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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
275/319

コンペイトウ


 <喫茶佐藤珈琲:教師 荒川静夢>


 佐藤夫妻が暮らす喫茶店佐藤珈琲は八ツ森の南の方に位置している。車で天野夫妻を霧島病院へと送り届けた後、ゼノヴィアや佐藤夫妻と待ち合わせる約束をしていた此処へとやって来た。私の足下を老犬のレークランドテリアのヨハンがちょこまかと尻尾を振りながら付いてくる。病院に置いておくよりは喫茶店の方がまだマシか?踏まないようにそっと抱き抱え、佐藤珈琲の木造りの扉に手を伸ばす。ヨハンの体にはまだ包帯が巻かれたままだ。樹理ちゃんの暴行事件の際にこいつは彼女を庇って首謀者の栗原友香へと噛み付いた際に、べデイナイフの柄で叩き落とされた時に出来た怪我だ。本人(犬)は全く気にしていないのだが。

「あっ、いらっしゃい、静夢ちゃん」

 鈴の音の鳴る入口の扉を開いてすぐの所に、佐藤宏治さんが窓の一部にテープを貼っている。薄らとひび割れ、丸い穴が空いている。まるで銃弾が撃ち込まれたみたいに。

「こんにちわ。宏治さん、何かあったんですか?」

 テープを貼り終えた宏治さんが道具を片付けながら微笑む。

「いやぁ、なんて事はないさ。蜂蜜ちゃんのお母さん、ゾフィーさんが来店してね……その時にちょっとね」

 店のカウンターへ帰っていく宏治さんと代わる様に執事服を着た佐藤桃花褐つきそめさんがシルバートレイを片手に私の抱えたヨハンに微笑みかける。ワフワフと私の腕の中で喜ぶヨハン。

「えっと……」

「フフッ、いいですよ。原則的にはペット禁止なんですが、今日は貸切の様なものですし、気になさらないで下さい。ヨハン君、でも暴れないでね?」

「ワッフ!」

 ヨハンを床に降ろすと、辺りを見回した後、トコトコと歩いてカウンターに向かう宏治さんの方に向かう。

「おっ、お利口さんだねぇ……後で余り物のソーセージあげるからね!」

「ワッフ!」

 ヨハンが嬉しそうに宏治さんお足元を一周回ると、カウンター席の端に脚を放り出して寝そべる。店内の空調はしっかりと効いており、冬にも関わらず暖かい。桃花褐さんと会話しながら私もヨハンの待つカウンター席へと向かう。お店のカウンターの中央と頭上に計四台ものモニターが設置され、一つはニュース番組、一つは再開した山小屋前の中継、残りのモニターには山小屋内で行われる生贄ゲームの映像が流れている。

「静夢さん、テレビはご覧になりました?」

「あぁ。車載テレビで断片的には」

「じゃあ状況は既に把握されているんですね」

「ある程度は……まぁ、私にはさっぱりだが」

「注文はどうします?」

「そしたら……シナモン珈琲をホットで」

「分かりました。すぐに用意しますね」

 笑顔でカウンターの奥に戻ろうとする桃花褐さんを呼び止める。

「ところで、ゼノヴィアはまだ此処に来ていないんですか?」

 若々しく見える桃花褐さんの顔が僅かに曇る。

「ゼノヴィアさんも此方にいらっしゃいましたが……同行していたゾフィーさんと共に出て行かれました」

「そうか。あいつにも色々あるんだろうな……ゾフィーさんは元気そうで?」

 何故か怒った表情で自分の右手を眺めならがらそれに答えてくれる。

「……お店の窓に穴を空けてしまうぐらいには」

「……あぁ、だからさっき宏治さんが窓を修理してたのか。流石、杉村の母親だな……やる事がぶっとんでる。この親にしてあの子ありだな……」

 呆れる佐藤夫妻に笑いかけながら椅子に座るとヨハンが私の脚にもたれ掛かってきてふわりと暖かい。

「これ、必要よね?」

 そっと桃花褐さんがカウンター越しに陶器で出来た小さい灰皿を差し出して微笑む。

「あぁ、助かります」

 手持ちのポーチから煙草とライターを取り出して火を点け、大きく息を吐き出すと紫煙がゆらりと立ち昇る。天井に備えられた大きなファンがゆっくりと室内の暖房を巡らせる。

 中央カウンターに並べられたモニター。そこに映るのは日嗣尊と杉村蜂蜜。二人が睨み合う中、画面の端にはチラリと素顔の東雲雀と仮面を装着した江ノ木カナが二人のやり取りを見上げていた。設問は進み、日嗣尊が最初の連問で出した隠しルールへの推測を語ろうとしていた。その様子を近くのテーブルで伺っているのは、此処へ集結した北白事件の被害者遺族達だ。


 第一ゲーム被害者遺族である40代の夫婦、里宮夫妻(高雄たかお圭子けいこ)。


 第二ゲーム被害者遺族、30代の夫婦、矢口夫妻(直人なおと千子かずね)に川村夫妻(義雄よしおまい)。


 第四ゲームは佐藤夫妻だが、残る第三ゲームの被害者遺族、日嗣尊の父親である日嗣朋樹ひつぎ ともきの様子が明らかにおかしい……というか、変だ。頭を抱えてカウンター席の端っこで突っ伏している。再現映像を見て気を悪くしたのかも知れないが。


 珈琲とシナモンの香りを鼻腔に感じ取り、そちらを向くと、佐藤桃花褐さんが私の前にそっと淹れた珈琲を差し出してくれる。


「今日はお代は結構です……」

「いいんですか?」

「はい、静夢さんには色々とお世話になりましたし……」

「そんな、これで最後みたいな言い方……」

 桃花褐さんがじっと画面に映るあの子達に視線を送る。

「最後ですよ……これで……」

「ですかね……」

「えぇ。私達の、そしてあの子の長年の呪縛もきっともうすぐ終わります」

「……娘さんの事ですか?」

「……」

 私の質問には答えず、じっとモニターを見つめる母親の視線は慈しむ様でどこか悲しみを帯びていた。あいつらは一体何をしようとしているのか、私には想像はつかない。だが、アイツらにしてやれる事と言えば、信じて見守る。それぐらいしかないと感じていた。それは佐藤夫妻や此処に集まった被害者遺族達も同様の思いで集まったはずだった。カウンター席の対角線上で頭を抱える日嗣尊の父親の様子がずっとおかしいので佐藤宏治さんにこっそり尋ねる。

「宏治さん、ところで……日嗣朋樹さんは何で一人で頭を抱えてるんだ?」

 カウンターに置かれたビーフシチューに殆ど手も付けられていない。宏治さんが今気付いた様に答えてくれる。

「あぁ、あれね。さっきまでは普通だったんだけど、蜂蜜ちゃんが中二病と言われて身悶えてるのを見て、この歳でずっと人形ばかり造っている私も中二病だ!と悲しみに暮れてしまって……まぁ、彼の事だからそのうち持ち直すとは思うけどね?放っておいて構わないよ」

「そ、そうですか」

 確か日嗣尊の父、日嗣朋樹は人気の人形造形師で……何て呼ばれてたっけな?確かこの人も変わり者だ。正直あんまり絡みたく無い。

日嗣朋樹ひつぎ ともきさんの……造形師としての名前ってなんでしたっけ?」

 佐藤宏治さんがヨハンへソーセージをやりながら答えてくれる。ヨハンの食欲は老犬にしては凄まじいものがあり、あっという間に宏治さんの手からソーセージが消えていく。指まで齧るなよ?

「イテテ、ヨハン君、それは私の指だよ?あぁ……えっと、なんだっけ……確か、藻屑もくず……もずくだったかな?」

「なんか思い出してきましたよ……ゴミ屑だ?」


「ちがーーうっ!!星屑と書いてコンペイトウです!」


 落胆ポーズから再起した三十代後半と思わしき長身の男性が立ち上がり、私達の間違った呼び方を訂正する。銀色に脱色した長髪を後ろに束ねている若々しいその姿は正直年齢を問われても回答に困る。二十代後半でも通じそうな肌の白さは謎の透明感がある。丁度三十に差し掛かる私よりも見方によっては若く見える気がする。

「そうでしたね、こんぺいさん」

 ちなみに髪色が銀色なのは娘が白髪であった頃の名残りでもあり、彼の雇い主が銀髪である事も起因しているらしい。

「こんぺいです♩って!やめて下さい!」

 律儀に手であのモーションまで再現してくれるあたりのノリの良さは流石日嗣尊の父親といったところか。黙っていれば男前なのに残念な所とか。

「で、屑さん……」

「……もうそれでいいです。なんでこんな名前にしたんだろ……有名になるって分かってれば、もっとマシな名前を考えたものを……ブツブツ」

 何やら考え始めた日嗣朋樹さんを傍らにシナモン珈琲に口をつけてテレビモニターを確認すると、日嗣尊が生贄事件に存在する隠しルールについての補足説明に入っていた。

「ところで、静夢さん……そろそろ私との交際を考えて貰えましたか?」

「ブフォ!」

 吹き出した珈琲が宏治さんにかかってしまう。眉を顰めて放心状態になっている宏治さんに桃花褐さんが慌てて布巾で拭いている。

「宏治さん、ごめんなさい!この屑野郎!まだそんな事言ってんのか!」

 事あるごとに私に交際を求めてくるこの男は一体何なんだ?

「何度罵られても私は引きませんからね……妻を亡くしてもう八年近く独り身です……引きこもりがちな娘にはやはり母親の愛情が……」

「もうあいつの先生やってるから!いけっ!ヨハン!」

 私の合図と共にヨハンが星屑こんぺいとうの二つ名を持つ日嗣朋樹の元へと飛びかかる。ヒラリとそれを躱すが、諦めないヨハンは逃げる奴の背中を追い続けた。

「全く……もっと私よりも良い人はいるだろ?なんで私なんだよ」

 佐藤夫婦がその光景を眺めながら微笑んでこっちを見てくる。

「な、なんですか?」

「お似合いだと思いますけどねぇ……尊ちゃんも朋樹さんも、芸術家肌だから、しっかりとした女性が丁度いいんじゃないかと。彼、人形師と探偵の助手としては優秀ですからね」

「丁度いいで片付けないで下さい!宏治さん、有り得ないです!あんな胡散臭い男、こっちが願い下げです!」

「静夢ちゃんも、樹理ちゃんの件もひと段落したし、そろそろ良い人見つけてもいいと思うけどね」

 エプロンに珈琲の染みがついた宏治さんが顔を拭きながら私にアドバイスをする。

「あんな三十代にもなって人形造ってる男、信用出来ません!って、探偵の助手って初耳ですよ?」


 桃花褐さんが探偵としての彼を説明してくれる。


「ほら、彼、人形だけだと収入が不安定だからという理由で探偵の助手をしているのよ」


「探偵……では無く、助手ですか?」


「はい。芽依さんの……助手です」

「芽依?誰ですか?」

「ほら、あそこで……警察の方と戦ってる黒いドレスの女の子ですよ」

 桃花褐さんの指差す方を見ると、モニターの一つに山小屋の外が映し出され、黒いドレスに銀色の長髪を揺らし、身の丈もある大きな鎌を振るいながら戦う女の姿が映っている。対峙するのは黒装束のくノ一の様な少女が短刀を両手にアクロバティックに戦っている。

「あの銀髪の黒ドレスの助手が日嗣朋樹?山小屋の方にも新しい報道陣が到着したんですね……別の局か?にしても生放送とは思えないですね、この光景は……!?」

 人の気配を感じて振り向くと、其処には何時の間にか同じく銀髪の男が立っていた。

「うちのボスが何か?」

「げっ!?」

 すぐ背後にビーフシチューの皿を持ちながらそれをスプーンで啜る日嗣朋樹に、私は驚いてカウンター越しに桃花褐さんに抱き着く。ヨハンは遠くの席で皿に盛られたシチューの肉を美味しそうに齧っている。買収されたようだ。

「ごちそうさま……主人マスター。最高のビーフシチューを有難う」

「お粗末様、朋樹君」

 手持ちの蒼いハンカチで口を拭きながら私に尋ねてくる。その視線は並べられたモニターをじっと見つめている。

「私にもボスが少年達を庇って戦う理由は分かりません。何の相談も私にはありませんでしたし。彼女は分かった上で警察や特殊部隊と敵対している。処分対象になる覚悟で。そんな人を助手の私は止められません。まぁ、私以外にも助手は居ますし、やや気になる部分はありますが……。ところで静夢さんは石竹君が誘拐犯となってまで始めたあの最後の生贄ゲーム、どう見てますか?」

 私は迷いなく答える。

「どうもこうも、教師として、八ツ森の人間として私はあの子達を信じるだけだ」

「あの子達?誘拐犯は石竹緑青君だけでは?」

 この男もやはり日嗣尊と同じく一筋縄ではいかない人物のようだ。

「隠者側は、石竹と杉村の二人だろ?」

「まぁ……そうですね……確かに……そうですね?」

 口元を手で覆い、カウンター沿に元居た席に辿り着くと、奴の席の前に積み重ねられていた紙ナフキンを端から順番に並べていく。一体何の儀式だ?

「モニター越しですが、彼等が出題した問題と、それに対する回答を簡単にメモしてたんですけどね……どうにも不可解な点が多過ぎるんですよね……」

 紙ナフキン一枚に付き一問、箇条書きがされ、広げた余白にはみっちりと補足が書き込まれて居た。日嗣尊の頭脳は確実にこの変わり者から受け継がれているとしか思えない。やや残念なところもそっくりそのままだが。

「先程の設問で24問出題されました……けど、まだ見えないんです」

「何がだ?」


 口元を手で抑え、その鋭さを増した三白眼がそれらを見下ろしながら呟く。


「……彼の目的がどこにあるかです。記憶の戻った衝動だけであんなに手の込んだ事をするでしょうか?復讐だったとしても、八ツ森市民たる私達への攻撃性は殆ど見られない」


 私は誤魔化す様に手元の珈琲に口をつけた後、銀髪の長髪男に返事をする。


「生贄ゲームを再開し、自分を騙し続けて来た八ツ森側への復讐だろ?何を今更?」


「果たしてそうでしょうか?もしそうだとしても、あまりにも目的に対するアプローチが不可解なんですよ。目的は定まっているのにアプローチの仕方が非効率的で非合理的、ベクトルすら違う気がしてならないのです。あっ、ちなみに最新の問題、静夢さんは隠しルールって何か分かりました?」

「分かるわけないだろ?うちの生徒が北白の共犯者ってだけでも驚いてるのに」


「尊は、出題する前にわざわざ再現映像を持ち出して来ました。謂わばそれは敵に塩を送る様なものです。そのヒントは映像に隠されているんですからね。いや、隠しても無い。示していました」


「何を?私には単なる再現映像にしか……」

 私の言葉に頷き合う別の席で私達の会話を聞いている被害者遺族達。


「あの再現映像……北白直哉と被害者少女達の光景を第三者視点で写したものでした」


 日嗣尊の流した映像は文化祭で流さなかった生贄ゲーム事件の再現映像だ。恐らく第一から第三ゲームまでで事実関係を調べて製作されている詳細さだった。第四ゲームは情報が殆ど無いので作れなかった?第五ゲームが流され無かったのは……なんでだ?被害者である少年少女がそこに居て、犯人である北白が殺されたから未解決では無いからか?何を言いたいんだ?この星屑コンペイトウは。


「そうだな。確かに第三者視点だったが……それは映像製作上仕方ないんじゃ……」


「第三者から見た視点、その中で白い法衣を羽織った少年が一人出て来ました」


「あぁ。それは共犯者の少年が別に居た事を示唆してるだけだろ?」


「それに関しては散々今までの問題、そして、ハチモリッ!の番組内で世間に発信して来た筈です。このタイミングで今更その事実を見せたところで本来意味は無い筈なんです。しかし、うちの娘はこの場面で映像を差し込んで来ました。そして二人の共犯者の少年に対し、誤解を招く作り方をしたと謝罪して居ます。それに掛かるのが最新の問題である殺意の有無です。なら、何故、誤解を招くと分かっている映像を流したと思いますか?静夢さん」


「名前で呼ばないで下さい。そんなの分かりませんよ。言葉だけでは視聴者はピンと来ないからでしょ?追体験する事により、信憑性を増したかった?」


「それは確かにあるでしょうが、私はこう思います……尊はもう一人の共犯者の少年、救世主へ至る手掛かりが既にこちらにあるという事実を世間に向けて発信したかったのかも知れません」


「手掛かり?」


「はい。第一ゲーム、第二ゲーム、第三ゲーム其々の基本的なルールは同じでした。その中で変化があるとすれば……」


 私は過去の生贄ゲームについて振り返りながら答える。生贄ゲーム事件の特徴は確か……。


 ・被験者に選ばれた人間は、手枷を片手に嵌められている。

 ・手枷は、長い鎖によって柱に固定されている。

 ・両者の間に小型ナイフが置かれている。

 ・北白はゲームの被験者から届かない位置に座っている。

 ・光源は頭上に設置された裸電球一灯のみ。

 ・犯行に使われた小屋は全て犯人が所有する敷地内のものであった。

 ・ゲームが始まると、被験者にルール説明を行なう。

 ・設けられた制限時間を超えて決着がつかない場合は生きる為に抗わなかった方が殺される。

 ・ゲームが決した後の勝者に対して北白は原則的に危害を加える事は無い。


 といったところか。


「ゲームの都度、変化がある点と言えば……被験者の選定?」


 カウンターに並べられた紙ナフキンを眺めながら日嗣朋樹コンペイトウが回転椅子に座り、自らそれを回しながらクルクルと回転し続けている。その動きに合わせて銀髪が尾を靡かせて。


「それも確かに……変化点です……ただ、私はこう見て居ます。選定された人間が変わるのでは無く、選定者が変わるのだと」


 ピタリと自転を止めた日嗣朋樹が私の眼を覗き込む。目が回っているのか黒目の焦点が定まらずに揺れている。


「酔うなら回るな。選定者が変わる?」


「はい。選定者が変われば当然対象の傾向も変わりますよね?」


「確かにそうだが……対象は共犯者の少年が二人で相談して決めて居てもおかしくないだろ?第一ゲームは他人、第二ゲームは友達、第三ゲームは……」


 その言葉紡ぐのに躊躇する私を引き継ぐ様に言葉を続ける日嗣朋樹。


「双子の姉妹、第四ゲームは浅緋ちゃんと緑青君ですが……本来の想定は、浅緋ちゃんと深緋ちゃんだった可能性が高いとうちの尊も示唆していました。そして、浅緋ちゃんの何らかの意図により緑青君が選ばれる結果になった」


 被害者遺族の目の前でその名前を平然と口にする朋樹さんを止めようとするが、佐藤夫妻はそれに首を横に振り、言葉を続ける男を良しとする。


「そして尊は第四ゲームと第五ゲームを除外して説明している。これは尊の指す隠しルールが第一から第三ゲームの内容から導き出せるという事を指しています」


「いや、映像が間に合わなかっただけじゃないのか?」


「エキストラは揃っていました。文化祭で流されたのは……所謂、そうならなかったハッピーエンドの映像です。尊は撮影するにあたり、天野樹理ちゃんへコンタクトを取り、映画制作期間中でもあった秋頃には既に共犯者の少年が二人居る事を掴んでいた筈です。第四ゲームの事実に近い映像を作ろうと思えば明らかになっている部分だけでも構築出来た筈なんです。第五ゲームに関しては期間的な問題と関係者への制作許諾を得る必要がある為、最初から作る事を断念していた可能性もあります。しかし此方は証言や状況証拠が豊富ですからね。謎となる部分は《《比較的》》少ない。緑青君が意図してかは分かりませんが、生贄ゲームに関する出題は順を追って為されています。第五ゲームの被害者の二人が贄として残されて居るのは後々、第五ゲームに対して補足が必要な場合、彼等が必要だからでしょう」


「屑……いや、朋樹さん、その件は無関係な大学生三人とレイプ未遂が絡んでいる。それらへの配慮じゃないか?」


「確かにそうとも取れますが……不可解な点がまだ彼等の口から明らかになっていません」


「不可解な点?」


「誰が被験者である江ノ木さんと鳩羽君を選んだかという事です」


「誰が……北白じゃないのか?」


「違います」


「何故そう言い切れるんだ?」


「彼の中でルールは絶対。彼が自らの意思で被験者を選ぶのだとしたら、石竹君や尊達の主張が正しいなら、自主的に男の子を被験者に選びません。儀式に必要なのは少女の血だと吹き込まれていました。その彼が自ら儀式の結果に介入するとは思えません。そして、彼等の主張通り、二川亮君が共犯者の一人であった場合……彼の心情的には彼を慕う後輩の鳩羽君を生かし、邪魔な存在である江ノ木さんを消すという利害がピッタリ当てはまります」


「江ノ木が邪魔?あいつは生贄ゲームには無関係だったろ?」


「はい。でした。けど、十月の中頃、木田沙彩さんが通り魔に襲われ、その関係で彼女の撮っていた映像作品が却下され、差し替えられていました。それを却下したのは恐らく生徒会でもある彼の意見もあったのでしょう。そしてその後すぐ、江ノ木さんは襲われた。タイミング的に九月に北白は監視下に置かれながらも施設を出ています。恐らく、最後の生贄クイズゲーム内でも少し触れられた様に北白を再び犯人とする為でしょう」


「何故そうだと言い切れる?」


 日嗣朋樹が立ち上がり、カウンターに並べられた紙ナフキンを一枚一枚広げると、設問に対する回答が簡単に書かれている。


「次が、第五ゲームが観測者である二川亮が被験者を選ぶ番だったからです」


「順……番?」


「はい。私は尊の出題した問22の答え、その法則性、隠しルールとは……救世主と観測者が順番に被験者を選んでいた点にあると推測しています」


「いや、そんなの推測の域を出ない。それにそこまで重要な事とも思えな……」


「重要です。尊はきっとそれを視聴者にメッセージとして最後に伝えたかった……」


「確かに……分かりにくかったが、再現映像の時、ナレーションの少年の声色が違っていたが……姿も法衣に隠れていたとは言え、背格好が違う配役がされていた……それが伝えたかった事実?」


「はい。第一ゲーム、第三ゲームでは観測者と思わしき少年が。第二ゲームは救世主に該当する背の低い少年が充てがわれていました」


「いや、待て、順番だったとして、どっちが先かは分からないだろ?」


「分かります。そしてそれが石竹君達が最後の生贄ゲームを始めた理由にもなり得ます」


「何故だ?」


「私はこう考えています。生贄ゲームを特等席から眺め、ゲーム運びを支配する役目を負う人物が救世主。そして、誰かが小屋に近付いてきた時に知らせる監視役を監視者として役割分担をしていた可能性があります。そしてその役目はゲーム毎に変わった」


「という事は……第五ゲームを再開させたのが二川亮だとしたら、第一、第三ゲームの選定を担当した救世主は二川亮となります」


「残りの第二、第四ゲームをもう一人の少年、救世主が担当した?」


「はい。そう考えるのが自然です。勿論、尊の推測が合っている前提となりますが。まぁ……尊が刺したのが二川亮君だというのも理にかなっていますね。彼が私の娘達を選ばなければ姉の命は死なず、尊は心に消えない傷を負う事も無かった。まぁ、別の少女が犠牲になっていれば良かったという訳にもいかないのでそこは言及しませんが」


「そうだとして……石竹達が北白直哉を引き継いでまで始めた最後の生贄ゲームの動機がそこにあるとしたら一体なんなんだ?」


「第四ゲームの終焉は、一人の黄金の少女……杉村蜂蜜さんの介入により訪れました。単純に考えて、彼は知らなかったんですよ」


「何……を?」


「第四ゲームで行われたゲームの内容です。順番的にも彼が見張り役の番でした。きっと、石竹君を助けにきた蜂蜜ちゃんに意識を失わされたんだと思います。現場に共犯者の少年達の姿が無かった事から、どちらかの少年がもう片方の少年を運び出して現場から運び去ったのだとしたら合点がいきますし」


「じゃあ、あいつらがこのゲームを始めたのは……」


「八いや、六割方……もう一人の少年の言葉を聞く為でしょう。結局、文化祭で第四ゲームの真相を彼から聞き出せ無かったんでしょうね。メディアを使ったのは……その共犯者の少年、救世主君の連絡を待っているのかも知れませんね……共犯者の少年へ宛てた隠しメッセージなんて事もあるかも知れませんしね……」


 日嗣朋樹の紙ナプキンを一緒に眺めていると、薄っすらと青い文字が裏移りしている事に気付き、それを裏返すと青いペンで彼自身の推測が添えられて居た。流石、探偵の助手といったところか。私の所作を見ていた日嗣朋樹が声をかけてくる。


「どうかされました?」


「い、いや、この青文字で書かれたのはあんたの推理か?」


「えぇ……副業が探偵助手なもので。私もズバッと事件を解決したいものです。真実は一つ!とかお爺ちゃんの名にかけてとか。日嗣朋樹、探偵さとかね?でも助手なんで探偵とは名乗れず、しがない人形造形師、星屑さとしか言えないんですよね」


「助手って何するんだ?」


 こっちに振り向き、私と視線を合わせた日嗣朋樹が顎に手を当てながらポツリポツリと説明する。


「地味ですよ?迷子のペット探しから浮気調査……が私の担当ですが、直感と霊感でズバッと解決しちゃう陽守芽依さんなんですが、殺人事件や行方不明事件になると色々と現実に沿った手続きや証拠集めが必要になってくるので……まぁ、サポート全般といったとこですね。ちなみに報酬は毎回パンです」


「労働基準無視され過ぎてねぇか?」


「あぁ……いいんですよ、殆ど盲目少女へのボランティア活動みたいなものですから。それに非日常的な体験も出来ますし……ね、主人?」


 声かけられた佐藤宏治さんが少し顔を痙攣らせて固まる。日嗣朋樹の方を振り返ると、先程までの柔和な顔は消え失せ、その口元の微笑みとは裏腹に鋭い眼光が何かを確かめる様に宏治さんを射抜く。なんだ?


「そ、そうなのかい?確かに芽依さんと居ると退屈しなさそうだね?」


「えぇ……本当に。そして気になる点と言えば……いくつかありますが、杉村蜂蜜ちゃんの母親もそう感じていた様ですが、娘を攫われ、こういった事件、生贄ゲーム事件の再来にも関わらず、此処におられる被害者遺族達は妙に落ち着いてらっしゃる。もしかして、私だけ仲間外れにされてませんか……とかね?」


 その一言に店内が静まり返る。何か隠してるのか?最初に口を開いたのは桃花褐さんだった。


「流石、朋樹さんですね……おっしゃる通りです。私達は事前に言われてたんですよ……もし、私が世界を敵に回す様な問題を起こす事、そしてそれを朋樹さんには言わないで欲しいと。あの人なら言わなくても辿り着きそうですが、面倒臭いのでと」


「あちゃー……ボスの指示じゃ仕方ないですね……もっと私を信頼してくれてもいいのになぁ……」


「面倒臭いからな、お前は」


 私が罵声を浴びせると何故か嬉しそうにする日嗣朋樹。なんなんだこいつは?手まで握ってくるし。


「静夢さんは何も聞かされてないようですね……ここは似た者同士、仲良く愛し合いましょう!」


「勝手にしてろ!」


 その手を振り払うと同時にヨハンが日嗣朋樹に噛み付く。


「あぁ!痛い!これ、痛いやつです!」


 再び店内を駆け回る銀髪男。そこに入店の合図を知らせるベルが鳴り、そちらの方を向くと、中背の男性が一人、暴れ回る日嗣朋樹を呆れた顔で見ていた。


「おぉーっ!!曳光えいこう君!待っていたよ!」


 その扉を開いた男は銀色のフレーム眼鏡をかけ、その優しそうな筈の顔つきから何故か得体の知れない悍ましさを感じさせた。その引き攣る口元とは別に、店内をぐるりと素早く見渡した後、モニターに映し出される生贄ゲーム事件の映像を見て、どこか安堵したように胸を撫で下ろすと、男が店内に入り、扉をゆっくりと閉める。


 着の身着のまま、作業の途中で抜け出してきた様な格好の男は、白土に塗れた葵いエプロン姿で腰のポーチには仕事道具らしき道具が所狭しと敷き詰められていた。恐らく、車で来たのだろう。そんな格好で流石に街は歩けない。


「こんな所に呼び出して、一体何の用事ですか?日嗣……いや、星屑コンペイトウさん」


 日嗣朋樹の造形師としての名を使うという事は、彼もまた人形造形師なのかも知れない。

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