【 第一ゲーム:re 】
Warning!:
This video contains some violent expression. Depending on the viewer there is a possibility of feeling discomfort strongly.
(警告:この映像には一部暴力的な表現が含まれています。見る人によっては不快を強く感じる可能性があります。)
※苦手な方はチャンネルをお切替下さい。
(八ツ森TV)
僕等の世界は理不尽だ。
そう望もうが望むまいが、得る者は得、何も得られない者は何一つ得る事が出来ない。
背負う事さえも。
全ては成る可くして成る運命なのだと。
そんな世界を僕は……許せない。
憎しみの炎よ、拡がり、全てを灰に還してしまえ。
そうして初めて僕等は真に平等と言えるようになるのだから。
全てが燃え尽きた後にこそ平穏は訪れる。
さぁ、儀式の為の贄だ。
少女の穢れ無き魂を捧げよう。
これは復讐……大切な者を奪ったお前への報復だ。灰と化している君はもう燃えそうには無いのだが……。
<最初の儀式>
2001年11月8日。
第一ゲーム被験者、里宮翔子(10)と天野樹理(9)。
八ツ森の北方の森にある堅牢な二階建ての山小屋。その一階に誘拐された二人の少女が鎖に繋がれている。
暗がりの中、啜り泣く声と少女達の会話だけが聞こえていたが、天井に吊るされた裸電球に火が灯されると、それらはピタリと止んだ。闇の中から浮かび上がった少女の顔は怯えきっている。
被験者となった少女達は一般開放されているキャンプ場に連なる北白家の森でよく見かけていた。同じ八ツ森小学校の児童、里宮翔子と天野樹理。互いを知らない少女達が言葉を失い、背に光を受けた北白直哉を困惑した表情で見つめている。逃げ出す事すら忘れて。
「やぁ、おめでとう。君達は選ばれたんだ」
男の発した声に更に怯える二人の少女。泣き叫んで取り乱すと思っていたが現状を把握する事に手一杯の様だ。両側におさげを垂らした大人しそうな少女は友達と森に遊びに来ていて、一人になった所を誘拐する様に指示していた。ショートカットに陽に焼けた肌を持つ元気そうな少女は家族連れでよく此処へ訪れていた。万が一誘拐に失敗し、あの男が警察に捕まったとしても特に問題は無い。そこでゲームオーバーなだけだ。背は高いが、恰幅も良い、愚鈍そうな男がどうやったかは分からないが男の顔に少女達がピンと来ていない事から、北白直哉が死角から襲いかかったのか、別の人間に依頼したのかも知れない。私達が指定した女の子を取り違える事も無く連れて来た。思いの外、使える大人だった様だ。
里宮翔子が年下である天野樹理を落ち着かせる為に声をかける。
「大丈夫だよ、おとなしくしていればきっと助かるよ!」
天野樹理が男を警戒し、繋がれた鎖が許す限り距離を取る。
「さぁ、ゲームをしようか」
大人にしては高めの男の声には少年の様な響きがあり、それが余計に不気味さを感じさせる。遂に私と僕のゲームが始まりを告げたのだ。その言葉に全てを察したように里宮翔子が相手へ侮蔑する視線を送っている。
「君達のうちのどちらかが、僕の儀式の生贄にならないといけないんだ」
その言葉を聞いて唾を床に吐き捨てる里宮翔子に北白直哉が呆れた様に溜息を吐く。
「なんて行儀の悪い子なんだろう。いいかい?僕は君達に生きるチャンスを与えようとしているんだよ?」
間髪入れずに里宮翔子が叫ぶ。
「何がチャンスだ!この下衆野郎!」
北白直哉は深い溜息を吐くと跪く里宮翔子の前に立ち、彼女の頬を容赦無く殴りつける。短い悲鳴と共にその場に崩れる少女の頬は変色し、口から血が滲み出る。
「下品な言葉を吐く女の子は、生贄の資格を失ってしまうんだ。気をつけてよね!」
そういうルールを私達は設けていない。それは恐らく北白直哉の独自の先入観だろうが、特に問題は無いだろう。
「この儀式の記念すべき一回目なんだから、ちゃんと大人しく僕の言う事を聞いてよね!出ないと僕も怒られちゃうんだよ!」
想定と違う少女の反抗に冷静さを欠いた北白がその拳をもう一度振るおうとする。違うだろ?これは、お前のゲームじゃない。今は彼女達のゲームだ。仕方無く壁を叩いて北白へと合図を送る。このままではゲームが始まらない。意味を成さない。
壁を叩く音を聞き、北白は思い出した様に胸ポケットから折りたたみナイフを取り出した。里宮翔子は相手が自分の届く範囲に誘導し、二人の為に用意した一本の小さなナイフを使い、彼を刺そうと動こうとする寸前だった。北白が取り出したナイフにより、状況は反転、例え少女がナイフを取ったとしても体格差とリーチの違いにより、敵わない事は明らかだ。
鎖が床に擦れる様な音がしたので私はそちらへと視線を向ける。
北白が彼女に気を取られている隙を突いて天野樹理がナイフを拾って男に飛びかかる。
北白は間一髪の所でそれを後方に避け、ナイフを躱すと、おさげの少女は鎖の長さが限界に達したのか、左手が引っ張られ、バランスを崩してその場に転倒する。天野樹理は自分が助かる為と言うよりは、里宮翔子がナイフで刺されない為に覚悟を決めて飛びかかった可能性が高い。北白が慌てて元いた場所、鎖の長さでは届かない椅子へと腰を下ろす。その手にナイフをチラつかせながら。
「危なかったぁ!大人しそうな子だから、ついつい安心しちゃってたよぉ……やっぱり想定とは違うね」
涙目の天野樹理は里宮翔子の安全が確保されて安心したのか、それ以上北白に襲いかかる気配は無かった。
「仕切り直し。僕が合図したら、ゲームの始まりだよ?今、そっちの大人しそうな女の子が持っているナイフを使って、2人で殺し合って貰うんだ」
転倒した天野樹理を心配そうに見ていた里宮翔子がその言葉にやはりといった顔で北白を睨みつける。
「こんな下らない事をして何が楽しいの?」
北白が天井を見上げ、思考を巡らせている。
「んー……僕は別に楽しくなんかないなぁ。でも、これは大事な儀式だから必要な事なんだ。君達が学校で勉強する様にね」
そうだ。殺す事に意味は無い。殺し合わせる事にこそ意味があるのだ。北白は此方の想像以上に白き救世主の御言葉を強く信じ込んでいる。それは私には出来ない。あいつの言葉が北白を動かし、この状況を作った。それは私にとって神の業にも等しい。そして今、その救世主は私が務めている。
「こう考えて?逆に言えば、殺し合って生き残った方は助かるんだよ?僕はきちんと定められているルールは守るし、何より2人も生贄はいらないしね。もちろん、君達がルールを破って僕を刺そうとしたら、僕も多少なりとも抵抗するからね?このナイフで」
里宮翔子が男を睨みつけ、天野樹理は怯えながら様子を伺っている。北白が何かを確認する様に此方へと向き直る。その姿に困惑する少女達。やめろ。私達は影。存在はまだ明かせない。
「じゃあ、記念すべき第一回目のゲームの始まりだ。スタートッ!」
その言葉に困惑する二人の少女。里宮翔子は既に意図を正確に理解しているのか、天野樹理の手に握られた小さなナイフを警戒し、身動きが取れないでいた。暫くして、その意図に気付いた天野樹理はナイフを背後の壁へと放り投げ、害意は無い事を示す。なぜだろうか。相手を殺さないと生き残れないのに、彼女はそれを放棄した。
「……ここでずっと我慢比べをするつもりかい?」
助けが来るまで待つ事を決めた彼女達の意図に気付いた北白が大きく溜息を吐く。
「じゃあ、制限時間を設けるよ。3分間、僕は待つから、その間に殺し合ってくれる?」
事態が膠着状態に陥った場合、制限時間を設ける様に予め決めておいて良かった。ゲームが長引けばそれだけ彼女達の捜索準備は進められる。時間はかけない事にこした事は無い。このゲーム、引き分けという選択肢は無い。どちらかが死ななければ何も始まらない。
「3分経ったら、僕自身が判決を下すよ。より生贄に相応しい方を僕が選んで主に捧げるんだ」
天野樹理が許せる限り精一杯北白から距離を置く。
「2分経過……」
里宮翔子はじっと北白を睨みつけている。生き残るのは一人。ナイフは一本。私の想定ではすんなりと殺し合いに発展するはずが現実はやはり映画や漫画の様にはいかないか。それに片方は一個違いの年下の女の子だ。年上にあたる里宮翔子は年下の天野樹理を守ろうとし、天野樹理は天野樹理で体力的に勝てないことを本能的に悟っている。男の呆れた様な声が小屋内に響く。
「あと1分後、君達のうちどちらかが僕に殺されるんだよ?本当に理解してる?」
北白が痺れを切らした様に腕に巻いた時計を確認し「3分経ったよ!」と叫ぶ。
「やっぱり、上手くいかないな」とぶつぶつぼやきながらその苛立ちを隠せないでいる。
それはそうだ。この生贄ゲームは殺し合いの末に勝者を決め、敗者を贄に捧げるゲーム。北白が少女を殺して森に捧げる儀式では無い。情緒不安定な北白はすっかり落ち着きを無くしている。私はこのゲームに見切りをつけて捜索隊が森に入る前にその場を立ち去ろうとする。見張り役を任せているあいつにも声をかけて帰るとするか。
覗き穴から顔を逸らし、山小屋の裏口から出ようと壁に背を向けた瞬間、大きな物音と共に北白の「痛いよぉ!」という情けない叫び声が聞こえてきた。すぐに覗き穴から室内を確認すると北白が鼻から血を流しながら体勢を立て直すのが見えた。その近くには天野樹理が倒れている。
冷静さを失い、部屋を徘徊する北白が少女達に近付き過ぎたのだ。そこを狙い、天野樹理は北白に飛び掛った。手にしていたナイフも転がり落ちている。彼女の抵抗に腹を立てた北白が鼻血を服の袖で拭いながら天野樹理に近付くと彼女を勢い良く蹴り飛ばした。
その華奢な体が宙を舞い、鎖が巻き付けられた柱に激突する。短い悲鳴を上げた天野樹理はそのまま衝撃で気を失う。
「くそ、鼻から血が止まらないよ!くそっ!」
北白が狼狽し、その場でくるくる回る。その光景を見ていた里宮翔子が嘲笑する様に口を歪めた。それに気付いた北白が青ざめた表情で叫ぶ。
「僕はその顔をされるのが一番嫌なんだ!皆僕を馬鹿にし、見下し、嘲笑する!」
北白が里宮翔子に平手打ちを何度も繰り返す。その度に彼女の口や鼻から血が滴った。それでも彼女はその笑みを止めない。精神的に優位に立つ彼女に北白の怒りが収まる事は無かった。
私がそっと壁を叩き、合図を送る。そろそろ決着を付けろという合図だ。
その合図に北白が我に返り、二人の少女を見比べ、ゲーム結果による採点を行なう。
「うーん、あの子は、生き残る為に何度も闘おうとした。けど、君は結局、悪態ついてるだけだったね」
血を流して頬を腫らしているにも関わらず、里宮翔子の血の気が引いていくのが傍から見ていて分かった。
「君に決めたよ。本当は純真無垢な女の子の方が僕は好きなんだけど、ゲームはゲームだしね」
北白が近くに転がるナイフを拾い上げると、里宮翔子の衣服の襟首を片手で掴むと、ナイフで彼女の衣服を縦一文字に切り裂いていく。裂かれた衣服の間から覗く健康的な小麦色に焼けた肌がこの薄暗い場所にそぐわない程場違いだ。衣服を裂かれた彼女の目から光が消えた様な気がした。北白は彼女の身体を斬り付ける為にナイフを再び構える。
我が身に起こる事態を予期した里宮翔子が床に手を着き、その口から胃の内容物を逆流させる。辺りに吐瀉物の匂いが広がり、北白が更に眉を顰める。
「待って!こ、ごれは、ゲームなのよね?」
胃の内容物を吐き出しながら里宮翔子は斬りかかられない様に片手を突き出し、待てのポーズをとる。口を拭い、彼女は柱の前で気を失なう天野樹理を起こさない様にそっと近付く。余剰分の鎖を手に持ち、微笑みながら眠る彼女の首元に絡ませていく。
その光景に戸惑う北白が、こちらに視線を送るが私にもどうしようが無い。私は北白に判断を委ねる事にした。既に北白の中で決着は付いている。恐らく、もう何をしても手遅れだろう。
「お姉……ちゃん?」
天野樹理が目覚め、ぼんやりとした意識で小首を傾げる。身に起きた状況を理解出来ない様だ。それでも里宮翔子の鎖に込める力は増していく。その左右に垂らしたお下げと片腕と共に彼女の細い首が締めあげられていく。
天野樹理は里宮翔子に起きた事態を正確に把握したのだと思う。彼女の縦に引き裂かれた衣服に、その背後からゆっくりとナイフを掲げて迫る北白直哉の姿を見て。彼女は追い込まれている里宮翔子を哀れみ、その涙を流す。
「なんで、泣くの!?もっと怒りなさいよ!私はあなたを……殺そうとしてるのよ?!」
天野樹理が首を横に振り、自由な方の手を相手の頬へと添える。それはまるで子供が母親に言い聞かせる様に。
「お姉ちゃんは生きて?」
その言葉を受けて、里宮翔子の動きが一瞬止まる。天野樹理が死を覚悟した様にゆっくりと目を閉じる。鎖に更に力が込められていく。もう長くはもたないだろう。ほぼ同時に北白が里宮翔子の背後から迫り、ナイフを振り下ろす。その刹那、天野樹理の言葉が短く発せられる。
「ごめん、お姉ちゃん。私!」
その言葉に驚いた様に一瞬身体を硬直させる里宮翔子。
「静夢……お姉ちゃん……待っててね」
彼女の指す静夢お姉ちゃんとは誰の事だろうか?首を傾げる里宮翔子の背中を北白の大型のナイフが斬りつける。その背中から噴出す血を浴びながら、北白直哉は彼女が絶命するまで何度も斬りつけた。不思議な事に里宮翔子の反応は驚くほど薄かった。やがてその身体は力なく仰向けに血塗れの床に沈んでいく。それは初めて見る殺害現場であり、人が生者から死者へと成り代る境界を垣間見た気がした。動かなくなった少女の身体。屍体。その光景に私は少なからず興奮を覚えた。
北白直哉が生贄に捧げられた里宮翔子の血を全身に浴び終わった後、両手を胸の前に組み合わせて天に祈り始める。天野樹理の右腕は生贄捧げられた少女の血で赤く染まり、座った体勢のまま死んでいる様に見えた。
「主よ、貴方が望むものを捧げました。穢れた我が魂とこの森の浄化を願って。アーメン」
背中を切り裂かれた里宮翔子の仰向けの姿は美しく思えた。露わになった裸体は真紅の海の中、一層輝いて見え、胸部に穿たれた孔から咲く花弁は薔薇の様だ。むせ返る様な血の匂いさえ芳醇さを湛えている様に感じた。最初の生贄ゲームは終わった。ルールはルールだ。もしかしたら天野樹理は生きているかも知れない。表口に回って白き救世主としての役目を果たさなければならない。
先程までの光景を思い出しながら裏口の扉を開くと太陽は僅かに陰りを見せており、青空は仄かに朱を帯び始めていた。まるで少女の流れ出た血が空を少しずつ染めあげていくかのように。辺りを囲む木々の隙間から射し込む陽光が肌に心地良かったのを覚えている。
手枷と扉の施錠を外す為の鍵を持ち、表へと回る。その道中、木陰から心配そうに様子を伺うあいつにゲームが終了したという合図を送ると、ゆっくりとその姿を現わす。そこで待っているように言いつけると私は山小屋の扉前に立つ。白地のレインコートのポケットに入れいてる鍵を使い、解錠を行なっている最中、小屋の中から男の情けない叫び声が小屋内に響き渡る。
「助けて下さい!救世主様!白き救世主様!話が違います!私がここで殺されてしまいそうです!浄化すら行なえずに死ぬのだけは!勝者であるこの子を私は殺せません!だから、この子を私から遠のけて下さい!」
誰と話しているのだ?里宮翔子が息を吹き返したとでもいうのだろうか?いや、あの傷と血の量から生きているはずはない。なら……天野樹理に?放心状態の彼女にそんな事が出来る筈がない。ナイフもゲームの開始時に捨てていた。どちらにしろ、よくない事が起きているのは確かだ。私は急いで扉を固定していた錠を外すと扉を開け放つ。背後から小屋内に射し込む西陽がその光景を鮮明に映し出す。放心状態の天野樹理の傍らで北白直哉が両脚と腕を切り裂かれて床に転がっていた。よく見ると里宮翔子の血と吐瀉物に滑り、柱に頭をぶつけて気を失っているようだ。どちらにしろ北白はルールに従順であるが故に勝者となり生きる資格を得た者を殺せない。
「君は勝者だ。だから助ける。左手を出して?」
私はその時……自分もあいつみたいに誰かを救える気でいた。白い救世主として崇められる存在に……放心状態の彼女の反応は薄い。仕方なく鎖に繋がれているその左手の施錠を外してやる。完全に心が壊れてしまっているのかも知れない。その虚ろな瞳だけが私をぼんやりと見つめていた。手枷を外したはいいが、その後の事は北白に任せるつもりだった。こんな状態で帰れるとも思わないが、一先ず勝者である彼女に賞賛を送る事にする。きっと彼女は生きている事に感謝する筈だ。
「さぁ、君は自由だ。おめで」
私の言葉が言い終わる前に天野樹理から発せられた言葉は私の想定とは真逆の言葉だった。
「殺す」
それはほぼ同時だった。もしくはその言葉より先に彼女の右手にいつのまにか握られていた血塗れの小さなナイフが私の白いレインコートの貫通し、腹部へと埋没していた。その痛みに反射的に床に倒れ込むとレインコートがナイフにより切り裂かれてしまう。
ナイフで刺された箇所が燃えるように熱く、鋭い痛みが体の中から全身に広がり、悶え苦しむ。その刹那、目の前の少女が私には化け物に見えた。その薄暗い殺意に咄嗟に手を前に出してナイフの刃に備えるが、彼女は私にまるで興味が無い様に一瞥すると、立ち上がり、射し込む夕陽の中を一人歩き出していった。……そっちにはあいつが居る。頼むから、まだ出て来るなよ?
刺されたお腹を抑えながらこの傷を親にどう説明するかだけを必死考えていた。
暫くすると片腕を抑え、目に涙を湛えたあいつがその痛みに堪えながら小屋の中を見渡した後、俺が生きていた事に安堵したのか微笑んだ様に感じた。紅い夕陽を背中に浴び、その表情は逆光になって分からないにも関わらず。そんな気がした。
獣の唸り声と共に、口元を布で覆った見知らぬ男があいつの背後に立っていた。
「おいおい……なんで兄貴まで倒れてんだよ……。お前らがあいつの言ってた救世主様だな?ってお前らも怪我してるじゃねえかっ!くそ!ここから先は追加料金だからな?こっち来い、治療してやるよ……って、血の海じゃねぇか……逃げてった女の子はどうする?生かしておいたら足が付く。そうなったら俺も仕事が出来なくなるからな……殺すか?」
その言葉に必死に首を横に振るあいつがそれを拒否する。猟銃を構え、顔を隠した男は北白の弟なのか?
「……殺さないで下さい。彼女は生きる資格を得たんですから」
その言葉を興味無さそうに話半分で了承する男。
「OK。犬達には待機命令だしとくわ。こっちで専属の医者は用意するから、今はこれで我慢しとけ……って、そっちの餓鬼、腹刺されてるのかよ。お前もお前で、その左腕の傷、結構深いな……本当にさっき出て行った女の子がやったのか?」
それに二人は顔を見合わせ、頷き合う。いや、あの迫力は女の子の領域を超えていた。
「殺されるかと思った……一歩間違えたら、頭を刺されてた……」
謎の男に左腕を治療されながら震えるあいつ。なかなか想定通りにはいかないものだ。次に男は私のとこにやって来ると傷の状態を確かめる。
「そこまで深くは無いが……内臓やられてたら洒落になんねぇからな……よっと」
猟銃片手に私の身体を軽々抱える男。
「おい坊主……どうだ?初めて見る殺害現場は」
「よくわからない……」
その時の私はその複雑な感情の正体が分からず、上手く説明出来なかった。
「……此処が分かれ道だぞ?お前らは岐路に立たされている」
「岐路?」
「お前らは間接的に何の罪も無い幼い女の子を殺したんだ……立派な殺人者だよ。もし、うちの兄貴の妄想に付き合わされてんなら、両親に言ってまた監禁させるからよ……お前ら次第だ。人攫いに別の人間雇うのも金が掛かるんだぜ?」
「……この第一ゲーム次第だよ……この結果でどうするか決める……よ」
男は「そうか」とだけ呟いて周りをぐるぐると回っていた猟犬達に指示を出す。
「もういいぞ、餌の時間だ……そこの女の子、食っていいからな」
男の背中越し、その合図と共に三匹の猟犬が寝転がる北白に眼もくれず、屍体となった里宮翔子の身体へと喰らいつく。だが、それを止めたのはあいつの叫び声だった。
「やめろっ!!」
その幼い声に反してその言葉は心の底に届く不思議な感覚があった。その言葉に素直に従った。その光景に感心する男。
「その女の子をどうするかは北白直哉さんに決めて貰います……だから今は手を出さないで下さい……」
「ほぉ……やるじゃねぇか。うちの猟犬の殆どはロットワイラーで攻撃的なんだが、それを従えるとはな……お前らにも懐いてるようだし、何者だお前ら?」
腹部の痛みで意識が飛びそうになる中、本物の白き救世主は静かにその憎しみの炎を瞳に宿す。
「……北白さんと同じく……この世界に恨みを抱く人間です」
男は今度は納得した様に「……そうか」と頷いた。口元は見えないが私にはその口元が微笑んでいる様にも見えた。
その後、山小屋から一人で逃げ出した天野樹理はその足で夜が迫り来る森を抜け、街へと辿り着いた。そして手にした小さな刃先の欠けたナイフで40人もの人間に斬りかかり、重軽傷を負わせ、8人を失血死させたらしい。
世間は彼女に震撼した。森で行方不明になった女の子が怪物になって帰ってきたと。
九歳の女児が引き起こしたこの不可解な通り魔事件を経て、天野樹理は深淵の少女と呼ばれる様になる。
私達は怪我を癒し、世界に彼女が何をもたらすのかを次の生贄ゲームが始まる約一年後まで静かに息を潜めていた。
北白の言う霊樹の森の祭壇として点在する山小屋はあと四つ。少なくともあと8人の少女をこの儀式に焚べ無ければならない。
脳裏にこびり付く血塗れの少女。
その姿はいつまで経っても消えてくれなかった。そして思い出すのだ。あのむせかえる様な血の匂いに垣間見えた高鳴る高揚を。
あぁ、世界とは何と儚く、どこまでも狂おしいのか。




