らを延命させる為に北白さんは死なない程度に少しずつ僕等二人から血を捧げる必要があった……」
江ノ木が僕の横から顔を突っ込み、モニターを眺めながらそれに頷く。
「言われてみればそうかも……生贄の儀式に必要なのは……本来は少女の穢れなき血だった……私の血が穢れてないって保証は無いけど……あ、もしかしたら、あの人達に襲われてたら……穢されたとみなされて、生贄としての資格は失ったのかな?」
北白直哉が必要なのは……血だった?いや、魂だったとしても、その代替えとして血でも事足りたということになる。あくまで北白の中ではだけど。そもそもルール自体が、霊樹の森の儀式を踏まえた白き救世主のオリジナルだったはずだ。絶対者は救世主。ルールの変更は問題無いのか。
「あっ!白猫のキミ!救急セットは近くにあるんだよね?」
江ノ木がグイグイ顔を押し付けて慌ただしく白猫に確認をとる。強張った表情がぐるりと変わり、不思議そうに首を傾げる。
「え?あ、はい……ありますけど?」
「頭の傷も気になるから、早くマスクをとって傷の状態を確認したいのだけど……まずは心音と呼吸を確認して!それからすぐに動脈が傷付けられた可能性のある脛の治療をして欲しいの……!」
江ノ木は元々、善悪に対する受け皿が広過ぎる。彼女の中で誘拐犯である救世主の命も等しく大切なのだ。
「死んで貰った方がいいのに……」
と小さく呟き、渋々白猫は心音と呼吸を確かめた後、相手のマスクを近くに落ちていた救世主のマスクを外す。うつ伏せになった状態でカメラからは見えないが、僕が見たとしても多分、クラスメイトの顔ぐらいしか覚えてないので分からない。田宮稲穂なら分かるか?背後を振り返り、田宮を手招きし、背後かモニターを一緒に見て貰う。大きいモニターで良かった。彼女が僕の両肩に手を乗せ、不機嫌そうに顎を頭に乗せてくる。首になんか柔らかいものが……幸せだ。あっ、蜂蜜の殺気が!
「(生徒会、学年代表の私に顔を判断して欲しいんでしょうけど……此処からは見えないわね……女の子に顔を見せて貰える?…………目覚めた時、もしかしたら貴方は死んでるんじゃ無いかと思ってたわ。まだ決着ついて無かったのね……何やってるのかしら、フフフ)」
あれ?なんか嬉しそう?僕は江ノ木に合図を送ると、首を横に振られる。
「ダメ!応急処置が優先だよ!!どう?」
白猫がやや不機嫌だが、正直に答えてくれる。
「うん。大丈夫……息はあるし、心臓も動いてる。頭の出血も酷くないし、ガーゼを当てておけば……あ、でも、脛からの出血が少し酷いかも。なかなか止まらない……背中の傷は絆創膏でも大丈夫なぐらい浅いよ……」
「先ずは心臓に近い位置を止血帯で縛ってから、患部に消毒してガーゼと包帯を巻いて欲しいのだけど……道具はある?」
「うん。救世主、あり過ぎるぐらいに用意してたみたい……私達の為に」
救世主は長期間を想定していたのかも知れない。白猫が、出血の酷い脛に包帯を巻く光景を眺めながら、鳩羽が何かを呟く。
「……浄化は生贄を伴い儀式を経て魂は濁りの無い御霊へと昇華される。大いなる意志の導き手によりその道は示され、開かれるであろう……」
「急にど、どうした?鳩羽……」
「いえ、この一節は僕と江ノ木さんの前に北白さんが現れた時に呟いた一節なのですが……」
北白の目的の一つに、自らの魂の浄化を目指していた事は明らかになっている。その言葉の一節目を信じて彼は儀式を行なった。けど、二節目は、その方法に対する示唆だ。
「大いなる意志?」
蜂蜜が僕から田宮を引き剥がして背中から抱き着きながら補足してくれる。
「多分、聖書をベースにしてるのなら……神様だと思う。私、キリスト教でもプロテスタントだから聖書ありきの信仰なのだけど……こんな身勝手な文言見たことない。……多分、北白か、救世主による歪んだ解釈、もしくはオリジナルだと思う……それに大いなる意志の導き手って事は……神様の使いでやって来た導き手、つまり、救世主により道は示されるとあるの。宗教的観点でいうと、本来なら、神と救世主たる子は同格、三位一体の考え方で……そこに聖霊という超常的な説明のつかないパワー的な何かが揃って一つの神という存在と言えるのだけど……多分、その一節は、北白家に伝わる霊樹の森の儀式内容に則る形で救世主の絶対性を示している気がする……」
「……それはやっぱり、北白に生贄として捧げられない為の防止策としてか……」
「うん。でも凄いよ……そのルールを書き換えた救世主はもしかしたら幼児洗礼を受けているか、両親に信仰があったのかも知れないね。救世主は恐らく、自分達が助かる為に機転を利かせて、自分達の絶対性を北城直哉に印象つけさせる事に成功してるの」
「でもそれが……」
「全ての始まりでもあった……んですよね」
鳩羽が悲しそうに胸を苦しそうに抑える佐藤深緋を心配そうに見つめている。まだ深緋は、いや、これからずっとこの先も、僕等はこの痛みを忘れる事なんか出来ないんだと思う。
「石竹先輩、北白さんと僕等は直接話しました。違和感は多分……この第六ゲームのルール自体が別の目的を持ってる可能性です」
「可能性……別の?」
「はい。最後の生贄ゲームで僕等が被験者として選ばれた第五ゲーム……北白さんは、本来なら僕か江ノ木さんをゲーム開始後、二分間殺し合わせた結果により贄とする方を決める手筈でした。けど……」
「北白さんは、僕等二人を生かす為に血を流させた。言い換えれば、北白さんの目的は僕等二人を生き長らえさせる事だった……言ってしまえば本来なら、男子である僕に贄の資格はありません。石竹先輩が助かった様に、女子にしか贄の資格は発生しません。あの場で、本来ならカナさんが殺されていたはずなんです」
「うんうん。北白さんが竜胆君を置いて私を抱えて山小屋を飛び出したのは、殺さなければいけなかったのが、私の方だったからだよね。うんうん」
ん?何か引っ掛かる。なんだ?
「あっ、そう言えばなんであのタイミングで飛び出したんだろ……北白さんの話した感じでは、あのまま僕等が血を流し続けていれば、二人とも開放してくれそうだったのに……その前に先輩達が僕等の所に来る方が早かったかもですが」
僕と蜂蜜が誠一おじさんに別の納屋小屋に閉じ込められ、誠一おじさんが直接北白直哉を裁こうとした日の出来事だ。
「鳩羽……お前は後から救出されたんだよな?」
「はい。何が何だか分からなくて、ヘリの音も聞こえて……扉がぶち破られた後、北白さんが手錠の鍵を置いてくれてたみたいで……後から、やつれた杉村誠一さんと合流して、病院へ……」
「鳩羽、もしかして……その鍵、二川亮がお前を解放する為に……」
鳩羽の目が見開き、その目に涙が溜まっていく。
「はは……本当、不器用な人だ……助けるなら、最初から巻き込まないで……下さいよ……」
あの場にもしっかりと二川亮はやはり居た事になる。北白直哉にトドメとして入れられた一撃も、木刀により加えられたと司法解剖の鑑定結果は示していたし。そして、第五ゲームとの相違点……いや、もしくは他に共通点があるのかも知れない。
「鳩羽……第五ゲームの北白の目的が二人を生かす事であり、二川はその罪を北白に擦りつけ、あわよくば殺害を目論んでいたとしたら……今度の第六ゲームの意図はどこにあると思う?」
「意図ですか……額面通りに受け取るなら……僕等みたいな虐げられて生きてきた人間に対して反旗を翻すよう促し、世界を憎しみの業火に焼き尽くしてしまう事でしょうけど……。北白直哉へと成り代わった石竹先輩に対して、自分こそ救世主だと……先輩はあの救世主が既に第六ゲームを始めていたのをどこで知ったんですか?」
「あぁ……相手がもうあんな状態で逃げようが無いから言うと……教えて貰ったんだよ。お前の慕う部長にな」
「部長に?」
「あぁ。そもそもの全ての始まりは……」
「ちょっと!ねぇ!次はどうしたらいいの!?」
苛立つ少女の声に顔を上げると、顔の半分や脚に包帯がぐるぐる巻きになった救世主を持て余し、狼狽している白猫少女が映っていた。江ノ木が苦笑いしながら包帯を巻く強さに注意する。
ふと横に設置された僕等が映るカメラを見ると、モニター前に僕と鳩羽と江ノ木が座り、背後に蜂蜜がどこか幸せそうに、田宮が退屈そうに僕に背中を預けていた。視聴者から見たら、テレビを視聴してる高校生をただ背後から映している退屈なものに映るだろう。世間にはどう映っているんだろうか。僕が起こした最後の生贄ゲームの最中に、別の生贄ゲームが発生した事になる。まぁいいか。世間の見解なんて知ったことでは無い。どうせ有る事無い事尾ひれを付けてメディアの、いや、大衆が喜びそうなコンテンツとして一時的に消費されていくだけだ。奇怪な一事件として。
「それでも……僕はまだやらないといけない事があるんだ……」
「先輩?」と、鳩羽が訝しむようにこちらを覗く。声に出ていたみたいだ。あ、これ、音声も録音されてるのか。
ガスマスク越しに頬を掻くと(ちなみに変声機はオフにしている)短い悲鳴が隣から聞こえてきた。この声は江ノ木だ。
「白猫ちゃん!屈んで!」
咄嗟に屈んだ白猫の背中から血飛沫が舞う。
「首……首を……狙います。首……あれ?おかしいな?狙ったはずなのに右肩を斬りつけちゃった……ね?次も楓の番でいいよね?エリカちゃんまだ四箇所しか斬られて無いもんね?ニャハハハ……ニャハハハ……」
蹲る白猫の背後、返り血を浴びた黒猫少女の視点は定まらず、閉じた口から溢れるように笑い声が聞こえてくる。
その姿はまるで黒い悪魔の様にも見えた。




