第六ゲーム
私の体が、壊れ、ていく。
心が死に、魂、は、穢れていく。
私は最後に守っていたものまで、差し出さなければいけないの?
嫌、嫌、嫌!ならどうすればいい?
ねぇ!私はどうすればいいの!?
これは生贄ゲーム……死んだ方が贄として捧げられる……なら、私が生き延びる為に選ぶ選択肢は一つしかない。
殺せばいいのよ。
……ね?
*
自我の境界さえ曖昧になり、見知らぬ青年の声が聖言として私の体を突き動かす。
「さぁ、神園エリカ。次は君の番だよ?これ以上はさ……楓ちゃん死んじゃうからね?此処からは気をつけてね?」
目の前の見知らぬ包帯だらけの少女は泣き叫び、その怒りが私の鼓膜を震わせる。それは慟哭。彼女の身体に刻まれた傷は非力な私の腕力では浅く掠める程度に留められているが、用意された白銀の折り畳みナイフの切れ味が鋭く、血は赤い線を描き、流れ落ちていく。その痛みと死への恐怖から彼女の心は壊れ始めている。普段見えないはずの人の心が恐怖と狂気に彩られる程にハッキリと浮かび上がる。
私と同じ様に身体は穢れ、潔き魂が汚れ、心さえも壊れた見知らぬ女の子は私を映す鏡そのものでもある。両者の闇に覆われたその心に違いがあるのだとすれば……それは実存の違い。
心は見えないけど、そこには確かに存在はするはずのもの。
光さえ射し込めば闇の中でも朧げに輪郭は浮かび上がる。見えないだけでそこには在る。闇の静寂が時に磨耗した人々の心を癒すが如く。
けど……私の心は違う。
空虚ながらんどうで何も感じない。
昔からそうだった。
周りに合わせて外部刺激に対するリアクションはとるものの、私の心には穴が空いている様に冷たい風が通り抜けていく。光が射しても何も照り返さず、空虚で何も無い穴だけがただ空いている。
私の心の奥底には海水の圧も、宇宙の瞬きすらも感じられない、黒く塗り潰された私の孤独な世界だ。
私はいつからそうなってしまったんだろう?ただ何も感じ無い心が私の奥底に座していた。
幽暗の中の女王。
闇の中にその気配だけを感じていた。
そしてその女王は私の気付かぬうちに私と成り代る。生と死の狭間に於いても、私の見えない心は何も感じなかった。
小さなナイフが私の肌を浅く引っ掻き、全身に拡がっていくその痛みでさえ、空っぽな私の心を震えさせる事は無かった。
どうしたらいいの?
痛みにすら揺らぐ事の無い身体に心、そして魂……途方にくれた私に残された最後の選択肢。
ならそれを他者に与えてはどうだろうか?
私はこの生贄ゲームが始まった時、白銀のナイフを握り締め、目の前で安心しきっている女の子身体を鋭い切っ先で撫でる様に這わせ、赤い線を肌に刻み付けていく。白い肌からまるで待ち侘びていた様に鮮血が滴り、流れていく。叫びが私の鼓膜を震わせ、その震えが私の脳へと突き抜けていく。止まらない。私は青年の止める声すら無視して相手を斬りつけるのを止まなかった。大丈夫、致命傷になるところは避けている。相手も怯えて避けているし。
何に反応したのか分からないけど、その時初めて心の在り処を見つけた様な気がした。
相手の痛みは感じられない。
一方的に命の手綱握っているという強者の感覚。
感じられない。他人の身体。
痛みを感じているのは相手だ。苦痛に顔を歪ませ、私を怯えて距離を取る。
その目が、私を見るその恐怖に満ちたその目が、何も無い私を強くこの世界に繋ぎ留めてくれている……そんな気がした。
もっと、もっと見てみたい。
貴女のその苦しむ姿を。
もっと私の存在を感じて恐れて欲しい。
願うなら、ずっと……ずっと。
私はまたルールを犯し、殴られ、ペナルティとしてその場で相手の女の子の前で衣服を剥がされ、身体を弄られた。
初めてでは無いけど、震えるその青年の姿は怯えた子供の様に可愛くさえ思えた。
私は相手の女の子の青冷めた顔が面白くて、わざと泣き喚いて抵抗して、恐怖心を植え付けた。ごめんね、月島楓ちゃん。こんな事に巻き込んで。大丈夫、きっと貴女は生き残るよ。
私と違って虚っぽでは無いから。
一通り、私の貧弱な身体を撫で回した青年が私から身体を離すと、白い下着と何故か白い猫耳のついたカチューシャを渡された。
彼は私の身体に体液を残すつもりは無いらしい。彼に繋がる証拠になるからだ。
「これを……着けて欲しい……君もだ」
床に放り出されたフリルの付いた可愛い下着を見つめていると、私の座る反対側で悲鳴があがる。青年が彼女のヨレヨレになったセーラー服を大きな鋏で切り裂いていく。
私達は互いの片手を長い鎖で繋がれている。
セーラー服だと脱げないからそうせざるを得ないのだろうけど、怯えた彼女は鋏に怯えて身動き一つ取れない。
彼女も私と同様に衣服を剥がされると、黒い下着とカチューシャが床に投げ捨てられ、それを着るように命令される。相手の女の子は抵抗する気力も無くなったのか、放心状態で項垂れている。その小さな口から笑い声が溢れてくる。私が相手から受けた傷は右脛と左の上肢二箇所だけ。お腹は空いてるけど、傷による衰弱は無い。酷いのは相手の女の子の方だ。私はさっさと下着と白い猫耳を頭に挿げると、身動き一つしない月島楓ちゃんに下着を着けてあげる。腕は通せないので、チューブタイプのブラを細い脚先か通して胸の方まで持っていく。その薄い胸板と浮き出る肋骨が悲壮感を漂わせ、目を背けたくなる。そして彼女の四肢の殆どには包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
黒いヒップハングのショーツを履かせ、彼女にも黒い猫耳飾りを装着させると、悲壮感に反して、ファンシーな下着がチグハグな印象を受ける。私達の様子を見守るお兄さんに着替えが済んだ合図を送ると、私達の姿を見下ろした後、ゆっくりと頷く。私の身体には欲情したけど、月島楓ちゃんの方には戸惑いがあるように思えた。私は中学二年だけど体付きは相手の女の子よりは女性に近い。くびれも、胸も少しぐらいはある。今更罪悪感を覚えて何になるのだろうか。君はもう、引き返せないところまで来てしまっている。八ツ森高校の制服姿の青年の額には汗が滲み、その手は微かに震えていた。お兄さん、貴方には無理だよ。
もう一人の共犯者の少年の様にはなれない。
監禁されてから十日目の今日、薄暗い山小屋の中に突如として大きなモニターが設置され、ある映像を映し続けていた。
石竹緑青が八ツ森高校の生徒を誘拐し、始めた最後の生贄ゲームの中継だ。
私達の他にも同じ様な事をする人が居たのが驚きだった。けど、その内容は殆ど違っている。そのゲームに血は求められず、クイズに対する適切な回答が求められていた。
最後の生贄ゲームなんてよく言ったものだ。
ここでこうして苦しんでいる少女が二人居るのに。青年が隣の部屋からカメラとノートパソコンを引き込んでくると、私達の横でそれを設置し始める。
「あいつら……本当に何も分かってない……僕が、僕こそが……」
私の視線に気付いた青年がパソコンにコードを繋ぎながら説明する。
「いいかい?ここからは僕達も全世界に向けてこの生贄ゲームをネットから配信するんだ。本物がどっちかをみんなに教えてやる……石竹緑青……お前は本当に……笛吹き男失格だよ。被験者に翻弄され、進行はぐだぐだ。これ以上は見ていられない……」
モニターには二本のトンファーを振り回す金髪の女の子と、木刀を構える黒髪の女の子の対決が始まってしまった。私と相手の女の子がナイフ一本で必死に互いの身体を斬りつけようとしていた様子とはかけ離れている。刹那の時間で繰り出される幾つもの剣撃。その活劇にある種の強さへの憧れが生まれそうになる。私も、私達もあんな風に強ければ何か変えられたのだろうか……。
虚ろな目を床に落とすもう一人の被験者、月島楓ちゃん。このままゲームが進めば、彼女はきっと先に死んでしまう。
この第六ゲームは、第五ゲームのルールを踏まえて作られている。つまりこちらの方が正当なオリジナルの生贄ゲームという事になる。
第五ゲームでは、二人の高校生が誘拐され、交互に身体を北城直哉に差し出し、身体を刻まれた。
けど、第六ゲームはルールを破った北白直哉とは違い、被験者同士が互いに傷つけあっている。ゲームに時間をかけて私達を衰弱させるのも、私達の反撃がきっと怖いから。
「さぁ、知らしめよう。僕達が本物だって事を世界に知らしめるんだ……」
私達を誘拐したお兄さん……貴方は悪になりきれない。
キミはきっともう一人の共犯者、二川亮にはなれないよ。貴方には守るものは何も無いから。
被験者:
月島 楓(13)
神園 エリカ(14)
ルール:
⑴ 相手を殺した者が勝者である。自死を選んだ場合は相手の被験者にも死が訪れる。衰弱死等はこれに含まれない。
⑵ 選択者(ゲーム支配者)に選ばれた者は制限時間1分の間に選択した部位に対して自由に攻撃を行なう事が出来る。※選択部位に関しては後述に記載。
⑶指定した箇所は二度と選べない。但し、ミスした場合は何度でも選択出来る。僅かでも接触した場合、有効となり、その部位は選べなくなる。無傷の場合、食料は与えられない。
⑷十二時間に一回、選択しなければならない。
⑸どちらかが死ぬまでゲームは続けられる。
⑹小屋内の浴室、洗面所は自由に使用しても良い。但し、互いの片手に繋がれた鎖は外せない。
⑺ゲーム外、または制限時間を超えての暴力行為についてはペナルティを課せられる。
違反行為:選択者への反逆は両者の死を以って贖われる。
選択可能部位:
頭、首、肩(左右)、胸部、腹部、下半身、上腕(左右)下腕(左右)、手(左右)、腿(左右)、脛(左右)、爪先(左右)、耳(左右)、目(左右)、鼻、心臓。




