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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
261/319

消せない事実

 <棍棒の少女>


「例え、殺人者でも!彼が生きた軌跡を誰も消せない!事実は決して消えないんだよ……雀ちゃん!」


 見上げたその先、照明逆光の中で私の前に立つ江ノ木カナが力強く一歩を踏み出す。二十M先で黄色いコートを羽織る杉村蜂蜜がまるで怯えた様に退く。心で……勝とうとしているのか?


「私は北白さんに、二川先輩に、助けられた!その事実は消せない!誰にも!」


 彼女の首に巻かれたブレザーが歩みと共にフワリと揺れる。彼女は宣言した通り、私を脅威から守る為に現れたヒーローそのものに見えた。その背中越し、ゆっくりと此方に近付いてくる杉村蜂蜜をじっと見据えている。その細い足を震えさせながら。特に冷酷な人格の杉村蜂蜜を前にすれば誰でも怖いに決まっている。私に恐怖感は無いがピリピリとした圧が私を本能的に臨戦態勢を取れと警告を鳴らしてくる。だが、私に戦うだけの正しさは無い。杉村蜂蜜も謂わば被害者だ。七年前、北白直哉と共謀し、幼い少女を劣悪な事件へと巻き込んだ。それでも私よりも弱い江ノ木カナが身を挺してまで私を庇う理由は無いはずだ。私の身体は下手をすれば杉村蜂蜜よりも頑丈に出来ている。だから、日嗣尊とかいう女性の選択は正しい。間違っているのは迷って駄々を捏ねている私の方なのだ。


「足が震えてるじゃないか……江ノ木カナ……」


 戸惑う私の言葉にそれでも引かない彼女。身元を隠す為、恋人の仮面を着けたままだが、私を含めてどういう訳か外す人が続出している。その度に鼻血君の配慮が無駄になっていく気がするのは私だけだろうか。杉村蜂蜜への頭突きの際、砕いてしまった私が言える立場ではないが。それはともかく、どうして彼女はそこまでして私を庇おうとしてくれるのだろうか。寧ろ私が彼女を守る立場なはずだ。こちらの疑問を察した様に江ノ木がさけぶ。蜜蜂が更に私達に近付いてくる。その距離目測で約十三M。杉村蜂蜜がややトーンの低くなった声で注意勧告する。


「そこを退きなさい。恋人の生贄さん。貴女はまだ捧げられていない」


 それに怯まず反論する江ノ木。

「東雲さんには男の人に絡まれた時、助けて貰った。私なんかの力なんて必要無いのは分かってる!けど!例え力があっても……迷って、悩んで、震えている女の子を!戦わせる訳にはいかないよ!ルールなんて糞食らえっ!それに私も……東雲さんの言う通り、二川先輩は悪いだけの人じゃ無かった気がするもん!何か、きっと何か理由があるはず!そうしなければいけない何かが!」

「私はあの生徒会長ボマーの事はよく知らないわ。人の命を奪っておいて良いも悪いも無い。ただの人殺しよ」

「なら!貴女も人を殺した!」

「悪人よ」

「悪人の命なら奪って良い理由なんて無いはずだよ!人の命を奪う事が一番ダメって言うなら!」

「えぇ。私は人殺しよ。それでも、私は!守りたい者の為戦った!」

「杉村さんは人を殺す時、本当に何も感じないの?それが悪人でも!」

「煩い!悪人に同情して殺されかけてりゃ世話無いわよ!ねぇ、江ノ木さん!それにあの男の子を見なさい」

 その指先が吊るされた男の仮面を着けた鳩羽竜胆を指差す。

「竜胆君?」

「……貴女の言い分が正しいなら、彼も人殺しよ」

「違う!彼は……彼は私と、東雲さんを助ける為に……」

「一緒よ。私とどう違うのかしら?私からすれば貴女も東雲さんも人殺しに変わりないわ。人に殺させといて、自分は綺麗だと錯覚したままのうのうと生きている分、余計に性質が悪いわ」

 そうだ。私も人を殺めている。鳩羽竜胆に助けて貰った時もそうだが、田宮稲穂を助ける為に何人かのヤクザを薙ぎ倒した。あの後、そいつらがどうなったかは知らない。木刀でも簡単に人は殺せる。私も殺人者なのだ。

「杉村さんのいじわるっ!」

「貴女がそこを退かないからでしょ?」

「どちらにしろ、私は東雲さんの味方だよ!」

 私の脳裏に呆れた顔をする二川部長が掠める。二天一流で癖の付き過ぎてしまった私の剣筋を剣道の枠内に収める為に指導してくれた尊敬すべき先輩の姿だ。勉強も後輩と一緒に纏めて面倒を見て貰った。文句一つ言わずに。でも、その裏側で何人もの生徒が犠牲になっていたのは揺るがない。その度に私の心はジクジクと痛みを伴い腐り落ちてしまいそうだ。

「だが……私の知らない所で、二川部長は何人もの人間を……殺していた。二川亮は殺人者……他者の命を理不尽に奪う、それ以上の罪があるというのか?」

 その言葉に苦い顔をする杉村蜂蜜。後頭部に一つで纏めた黄金の髪がその動きに合わせて立ち止る。それに負けじと江ノ木が私を庇う様に更に大きく両手を広げる。

「じゃあ何人!宍戸友華さんは別の人間に依頼してたとして……その人が野犬に食べられてからは彼が直接手を下していたって事になるよね?なら、二川先輩が実際に殺害した人は何人なの?何人殺した罪を背負ってるの!」

 私は不明確な内容を自信無く答える。

「それは、行方不明になった軍事研究部の……」

「何人?それは!」

 その質問に私と杉村蜂蜜は口を噤む。反射的に日嗣尊と佐藤深緋の方を見やるが、どちらもお手上げと言った様に首を傾げていた。

「二川先輩は何人殺したから、死んでも仕方ないってなったの?!そんなのやっぱりおかし……」

「7人だよ」

 江ノ木カナの言葉を遮る様に放たれた言葉は、仮面を投げ捨てた若草青磁から発せられたものだった。

「7人……?」

 若草青磁が呆れながら首を回し、気だるそうに言葉を繋げる。その眼は態度に反して戦士の様に鋭かった。身体的には男性陣の中でも最弱なので特に警戒はしていないが。

「軍事研究部員総勢21名。杉村がべったりだった石竹は無事。宍戸友華が暗殺者、狩人に殺されたって言うならあいつが殺した人間は7人だな」

 肩を抑えながら鎖に繋がれたままの若草青磁が溜息を吐く。

「全く、この天然お嬢さんは……そこの木刀娘を元気付ける為にこちらのカードを減らすような非正式な質問はやめろよな……こっちが隠者側が知りえなさそうな手札を失う度に杉村に殴られる確立は上がるんだからな……」

「あっ、ごめん、若草君、私、またヘマを……」

 若草青磁が背中から取り出した拳銃の照準を杉村蜂蜜に合わせると彼女はピタリとその歩みを止める。

「まぁいいさ、どちらにしろ、そこの木刀女が役立たずだと俺達に不利だしな」

 私、ちょっと凹む。

「もう秘密にしておく必要も無いし、直にバレるだろうから言っておく。俺がそこの杉村蜂蜜……いや、正確には働き蜂と共にとっ捕まえて保護した軍事研究部員は12人。そこに石竹と殺された8人を足せば21人全員だろ?」

「あっ、ホントだ。でもどうしてそんな事を若草君が知ってるの?」

 若草青磁が不適な笑みをつくり、笑い声をあげる。

「クックック、さぁな。どうしてだろな?俺はその理由を誰にも言ってないが……これ以上それを話す義務も無い。知ってるとしたら、分かるとしたら、働き蜂か、日嗣尊ぐらいだろうよ」

 若草青磁は話し終わると共にその拳銃を懐に仕舞う。その言葉に杉村蜂蜜が目を瞑り、口をへの字にして思考を巡らせている。対する日嗣尊は片手で作った拳を口元に当ててなにやらブツブツと呟き始めて少し怖い。杉村蜂蜜が目を瞑りながら苛立つように声を荒げる。

「ちょっと!働き蜂!記憶にノイズをかけないで頂戴!プロテクトをかけようとしても私は貴女の記憶は覗け……」

 その隙を突く様に今度は江ノ木カナが杉村蜂蜜に抱きつき、そのまま相手を床に押し倒す。

「日嗣さん!数えて!二十秒!」

 思考の海から浮上した日嗣尊が慌てた様に辺りを見渡す。この人、綺麗だけど仕草がどこかコミカルで面白い気がする。言葉使いも昔の姫様みたいだし。

「ぬぉ!ナイスじゃ!1、2、3……」

 やや慌てた様に杉村蜂蜜が江ノ木カナの手を振り解こうと手を上げる。

「貴女なんて、三秒もあれば……」

「わわっ!無理!やっぱり怖い!殴られるの嫌っ!」

 杉村蜂蜜の身体に回された江ノ木カナの手を見て、その動作が一時的に止まる。その視線は脇に回された包帯が巻かれた手へと注がれている。

「父様が……誤射とはいえ、申し訳ない事をしたと思ってるわ。貴女の手が完治するまで医師や医療費は杉村家で持つ。勿論、最高の医師をつけてね?」

 いえいえと、頭を下げる江ノ木カナ。

「こ、これは、私が勝手に銃の射線上に手を出しただけだから……北白さんを助ける為に……」

 その言葉に何かを思い出したのか、杉村蜂蜜が江ノ木カナの目を覗き込み、優しく囁きかける。冷酷な時の杉村蜂蜜らしからぬ表情だ。

「これは女王蜂の記憶なんだけどね……君には感謝してたわよ。北白直哉。聖母の様なあの子には命を助けて貰ったって……お礼を代わりに言ってほしいと」

「北白さん……が?私に?私こそ助けて貰ったのに……でも、結局死んじゃって……意味なんか無かったのに」

 それに首を振って否定する杉村蜂蜜。

「無意味なんかじゃないわ。貴女が彼を銃弾から救ったから、彼は生きながらえ、そして、私と最後、出会うことが出来た」

「杉村さんと?」

「えぇ。まぁ……私は殺すつもりだったんだけど、もう一人の私がね?最後は手を握って看取ったわ。彼、安らかな顔だったわよ」

「そ、ぞんなぁ……ずるいよっ!今、そんな事、言われたら、私、私……っ」

 ポロポロと涙を流す江ノ木を優しく撫でる杉村蜂蜜。思ったほど冷酷では無いようだ。

「あれ?でも……私、北白さんの事、助けて無いよ?杉村さんのパパさんの怪我が元で……だよね?コッキー?」

 その質問に俯いていた佐藤深緋が此方を向く。

「はい。直接の死因は頭蓋骨即頭部に受けた頭部への損傷です。他の傷は失血で死なないように応急処置が……施され……いや、おかしいです。杉村さん、誠一おじさんの所持する兵装の中に棒状の鈍器は通常、含まれていましたか?」

 しばらく考えを巡らせた後、杉村蜂蜜が答える。

「いえ、父様は大体、ナイフや拳銃、アサルトライフルをメインで使ってたわ。殺傷力が低く、嵩張るトンファーは使わなかった」

「いえ、もっとこう、木製のものです」

「無いわ。その辺に落ちてる棒でも拾ったんじゃないかしら?」

「それはおかしいです。話によると、最後、誠一おじさんは止めを刺す為に逃げる北白直哉を背後から銃で仕留めようとしました。つまり、彼が与えようとしていた最後の致命傷は殴打ではなく、銃撃です」

 何かに気付いた様に江ノ木が涙を拭いながら言葉を挟む。

「あっ!そうだよ!杉村さんのパパさん、使ってたのはナイフだったよ!最後に使用してたのも銃だし、あの時、血は流れてたけど、頭から血は流して無かった!」

 何かに同時に気付いた様に日嗣尊と佐藤深緋が互いに顔を見合わせる。佐藤深緋の方は太陽の仮面越しで表情は伺えないが。

「もしかして……犯行現場に二川亮も姿を現していた?」

「うむ。確か、北白直哉が亡くなった当日のアリバイも二川亮には無かったはずじゃ。のぉ?棍棒の生贄さん?」

 私はその時の事を思い出す。そう、あれは確か、行方不明になった鳩羽竜胆を探し出す為、森へと鼻血君と杉村蜂蜜が向かった噂を聞きつけ、そこに鳩羽竜胆が居るはずだと単身、私も森へと向かった日だ。その時、確か……二川部長も一緒に探索へと出掛けてくれた。

「確かにその日、私は……鳩羽竜胆を助ける為、二川部長と共に森へと足を踏み入れた」

 その言葉に鳩羽が驚いた様に此方を向く。

「だが、私達は結局足取りを掴めず、また森で迷った」

「私達?」

「そうだ。結局二人とも迷ってしまった……と後から聞いた」

 日嗣尊が少し悲しそうに付け加える。

「はぐれたのね。残念ながらアリバイは成立しないわ」

「だが、竜胆の事は部長も助けたかったのだと思う」

「……貴女の事もよ。東雲さん」

「私も?」

「えぇ。貴女を巻き込みたくないから、わざと迷うように仕向けた。多分、もし、貴女が何かに勘付いたりしてしまっていたら、彼に殺されていたかも知れない。殺せるかは怪しいけど。あと……私ね……若草君が半数近くの軍事研究部の人間を保護したと聞いて、不本意ながら気付いた事があるの」

 二川部長は私の事は殺すつもりは無かったというのだろうか。放っておいても私は賢く無いので事件の真相に辿り着く事は無いと踏んでいたのかも知れないが。

「気付いた事とは?」

「軍事研究部で彼が直接手をかけた人間は、二年A組の襲撃に直接参加した人間だけだった。黙秘の約束だけしか結んでいない部員には手を出していない。もしくは、後回しにしていた可能性が高いの。もしかしたら、彼なりに被害を最小限に抑えたかったのかも知れない。自分が共犯者だとばれない為の口封じを」

「……殺しの理由……」

 呟く私に突然声を上げる江ノ木カナ。

「あっ!そういえば……山小屋に覆面を被って現れたレイプ魔三人が言ってた。少年の方は殺すなって……って、あれ?私の方は殺されても良かったのかな?あっ、違うか。その前にレイプされかけたから……そっちが目的だったのかも」

 鳩羽は助けて江ノ木さんをレイプさせようとした?

「一体、何の為に?」

 先程の北白直哉に出来た傷を踏まえて口を開いたのは日嗣尊だった。


「……恐らく、理由は二つ、二川亮の目的は最初から北白直哉を殺す事だった。そして、江ノ木さん達が狙われたのも……北白直哉が再犯という形で全ての罪を背負って死ぬ為に。二つ目は……多分ただの性癖ね。彼、壊れた女の子に興奮するタイプだったから。杉村さんの事を彼が好いていたのも壊れていたからだと思うわ。あら?でも少し変ね……」


「その為だけに鳩羽と江ノ木は利用されたというのか?」


 日嗣尊が抑揚の無い事務的な声色で淡々と説明する。


「え?えぇ、恐らく。そして、彼は知っていた。北白直哉は絶対に少年の方を殺さない事を。贄として必要なのは少女の命だったから。まぁ……これを大々的に言っちゃうと、石竹君の始めた生贄ゲームはオリジナルとの間に差異は大きくあるんだけどね」


 どういう事だ?確かに……言われてみれば、第四ゲームで生き残ったのは石竹緑青だった。それまでのゲームは少女同士だったのに四件目で初めて少年が選ばれた。その北白直哉の特性を見抜けるのは……ここに居る一部のメンバーぐらいで、事件と関わりの無い高校生がそれを見抜けるとも思えない。


「やはり……二川部長は……北白事件の共犯者なの……か」


 私が項垂れた瞬間、蜜蜂の軽やかな声が私に届く。


「貴女は厄介。此処で落としておく。それが、緑青の為でもある!」


 江ノ木の回した腕の間から素早く抜けだした杉村蜂蜜が私の前まで滑り込んで来ると、攻撃体勢へと移る。日嗣尊のカウント忘れてた!という短い悲鳴が聞こえてくる。


「さっきは油断してたけど、今度はそうはいかないわよ?って!きゃっ!」


 そこに再び江ノ木が杉村蜂蜜に抱き着いて動きを止める。その手は偶然にも胸に回されていた。


「あっ、柔らか……って、ごめん、杉村さん!そんなつもりじゃ……」


「離しなさい、このエノキダケ!」


「へぐっ!か、肩パン!?」


 邪魔をして肩にパンチを食らった江ノ木カナがそれでも涙目で必死に耐える。

「あの時の!監禁された……五日間に比べたら、こんな痛み!それに石竹君達はもっと痛い目に遭った。これっぽっちの痛みに負けないもん!」

 耐える江ノ木。多少手加減してるとはいえ、杉村の一撃は成人男性のそれを大きく凌駕している。耐えられる訳は無いはずなのに。

「杉村さん……あのね、人が人を殴るって凄く勇気のいる事だと私は思うの。だから、きっと杉村さんも何かを背負って、守る為に私達に立ちはだかってる。でも、やらせない。訳も分からないまま、怯え、震えてる女の子を、殴る事を私は許さないんだからね!」


 そこで二十秒を知らせる日嗣尊の声が響き渡る。私は力でのみ杉村へと対抗した。江ノ木は心で杉村へと対抗したのだ。これが心の強さなのか?そういえば揺さぶりをかけられた時の私の弱さを幾度と無く二川部長に窘められた気がする。だから後輩の鳩羽竜胆に剣道のルール内で時折負けてしまうのだと。部長にも何度か負けてしまった。他の部員には負けた事が無いのに。彼らもまた、私よりも心の力が強かったのだろう。

「いつまで人の胸を触ってるのよ?悪いけど、緑青専用だからやめてくれる?」

 一安心する江ノ木が肩を押さえながら涙目で彼女から身体を放す。

「めんごめんご、でもやっぱり英国人だねで……凄いね。私なんて全然だよ……」

「ハーフよ。純粋な英国人ではないわ」

「あっ、そっか」

 呆れた様に距離を取り、設けられた椅子に戻っていく杉村蜂蜜。江ノ木は贄のスペースに戻らず、何かを考えている。立派なルール違反なのだが。

「……そういえば、二川先輩の犯行動機ってなんなんだろ?隠蔽にしては杜撰?遺体も見つけられてるし?」

 日嗣がその質問に対して、答える。

「奴は自分の身を守る為、単なる証拠隠滅の為に人を殺したのじゃ」

「殺したら、また、その殺した事に対する証拠隠滅をしないといけない。多分ね……彼、何もしない方が事件との関連性を疑われなかった気がするの。なんでわざわざ私達の教室を滅茶苦茶にして警察沙汰へと発展させたの?なんか変な気がするの」

「それは……」

 その様子を見た杉村が、二川亮の動機を問う。


「丁度いいわね。さぁ、次の質問よ。今度は隠者側からのね!」


 丁度いい?どういう事なのだろうか?


 <星の贄>


 設問に間違えた私の所為で江ノ木さんを巻き込む形になってしまった。心の整理がついていない東雲さんを投入したのは早過ぎたのかも知れない。私のミスだ。それに隠者側の二人はゲーム開始前に田宮さんや東雲さん、鳩羽君にゲームの中できちっと説明すると言っていた。


 そこから私はある悲しい事実へと考え至る。


 そう……私、いらない。


 寧ろ、下手にゲームを掌握して勝つ様な事になってしまえば……それは彼等の不本意な状態での終結を意味する。それだけは避けないといけない。


 それにこの問答には私にも致命的な弱点が存在する。私が逃亡していた二週間と杉村蜂蜜の情報だ。


 杉村さんが実際に何人殺したかという情報源はあくまで警察。そして警察内部でも機密扱いされる情報が存在する。私が知っていたのは杉村さんが石竹君を守る為、彼に掛かった懸賞金目的で殺しにきた麻薬中毒者のみ。あっ!木田さんの件で通り魔を刺し殺していた。けど、これも正当防衛が適応されるはず。


 つまり、彼女は約二週間前後で二十人以上もの人間を殺した事になる。一人の青年の殺人未遂で逃走して居た私と比べてもその殺傷数は桁違いだった。それでもお咎めが無いという事は、石竹君への防衛故の殺傷。つまり、彼を殺しに来たヤクザ達を含めると更にその数は増える。


 私は杉村さんの事を詳しくは知らない。それは相手も同じだ。お互いの事が設問に上がった場合、私と杉村さんはお互いに答えられない。


 考えてみれば、隠者が提示した正式なルールでは間違えれば攻撃される隠者側が不利なのは明確。私達八ツ森側にひどくアドバンテージがあるように思える。例えば両者お互いに正解が続いたとした場合、此方が一方的に攻撃出来る展開になる。いくら杉村さんが強いとは言え、相手は生贄九人分のライフと頼りない女子アナの回答者といえど、その背後にはテレビ局と一般視聴者達が付いている。どう考えても……私達の勝律の方が高い。


 いや、私達を勝たせる為に仕組まれている?


 もしくはゲームバランスを調整しやすいように人数調整されているのかも知れない。それに白滝苗レポーターが回答権を所持していた時は間違いを連発し、数人の生贄が瞬く間に落ちてしまった。樹理たそは半ば自爆だったけど。


 そもそも、私が仕組んだ文化祭の舞台では彼等の求めた答えは得られなかったに違いない。それをまた私が介入する事によって無にする事だけは避けたい。私が今、気を付けなければいけないのは、事件の真実よりも石竹君や杉村さんの真意が何処に在り、何を為そうとしているか。それが何よりも大事だ。そしてきっと、この最後の生贄ゲーム……私が死んだと思っていた石竹君は私抜きで本番を想定していたはず。


 つまり、私が居なくてもこのゲームは彼等の望む形に集約されるはず。


 寧ろ、私がいる事で台無しになってしまう可能性の方が高い。ルール内で勝負事に勝つ事は私にとっては容易い。けど、杉村さんは言って居た。石竹君が私達に求めているものはルールの枠組みを超えた先にあると。


 けど、東雲さんを今、失う訳にはいかない。どう考えても残りのメンバーは杉村さんのワンパンで沈む。


 設問に関しては私の持つ北白事件の範疇を超えた情報を佐藤深緋さんは実際の検死を通して得ている。だから回答者として申し分ない。これまで貫いてきた中立性が彼女への信頼感となって視聴者は受け入れてくれるはず。


 だから、私は、私の行き着いた私と北白事件の共犯者しか知らない事実を先に提示しておこうと思う。杉村さんの余裕を含んだ凛とした声が鈴の音の様に響く。


【設問18:二川亮はなぜ私(杉村蜂蜜)を殺さなかったのかしら?】(隠者側→八ツ森側)


 私、どうしよう……贄を別に選び、回答者として名乗りを上げてしまった。今、変に辞退をすれば……怪しまれてしまう。隠者側と裏で繋がりがあると視聴者に思われるのは何としても避けたい……。


 こうなったら……あの手しかない……わね。乗り気しないけど、ごめんね、杉村さん。私はそっと心の中で覚悟を決めた。私も江ノ木さんを見習わなくては。

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