黒キ獣
「さぁ、僕らのゲームの再開だ……これは始まりに過ぎない。弱き僕等がこの世界を否定し、憎悪の炎で世界を焚尽くせ……同胞よ、今こそ立ち上がる時だ!」
八ツ森報道局に努めるカメラマンの佐々本さんと、アナウンサーの白滝苗さんが慌ただしく隣の倉庫から引っ張ってきた40V型の液晶テレビにコードを繋ぎ、ネットに接続すると、モニターに大きく映し出されたその顔は白い頭陀袋に一つ、穴が開いていて、その奥から片目が覗いている。衣服も白で統一され、上半身をスッポリと覆うポンチョと相まって……。
「白き救世主というよりは、照る照る坊主だな……」
僕がボソリと呟くと、一瞬、その場が凍り付き、静寂が訪れる。
「……」
セッティングの間、待機してくれている白き救世主までもが不機嫌そうに言葉を失ってしまった。失言だったようだ。カメラマンの佐々本さんがもう一つモニターを用意すると、今度は金髪の少女を抱き抱えた白いネズミの様なガスマスクを着けた青年がそのモニターに映し出される。その厚手の白いポンチョは所々破けて引き裂かれ、点々と赤い染みを作っている。フードの下のガスマスクもボロボロで素顔の一部が露出してしまっている。
「……なんだあの小汚いガスマスクの男は……そして誰なんだあの金髪の美少女は……」
照る照る坊主の青年が映し出されたモニターと比べて半分ぐらいの大きさしか無いモニターの中、金髪美少女がモニター越しにピースサインを送っている。此方もそれに答える様にピースサインを送ると、同じタイミングでガスマスクの怪しい男がピースサインを送る。
「あ、これ、僕か……」
モニターの中のガスマスクの男が、眼下の金髪の少女と顔を見合わせると、軽く小突かれている。僕だけど。
「ろっくん、働き蜂は少し疲れたから眠るって……殺人蜂も、面倒だからって私に任せてくれた……今の私は女王蜂という名の杉村蜂蜜です……」
「うん。言わなくても分かるよ。表情と雰囲気で」
「にへへ……」
僕の腕の中で金髪美少女こと杉村蜂蜜が頬を掻きながら赤く照れている。するりと彼女が立ち上がると、辺りを見渡して脱ぎ散らかした装備を身に付け始める。腿に小型ナイフ装着する為のベルトやトンファーを背中に装備する為の装着帯を着け、転がる二本のトンファーを装備した後、散らばった灰色の隠しナイフを手際良く収納すると、何かを探す様に辺りを見渡している。
「あれ?私の蜜蜂印のハニーナイフ、ろっくん知らない?」
「あぁ……それなら、倉庫扉横の壁に散らばってるよ」
「あ、ホントだ!」
ペタペタと素足のまま、両手に特殊ラバー製のロングブーツを抱えながら、ゴシックドレス姿で眠る日嗣姉さんを飛び越え、他の贄達の間を縫い、ナイフが散乱した現場へと到着する。日嗣姉さん、目覚めたら驚くだろうな。いつのまにか陽守芽依さんに着替えさせられてて。あっちは大丈夫かな……。懐に忍ばせた芽依さんから授かったダイバーナイフに手を触れると、硬質的な手触りの中に仄かに暖かみを感じる。素材は何で出来ているのだろうか。そしてこんなナイフ一本で何かが変わるのだろうか。
「でもどうして私のナイフ、こんなところにあるの?」
近くに座っている佐藤深緋が「貴女が緑青を壁に磔にした」と告げると、納得した様に身体に巻かれたベルトに一本ずつ収納していく。コンクリートで塗り固められた壁に細い穴が空いてその斬れ味の鋭さを物語っている。
「多分、殺人蜂ね……私はろっくん刺さないもん、殴るけど」
その視線がジロリと此方に向けられる。
「……ご、ごめん……」
「後できちんと私にも……チューしてね?そしたら許してあげる」
フイッと、再び壁の方を向くと、下を向いて片脚を上げ、その白い脚に黒いブーツを通していく。
ふとモニターに目をやるとブーツを履く杉村蜂蜜の後ろ姿が何故か全面的に映し出されていた。カメラマンの佐々本さんの方に視線を送ると、これは失敬、という様にカメラの方向を元に戻す。そこに僕が映し出される。カメラ目線で屈み、その横には正座する髪を解いた東雲雀とその反対方向には脇腹を抑えた鳩羽竜胆を心配する江ノ木カナが彼の体を労っている。二人とも仮面は装着してて、身バレはしてない。と思う。
「ろっくん?どうしたの?」
「いや、何でもないよ。カメラマンの佐々本さんが蜂蜜のパンツを盗撮して……」
ストンと音がして、そちらを向くと、小型ナイフが壁に突き刺さっていた。佐々本さんが腰を抜かし、その場に崩れる。
「次は……眉間を狙います……よ?」
佐々本さんのカメラを覗く頬には細い血の筋が浮かび上がっていた。
「す、すいません!」
「蜂蜜、ごめんごめん、見えそうだったけど、フリルスカートでギリギリ見えてなかったから大丈夫だよ!」
「そうなの?もう……ろっくんの意地悪。見ていいのはろっくんだけなんだから……でもスカートの下は水着みたいな一体型の強化ラバースーツ着てるし、見ても問題ないよ?見せないけど……」
蜂蜜が投げた小型ナイフ以外のナイフを全て仕舞うと、その上から僕がプレゼントした黄色いレインコートを羽織ると、くるりと一回転し、両手を広げて此方へ確認を取る。
「ろっくんに貰ったレインコート……今も似合う?」
「うん。蜜蜂みたいで可愛いよ」
「えへへ……あ、髪型も変わってる!」
蜂蜜が黒い紐を解くと蜂蜜色の柔らかい黄金の髪が波打ちながら広がる。僕が座っていた椅子の近くまで戻ってくると、護身銃とバトルナイフが収納されている四角く黒い鞄から橙色のシュシュを二つ取り出し、高めの位置で左右の髪を纏めていつもの髪型になる。あのシュシュは確か、義姉さんのサリアさんから誕生日にプレゼントされたやつだ。仕上げに、杉村誠一さんからプレゼントにもらったマイクロチップの入っていない鋼鉄の簪を仕上げに左右の結び目に刺すと更に蜜蜂姿へと近付く。蜜蜂というより、熊蜂だけど。
「ふぅ……これで完成っと……ねぇろっくん……」
「何かな?」
スルリとその手に白銀のナイフが構えられる。
「次に殺すのは……そこの照る照る坊主?」
フワフワとした物腰から一転、その圧倒的な殺意に圧され、その場に居る僕以外の人間の身体が硬直する。モニター越しに映る白き救世主がカメラに射抜かれて映し出された蜂蜜の緑青色の瞳を前に、体勢を崩し、画面から一瞬フェードアウトしてしまう。
杉村蜂蜜の人格は統合され、少しずつ混じり合い始めている。その兆候がそれぞれの人格の特徴を僅かに他の人格が含む様になってきた。今の殺気は殺人蜂の殺意そのものだった。本来なら、働き蜂さんの人格は真っ先に他の人格へと統合されるはずが、彼女の話によると、主人格に拒否され、統合は免れたらしい。その事からもしかしたら、これ以上の人格統合は行なわれないのかも知れない。流石にずっとこのままでは無いと思うけど、働き蜂さんは春から冬にかけての数ヶ月だけど、殺人蜂と女王蜂は七年間も共存してきた事になる。少し前までは殺人蜂の人格は他の二人に否定され気味ではあったが。
杉村蜂蜜の精神状態の把握も大事な僕の仕事の一つなので怠らない。
「そうだね、殺さないけど……彼の事は止めたいね。そして被験者達を助けたいね……」
白き救世主が画面越しに蜂蜜にナイフを突きつけられながらも手元を操作し、全面に映し出さされていた救世主の顔が小さくなり、カメラのアングルがロングへと引かれていく。彼の背後に山小屋の壁際に鎖で繋がれた下着姿の少女二人が映し出される。
やはりゲームは既に始まっていた。
白熱灯の光が少女の肌を映し出す。白と黒、それぞれの下着姿の少女。何歳ぐらいだろうか。小学生では無さそうだけど……。
「君達は……石竹緑青は紛い物だ……この僕こそが正当な生贄ゲームの後継人……さぁ、本当のゲームの始まりだ」
黒い下着姿の少女の方が手足に巻かれた包帯の面積が多い。二人の表情は影になっていて分かりにくいが、何日か監禁生活が続いているのか疲れ切っている様だった。
ここまでは想定の内の一つ。
しかし、ここからは未知の領域だ。
…………本当にどうしよう。
何も情報が分からない状態で僕等はこの第六ゲームを阻止しなければならない。そして、あのてるてる坊主が指す同胞とはなんだろう。
正直なところ、こういう場面でこそ日嗣尊の真価が発揮される。
最後の生贄ゲームは日嗣姉さんが身を隠していた二週間がハンデとなって此方に有利に働いてくれた。日嗣姉さんとは言え、知らない事を推理に盛り込む事は出来ない。
それでも現状の可能性からあそこまで真相に近い推理まで転化させられるのは流石だ。けど、僕はこうも推測する。
白き救世主が出て来たタイミングは、被験者である杉村蜂蜜と東雲雀がルール無視の決闘を行ない、その決着がつきそうなタイミングだった。
そしてあの時、危なかったのは杉村蜂蜜の方だった。
恐らく白き救世主は蜂蜜の状態も正確に把握している。そして僕が始めた最後の生贄ゲームを邪道視し、正当なゲームを自らの第六ゲームとした。
これまでの生贄クイズゲームの内容から、北白直哉主犯による生贄ゲームだと、八ツ森に必要な贄は第五ゲームが行われた時点で達している。
その上で第六ゲームを始めた、いや、始めていたという事は北白直哉が捕まっていたとしても生贄ゲームは続いたという事になる。
なら、なぜ第四ゲームで彼等は犯行を止めたのか。
第四ゲームで継続する程の理由が無くなったか、二人で始めた生贄ゲームだからこそ、もう片方の少年が継続を断念していたからだ。
だが、生徒会長の二川亮による第五ゲームは行なわれた。
それは何故か、もう一人の少年によるコンタクト、もしくは合図があったと思っていい。それを皮切りに第五ゲームは行なわれ、そして続く第六ゲームが行われていた。第五ゲームの正当性を主張するなら、そのルールを踏襲している可能性が高い。第四ゲームまでは二分以内の殺し合いが原則だった。しかし、こうして被験者の少女二人が生きているという事は、第五ゲームで北白直哉がルールをギリギリの範囲で変更した点を踏まえてゲームが行われていると考えた方がいい。呪縛から逃れられなかった北白直哉。けど、その抗いがこうして二人の少女の命を永らえさせている。貴方の死も無駄では無かった。
なら、犯人による想定外の出来事は他にもあるはずだ。
文化祭で共犯者である二川亮が死んでしまった点だ。恐らく、この生贄ゲームはどちらかが降りれば行なわれない。そして、この第六ゲームが行なわれたのは二川亮が死ぬ二週間の間、もしくはその前から算段がつけられていた可能性が高い。
そして何より……奴は誰よりもその人物を警戒していた。だからこのタイミングで現れた。
「笛吹き男の紛い物、石竹緑青……もういいかい?こっちのルールは説明したけど、ここから先は僕の指示に従って貰うよ?」
あ、やばい、全然聞いてなかった。
「え?聞いて無かった……」
「聞けよ!二人の少女が人質に取られてるんだぞ?分かっているのか?」
「で?こっちも人質の数なら多いけど?報道関係者含めれば十一人。そっちは二人だろ?残念だけど、こっちが悪役だよ?正義の救世主様?」
「は?!確かにそうだが、お前はこの少女達が殺されても……」
「お前は殺さない……いや、今は殺せない。それに最低でも死ぬのは一人だ。勝者を救世主なら殺せない。こっちは紛い物の笛吹き男だからルール無視も厭わないし、全員、殺しても構わない」
「お前なぁ!どこまでふざけて……殺すなら最初から殺し合わせてただろ?」
「あぁ……けど、もうその必要も……な」
目の端で蜂蜜がナイフを懐に仕舞う姿が見え、隠者サイドに設置された椅子へと腰掛けようとするが僕に向かって何かを叫んび、室内に銃声が響き渡る。その大きな発砲音に合わせて僕の身体は弾け飛び、床へと転倒する。天地が逆さまになる中、撃った人間が誰かを考えるが、この中で銃を保持し、僕を撃てる奴はあいつしかいない。
「待ってたぜ……ずっとあんたをよ……救世主さんよ」
クククッと若草青磁が笑いながら両手に構えたSIGP226の黒い拳銃をこちらに向けている。床には薬莢が転がり、火薬の臭いが辺りに広がる。その狙いは正確に僕の腹部を狙ったものだった。その銃は確か9mm弾と共に護身用に与えたものであり、護身用として今使うには最適だろうけど、もうちょっと待って欲しかった。
若草の近くに座る残された贄達が怯えた様に耳を塞いでいる。だが、杉村蜂蜜だけは違った。即座にその身体が反応し、若草青磁へと向かうのが見えた。
「だめだ!蜂蜜!殺すな!」
その気配に遅れて気付いた若草青磁が慌てて杉村蜂蜜へと照準を合わせる。
「おっと、あぶねー……近づくなよ?撃つからな?この近さじゃどこに当たっても恨みっこなしだからな?大丈夫だ。あいつ以外、撃つ気はねぇから……って!うおっ?」
蜂蜜がその忠告を無視して動き出す前に僕は素早く構えたAMT社製の拳銃、ハードボーラーを若草青磁の腹部目掛けて発砲すると、ワンテンポ遅れて若草青磁がその場に転倒する。
咳込みながら撃たれた箇所を抑えながら身体を起こす若草青磁が、悪態をつきながら銃口をこちらに向けている。
「くそっ、マジで撃ちやがった……くそ痛ぇし……」
追撃動作に移ろうとする杉村蜂蜜に今度は僕が照準を合わせて待ったをかける。
「やめろ、蜂蜜……」
「でもろっくんを青ちゃんは撃った!許せない!」
「僕は撃たれても仕方ない事をしている……それだけだ。それにもし、ここで銃撃戦になったら他の贄に当たる……僕等は防弾衣を下に着ている……問題無い……」
「でも!ろっくん!血が!青ちゃんも!」
撃たれた箇所を抑えながら立ち上がり、お互いに銃口を向け合う。その姿に佐藤が駆け寄ろうとして、片手に繋がれた鎖に引っ張られて転倒する。
「二人とも!早く診せて!軽い応急処置ぐらいなら出来るから!チョッキを着てても衝撃で体内を損傷している可能性が……」
「後で見て貰う……今は、あっちの方が危険だ……」
僕と若草青磁はカメラ側へ設置されたモニターに目を移す。
「フフフ……そういうのは好きだよ……審判の仮面を被ったお前は何者だ?」
白き救世主が訝しむ様にその視線を若草青磁の方へと向ける。
「クハハッ……俺は知ってんだよ。お前が何者かをな……俺は見てたんだ。お前の事をな。すげーよ、あんたらは。あの時のお前なんだろ?俺は知ってるぜ、こっそり見てたからな」
それに頷く白き救世主。
「そうか……僕の事を見てくれてたんだね。君は此方側の人間という訳か」
咳込みながら、仮面の端から流れた血を垂れ流しながら若草青磁は犯人と会話する。
「勿論だ。所謂俺も虐げられた子供だったからな。すげーよお前は。それに被験者の女性の好みも良い。その場所を変わって欲しいぐらいだ。俺の目は誤魔化せないぜ?そいつら、十五歳以下の中学生だろ?本当に趣味がいい……ぜ……。充分楽しんだか?」
「何なんだお前は……超能力者か?まぁ……彼女の身体に証拠が残らない程度には楽しんだよ。あまり僕をコケにすると、彼女達の身体に一生癒えない心の傷が付く事になる……君達のせいでね……」
僕は叫ぶ。
「ふざけるな!お前はもうその子達に消えない傷を刻んでいる!北白事件は市内では有名な事件だ。それを模倣された事件に巻き込まれ、山小屋に何日も監禁され、殺し合いをさせられている……それだけで充分お前は!」
再度銃声が鳴り響き、僕の背後の壁に銃弾が撃ち込まれる音がする。
「んな事、言われなくても分かってるよ……ちょっと黙ってろ!記憶喪失野郎……ハァ……くそ、痛ぇ……」
苦しそうに若草青磁が膝を片膝を着くと、銃口を下に向ける。それに伴い、こちらも銃を仕舞う。大丈夫だ。此方の傷も大した事は無い。若草青磁はきちんと狙ってくれている。防弾の厚い箇所を。蜂蜜が銃口を気にしながらも、彼の傍に屈み、ブレザーの下の撃たれた箇所を確かめている。
若草に蜂蜜を撃つつもりは無いらしい。その傷を確かめた杉村蜂蜜が驚いた様に此方を向く。僕はそれに首を振り、杉村を隠者側の椅子にまで下がらせる。それが命を賭けてこその生贄ゲームというのなら、僕等は覚悟を決め無ければいけない。
「……で?どうすんだ?この偽物にゲームを任せるのか?紛いなりにもこいつは正式な生贄ゲームを生き抜いた勝者だ……」
「……この僕が行なっている第六ゲーム、此処までは僕の指示で被験者が指定する部位への攻撃を許していた。勿論、どちらかが死ぬまでだ。そうだなぁ……この白い下着の女の子を八ツ森側。黒い下着の女の子を隠者側としよう。そちらでの勝敗結果によって、どっちの女の子が攻撃出来るか選べる権利を持つ様にしよう。つまり、そちらでのクイズ結果が、こちらの勝敗に繋がるってことさ」
「OK、勝った側の女が相手の部位を宣言し、その中央に置かれたナイフで攻撃できるんだな。制限時間は?」
「二分を与えている」
「了解。じゃあとっとと始めようぜ?なぁ?緑青?」
若草青磁がラッパ柄の仮面を投げ捨て、此方を睨みつける。その口の端からは血の筋が流れていた。どうする?このままゲームを継続させるか?それとも、全面的に此方が降伏して特殊部隊に捕まるか?思考が渦巻く中、僕の白い法衣も紅く染まっていく。その前に確認しておかなければならない事がある。
「待て……白き救世主、そもそもお前は本物なのか?この生贄ゲームを始めた少年……」
「往生際が悪いね……正当なゲームを始めた僕こそが本物だ。それとも君が二川亮の対となる存在、白き救世主とでも言いたいのかい?」
僕の中に眠るもう一人の彼が震える様に答えた様な気がした。
「いや……なら、お前が、あのメッセージを残したんだな?」
白き救世主が被験者の女の子達に近付き、二人の肩に手を回すと、手にしたナイフをチラつかせて脅す。黒い下着と猫耳を付けた痩せている方の女の子がそれに怯え、その腕から逃れようと足掻く。対する白い下着の女の子は放心状態なのか、大した反応も見せない。傷は此方の女の子方が少なく、相手をあそこまで傷付けたのはこちらの女の子の方だ。
「メッセージ?」
「僕達の教室に残された赤いスプレーで書かれたメッセージだ」
「あぁ……天使様、なぜ私を浄化して下さらなかったのですか?だよね?僕だよ、僕が書いた。傑作だろ?」
「今日までに殺した人間の数は?」
「そんなの関係無いだろ?」
「お前が、文化祭の日に名乗りを上げなかったのは……いや、今になって名乗りを上げたのは……日嗣姉さんが、日嗣尊の存在を警戒していたからだろ?」
「……」
この反応は図星である可能性が高い。やはり僕等の選択肢として日嗣姉さんは確かに頼りにはなるが、その存在そのものが犯人にとって脅威でもある。彼女は若干十二歳にして北白事件解決への糸口を見つけた白髪の美少女。世間を賑わせ、犯人を追い詰めた時の人だ。僕が思っている以上にその存在は世間からすれば大きい。そして、日嗣姉さんが殆ど自爆とも言える手段で殺人蜂さんから腹パンされて降りた選択もまた正しいともとれる。日嗣姉さん自身も自分の評価を過小し過ぎていた。犯人としては驚いただろう……殺人未遂で逃亡中の日嗣姉さんがピンピンしてテレビ局に電話をかけた時には。きっと彼は僕等よりも普通の人間だ。恐らく、誰も人を殺した事の無い人間だ。だから、殺させない様にしなくてはいけない。
「そして、お前は……二川先輩を売った。自分が捕まるのを恐れて、彼が殺した人間を遺棄した場所を警察にリークしていたとしたら?クイズゲーム内でも話は上がったけど、明らかに誰かが死体遺棄場所をリークしている可能性があった。それが君だった」
「お、お前……」
再び耳をつんざく銃声が連続して僕を黙らせる。
「緑青!それ以上喋るんじゃねぇ……残弾全部お前の口にぶち込むぞ?」
「ご、ごめん……」
青磁に怒られた。これマジなやつだ。
「……助かるよ、ラッパのマークのキミ……何て呼べばいいかな?」
「……名前バレは恐らくしてるだろうから……俺はこのタロットの意味、審判者と呼んでくれりゃあいいさ……撃たれて殆ど動けないが、コイツらを従わせるぐらいの事はこっちで出来る。とっとと始めてくれ……お前のゲームを……俺はただそれに従うだけだ」
「じゃあゲームを再開しようか。っと、その前に……君達被験者の王を決めてなかったね……」
被験者の王?あの生贄ゲームにおける勝者の事か?
「勝者は僕だ……今更何を」
「まだついてないだろ?第五ゲームは……あろう事か笛吹き男の蛮行により決着はついていない。こっちはこっちでやるからさ……さっさと決めてよ?鳩羽竜胆君と江ノ木カナさんの殺し合いでね?」
名を出された鳩羽と江ノ木が怯えた様に向かい合う。これ以上は二人を巻き込まない。
「そんな、ふざ」
「ふざけるなっ!」
僕と同時に叫び声を上げたのは後輩ストーカー君、第五ゲーム被害者の鳩羽竜胆だった。
「なっ?!」
叫ぶ鳩羽の声が室内に響き、たじろぐ白き救世主。
「お前に……お前に何が分かる!ゲームを継続させたお前に何が!」
その言葉に若草青磁も圧されたのか、銃を下げたままだった。元から僕以外を撃つつもりは無いのだろうけど。
「……君はおかしい事を言うね……一年の癖に生意気だ……いいのかい?ここに居る女の子がどうなっても……」
童顔の鳩羽が歯を食いしばりながら首を振る。そうだよな、二川先輩を亡くしたお前にとってはこの行為は彼を侮辱している。
「お前は結局、自分では手を下せない……人を支配したつもりでいる弱虫の臆病ものだ!お前に、何が分かる!二川先輩は確かに人を殺した……北白直哉さんも殺したらしい……けど、それは全部……全部もう一人の少年を守る為にした事だろ?なんでそれに気付かない!なのにお前は!それすら無駄にするのか!」
「何を言っている?勘違いしているのは君の方だよ……何も終わってなどいない、このゲームは果て無く続き世界に憎しみと不幸の連鎖を生む。君は確か親に見捨てられた子供じゃないか……お前も恨んでるんだろ?この不公平な世の中に!ならば僕達は同じ同胞だ」
「殺す……殺してやる……お前のその行為は、先輩を侮辱している……先輩を慕う僕や東雲先輩をこけにしている」
鳩羽の言葉に圧倒された救世主は、白い下着の女の子の喉元にナイフをあてがい、脅す。
「この子がどうなってもいいのか!」
「あはは、早速自分からルールを破ってるじゃないですか……先輩?どうしたんですか?本物なのに石竹先輩の方が北白直哉さんに近いですよ?」
「これは!ルール範囲内だ!笛吹き男が被験者を傷付けないというルールはない。それに、決着がつかない場合は笛吹き男自ら手を下す事を許され……」
「決着……まだついてませんよね?それに……北白直哉さんがその力を行使するのを許されていたのは……反撃の範囲内です。貴方、本当に今まで最後の生贄ゲームをしっかり見てたんですか?あくまで攻防は少女達に委ねられていました……ルールを今、破っているのは貴方だ。笛吹き男が被験者に手を出す時は正当防衛、もしくは生贄ゲーム終了時の合図を出された時だけです。殺すんですか?貴方が女の子を……寧ろ、正当な生贄ゲームがこちらになってしまいますが?こちらの生贄ゲームは攻防の戦闘レベルが高過ぎるだけ……ただそれだけですよ?それでもその遊戯が本物なのだと主張したいのなら、そこから離れるべきです……貴方の為にもね?」
咳き込む鳩羽の口から血が流れる。先程の蜂蜜によるダメージが響いているらしい。無茶をし過ぎだ……ただ、こちらのメンバーはあの生贄ゲームを体感したものだ。その精神力は並大抵では恐らくない。
「それに……ほら、貴方はこちらのゲームが偽物だとおっしゃいますが、こうして血は流れてますよ?」
「くそっ!この!石竹ごときと同列にするな……」
これ以上の救世主を刺激するのはよくない。鳩羽を止める為、彼に近付き、その前に立ちて制止させる。撃たれた脇腹を抑えながら。この場所にいる面子の生死は僕が主導権を握っている。だが、第六ゲームは犯人の青年が握っている。追い詰められて何をしでかすか分からない。
「……やめろ……分かった、従うから、その子だけは傷つけるな?」
落ち着きを取り戻した救世主はナイフを下げる。ここは下手に出て相手に優位性を持たせた方がいい。
「いいだろう……僕は傷付けないよ……僕はね」
鳩羽がそっと僕に耳打ちをする。
「(会話の内容から……僕の事を、後輩と呼びました。恐らく、奴も八ツ森高校の生徒です。二年、もしくは三年で……二川先輩の動向をチェックし、第五ゲームの詳しい内容を知っている素ぶりでした。私は所属していませんでしたが……杉村先輩の動向も把握する為に教室に顔を出すか、複数の人物とで情報交換していた可能性が高いです。それだけの情報網を持つのなら……生徒会、星の教会、もしくは……細馬将先輩が発足させた杉村愛好会のメンバーである可能性が高いです。細馬先輩だったとしたら……笑えますけどね?)」
「(あのゴリラみたいな先輩が……白き救世主?いや、無い。体格がそもそも違う……すまない、竜胆……)」
思った以上に冷静だった鳩羽を前に周りを見渡すと、八ツ森の生徒達も冷静に事態を眺めていた。そうか……もう僕は一人じゃないんだな。
杉村蜂蜜の愛好会のメンバーなら確かに情報の回りは早いはずだ。そして、僕らを監視していたとしても何の違和感もない。彼らの目的はあくまで杉村蜂蜜が目当てなのだから。
この事態に警察はどう動くのだろうか。
誘拐事件の間に起きた別の誘拐事件。警察は出ていたとしてもその場所を特定出来ないのなら、救出する事自体が難しいからだ。そして此方の特殊部隊突入までのリミットも刻一刻と迫ってはいるが、僕等が出来る最良の選択肢は第六ゲームを可能な限り伸ばし、少女達の命を永らえさせる事だった。
犯人が映るモニターを睨みつけると、少年の叫び声が響き渡る。
どうやら、背中を刺されたらしい。
黒い下着の女の子に。
そう……勿論僕は犯人の動向だけに気を付けている訳じゃない。被験者の女の子達の心にも気を付けている。
第一ゲームで山から降りてきた天野樹理が無差別殺傷事件を起こし、第二ゲームで殺し合い、北白直哉に一矢報い、第三ゲームで自らの手首を切り落とし、北白直哉を刺し、妹を守った日嗣命……そして、第四ゲーム……僕は恐らく抵抗し、反撃の為に北白直哉に額を斬りつけられた。
僕は彼と違い侮ってはいない。
死の淵に立たされた少女達の絶望に勝る生きたいという本能、希望に。
モニターから少女の笑い声が聞こえてくる。その手に握られた小さなナイフを両手で握り、うつ伏せに倒れた少年の背中を刺し、尚逃れようとするその脚にナイフを突き立てていた。
狂気に飲まれたその笑い声は、少女と呼ぶには悍まし過ぎた……それはまさに深淵を覗き、怪物となった者と呼ぶに相応しい姿だった。




