誰のゲーム?
× 隠者(9)HP [ 26 / 150 ] 気絶 !
蜜蜂:月(18) HP [ 170 / 250 ]
MP[ 9 / 90 ] イライラ
太陽(19): HP [ 56 / 63 ]
審判(20):HP [ 79 / 79 ]
▷星(17):HP [ 55 / 70 ]
× 死(13):HP [ 1 / 110 ] ねむり
吊るされた男(12):HP [ 83 / 83 ]
?恋人(6):HP [ 63 / 74 ] やや疲労
× 女教皇(2):HP [ 1 / 69 ] ねむり
× 硬貨の女王:HP [ 1/74 ] ねむり
▷棒の1(Ace):HP [ 260 / 300 ]
隠者側:【蜜蜂】
八ツ森側:
回答者【星】
生贄【棍棒のAce】
お節介【恋人】
<蜜蜂:殺人蜂>
東雲雀……この子、硬い。
相手からの徒手空拳は貧弱で私には通用しない。
ただ、その体格差からくる蹴りは侮れない。
江ノ木カナ、邪魔。
かと言って彼女にはお父様を助けてくれた恩人。
無下には出来ない。胸を触られたけど。
日嗣尊……厄介。
贄である東雲雀の後ろに隠れて卑怯。
貴女が生贄になりなさいよ。
この先、ずっと彼女と戦うのはうんざり。
撃っていい?
なんでこんなに追い詰められてるのかしら?あっ……向こうのルール変更を認めたのは私ね……。もう全員の脚を撃ち抜いて黙らせたい。え?ダメ?アハッ、冗談よ……女王蜂……分かってるわ。気が熟すまで待て。よね?
でももう私から北白事件関係で日嗣尊を凌駕する設問を出す事は難しいのよ……あるにはあるけど、今はまだ出せない。それに何より……面倒臭いのよ。こんな心理戦で体力なんか使ってられないのよね。私達は理不尽な暴力を打ち砕くべく存在する更なる上位暴力。冴えた推理と鋭い洞察力を以って探偵役を任されている日嗣尊とは在り方が違うもの。私は力を以って力を制するカウンター的な役割よ。そしてこの場に存在する理不尽な暴力は私自身。打ち砕くべき相手は「もう」存在しない。それにね?相手を殺さずになるべく傷付けずに気を失わせるのって……凄く難しいのよ?
人は簡単に死ぬ。
素手でも。当たりどころが悪ければ簡単に死ぬ。
だからこその私なの。
私なら打ち損じなんて百が一、億が一ありえない。
あるとしたらそれは意図的なものだ。
そう……だから安心して?女王蜂。緑青はいずれ目覚めるわ。殺してないから。
そうね……死は二人を別たない。
死ぬ時は一緒よ。
もしくは……今度こそ彼を守り切って見せる。
その為に切り捨てた本来の私、17歳の女の子らしい女王蜂なんだから。
ところで、働き蜂……貴女は何なの?
あは、分かってるわよ。貴女は私の捨てたもう一つの私。自己愛なんだから。
……ねぇ……私達はそろそろ決めないといけないわ。
私達の分化は進み、既に個々としての人格が確立されてしまっている。
幾らお父様の訓練で戦闘時と平常時に意識の切り替えを行なう訓練をしていたとしてもこれは暗示の域を超えてるわ。緑青にも存在するもう一人の緑青。彼もまた眠りから覚めようとしている。その鍵を握るのは幼馴染。
全ての人格が混ざり合った私。
本来ならそれこそ本当の私と言える存在。
三つの人格が混ざり合ったその先に待ち構えている私はどうなるのだろうか。
そしてそうなる切っ掛けを与えた佐藤浅緋。
その事件の決着と共にこの呪いは解けるのだろう。
今の状態はそうなる必要があったが為の現状だ。
それが無くなれば私の中に存在する彼女達も消えるだろう。
大丈夫よ……怖がらないで?何も無くならないわ。その記憶も心も私と全て同化されるだけ。
だから……楽しみましょう……最期の一緒に居れる時間を。
二重思考から生まれた二人の私。
そしてもう一人の緑青……アオミドロはどうする気かしら?
それは殺戮機械としての自分との折り合いを意味する。
私は和解し、今の所均衡を保っている。
彼の中の彼が本当に目覚めた時、狂気を抱えた彼に対抗出来るのは片割れである私だけ。えぇ、最初に記憶喪失だって聞いた時、ピンときたわ。きっともう一人の彼、あの記憶を抱えたまま眠ってる。
……それにしても十歳の頃の私のネーミングセンスは本当に働き蜂レベルで嫌になるわ。アオミドロって……流石に可愛そうよ。そうね、せめて……隠者って呼んであげて?熊蜂とも響きが似てるでしょ?
ふと胸元に眠っている日嗣尊から渡された友情の証、月のカードを思い出す。それは女王蜂が日嗣尊から渡されたものだ。
そのカードが意味するのは不安定、現実逃避、潜在する危険、猶予の無い選択、洗脳、トラウマ、フラッシュバック……そして踏んだり蹴ったり。笑えるわね。もし、それらを踏まえて日嗣尊が渡したのだとしたら賞賛してあげるわ。
何かしら?えっ?逆位置の意味?
失敗にならぬ過ち、過去からの脱脚……そして未来への希望ね……本当、女王蜂ってお人好しね。呆れるぐらいに。
さぁ……次のゲームが始まるわよ?
<白滝苗:レポーター>
月の女神と星の魔女による攻防戦。捧げられた棍棒少女の生贄。
薄暗い室内のスポットライトが黄金色の彼女の髪を煌めかせている。その緑青色の瞳が細められ、ショートカットの美少女、星の魔女こと日嗣尊を不審そうに睨みつけている。その眼力に場に居る私達に緊張が走る。
【設問21:これは誰と誰のゲーム?】
(八ツ森側(星:日嗣尊)→隠者側(月:杉村蜂蜜(殺人蜂)))
発言した星の少女自身は蜜蜂を超えるような力を有していないのにも関わらず、怯える様な素振りを全く感じさせない。だけど、その質問内容は初歩的なものだ。私の認識では当初、この生贄ゲーム事件は犯人の北白直哉による犯行だと思っていた。けど、実際にはどうやらこの事件に二人の共犯者が居て、それが石竹緑青が殺害した二川亮である事と見てまず間違い無かった。部分的に北白直哉の弟さんが関わっていたみたいだけど。二人のやり取りは続く。月の女神の翡翠色に輝く瞳がその言葉の途中で天井を見上げ、その動きを止める。
「何を今更……決まってるじゃない……北白直哉と二川亮……そしてもう一人の共犯者……三人……の?誰と誰の?二人?」
星の少女がその歩みを一歩前に出すと、それに合わせて照明が切り替わる。所で……こんな設備、いつの間に設営して……って、これらのスイッチングはうちのカメラマンが全て行なっている。寸分の狂いもなく自然と切り替わる照明。もしかして、カメラマンもチーフマネージャーとグルなのかしら?蜜蜂の前へと身を晒した星の少女が確認の意味も込めてもう一度繰り返す。
「これは誰と誰のゲームかしら?」
黒真珠の様なその眼が金髪少女の顔を曇らせる。
「北白と……二川……もう一人の犯人は関わっていない?いや、違う……北白自身は生贄ゲームのルールに行動を強く縛られていた……まさか……本当に……二川亮ともう一人の子供によって行われたゲームだって言うの?」
星の少女がスッとカメラの方に向き直ると蜜蜂少女の言葉を繋ぐように視聴者に向けて語る。
「北白事件と呼ばれたこの生贄ゲームを……私はこう考えています。これは第零ゲームの被害者たる二人が引き起こした事件であると……」
確かに北白直哉は傀儡に過ぎないという話はこのクイズゲームの中で軽く話題に上がった。けど、犯人の片割れとして名前が上がっている銃殺された少年は高校三年生。2012年の現在から遡ると2001年に最初の被害者である天野樹理さんが被害に遭った。となると二川亮の年齢は当時7歳程度という事になる。そんな子供が他者に殺意など抱くのだろうか。となると、もう一人は歳の離れた年長の子供になるのだろうか。子供がまるで遊び感覚で同世代の女の子を殺し合わせる……その感覚は想像出来ない領域にある。
「……北白直哉が小学一年生の子供に言いなりに?それよりもその年齢で二川亮が悪意を持ち合わせていた事の方が驚きよ」
確かに彼女の言う通りだ。どう考えても三十歳代の男が小学一年生の言葉に従って人を殺すなどありえるだろうか?星の少女は蜜蜂少女には答えずにカメラに向かって返答する。その姿を見て蜜蜂は怪訝な顔をするが、何かを納得した様に溜息を吐く。そう……このクイズゲームは彼女達が八ツ森や日本中の人々に向けて放たれた問いでもある。それを理解して星の少女は訴えかけているのだ。私達に。
「……北白事件と呼ばれたこの生贄ゲーム……幼い十歳前後の女の子を二人誘拐し、殺し合わせるという凄惨極まりない悪魔の所業とも言える行為です」
「うんうん」
近くにいる恋人の贄、ハートマークの仮面を着けた少女が同意の声と共に頷く。
「私自身、数ヶ月前まで犯人である北白直哉は殺されても仕方ない憎むべき怨敵としてしか捉えておらず、それに加担したとされる二人の少年に対しても同じ鬼子の様に捉えておりました」
「わ、私は……それに同意しかねます!確かに北白さんは日嗣さんのお姉さんや他の被害者の女の子を間接的に死に追いやった。けど、七年経って私が会った北白さんは本当に反省して、全財産も分配した上で一人で死のうとしてたんだよ?法が自分を捌けないから、彼は自らを裁く為に……だから」
「そうです!北白直哉は悪魔ではありませんでした」
「悪魔なんかじゃな……えぇ?!日嗣さんもそう思ってくれるの?」
「はい。私の過ちの一つ、被害者であるが故に私は勝手に犯人像を知らずに自分の中で創りあげていました。その気持ちが私の推理を曇らせ、四件目、そして貴女が遭遇した五件目の発生を食い止める事が出来ませんでした」
あのマイペースなモモレンジャが五件目の被害者だとすると、やはり江ノ木カナさんと言う事になり、この場に居る少年、石竹緑青以外の二人の男の子がもう一人の被害者である鳩羽竜胆である可能性が高い。星の少女が冷静に語る一方で自身の脇腹に回された右手はその怒りの矛先をまるで自分に向けるように突き立てられていた。そうだ……彼女もまた被害者であり、北白直哉に姉を間接的に殺された妹なのだ。私ももし、姉が殺されたら……北白直哉に復讐していたかも知れない。それは別の誰かに執行された訳だが。左手親指の爪を噛みながら、思考を巡らせていた蜜蜂少女が疑問をぶつける。
「待って?貴女の中では二川亮の共犯者は少年で決まりなのかしら?」
「はい……少年である可能性が非常に高いと言えます。そしてそれが彼等の命が救われた要でもあると見ています」
「その事が貴女がさっき質問した内容に関わってくるのね」
「はい。北白直哉が悪意を持って犯行に及んでいたのでは無いと私は推測します。寧ろ最後まで彼は使命を全うしようとしました。彼は自身の穢れていると思わされ続けていた魂の浄化と、八ツ森に張られた霊樹の森による結界が弱まっている事を憂いていたと思われます。そして……彼はこの生贄ゲーム事件の事を自ら指す時は儀式と呼んでいました。しかし、私達に投げかけられた言葉の中には所々ゲームと称しています」
「……それは私も七年前に気付いてたわ。奴が生贄ゲームを指す時は寸分違わず儀式と称していた……確かにそうね……ゲームという表現をあいつは無理矢理使わされていたと見るのが自然ね」
「はい。北白にとって生贄ゲームは儀式。勝ち負けの存在する単なるゲームでは無かったという事です。だから頑なにルールを守ろうとした。何故ならそれが浄化の儀式に必要な手順だったからです。いえ、必要だと思わされていたからです」
「確かにおかしいわよね……神聖な儀式にとって本来求められるのはいつだって清らかで、それ自体を捧げうるに価値があるものだもの。山羊だったり息子だったり、乙女だったり。それ自体が神への捧げ物として相応しいものであるか、そして、その信仰が本物であるかどうか。……血を注ぎ出す事が無ければ、罪の赦しは無い……か……。血は穢れ無き少女達の殺し合いにて流される……もし、命を捧げなければいけないのなら……神聖な儀式を経て、生き残った少女が神への供奉として捧げられ無ければおかしいものね。生贄ゲームでは、死んでしまい、死へと抗わなかった少女が贄として捧げられた事になっている。つまり、捧げられる価値が無い少女が主へと捧げられている」
「う、うむ。本来、その目的は血が流された時点で達成されているの。そこへ少女達の生き死にが関わっているのは他の誰かの意思が介入しているとしか思えないわ。そして、第五ゲームではそれが適応された」
蜜蜂少女の信仰を踏まえた解釈に少し戸惑いながらもそれを肯定する星の少女。
「この天然娘とあの鳩少年にどう適応されたって言うのかしら?」
「彼は七年という月日の中で、共犯者である少年達の呪縛からは解放されつつありました。もし、彼が彼等の幻影に囚われているのだとしたら、5日間も彼等を生かす事など考えられません。二分です。これまでのゲームの決着は被験者の少女二人の意識が戻ってからごく短い間で決着はついていました。そして、第一ゲームで天野樹理さんが里宮翔子さんの心臓を先に刺し貫いていなければ……彼女は背中からナイフで斬りかかられ、殺されていたでしょう。この違いは何か……」
恋人の贄が自分の事が話題に上がり、そわそわしだす中、蜜蜂が冷静に答えを探る。
「……第四ゲームと第五ゲームの違い……弱まった呪縛……考えられるのは、共犯者の少年の関与ね」
「そ、そうじゃ。北白直哉は二つのルールに縛られておった。一つは生贄ゲームのルール……そして、関与していた少年達の指示。それが第五ゲームでは無かった。だから彼は自分の犯せるギリギリのルールの範囲内で贄となった少年少女を助けようとした。もし、共犯の少年達が関与していたのなら、江ノ木さんが殺される運命であったはずです。四件目、そして自分達を守る為に少女の贄が必要だと説いたのであれば殺されるのは江ノ木カナさんとなる事は二人の共犯者にとっては明白でした。しかし、結果は贄は捧げられず、北白自身が三人の大学生を殺した上で生贄ゲームの再犯、最終的には貴女のお父様に殺される結末を迎えました」
何かを言いたげにしているモモレンジャを制して蜜蜂少女が星の少女との会話を続ける。その視線は視聴者を想定し、カメラの向こう側を向いていた。
「……共犯者の少年達にとっては誤算だった……という事ね?」
「それは……違います!違うのじゃ。施設を出た北白直哉の症状は緩和し、正常な判断を下せる健常者となんら変わりの無い状態でした。常に担当する医師が住み込みで雇われていましたし、その方や精神鑑定を行なった医師の判断が間違ったとも思っていません。あの時点では彼はおそらく正常な状態であったと思います。そうですね?太陽の少女……いえ、直接本人と対峙された佐藤深緋さん?」
鎖に繋がれた太陽の紋が描かれた少女が顔を上げて頷く。本名はもう何度も出されているので本人も気にしていない様だ。……手元の端末を覗くと、Σterでは彼女が発言する度に「太陽万歳!」っていうコメントが散見されるのは気にしない。
「……その事については私も不思議でした。私が対話した北白直哉は七年前とは違いました。自身が犯した過ちを粛々と受け止め、反省していました。全財産の被害者への分配……そして私が森で拾った北白直哉の弟と思われる男の携帯を届けに行った時、混乱した私は隠し持っていた果物ナイフを使い、自らの命を断とうとしました。ですが、そんな私を彼は間一髪、その刃を握り締めて止めてくれたんです。そして、私が訪れ無ければとっくに死んでいたとも。彼は私に殺される為だけに会う約束をしていたその日まで死なずに生きていてくれたんです。私は彼がしでかした事を許せません。しかし、必死に罪を贖おうとする彼の姿を見て、私は彼を許す事にしたのです。少し刺しましけど。まぁ……結局殺されてしまったんですが、私が見る限り、再犯を犯す気配はまるでありませんでした……」
「えっ、コッキー怖い……それにもう間違っても死なないでね?」
星の少女が素の表情に戻り心配そうに太陽の少女に声をかける。テレビよりも友達の事を優先させる日嗣尊は親しみを感じさせた。
「え、あぁ……もう大丈夫ですよ。尊さん。でも北白直哉の犯行を私が事前に止められていたかも知れないんですよね……その結果、北白直哉と大学生三人は死んでしまいました……」
その答えに大きく首を横に振る星の少女。
「あの時点で止められたのは……恐らく私だけです」
太陽の少女が首を傾げ、蜜蜂少女が日嗣尊に食いかかる。
「日嗣尊……どういう事かしら?何故、貴女だけしか止められなかったの?」
「それは二川亮が北白直哉の共犯者であり、かつ、私と石竹君を夏休みに猟犬達と一緒になって襲い掛かってきた目出し帽の男である可能性が高い容疑者の一人であったからです」
「……分かってて、何故、警察に相談しなかったのかしら?」
「……確証が得られなかったからです。私が最終的に星の教会のメンバーの協力を得つつ、八ツ森に住む16歳から18歳の青少年二十二万三千二百九人全員のアリバイを調べ上げ、夏休みと第五ゲーム発生から終わりまでアリバイが不透明な八ツ森高校の生徒を確認して、やっと二川亮へと辿り着いたのが三週間程前よ。そして残念ながら、もう一人の少年の尻尾はほぼ掴めなかった」
「警察に言いなさいよ。そうすればもっと早くに……二十二万人のアリバイを調べるって……頭おかしいレベルよ……」
「おかしいのは自覚しているわ。アウラにも余計な罪悪感を植えつけた責任は私にある。ごめんね、杉村さん……その段階で警察には言えなかった。私達心理部員が夏にキャンプ場へ行く情報が何処からか漏れていた。相手は私達の動向を常に監視出来る立場に居る可能性が高かった。私がもし、警察の人間と接触を図っている事がバレてしまった場合、間違い無く消されてた。私は謂わば犯人にとっては生き証人。生きていては都合の悪い人間よ。現に直接犯行に加わった軍事研究部員は軒並み殺されている」
「でも他にやりようは……」
「……情報が漏れ、私が殺されれば次に狙われるのは誰か分かるかしら?私と同じく殺されかけた人間がもう一人居るわよね?」
……彼女達の話している内容は学校での出来事なのだろうか。全然分からない。
「日嗣尊、訂正するわ。貴女は正しい判断をした。もし、貴女が向こう見ずで軽率な行動をとったとしていたら私の緑青は死んでいたもの。……緑青の耳の状態が良くなっても聞こえないフリをしていたのも?」
「私の指示じゃ。私がアウラ経由で伝えて貰っておった」
「あぁ……それで……やたらアウラと息がピッタリだと思ったら……そういう事ね。私に相談してくれたら、24時間警護したのに……あっ、無理だわ。私もその頃、独自に事件を追っていたわ。やっていたのは働き蜂がメインなのだけど。しかも途中から女王蜂の影響で退行してたわね……ごく最近まで。無理だわ」
「いや、結果的に石竹君は君に守られていた。二重の意味でね?」
「私に?」
「私の知る限り、剣道部部長とはいえ、同じ部員で剣力は上である東雲さんを負かす貴女と戦っても勝算は少ないわ。貴女が傍に居るだけで彼は手を出せないの。あと、これまでの証言から、二川亮は杉村蜂蜜を殺せたのに殺さなかった。寧ろ、守ってさえいたと言われてたわよね?」
「そういえばそんな事を言ってたわね。それで二重の意味ね」
「えぇ。私がもし、二川亮が犯人足り得る確証を早く知り得ていたら……もっと早くに刺せていたと言う事です」
あっ、刺す事に変わりは無いのか。
「なんで結局刺すのよ!それこそ警察に突き出しなさいよ!いい?貴女の罪は罪としてまだ消えて無いわ?この生贄ゲームの結果と二川亮の手に掛かった被害者達の検死結果から彼が連続殺人鬼として認められて初めて貴女の行為の正当性は認められる。それが成されなければ貴女は傷害罪として裁かれる運命にあるわ」
「……心配無用よ……それを覚悟の上での行動よ……私が二川を刺す為に警戒心を持たれずに近付くには……肉薄するには……そうするしか無かったもの」
「下手したら貴女も死んでたのよ?現に緑青は貴女が死んだものとして悲しみの中に居た。貴女が生きていてくれて一番喜んでいたのは彼なの、分かってるわよね?……私に相談してくれれば……って、無理ね。退行してたもの……そのおかげか私自身への警戒は少なかったのかもね……」
蜜蜂少女の言葉はキツイ印象を受けるけど、相手を思いやってるのがこちらにも伝わってくる。星の少女は世間では行方不明となっていた。何処に身を隠していたのだろうか。
「……ごめんね、二川亮だけは私も許せなかった……貴女の手を借りれば容易い事なのだと思う。でもどうしても私はこの手で復讐したかった……でないと姉をあのゲームで殺された私自身が許せなかった……あとは……」
そこで一転して日嗣尊の目が伏せられ、やや頬を赤く染める。どうしたんだろ?照れてる星の少女も可愛いけど。そこへ口を挟んだのは太陽の少女だった。
「尊さん……貴女は自分の為だけに何かをする人じゃない。その先に二川亮が私達と対峙する未来を貴女は描いていた。そして、貴女は……限り無く私達寄りに二川亮へハンデを与える為に刺し、そして、生かしたのよね?私達がアイツに殺される結末を限り無く零に近付ける為に。だから文化祭から二週間前というタイミングを狙って貴女は刺した。私達が犯人である少年達と対峙出来るように」
……余裕のある態度と風変わりな話し方で気付きにくいけど、これらの話が本当だとすると日嗣尊は……頑張り屋さんの良い子だと言えるのかも知れない。刺してるから悪い子だけど。
「……違うわ。結局、私は貴女達を危険な目に合わせたに過ぎない……。それに文化祭での出来事は完全に私の想定していた思惑から外れ、結果、石竹君が北白直哉と成り代わり、この最後の生贄ゲームを始めてしまった……その責は私にもあるわ。でも、よくここまで私抜きで頑張ったわね……テレビ局まで巻き込んで……あの没個性君がいまや射殺犯であり、誘拐犯……そして電波ジャックまでしでかすとは……本当に、成長したね……君は……」
その初めて見せる母性に溢れた微笑みは壁際でぐったりと佇む彼に向けられる。初めて彼女の本心が垣間見えた様な気がした。あれ?隠者の衣服に刺さった蜜蜂のナイフが何時の間にか全て抜き取られている。誰かが外してあげたのかな?自力で取るには難しそう。
「さて、内輪話は程々にしておくかの。話を本題に戻しましょうか……ね?白滝苗さん」
あれ?なんで私?その猫目がちで綺麗な三白眼が私へと向けられる。
「これは誰と誰のゲーム?一連の流れで察したと思いますが、とある少年二人が北白直哉という大人を謂わば洗脳して引き起こした事件です。これは間接的とはいえ、二川亮という当時小学一年とされる少年が引き起こした殺人事件にあたります」
そうだ。二川亮が犯人である場合、意図的な殺人を伴う最年少の少年犯罪となる。これは1969年の高校生首切り殺人事件や1997年に起きた小学生殺人事件の犯人14歳の少年を遥かに下回っている。その残忍な手口に当時の人々は震撼した。1997年に起きた事件の方ではこの犯人の少年を英雄視した子供達も居たそうだけど私には理解出来なかった。尤も、その数年後、八ツ森市で起きた小3女児無差別殺傷事件の加害者少女が9歳であり、その被害者数から深淵の少女として世間を混乱に陥れたのは言うまでも無い。ただ、彼女の場合は殺しそのものを楽しんでいたという訳では無く、実は北白事件の被害者であり、自分が生き残る為の抵抗として小さなナイフを振り回していたに過ぎない。それにしても怪物が誕生し、キレれば何をしでかすか分からない少年少女達を大人達は恐れたものだ。当時子供だった私にはピンとこなかったけど。その深淵の怪物がこの部屋の片隅で静かに寝息を立てている可愛い美少女だと言われて誰が信じるだろうか。その寝顔は安らかで、子供の様でもある。そして彼女は自らの行為を悔いていた。
書籍として彼女が事件の事を書けば恐らくベストセラーになるにも関わらず、書籍化の話は出ていない。石竹緑青の記憶が戻った今、八ツ森のルールは無効化された。それに伴い、きっとそういう話は次々と出て来るだろう。きっとまた騒がれて、被害者達の気持ちも考えられずに世間の人々は口々に身勝手な言い分を振りかざすのだ。被害者遺族の傷口に塩を塗り込む様な真似をしている事に気付きもせ……ず?ん?いや、違う……そうはならない。彼等は先手を打っている事になる。この三日間で生贄ゲーム事件自体が見直され、少年少女達へあらゆる憶測がなされた。この最後の生贄ゲームの意味はつまり、メディアを通して、被害者達の本当の声を伝えようとしている。利害関係やメディアによる印象操作を受けずに。まさか、これを狙って?その黒真珠の様な瞳が当時学生だった頃の記憶を呼び覚ます。画面に映る白髪の美少女もまた事件被害者としてその肉声を世間に伝えた。そしてその、七年後、今度はモニターを挟まずに私の目の前に彼女が居る。
「この一連の事件により、つい最近まで昏睡状態に陥っていた同じ高校の女生徒が居ます。彼女は恐らく、この二川亮に金で雇われた男に鉄パイプで頭部を殴打され、意識を取り戻したとはいえ、一生目覚めない可能性もありました……」
違う。彼女の言葉は私を通してある人物へと投げかけられて居る。私をこの現場に寄越したテレビ局のチーフマネージャー……通り魔被害に遭った少女の父親……私の上司である人物。
「今回の件……貴方もグルなんですよね?通り魔に襲われた少女の父親である……木田 智明さん?」
彼女が今度はカメラを通して私の上司を名指しする。暫くの沈黙の後、私の端末が鳴り響き、木田チーフからの着信が入り、緊張しながらその電話に出る。
『……白滝……彼女に繋いでくれないか?』
私は声もあげられずに無言で頷くと端末を星の少女へと渡す。
「お久しぶりです。八年前とそして、自主制作映画の際にはお世話になりました。日嗣尊です」
その会話内容をマイクで必死に拾いながら中継を行なう。
『あぁ……そうだな』
「木田さん……貴方も隠者側の人間ですね?」
『……流石だな。白髪の天才美少女だった君には勝てないか』
「もう昔の事ですよ……」
『私がグルだったとして、君はこの生贄ゲームを中断させる気かい?』
「いえまさか……この電話は確認事項ですよ。貴方が関わっているという事は……あの映像も当然使う気ですよね?寧ろ、そうして頂かないと本当の意味で視聴者には伝わらない。貴方は恐らく、今日、何もかも捨てる覚悟で隠者側に協力をしている」
『あぁ、今日を最後に辞職するつもりだ。その代わりと言ってはなんだが、かなり無茶をするつもりでいる』
「……フフ、私もこれが終われば犯罪者です。お互い様ですね……」
『全くだ。私への言葉は白滝経由で常に伝わっている。指示はそちらから送ってくれて大丈夫だ』
「はい……では一旦、電話はお切りしますね……」
私へと携帯を返した星の少女が僅かに微笑み、そして再びカメラへと向き直る。
「さて皆さん、此処まで生贄ゲーム事件の真相について触れて来ました。ところで……七年前の山小屋で、犯人の北白直哉がどんな事をしていたか……一体、どれだけの人間が正確に把握しているでしょうか?アンケートも同時に取ってみたいですが……殆どの方が紙面や文字から受ける印象でのみ理解されているのでは無いでしょうか。きっと、貴方達の中ではどこか遠い場所での出来事であり、既に過ぎ去った過去の事件の一つに過ぎません……なら、お見せしようではありませんか。この一連の事件、あの山小屋で何が起きていたのかを……目を背けたければチャンネルをお切り替え下さい。遺族の方達にとっては見るのも聞くのも辛い出来事です。しかし、真の意味でこの生贄ゲーム事件を理解して貰うには避けては通れない道なのです……暫し、お付き合い下さい……」
星の少女がその言葉とは裏腹に体は震え、必死にその手を抑え込みながら深呼吸すると始まりの合図を告げる。
「この再現映像は情報の無い四件目を除き、被害者や関連遺族、そして、警察へと保管されていた北白直哉自身の手記を元に制作した自主映画の一幕です。いや、一幕である筈でした。あまりにも過激な表現を含む為、カットした未収録版なのです」
私は木田チーフから送られてくる合図と共に星の少女へと準備OKのサインを送る。
「さぁ皆さん……ゲームを再び始めましょうか……」
こうして生贄ゲーム事件を完全再現した映像が世界中へと配信された。字面でしか知らなかった事件が、生々しく、鮮明に映像として蘇る様は悪夢の再来。手元のモニターでその映像を確認する私はその光景に吐き気を催し、深い悲しみと憎しみの感情が込み上げてくる。その映像の主観は恐らく共犯者である少年達が見たであろう光景……こんなものに耐えられる彼等は本当の意味で悪魔なのかも知れないと思わせる内容だった……。
これが……北白事件、これが、生贄ゲーム事件。




