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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
272/319

潜む者


【設問22:この生贄ゲームに隠された法則性とは?】

(八ツ森側(星:日嗣尊)→隠者側(月:杉村蜂蜜(殺人蜂)))


 蜜蜂が不機嫌そうに立ち上がると、その後ろに束ねた髪が黄金の軌跡を残して揺れ動く。その出で立ちは最愛の者にプレゼントされた只の黄色いレインコートを羽織ってるぐらいで、返り血を防ぐ程の意味合いしか持たない装備だ。何故それを着ているかが分からない。


 本来、背中には正方形の小さな黒い背嚢が背負われていたはずだが、武力行使する相手が丸腰の高校生である事から過剰武装は控え、取り外されている。その中には護身銃と愛用するニムラバス社製の黒いサバイバルナイフが収納されている。苦無型ナイフは黒いコートの方に大量に収納されている。そこコートは今、武器倉庫の方に置かれている。


 彼女の今の武装はレインコートの下にトンファーが二本。腿のベルトに小型ナイフが固定されている。他にも中型の隠しナイフを衣服の中に携行していたが、最愛の者を壁に固定する際に全て使用してしまった。今、もし特殊部隊に突入されてしまえばいくら蜜蜂でも対抗仕切れないだろう。どんな屈強な戦士でも完璧に連携の取れた部隊相手だと部が悪い。どうしても背後に死角が生じるからだ。そう、せめてもう一人必要だ。しかも相手は英国の特殊部隊。最高峰の強さを誇るSASだ。


 君は強い。


 何を戸惑っている?


 君ならそこにいる生徒全員を瞬く間に肉塊へと変えてしまうなど造作も無い事なのに。友達ごっこでも始めようと言うのか?それは実に君らしく無いよ。殺人蜂ホーネット。僕らは殺戮兵器だ。お互いがお互いを、自分自身を守る為に人為的に作られたもう一人の自分。それを思い出せ。僕等に必要なのは凡ゆる脅威から自分を、互いを守る為の力だ。それ以外は必要無かった筈だ。違うかい?


 ……ダメだ。全滅させてはいけない。


 そんな悠長な事を言ってる場合か?


 この面子で最低限の命の保障をされているのは恐らくハニー=レヴィアンだけだ。


 この人数を守れると思っているなら大馬鹿者だよ。僕は。違うだろ?他は見捨てろ……お前の中で答えは出ているはず。殺人蜂さえ無事ならそれでいいはずだろ?


 背中に収納している銀色の自動式拳銃へと手を伸ばそうとするが、その指が銃の握り手を触れる事は無かった。


 そうか、それがお前の答えか。


 分かったよ……だが、今だけだ。

 抑え込めると思うなよ?殺戮本能を。


 僕こそが空っぽだったお前を埋めた狂気であり、憎しみであり……そして愛情だった。


 虚ろで何も無かったお前自身を繋ぎ留めた核であり、お前の本質でもある。


 委ねろ、その心を。


 そうすれば楽になるはずだ。

 もうお前は充分苦しんだ。

 だろ?


 それともお前はまだ僕に全てを擦りつけて逃げようとしているのか?


 今だけだって言ってるだろ!


 この生贄ゲームが終わった段階で、ハニーと同じく僕自身がどうなるかも分かっていない。それはまだ誰にも告げていない。僕だけの秘密だ。彼女達は共存の道を選んだ。僕は果たしてそう上手くいくのだろうか。


 震える指先を静かに銃から離すと手を床に着ける。首を動かさないまま、目線を幼馴染に向けて様子を伺う。


 今、僕が居る場所近くの電灯は若草青磁が撃ち抜いてくれたお陰で露骨に動かない限り、挙動を知られる事は無いだろう。


 もし、これを青磁が狙ってやったのだとしたら、とんだ食わせ者である。ペドだけど。


 ふと気配を感じてそちらを向くと、僕の近くにある倉庫部屋の扉前に人影が目に入る。シルエットで分かりにくいが、仮面を付けた男子の様だ。


 あぁ、青磁はカメラの向こうに居る父親に向けて威嚇したと同時に、武器類が保管されているこの倉庫への出入りを僕達にバレない様にする為でもあったのか。武器を得て何が変わる?お前は既に銃を持っている。銃を超える武器が倉庫内にあるとも思えない。


 止めるか?


 いや、今は動きたくても動けない。


 この場を仕切るのは今は蜜蜂だ。その肝心の蜜蜂は目の前に迫る日嗣尊の出された出題に答えようと首を捻り、唸っている。そちらに気を取られて倉庫への警戒が疎かだ。違うか。日嗣姉さんはきっとそれも織り込み済みだ。もしくは、そうする様に仕向けた可能性が高い。


 本当に……厄介な相手を敵に回しているな。僕等は。


 なぁ、こうまでしてあいつらを此処へと誘拐する必要があったのか?特に日嗣尊は逃亡犯で行方不明、お前に死を偽り、あまつさえお前の童貞を奪った。お前はあいつの死因が自分にあると自責の念と後悔の中、悲しみにくれていた。いいのかそれで?弄ばれたんだぞ?

 あとお前は殺人蜂という相手が居ながら半分壊れた女を抱いたんだ。そんなに抱き心地が良かったのか?その為に此処に連れてきたんじゃないよな?蜜蜂にはお預け食らわせといて、お前は歳上の魅力的な女を抱く。成る程、お前は僕以上に壊れてるよ。で、どうだったんだ?肝心の抱き心地は?


 黙れ。

 殺すぞ?


 やれるもんならやってみろ。

 その殺意は元々僕のものだ。

 殺意の中にこそお前の欲しいものはある。

 必要無いなら本気で僕を消す事だ。

 それにずっとお前はそうしてきたじゃないか。七年もの間。今迄もこれからも。


 確かに……都合良く僕はキミを無いものとした。それは謝る。


 ……。


 確かに日嗣姉さんを此処に呼ぶ必要は無かったかも知れない。


 けど、この場に立ち会う資格があると思う。

 それに放っておけば凡ゆる手段で僕をこの場から引き摺り出したはずだ。そうされるぐらいなら目の届く範囲で監視しておいた方が安全だと僕は思う。


 で、抱き心地はどうだったんだ?


 脳裏にあの日の光景が断片的にフラッシュバックする。


 結論から言うと抱き心地は最悪だった。


 月明かりの下、血と体力を消耗し動かなくなった日嗣姉さんを抱えて僕は近くの商店街の町医者へと駆け込んだ。


 大型病院なら逃亡犯である日嗣姉さんの治療記録は残り、警察と二川亮に嗅ぎつけられてしまう可能性があったからだ。


 血に染まった医療ベッドの上に彼女を横たわらせ、彼女の事を口外しない旨を説明した後、医者に診て貰った。


 あの時、背中に感じた意識を失った日嗣姉さんの鼓動を確かに感じていた。


 まだ助かると信じて別室で待機していたんだ。けど、手術室から出て来た医者にはこう言われたんだ。出来る限りの事はした。目覚めるかは分からない。今日が峠だろうなと。最後ぐらい一緒に居てやれと。


 日嗣姉さんとの色々な思い出が頭の中でいっぱいになって、僕は涙を流しながら目を瞑る彼女の手をとったんだ。


 まただ、また救えなかった。


 僕は誰一人、大切な人を守れない。

 今も昔も。守られてばかりで。


 彼女の包帯が巻かれていた左手が右手に重ねていた僕の手を弱々しく包む。


 一時的に目覚めた日嗣姉さんは泣くなと、悲しむんじゃ無いと僕の事をあやした。


 優しく微笑みながら彼女は僕に謝った。ごめんね、まだきっと君には辛い思いをさせてしまうと。私が死んだとしても、最後まで貴方は貴方のやるべき事だけを目指して進みなさい……と。


 この時、自分の死の偽装の算段を既につけていたのかも知れない。


 いや、違う……彼女は天井を眺め、死ぬのは嫌だ……まだ生きたいと僕に訴えかけてきた。死ぬかも知れなかったのは偽りでは無かったのかも知れない。


 異変が起きたのはその直後だった。


 彼女は横たわる自分の身体を見下ろし、ガクガクと震えながら叫び声をあげて暴れ出した。身体を掻き毟り、必死に何かを自分の中から追い出す様に、身体を痙攣させながら。


 あの男に抱かれた感触がいつまでも残っていると。近くの手術台から手にしたメスで自分の身体を傷つけようとしたんだ。恐怖と自身への嫌悪感で震える彼女手からメスを奪うと彼女は僕に抱き付いて訴えた。


 一番憎い男に抱かれた感触が消えない……最後だけは一番好きな君の腕に抱かれて死んで逝きたいと。


 暴れた弾みで解けた血塗れの包帯の中、僕は彼女の中で暴れる憎しみを抑え込める為に抱き締め続けた。


 それでも、彼女はずっと杉村蜂蜜への謝罪を繰り返していた。こうするべきでは無いと、君にこんな感情を抱いてはいけないと。


 その時、どうすれば良かったのかも分からない。


 けど、思ったんだ。


 僕等被害者は結局、身も心も加害者にボロボロにされて死ぬ寸前まで憎しみに塗れて死なないといけないのかって。


 日嗣姉さんは北白事件で姉を。その後、母を。酷いPTSDに魘されながら、対人恐怖症からくる登校拒否によりまともに学校すら通えず、復讐を果たすその最期まで彼女は最も憎い相手に抱かれたまま死ぬのかって。僕にはもう何もしてやれる事は本当に無いのかって……痙攣するその細い身体を抱きながら、彼女は僕の耳元で囁いた。


 憎む相手に身体を穢されたまま死にたくないと……。ボロボロになった衣服を彼女は脱いで……その後の事は、多分、お互いによく覚えてない気がする。


 ……童貞だったしな。


 煩い。


 確かに最悪な抱き心地だな、それは。それにしても日嗣尊はそんな事があったのによく平気でいられるよな……二週間ぐらい前の出来事だろ?


 日嗣姉さんは弱い。けど、必死にそれに抗おうと必死なんだ。そういう意味では精神的に強い人だよ。僕と違って……。


 そうだな……で?


 で?


 なんで殺人蜂は抱かないの?


 ブフォ!?


 なんでキス止まりでお預け食らわせてるんだよ。


 ……いや、あの、その……全てにケリがついてから……。


 おいおい。

 死ぬかも知れないのにか?

 お前、どこまで緩いんだよ。

 いいか?

 殺人蜂は確かに強い。

 だが、僕達は二人で一つ。

 逆に言えば二人揃わないと完璧では無いという事だ。お互いに弱点を補う様に僕等は育てられた。


 分かってるよ……。


 ……お前まさか、殺人蜂を抱かないのは……此処で死ぬ想定だからじゃないだろうな?綺麗な身体のままにあいつをしてやりたいっていう……。


 さ、自問自答は終わりだ。状況は動き出している。八ツ森側の贄の誰かが武器庫へと入っていき、僕はそれを見過ごす事にした。もし、別の意図があった場合、日嗣姉さんの策を妨害するのは悪い結果を招く可能性が高いからだ。


 僕は信じている。


 日嗣姉さんがこのゲームの意味の本質を見出している事に。視線を黄金の少女へと戻すと、変わらずに難しい顔をしている。


「隠された法則性……よね?ルールやゲームの結末なら散々語り尽くされてきた。このタイミングでそれを出すって事は……貴女の作成した再現映像にそのヒントは残されていた……貴女、知ってて言ってるわね?私がその映像を見てなかった事を」


 対する日嗣尊がいつもの調子を取り戻した様に再び自分のキャラクターを構築する。


「うむ。お主は呑気に一人で椅子に腰掛けて俯いてたからの」


「あのね……私も体力が無尽蔵にある訳じゃ無いのよ?休める時に休まないと。口ばっかりで前に出てこない貴女に言われたくはないわ」


「うぐ、私が倒れたら代わりはいないもの。倒れるにしても先に手札を切ってからよ!さぁ!設問に答えなさい!」


 目の前に迫る日嗣尊に対してカメラの方へと目を逸らし、不機嫌そうに口を尖らせている。


「無理よ、わかんないわ。映像見てないもの!」


「不正解という事でいいのじゃな?」


「えぇ!それでいいわよ!気になる点と言えば、二人の少年が北白直哉の共犯者とした場合、彼等はそれぞれ何に関わっていたのか、何を共犯としていたのかぐらいよ」


「うぐ、いいところを突いておるのは……流石じゃの。じゃが!此方の勝ちじゃ!面倒なので続けて3問、此方から出題させて貰うわ。今の設問で得た1分間の攻撃時間は繰り越しでいいわね?」


「いいわよ、別に。その代わり、消費した出題分は後で返しなさいよ?」


「もちろんじゃ。此方のターンが終わればそちらから連続で3問出して良い」


 ……殺人蜂は面倒なのを嫌う。その点を日嗣姉さんは言葉巧みに利用し、自分にとって有利な状況へと導いている。そして蜜蜂は気付いていないが、次は隠者側が出題する番であるにも関わらず、日嗣姉さんは映像を挟んだどさくさに紛れて隠者側を飛ばし、八ツ森側の出題とした。


 この人はどこまでルールをぶち壊せば気が済むのだろうか。


 ただ、日嗣姉さんは自分の利ではなく、この最後の生贄ゲーム全体を見ながら最良の選択をしている様にも取れる。それはつまり、僕等の足りない部分、弱点を補おうとしてくれているのかも知れない。


 現に、日嗣姉さんの介入が無ければ、加害者である北白直哉や、二川亮ともう一人の少年に同情感が生まれ、一番問題意識を向けなければならない事件被害者についての意識が弱まりつつあった。


 日嗣尊はそれを回避する為に事件の生々しい映像を流し、生贄ゲームの凄惨さを見せつけた。殺し合う少女達が死んでいく様を見て、それでも尚、北白直哉とその共犯者達に同情の声をあげられる者は恐らくいないだろう。


 今はまだ。

蜜蜂「……誰かに見られている気がする……」

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