夢通う
<隠者:気絶>
深い微睡の中、僕の名前を誰かが呼んでいる。中々起きない事に痺れを切らしたのか、頬をペシペシと叩かれているみたいだ。そのしなやかな指先が頬に触れる度に擽ったく感じる。
「ほら、起きて?全部終わっちゃうよ?それでもいいの?」
あれ?僕は何してたっけ?
「最後の生贄ゲームでしょ?ほら、起きて?緑青君」
生贄ゲーム……そうだ。僕は確か心理部の皆んなを巻き込んで、北白直哉に成り代わり最後の生贄ゲームを始めたんだった。こんなところで寝ていられない。
「うぐぐっ……あれ?金縛り?両腕と胴体が磔にされてるみたいに動かない……」
顔に着けたガスマスクがズレて視界も殆ど塞がれ、体も動かない。こんなので生贄ゲームが続行出来るのか?そもそも誰にやられた?まさか、東雲に?
「違う違う、君の金髪の幼馴染だからっ!」
思い出した。衣服を壁に貼り付けにされ、身動きを取れなくされた上で、鋭い鳩尾への一撃で意識を飛ばされんだ。大丈夫、防弾チョッキも来てたし、死んでは無いはず。まだ続けられる。
「でも……もう、良いんだよ?私は充分緑青君にしてもらったから……」
この声は若干トーンは柔らかいけど、深緋だ。
違う、まだだ。まだ、僕は遣り残した事があるから死ねない。
「深緋、悪いけど、ナイフ抜いてくれないか?マスクも外してほしい……」
「……ちょっと待ってね?」
僕の身体を固定しているナイフを抜こうと、必死に力を込めて呻り声をあげながら一本一本、壁に突き刺さったナイフが抜ける度に身体が自由になっていく。その際、衣服越しに深緋の体温を感じ、少し気恥ずかしくなる。
「あっ、僕の代わりに誰が進行を?」
少し寂しげな声が聞こえてくる。
「ハニーちゃんが君の代わりに答えてるよ。でも、日嗣尊さんにゲームの流れを掴まれて少し苦戦してるみたい……」
くっ、駄目だ。日嗣姉さんとガチでクイズゲームして勝てる訳が無い。最低でも僕のフォローが無いと此方からまともな出題が出来ない。
「……そんな事、無いよ。彼女、頑張ってる。でも二十秒じゃ東雲さんを倒しきれずに困ってる……」
「なんで東雲が?そのタイミングに合わせて彼女が出てくるなんて……おかしい、そんな筈は……」
「君が気を失った後、日嗣さんが白滝苗さんに提案したの。今の回答者は彼女よ。白滝さんが自責の念にかられているところに上手くつけ込んだ」
「やっぱり手強いな……留咲さんと日嗣姉さんのコンビに僕達はまるで歯が立たなかった……このままじゃ、まずい。東雲が贄に選ばれたら耐久力高そうだし日嗣姉さんが回答者となったらこっちに勝ち目は無いよ……」
「そうでも無いよ?ハニーちゃん、きちんと分かってる。日嗣さんの知り得ない弱点が彼女自身である事をしっかり認識してるもの」
「ハニーが?」
「うん。彼女ね、君には殆ど話してないけど、君に隠れていっぱい頑張ってたんだよ?」
「ハハハッ、知ってるよ……いつも彼奴は自分の事なんか舞わず、僕を守るのに必死で……だから、僕はそれに応えないといけない」
「あっ、知ってたの?」
「大体、予想つくよ。それに大体の事はもう一人のハニー、働き蜂から説教混じりに聞かされたからね。いかに女王蜂が貴様の為に頑張ったかって」
「フフッ……そっか、いいね、幼馴染って」
「いやいや、中々大変だよ?」
「でも何だかやっぱり妬けちゃうね」
なんだろ、さっきから凄い違和感を感じる。こんなに素直な深緋は初めてだ。いつものキツさが無く、何だか優しい。逆にちょっと怖いな。
「深緋?なんかいつもより可愛いというか、優しいな?」
「え?そ、そうかな?」
「なんか……お淑やかだ!変なものでも食べたか?」
「あはっ、もう……そんな事言ったらまたお姉ちゃんに怒られるよ?」
「ごめんごめん、浅緋……って、浅緋なのか?」
衣服を貼り付ける最後のナイフが取り除かれて、僕は慌ててガスマスクを外すとそこには十六歳に成長した佐藤浅緋が照れ臭そうに舌を出して僕に笑顔を向けていた。また夢の中で彼女に会えるとは。
「お久しぶり、だね、緑青君」
確かに夢の中で成長した彼女と出会うのは恐らく数ヶ月ぶりだ。会うというよりは現れる、だけど。サラリと癖の無い髪に浅緋色のリボンの髪飾りが印象的で、茶色がかった髪と共に風も無いのに揺れている。白く淡い光に包まれてはいるけど、此処は嘗て僕等が事件にあった山小屋の風景だ。
照れ臭そうに遠慮がちに微笑む浅緋は深緋よりも母親の桃花褐さん似で身長も一回り高く、きちっと胸もある美少女然としている。
姉よりも美少女とは悲しき姉妹格差である。胸のサイズもふた回りぐらいやっぱり勝っている気がする。推定Cカップ。
「どこ見てるの、それにお姉ちゃんに怒られるよ!」
「ごめんごめん」
「もう……ハニーちゃんに怒られても知らないよ?ただでさえリーチ掛かってるんだから」
「!?」
その気配を近くに感じて慌てて周囲を見渡すが、誰も居ない事を確認すると安堵の溜息を吐く。
「ふぅ……誰もいないか。そうだよな、夢……だもんな」
「夢か……そうだね。これは夢だから大丈夫だよね?」
「浅緋?」
「……あのね、私ね……」
何かを言おうと口を開く彼女からその続きの言葉がなかなか出て来ない。余程言い難い事なのだろうか。僕の妄想の中の浅緋なのに。
「君に謝りたい事があるんだ……三つ……ね」
浅緋が謝りたい事とは何だろう?寧ろ僕の方が君に謝りたい。君の首を締めて殺した事、そして助けきれなかった事を。
「もういいの……それに私が君にお願いした事だし……それとは別に、一つ目はね……私が君を利用して事件に巻き込んだ事」
「僕を?」
「うん。本来ならあの第四生贄ゲームでもう一人の被験者はお姉ちゃんだった。私は……お姉ちゃんには生きていて欲しかったから」
「どうしてそんな……」
「それは、私が北白直哉の共犯者である彼等に近付き過ぎたから」
「じゃあ……四件目は無作為な被験者の選定では無く、故意の選定?」
「うん。学校でね、色々と面倒を見てもらった上級生の矢口智子さんがある日突然、仲の良いクラスメイトと森で迷子になって……そのまま行方不明になったの。次々と捜査が打ち切られていく中で、私、自分で調べてたら……ある子に行き着いて……事情を聞こうとしたら北白直哉に君と捕まってしまって……。でもお姉ちゃんは巻き込みたく無くて……君が良く遊ぶあの森へと足を踏み入れた。あのゲーム、一人だけでは始まらない。必ず、もう一人の生贄が必要だから」
「だから僕が……巻き込まれた?」
「うん。でも私が浅はかだったの。君なら何とかしてくれる。そういう風に簡単に考えてた。でも現実は違った……私が居たから君は抵抗出来ずに……」
佐藤浅緋が両膝を山小屋の床に着き、まるで謝罪する様に項垂れる。癖の無い柔らかいその髪に触れ、僕は微笑みかける。
「……でも君はこうも考えていた。あの生贄ゲーム……北白直哉は少年の血は求めていなかった」
顔を上げた彼女が不思議そうに僕の瞳を覗き込み、驚いた様に瞬きを繰り返す。その懐かしい灰茶色の瞬きは僕の事を遠くから優しく見つめてくれていたあの眼差しだ。霞混じりの記憶の中でその事だけが強く思い出される。
「北白直哉の中でルールは絶対。だからそれを破る事は無いと思ってた……そして、もう一つ……君に辛い思いをさせて、そして、重荷を背負わせた。全部、私の我儘の所為で……」
「我儘?」
灰茶色の瞳から次々と大粒の涙が溢れ出し、心臓を抑えながら苦しそうな顔をする彼女の頬にそっと触れる。
「私は……私はね……君に辛い記憶を、死んでいく私の記憶を貴方に残したくなかった……」
「うん、今なら分かるよ」
僕の腕を払いのけ、首を振ると宝石みたいな涙粒が辺りに散らばり、宙を漂う。
「でも実際に私が君に与えたのは、願いなんかじゃ無い、強い念が君の心を抑えつけ、私の言葉を忠実に守る為、私とその出来事を必死に忘却の彼方へと追いやる為に自らの心を封じ込めてしまった……それは呪い以外の何物でもない!私は、君に自らの存在を消す様に頼みながらも……心の何処かで強く貴方の傍に居続けたいと願ってしまった……それが、それが私の一番の罪……」
「……誰だって、大切な人には忘れてほしく無いよ。誰でも……ね」
その細い両手が僕の両肩を掴み、僕をまるで叱る様に叫ぶ。
「私を許さないで!私は、君と君の幼馴染を巻き込んで、二人の心に消えない傷を負わせた!君は愛情を失い、彼女は、君が死んでしまうかも知れない状況に死より強い恐怖を経て人格そのものの破壊を自らに課してしまった。それはどちらも呪縛。自らの魂を縛りつける呪い以外の何物でも無いのよ!死して呪いを与えた私が許されて……いい訳なんか……無いよ……だからこうして……私は……」
僕の肩にかけられた手を左手でそっと触れ、自分の右手の感覚を確かめる様に開閉を繰り返す。うん、まだ大丈夫だ。戦える。まだ、抗える。
「緑青……君?」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き切ると肩に置かれた手を押し返し、そっと浅緋を押し返す。自由になった体に力を入れ、首と肩を動かし、準備運動をする。夢でこんな事をしても意味無いと思うけど。
「違うんだ。浅緋ちゃん……それは呪いなんかじゃない。その君の願いがあったから僕の平穏な日常はそこにあったんだ」
「そんな事無いよ!」
「……あるよ。君の事を忘れ、八ツ森の人達全員に気にかけてもらっていたから……僕は僕で居られた。殺されずにすんだしね」
「……」
「最初の事件の被験者、天野樹理さんは狂気に飲まれ、複数の人間を殺傷し、十一年間閉鎖病棟へと閉じ込められた。日嗣姉さんは髪の色を失い、死ぬべきなのは自分自身ではなかったのかと自責の念にかられ、自らを呪い続けた。おけげで僕等と同学年だよ。もし、僕にその記憶があったら……どうなっていたか分からない。樹理さんの様に狂い、日嗣姉さんの様に自殺未遂を繰り返していたかも知れない。八ツ森を囲む霊樹は……」
「結界であり、また、牢獄なのである……?」
「この街は僕を守ってくれた。僕はそう思ってる」
「でも君は、何度も酷い目に……何度も死にかけた!」
僕はすっと立ち上がり、山小屋に差し込む色付き始めたばかりの夕陽を見上げ、眩しそうに眼を細める。
「でもこうして生きてる……今のところはね?」
浅緋が屈んだままの体勢で僕を眩しそうに見上げる。
「私は……君や弱い者を傷付けてばかりの……理不尽なこの世界を許せない……」
「……フフッ、大丈夫だよ」
「なんで……なんでそんな平気な顔していられるの?私は憎いよ!私や被害者の女の子を死に追いやった……お姉ちゃんを苦しめ続けているあの世界がどうしても許せない!」
「でも……それが今の世界在り方だ。受け入れるか、拒絶するか、その二択しか無い」
「君は!あの理不尽な世界を受け入れるって言うの?人を殺した犯罪者が手厚い保護の下生かされて、殺された人の遺族が向けようの無い怒りの矛先を求めて途方にくれるあの世界が!」
「うん……でも、やるだけやってみるよ。こんな無個性な僕でも最期まで抗えば何か変えられるかも知れない……そんな少しの可能性があってもいいだろ?」
首を鳴らし、傷付いたガスマスクを再び着用する。
「変わったね……緑青君……私は昔のままだよ」
「あはっ、仕方ないよ。外見は十六歳でも中身は九歳だもんね」
「ちょ、ちょっとは成長してるもん!中身だって!」
「本当かなぁ?」
「ば、バカにしないで!」
そうやってムキになって怒る姿が深緋そっくりなとこはそのままな様だ。頬を膨らませながら立ち上がる彼女の腕をポンポンと軽く叩いて宥める。
「それにさ……頑張らないと怒られるからね」
何かに気付いた様にハッとした彼女が眉を顰める。
「確かに……彼女、怒ったら怖いもんね」
「怒らなくても怖いよ」
「あぁ、言付けてやるんだから!」
「フフッ、出来るものならね。夢の中の浅緋ちゃん」
「ちょっと、久しぶりの再会なんだから、その変な声が出るマスクを外してよね!」
「ごめんごめん、いや、これ、遮光機能とガスマスク兼ねてるから、英国部隊が突入してきた時に必要なんだって。樹理さんに穴空けられて効果の程は分かんないけど」
仕方なくガスマスクを外し、腰のホルダーに引っ掛ける。その間も腰に手を当ててプリプリ怒る姿に姉の姿を重ね、浅緋の姿を眩しそうに目に焦き付ける。うん、多分、その容姿なら八ツ森高校でファンクラブが作られそうだ。それにしてもこの妹は再現度が高いな。僕の想像力も捨てたものではな……い?ふと気配を感じて山小屋の方に眼を向けると、陽光を浴びながらも銀色の輝きを帯びた少女が其処に居た。
「日嗣姉さん……じゃ無くて……誰ですか?」
一歩前に踏み出した銀髪紫眼の少女は黒い漆黒のドレスを纏い、その手には幾何学的な錫杖を構えて佇んで居た。まるで影を纏っている様なドレスのスカートの端をたくし上げ、恭しくお辞儀をする。
「ど、どうも、初めまして」
「あっ?確か……貴方と会話した時は……目隠ししてましたね?ごめんなさい……」
するりと彼女に巻かれた黒いドレスの帯が彼女の紫眼を覆い、その眼を完全に隠してしまう。
「あっ!確か……杉村おじさんのお友達の……確か……陽守さん?」
「はい。その陽守芽依です」
「……リボンの下は綺麗な人だったんですね。」
「またまた……緑青さんはお世辞がお上手で」
眼を隠していても分かるぐらい豊かな表情で話しかけてくれる陽守さんは意外と気さくな人の様だ。
「緑青さん、申し訳ありませんがそろそろ彼女にも時間が近付いてますので……此方に引き渡して貰えないでしょうか。私は八ツ森の番人であり、冥府の防人でもありますので」
「……え、あ、はい」
「それにあんまり浅緋さんとイチャついてるとまたハニーさんに怒られちゃいますよ?」
夢の中にしては僕の知らない情報が更新されて、こんがらがる。彼女も今回の最後の生贄ゲームに関して山小屋の外を守るという役割を引き受けて貰った。僕は外の様子を見る間が殆ど無かったけど、つつがなく進行出来ているって事は必死に周りの警官隊やネフィリムから小屋を守ってくれている様だ。
お迎えが来たようで浅緋が陽守さんの方へと一歩後ずさる。その視線は悲しそうにずっと僕の方を向いたままだ。
「あと……これを受け取って貰えますか?」
浅緋と交代する様に今度は陽守さんが銀色の輝きを纏いながら僕へと近付く。見た目は17歳ぐらいだけど可愛い系の美人さんで少しドキリとしてしまう。
「フフッ、ありがとうございます」
ん?思考を読まれている?……そういえば前にもこんな事があったな。まぁ、自分の夢の中だから仕方ないか。
「今、私の頭部はサリアさんに捕まり、身体の方はネフィリム十使徒の中でも三強の一人とされる紅眼の人喰魔女、ポゥ=グィズィーという黒髪の女忍者さんに身体を磔にされて身動きが取れない状態です。もし、私が倒された場合に備えて……これを貴方に差し上げようと思い、馳せ参じました」
眼を黒い布で覆った銀髪の陽守さんの左手にはそっと一振りのナイフが置かれて、それをそっと受け取り、綺麗な瑠璃色の鞘からそのナイフを引き抜く。形状的には全長26cm程の一体型のダイバーナイフで、グリップ部は鞘と同じ瑠璃色で角ばって平べったい樹脂製グリップが握りやすい作りになっている。特徴的なダガーの様な刀身は先端部が丸で欠けた様に削ぎ落とされ、背に当たる部分には鋸歯の様にギザギザしていて、根元近くにはロープ等を切断する時に使える様に円状の穴が設けられている。そして最も眼を引くのは、僕の名前と同じ色のしたその刀身だ。このデザイン、退行した蜂蜜を寝かしつける為に一緒に眺めていたナイフカタログに載っていた事を思い出す。確か……このモデルはあれだ。
「刀身の色は違いますけど、GERBER社製のダイバーナイフ……モレイ……ですよね?」
「流石です、よくご存知で」
その口元が嬉しそうに笑みを湛える。
「でも、こんな刃の色してましたっけ?」
「……それはですね、このナイフが先ほど石竹さんが仰ってたナイフを私が模倣して作った偽物だからですよ」
「えっ、そんなのが役に立つんですか?」
「むむっ、失敬ですね。石竹さん。もし、貴方達がネフィリム十使徒のポゥさんという方と対峙した場合、恐らく瞬殺されます。私は変身前だったのもありますが、十中八九、勝てないでしょう。恐らく、貴方の幼馴染、ハニーさんですら勝てません」
「えぇ……ハニーすらですか?」
「はい。彼女は本物の殺人鬼。殺す事に関しては人間の枠組みを超えてますから」
「さ、殺人鬼?!」
「あっ、大丈夫ですよ。彼女の精神はもう安定してますので理由無く、命令以外で人の命を奪う様な真似はしない女の子です」
「は、はぁ……」
「でも英国側から特殊部隊が送り込まれた今、ハニーさん以外の命は軽く見積もられてます」
「……だからせめて……技量で勝てないなら、武器だけでも同等のものをと思いまして」
「いや、武器が同等になっても技量で遥かに及ばないなら、どうしようも……」
「なら……心で勝って下さい」
「心で?」
根性で勝てという精神論だろうか。
「干渉力……それは世界に触れ、形を変えさせてしまう力……」
「は、はい?」
急に胡散臭くなってきたぞ。まさか……陽守さんは中二病?なのか?!
「私の干渉力を反転させ、霊質で構築されたその刀身は……貴方の心に反応します。その強い思いにきっとそのナイフは答えてくれます。差し詰め……隠者刀とでも名付けておきましょうか」
「えっと、僕、卍解とか出来ませんよ?」
「あっ、大丈夫です。そこまでの機能を私も武具に付与出来ませんから」
「そ、そうですか……。ん?!……誰かの霊圧が消えた?」
「はい。その様ですね……今もまだ向こう側でゲームは続いてます」
あれ?冗談で言ったのにそのままの意味で取られてしまった。
「って、今、渡されても、ここ夢の中ですよね?どうやって……」
「こうやってです。実際にはまだ物体としては構築されてませんからね。向こう側の貴方のお側へと反転させます」
陽守さんがそっと瑠璃色の隠者刀に触れると白い光の粒子へと変換されて空へと消えていく。その不思議な光景に山小屋の天井の方をずっと見つめていると今度は浅緋に声をかけられる。
「緑青君……またね……」
そう一言かけられ、彼女が反転し、離れた場所に移動した陽守さんの方へと向き直る。僕はその細い背中を眺めながら、ふともう二度と会えない様な気がして彼女の腕を掴む。
「また……会えるよな?」
「うん……これは夢なんだから。君が望めば何回でも私は……会える……よ」
此方へと顔を向けずに俯く彼女の腕を強く握る。
「それぐらい僕でも分かるよ。それが嘘だって。多分、この機を逃したら本物の君とは二度と会えない気がする」
「……何言ってるの?これは夢だよ?」
涙声で僕を突き放そうとする彼女。ある事を陽守さんに尋ねる。
「陽守さん、夏休みに……森で野犬に襲われて死にかけた時、同時刻にハニーも猟銃で撃たれて死にかけたんです」
その僕の言葉に浅緋の体が僅かに反応する。多分、僕の予想は間違っていない。
「その時、僕達は物理的に離れた場所に居るにも関わらず、白い光に包まれた空間で意思疎通を図る事が出来た。そしてその時……九歳の浅緋ちゃんも居て、僕等の行き先を告げてくれた……」
「……」
「あれは夢なんかじゃない。きっと現実に起きた現象で……そして今、死んだはずの君と話して居るこの状況もきっと現実だ。違いますか?陽守さん」
「フフッ、貴方も例に違わず既存の概念に囚われない方の様ですね。そういうとこ、私の好感度アップですよ」
その隠されてない口元がいたずらっぽく僕に微笑みかける。
「……浅緋、もう忘れないから。君の事……」
浅緋の手が震え、その大きな灰茶色の瞳が涙で輝きながら僕の眼を上目遣いで覗き込む。
「もう一つ……三つ目の私の罪なんだけどね……この事なの」
僕の掴んでいた腕が引っ張られ、バランスを崩しかけ、視界いっぱいに彼女のブラウスの胸元が広がる。慌てて身を引こうとすると、僕の額に何か柔らかい感触が優しく広がっていく。
「第四生贄ゲームの時、君の初めてのキスを奪ってごめんね?それが私の一番の罪……ハニーちゃんにとってはね?」
その額の場所は北白直哉に傷付けられた跡が残る部分だ。
「そしてきっと……今の君なら、狂気なんかに負けないよ……だから!頑張ってね!」
顔を赤くしながら引かれたその顔は真っ赤で恥ずかしそうに微笑んでいた。
「浅緋……」
「もう行かないと。大好きだったよ……緑青君、バイバイ……」
「ま、待て……」
陽守さんの横に彼女が並び、笑顔で可愛く手を振る。その光景をじとりとまるで妬む様に睨め付ける陽守さんが呆れた様に溜息を吐くと、僕等に告げる。
「……君の意識はもうすぐ目覚めるようですね……石竹さん、こっちは任せて下さい。だから、後悔の無いように」
「は、はい!」
「あと、私、これでも現実世界では探偵事務所を開いてるんですよ。迷子のペット探しから化物退治の陽守探偵事務所です。貴方の幼馴染……ハニーさんにはこうお伝え下さい……」
「何を?」
「浮気調査も随時受付てますと」
「なっ!?今のはノーカウントですよね!?」
僕の言葉を受けて顔を見合わせる二人が同時に溜息を吐く。
「緑青君……私のデコチューに一銭の価値も無いんだね」
「石竹さん……私の好感度はだだ下がりです」
「ぐぐぐ、くそ、さっき現実って言ったから、確かに夢の中の出来事には出来ないか……」
クスクスと二人の美少女が笑いながら此方を向く。
「アハハ、ごめんね?緑青君、冗談だから気にしないで?」
「そうですよ、石竹さん。特に好感度は変化無いですからね?それに……確かに貴方とハニーさん、浅緋さんがお会いになった空間は現実ですが……この場所は本当に夢の中、貴方の意識下に干渉しているので間違っては無いんですよ」
「そう……なんですか?って、陽守さん……貴女は一体何者何ですか?」
「そうですね……私は……」
陽守さんが手にする錫杖を水平に構えるとそれ自体が紫色の輝きを帯び始める。杖から片手を離し、自らの目の前へと持ってくると、そこに白いお皿の様な仮面が何も無い所から出現し、可変していく。その幾何学的な仮面はまるで悪魔を彷彿とさせる仮面だった。左右に展開した仮面から伸びた白い角と共に、背中に出現した結晶が成長し、まるで枝を伸ばす様に大きく展開していくと一対の骨の翼の様なフィンが構築される。彼女の存在自体がまるで現実味が無い。
「私はただの一般市民ですよ。皆さんからは色々呼ばれてますが……こう覚えて構いませんよ、陽陰歩きの芽依と」
「日陰歩きの芽依さん……日差しが嫌いなんですか?」
「漢字違いですが、温かい陽光は好きなので一応誤解の無き様に。散歩大好きの芽依ちゃんです」
その掴み所の無い性格は一筋縄でいかなそうな気がする癖の強い人間の様に思えた。
「あっ、私、人間では無いですからね?元人間ではありますが……」
「……何処からどう見ても人間にしか……コスプレした銀髪の美少女にしか見えませんが……」
「あは、美少女は浅緋さんや君の幼馴染に相応しい言葉ですが、私には不要です。外見的には人間でも、既に肉体は……強過ぎる干渉力の影響で元々の性質から大きく外れてますからね。怪物ですよ。あっ、そろそろ君の意識も戻る頃です……ね。行きましょうか、浅緋さん……」
「は、はい!」
慌てて陽守さんの身体に抱き着く浅緋。僕から見える景色の境界が段々と曖昧になり、世界の端から徐々に崩壊の兆しを見せ始め、揺らぎ始める。それに伴い、ジワジワとハニーに殴られた鳩尾の痛みを脳が認識し始める。
「あっ、芽依さん、少し待って下さい!」
紫色の光に包まれた浅緋が崩れていく世界の足元に気をつけながら此方に飛び移って、僕に抱きついてくる。や、柔らかい。じゃなくて、なんで感触もリアルなんだ?
「緑青君、お願いがあるの……今度のお願いは君には関係無いのだけど……」
彼女が僕の首に回した腕の力を緩めると、すぐそばに彼女の灰茶色の瞳が思い詰めた様に揺らいでいた。ふと背中に殺人蜂の羽音を聞き、その殺気に悪寒が走る。
「フフッ、大丈夫、キスはしないよ」
冷汗を掻く僕の緊張が一気に解ける。
「これ以上、死亡フラグ……ハニーに殺されるバッドエンドフラグは立てられないからね……」
「立てちゃおうかな……」
「えっ?」
「ううん、何でも無い。私からね……伝言をお願いしたい人がいるの……」
「伝言?」
「うん……まぁ、言ったとこで信じないと思うけど……ね」
僕の耳元に口元を寄せて僕に言葉を託す彼女。その言葉をしっかりと心に刻み込む。暫く間をおいてゆっくりと首を離す浅緋……その瞳から涙が次々と溢れ出してくる。
「変だよね、死んでるのに……全然、涙枯れてくれない……よ」
「……浅緋……もし、君が生きてたら……」
首を振り、涙を振り払うと僕から一歩離れる浅緋。
「もしも……は無いよ。それに私なんかハニーちゃんに勝ち目無いし」
「ごめんな、僕がもう少し強かったら、ハニーがもう少し早く事件現場に駆けつけてたら……」
崩れていく僕の夢に危険を察した陽守さんが浅緋のすぐ後ろにやってきて彼女の肩に手を置く。
「そろそろ……危険領域です」
僕を見つめたままの彼女が名残り惜しそうに僕から手を離し、一歩下がる。
「緑青君……木田さんと日嗣さんが撮った映画……絶対見てね?データは小室さんが持ってるはず……」
「映画?なんで木田や小室の事を知ってるんだ?」
それには答えず、顔をぐちゃぐちゃにしながら言葉を紡ぐ。
「……そこに……私のもしもを込めたから……だから、もう、今度こそ、私の事は忘れていいから!背負わなくていいから!」
崩れゆく世界、泣きながら拳を握り締める彼女を見つめながら微笑む。
「映画のタイトルは?」
「えっと、確か……あれ?陽守さん、結局、題名なんになったんですか?」
「えっとですね……生贄にされた少女達……は没になって、あっ、最終的に決まったらタイトルは……【幼馴染と隠しナイフ】です!」
「幼馴染と……隠しナイフ……まんまあいつの事だな」
「うん。なんたってヒロインだからね」
「ていう事は僕は主人公(《ヒーロー》)?」
「うん!」
「役不足じゃ……こんな没個性」
「そんな事無い!私にとって君は憧れのヒーローだから!」
うーん、どう考えてもただの事件被害者、脇役Aで終わりそうな気がする。世界が音を立てて崩れ、漆黒の闇が僕等を包み始める。
「じゃあね、緑青君!また会えて嬉しかったよ!」
陽守さんに導かれ、その手が僕へと伸ばされたまま離れていく。
「……浅緋……!」
咄嗟に僕はその手をしっかりと握り締める。
「えっ、何?!危ないよ!君の意識にまで影響が出ちゃう!」
決意を胸に僕は浅緋を見る。
「絶対にもう……忘れないから!」
僕の身体をまるで侵食する様に暗闇が包み込んでいく。ぼんやりとしていく意識の中……泣きながら笑い続ける彼女の顔と言葉をしっかりと心に刻み付けて。
それにしても……どうしてそこまで陽守さんは僕の事を助けてくれるんだろ。殆ど初対面に近い、僕の為に。何処か遠くから、僕の脳内にノイズ混じりの陽守さんの声が反響して聞こえる。
「そ……は……ですね、私も……なたと……同じ、殺人事件の……被害……者だからで……す。違う点と言えば……その犯人が……人間では無く……怪物だった……けの……事です」
陽守さんもかつて大切な人を事件で失ったのかも知れない。
「あとは……まぁ……同じ立ち位置の仲間ですからね……」
立ち位置?
「ほら、あれです……同じ……主……公枠……です……らね」
その言葉はノイズに掻き消され、上手く聞き取る事は出来なかった。まぁ……浅緋と違って彼女は生きている人間だ。会おうと思えばまた会える。その時にでも聞いてみよう。
まぁ……僕が死んで無かったらね?
あ、超……鳩尾痛い……。
……こうして僕は目覚めた。
浅緋……また、会いにいくよ。
……必ず。
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<Ωちゃんねる掲示板>
【生贄クイズゲーム 出題と回答一覧】より抜粋(作成者:たすた)
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【設問18:二川亮はなぜ私(杉村蜂蜜)を殺さなかったのかしら?】
(隠者側→八ツ森側)
【回答18:確か……二川先輩、何回も杉村さんにラブレターを渡そうとしてたから……単純に好意を抱いてたから】(恋人の贄)
【解答18:正解】(蜜蜂)
【補足18:おいおい、それだけかよ?それもあるかも知れないが、夏休みのキャンプ場での件、日嗣尊と石竹緑青を殺し損ねたはずの二人が生かされてた理由を考えてみろよ?単純に証言の信憑性が低いからだろ?もし、杉村蜂蜜が一足早く二川に辿り着いたとして……相手はなんちゃってメンヘラでも無く、ガチの多重人格障害者だ。誰が信じる?品行方正な生徒会長の方が信じられて当然だろ?まぁ、石竹と日嗣は過去の事件から有名人でもある。周りの目もあったと思うが、下手に手は出せないっていうのはあったはずだ。それに……杉村は二川に近付く課程で退行していた。そんな奴の発言に信憑性は皆無だろ。……戻って良かったな、蜂蜜。一部の人間にはウケが良かったらしいが。】(審判の贄)
〆
【設問19:二川亮の犯行動機は?】
(八ツ森側(星の贄)→隠者側)
【回答19:十一年前の生贄ゲーム事件を始めた動機は……私には分からないわ。けど、二〇一二年の春から始まった二川亮の犯行に関しては分かる。彼が行動に移ったのは私がこの八ツ森に帰ってきたから。つまり……私が事件の真相に近付く事と、緑青の記憶が戻る事を恐れたから】
(蜜蜂)
【解答19:……一連の事件の事実と数々の証言から考えうるに、私は……こう推測します。彼、二川亮は……我々、事件被害者と同様にこの生贄ゲームの被験者であった可能性が高いと思われます。つまり、第零生贄ゲーム事件の被験者である可能性です。そして恐らく選ばれたのも二人であり、彼ともう一人の少年もしくは少女が彼の動機に深く関わっていると思われます。私が二川亮と実際に対峙した際に得られた証言ですが、彼自身はもう一人の被験者、第零生贄ゲームの相手が誰であるかを知りませんでした。彼は恐らく……そのもう一人を警察や我々から守る為に犯行を重ねた可能性が高いと思われます。北白直哉が同性愛者であった事を鑑みると……そこまでして彼がもう一人を庇おうとするのは……十一年前のもう一人の被験者の行いにより、彼は命を助けられた、もしくは性的暴行から身を挺して彼を庇った可能性も考えられます】(星の贄)
【補足19:そして俺から言えるのは……少なくとも、そこに居る杉村蜂蜜は二川亮に助けられている。俺が介入する前の事だ……働き蜂が単身、軍事研究部員から聴取を取ろうとした際、逆に何度も危険な目に遭っている。そのまま意識を失ってたらレイプされかねない状況もあった。軍部の状況を常に把握していた二川はある意味、杉村を助ける為、そして、精神的に壊す為に犯行に及んでいた。それは殺しを楽しむ為かも知れないし、壊れていく杉村を見る事に悦びを感じてたのかもな。あくまで推測に過ぎないが】(審判の贄)
〆
【設問20:(隠者側)七年前の私の罪は?】
(隠者側→八ツ森側)
【回答20:杉村蜂蜜はこの事件に関しては本来全く無関係の人間。幼馴染の少年を助ける為、自ら事件に介入し、そして北白直哉に森で追いかけられ、殺されかけた。罪とは遠い場所に居る人間じゃ】(星の贄)
【解答20:私は……私の罪は、佐藤浅緋さんを見殺しにした事よ。私が現場に駆け付けた時、中からは彼女の声が聞こえていた。私は……緑青の強さを信じていた。状況が分からない中、私は……彼を生かす為に選んだの。彼女が死んで緑青の生存率が高まるならと、その時が終わるのを小屋の外で只管待ってたの……あの数分間の罪悪感は……今でも忘れてないわ】(蜜蜂)
【補足20:それは違います。それを言うなら……妹の行動を止められなかった私にも罪はあります。けど、勘違いしないで下さい。全ての罪、元凶は耐え難い境遇に居たとはいえ、少女を監禁し、殺し合いをさせた張本人……北白直哉であり、その共犯者である子供達です。それは揺るぎません。例え、再審で精神疾患により無罪判決が出たとはいえ……悪いのは、何人もの少女を恐怖の底に突き落とし、被害者遺族に終わる事の無い永遠の絶望と苦痛を味合わせた犯人です。その事に関して私は1ミリ足りとも譲るつもりはありませんので……。彼等が死んで当然とは言えませんが、私は……杉村さんや……緑青……が……罪の意識を背負う事に関しては違和感を感じていま……す。反対です。それにもしかしたら……一つの可能性として……私は……私が生贄として死んでいたかも知れません……ので。私の身代わりに……緑青が選ばれ、杉村さんが事件に巻き込まれた……可能性です。妹は……謂わば……私の身代わりになったのです。聡明な子だったから……死ぬべきは私だったのかも知れません。そしてその事が何よりも悔しく思います。何故、私はその場に居なかったのかと!】(太陽の少女)
<山小屋・戦天使>
「ん?お、おい!陽守芽依!私の膝の上で寝るな!って、全然起きないし!……ん?なんだこれ?ヌルヌルして……る?って、よ、よだれっ!?」(泣)




