働き蜂と心理部三人
紅き女に集められた少年達に祝福を。
此処からが本当の始まりだ。
――2012年6月18日。
僕等心理部3人はその日、心理部の部室で向かい合って座っていた。
僕の対面には、ランカスター先生がソファーに腰掛け、その両脇には佐藤と若草が。そして僕の左隣には真の再会を果たした杉村蜂蜜が所為無さげに下を向いて座っている。
意図が解らない佐藤と若草は、同席する歩く殺人兵器の性で落ち着かない様子だ。戸惑い気味に中央に鎮座するランカスター先生に戸惑いの視線を送る。それに気付いた先生が特徴的な八重歯を口の端から覗かせる。
「おめでとう。石竹くん、そしてありがとう。本国の誰もが杉村さんに対して有効なケアを行え無かった。私を含めたプロがよ?それをあなたは、単身やってのけた。これは、もう、愛の奇跡としか……うぅ」
膨らみのある白衣の胸ポケットから桃色のハンカチを取り出して涙を拭うしぐさを交える。
「石竹くん、貴方なら出来ると信じていたわ。そして、ハニーもよく耐えてくれたわ」
「ありがとう、ゼノヴィア。貴女が私を追って日本まで来てくれ無かったら、私は退学処分になって何も出来ないまま英国に強制送還されてたと思う。すごく感謝してる」
俯き気味に、白い頬を桃色に染めながらお礼を言う杉村。こちらの視線に気付いたのか、とびきりの笑顔をこちらに向けてくる。
「ろっくんも、生きててくれてありがと!」
そして抱きついてくる。さすが英国の令嬢である。
それを見た佐藤は何やら青ざめている様な気がする。
「ちょ、杉村!確かに昔居なくなってて驚いたけど、生きててって大袈裟だって、って胸が当って……なんか……なんか硬い?」
赤面する彼女が僕から慌てて手を放すと、戸惑いながら上着をめくりその中身を確認する。
「私の……硬いのかな?確かに秘密の特訓はしているけど、あれ?」
彼女のYシャツのラインは少女の輪郭を浮かび上がらせていたが、その反対側にある上着の内側には幾つものホルダーがしっかりと縫い付けらけて固定されていた。そのホルダーの一つ一つに銀色のナイフが収納されているに違いない。
彼女自身が確認する為に上着を完全に脱ぐと、白いYシャツが露わになり、またもや通常の女子高生には見慣れないものが散見される。黒いベルトが体を這う様に巻き付けられていたのだ。
若干胸を強調するように巻かれたそのベルトは背中に収納されているであろうトンファーを二本を留めておく為のものだろう。
上着に集中してそれに気付かない杉村に佐藤が指摘する。
「杉村さん、どこか体を痛めてるの?それコルセットか何か?」
自分でも状況を把握していない杉村が佐藤に背中を向ける。言葉を失う佐藤。
気のせいか、少し杉村との距離が遠のいた気がする。
「違うの!佐藤さん!私じゃないの、全部あの子が……した事だと思うから、あなた達に危害を加えるつもりは無いの!」
手にしている上着をはためかせ、無害である事を必死にアピールしようとするが、そこからまたナイフが2本、3本と床に落ちて更に佐藤を怖がらせる。
あたふたして収集がつかなくなっている杉村を助けるように若草が助言する。
「それなら、本人を呼び出して説明させる方が手っとり早いんじゃないか?」
*
数分後、入念なボディチェックを行なった佐藤は杉村を完全なる武装解除に追い込む事に成功する。杉村と佐藤はなんか息が荒い。
「佐藤さん、これでイイですか?」
「ちきしょうめ、おそらく胸はC以上ある。胸は小さいと思っていたのに、着痩せというか、着込みすぎ。そして、綺麗なくびれから伸びる足とか肩とか二の腕とか余分な脂肪が全く無い。なんなのだこの子は!化物か!私でさえ、お腹プニプニするのにぃ……」
自分の手の平を見下ろす佐藤は何かを呪う様に悪態をつく。
「戻って来い」という若草の声で佐藤が我に返る。
「あ、ごめんなさい。OKよ、これでもう石竹くんは怪我をしないはず。最悪、殴られるだけよ」
机の上には杉村の以下の装備品が並べられていた。
・炭素繊維強化炭素複合材料製のトンファー×2
・プレート型ナイフ×6本
・小型ナイフ×12本
・小型スタンガン(充電式)
・十徳ナイフ(用途不明)
この状態で転んだら血まみれになりそうだが、そんなへまを恐らく彼女はしないだろう。いつの間にかランカスター先生は部屋の片隅に移動して安全地帯に居る。
よくよく考えたら、これだけの凶器を身に付けながらも東雲の木刀を凌げているのは人の領域を軽く越えているのではないだろうか?熟練の傭兵レベルである。あ、これを東雲に言ったらまたがっかりしそうだ。対等な状態で戦えと申し出がありそうだ。
佐藤と若草がソファーの影に隠れながら顔だけ出す。僕と杉村はその場に立たされ並ばされている。
心配そうに杉村が僕の方を見ている。
「で、これから何をしろと?」
若草が何かを考える様に手を額にやる。
杉村の更新情報については、佐藤が杉村を襲っている間に話しておいた。
「危ない杉村が出てくる時っていうのは、安全な杉村が身に危険を感じた時なんだよな。でも、近くに石竹が居ると危ない杉村は出て来ない。いや、安全な杉村の支配力が石竹の存在により増すということか?」
呟く若草に耐えられずに杉村が口を鋏む。
「えと、あの子は確か、自分の事を”働き蜂”って呼んでて、私の事は”女王蜂”って呼ぶの。だから、危ない杉村とかはちょっと誤解を招くかも」
いや、実際危ないんだけどね。
あ、杉村自身に解る事を聞いたらいいんだ。
「そのウォーカーが出てくる条件って何か解る?」
一時停止中の杉村が、首を傾げて自分の脳内に手がかりが無いかを探る。
「あの子は、私を守りたいだけ。私が恐怖を感じたら反射的に現れる。でもろっくんが居ると私が安心してしまって彼女は眠ったまま。だから、呼びだす方法として普通に考えたら、そこに居るソーセージを私の隣に配置してろっくんが私からだんだんと離れていけばいい……と思う」
「なるほどな。ん?ソーセージってここにはそんなものないぞ?」
ハッとした様に、若草の方を向いて手を口にあてる杉村。
若草は自分の事を指差し、俺のあだ名か?と声を荒げる。
それに頷く杉村。
「この子の記憶を探ったら、その単語が出て来たの。多分、この子、クラスの皆にニックネームつけてる」
私は?と佐藤が気になって杉村に尋ねると、杉村はとても私の口からは言えないと、それを拒否した。どんな名前を付けているのだろう。気になる。
「あ。ちなみに、ろっくんはウォーカーの中では”アオミドロ”って呼ぼうとしてるみたい」
やっぱり。それにしてもネーミングセンスがすごい。
若草青磁、わかくさせいじ、せいじ、セイジ→ソーセージ!
石竹緑青→緑青→みどりあお→みどり↔︎あお→あおみどり→アオミドロ!
「ちなみに、ゼノヴィアは、吸血乳女って付けられてる」
ぜノヴィア=ランカスター→皆からはドラキュリーナと呼ばれてる→吸血女+巨乳→吸血乳女!ほとんど悪口である。
遠くでがっかりするランカスター先生。自分の胸を両手で支えて溜息をつく。僕は本題に戻って若草を杉村の近くに引きずり出そうとする。ソファーにしがみついて全く離れない。
「おちつけ!落ちつけ石竹!まだ道はある!お前が一度、杉村に殴られたケースを考えてみろ!俺は暴力は嫌いなんだよ!」
部屋の隅で自分のお乳を突いてるランカスター先生と眼が合い、吹きだしてしまう。横に居る杉村からも見えているはずなので、リアクションが気になって振り向くと杉村も自分胸を突いていたのにはびっくりした。世界的に大阪の喜劇は愛されているらしい。
照れる杉村は慌てて「ろっくんのエッチ」と胸元を両手で隠す。佐藤は「突くものがねぇよ」と項垂れている。
それより、若草の意見は的を得ていると思う。
僕の影響力を越えた恐怖が杉村を襲えば働き蜂は現れる。
恐怖を僕が与える?
向かい合う僕と杉村に若草が提案する。
「そのままチューしろ」
驚いた表情の佐藤を余所に、ランカスター先生は前のめりになって近付いてきた。
「高校生2人のチュー、先生も見たい!」
「いや、成功しないでしょ。女王蜂の危険を感じとった働き蜂がでてくる算段です」と若草。
「もし、出て来なかったら?」と佐藤。
「Kissするだけよ!いいじゃないKiss!!」
ランカスター先生はいつに無く乗り気だ。
「ちょっと、先生まで。そんな事したら、杉村が困る……」
「やります!!!」と元気よく即答する杉村。こんなやる気の杉村初めて見た。英国ではともかく、ここは日本で、僕は日本人だ。しかも清純な男子高校生に部類される。おいそれとそんな行為が出来るものではない。まぁ、杉村が危険を感じるはずだから失敗に終わるに決まっているが、は、歯をまずみがかなきゃ、きゅk、きゅお。