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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
260/319

カナレンジャー

 <恋人の贄:モモレンジャー>


 東雲さんが落胆している……!


 それに対して誰もフォロー出来ていない!フォローしてくれそうな人は……既に力尽きている。銃声でも起きないなんて、どれだけ深く気を失ってしまったんだろう。起きたら自宅とか本当にあり得そう!一番初めに脱落した樹理たそが逆に羨ましいぐらい。


 生き残りのメンバーは杉村さんは敵側として……日嗣さんは質疑の内容を考えるので手一杯、若草君は無関心、佐藤さんは応答に関してはしっかりしてるけど、疲れていそう。鳩羽君は……あれ?こっちを向いて、何かを渡してきた。鍵?あっ、そっか、日嗣さんが杉村さんから公式に渡ってきた鍵だ。いいのかな?佐藤さんと若草君以外、錠を外してる。


 私も……逃げるつもりは無いけど外しておこう。偶然とはいえ、若草君が私達の照明を撃ち落としてくれたおかげで作業がやりやすい。


 うん……ここは……ついに私の出番な気がする。落ち込んでいる東雲さんを元気付けるのは私しかいない!私のゴーストがそう囁いているの!


 とは言え、賢そうに見える私(そんな訳は無いけどね!)でさえ、事件の全体像とかはよく分かっていないのだ。木田沙彩ちゃんの映画には映像編集として少し携わったけど、知ってるのは事件のフィクションに対する部分だけだ。あの映画では佐藤さんの妹さん役の子が出演してて、彼女が生きていた事になっているハッピーエンドだった。けど、これは現実の話。私が介入出来る余地は……私自身が拐われた第五生贄ゲームだけ。でもあの事件、殆どが解明されていて謎なんて残っていない。北白直哉さんが私達を攫って、閉じ込めて、最後には杉村さんのお父さんに殺されてしまった。……それとも、まだ何か謎が残されているのだろうか。


 確かに……北白さんが私と鳩羽君を誘拐して、監禁したのだけど、北白さんは私をレイプしようとした男の人達からも、そして山小屋からも救い出してくれた。


 町で私を男の人達から助けてくれた二川先輩は石竹君に射殺されてしまった。


 その事実は何処か現実味が無くて、頭が認識に付いていかない。フィクション映画を見ている様な浮遊感のまま最後の生贄ゲーム事件に巻き込まれてしまっている。私が杉村さんに拐われたのは三日前。病室で目覚めた木田沙彩ちゃんと小室亜記ちゃん、三人で一緒に居る所に黒いコートを着た彼女が現れて、私を連れ去ろうとした。


 戸惑う私に彼女の拳が迫った時、沙彩ちゃんが彼女のコートの裾を掴んで引き留めた。最初、ぼんやりとしていた杉村さんの表情にどんどんと喜びの感情が比率を占めていくと、笑顔で彼女を抱き締めた。私はその辺に捨てられて。


 意識を取り戻した彼女に杉村さんは、女王蜂も喜ぶわと、額に熱いキスを浴びせていた。彼女が沙彩ちゃんの現状に気付くと寂しそうな顔で頭を下げた。自分がもう少し早く駆けつけて居れば、貴女は助かったはずだと。


 そんな彼女に首を振って顔を上げさせると、亜記ちゃんの持参してるスケブを一枚千切って、文字を書いて彼女に渡した。


 全ての文字は私からは読めなかったけど、そこには確かに、石竹君の力になりたいと書かれていた気がする。誰かの連絡先も含めて。


 そのメモを見た彼女は目を丸くし、再び沙彩ちゃんにキスを浴びせた。沙彩ちゃんはそのメモに確か、こう付け加えた気がする。二日後、もう一度、私の病室を訪れてほしいと。


 その話に小室ちゃんも加わり、私も首を突っ込もうとしたらそこで気を失ってしまった。その時、どんなやり取りが行われたのかも分からないし、杉村さんに聞いても全然教えてくれなかった。


 杉村さんと沙彩ちゃん、いつの間にあんなに仲良くなったんだろう。ちょっと焼き餅焼いちゃう。それに……第五生贄ゲームが始まる前と発生時、その直後はまだ出番があった気がするのに……それ以降は今の今まで、殆どの私の行動は誰にも認知されていない可能性がある……キャラが地味に濃い所為だろうか……何がいけなかったのだろう……もし、あの場で私で無く、誘拐され、ここに連れて来られたのが隠れミニマム美少女の小室亜記ちゃんだった場合を考えると戦慄する。このまま、何もせず、出番をカットされ続けて終わるのは嫌だ。私、結局……第五ゲームの被験者に選ばれ、レイプされそうになって、右手に穴空くし、恥ずかしいアンミラ衣装を一人着せられて……後輩の男の子にフラれ続けるだけのモブ腐女子のまま終わってしまうと、私の第六感が告げている。このままでは終われない……私のゴーストがそう囁いているのよ。


 それにしても杉村さんはずっと石竹君と一緒に居るイメージしかなかったから、単体で女の子と仲良く話す光景は殆ど見られなかった。きちんと他の生徒とも仲良く出来る子だったんだね。でも、私達の作った映画のお陰で杉村さんは退行現象から復帰出来たのだから、私にももう少し仲良くしてもいいと思うよ?完全に裏方だったけど。


 事件を振り返ると、木田沙彩ちゃんは通り魔に襲われたけどコッキー(佐藤深緋)が言うには何者かが通り魔に彼女を襲わせたらしい。あっ、さっきの問題、杉村さんが殺した人間の数を言っていたけど、そこにもう一人、加えないといけない。沙彩ちゃんを襲った通り魔を杉村さんは殺してる。生贄ゲームに関係無いからカウントされなかったのかも知れないけど、コッキーは把握していたから、もし、日嗣尊さんの回答が正解扱いされた場合、どちらにしろ、コッキーによる訂正が入っていたに違いない。杉村さんに東雲さんがやられる前に何とかしないと……私の番に回ってきたらワンパンで落ちるの確定しているから本当に……このゲームに何も貢献出来ずに終わる可能性が濃厚。外野モブとして東雲ちゃんの心ぐらい掬い上げてから死にたい。


 私が思うに……通り魔を沙彩ちゃんにけしかけた犯人も二川先輩で、私と鳩羽君の誘拐の手引きをしたのも彼かも知れないと感じている。……色々とすんなりと納得出来る部分が多いからだ。沙彩ちゃんが襲われたのは、文化祭で上映しようとした映画の脚本の所為だと思う。それを夏休み、彼女が不在時に稲穂ちゃん経由で生徒会に勝手に提出してしまったのも私だ。そこに私の罪がある。結局、その映画は監督不在、内容的に擬似的なベットシーンもあるので、不適切とされ、上映はキュートなハニーちゃんだけにされてしまったけど。そして、当初の脚本で、七年前の北白事件には犯人の北白直哉以外に共犯者が居て、その犯人を沙彩ちゃんはまずあり得ないだろう生徒会長の二川先輩に見立てていた。本人的には万が一にもそんな事はありえないだろうという気持ちでの配役だったんだけど、幸か不幸かこれまでの生贄クイズゲームの回答内容が正しいなら、偶然当たってしまった事になる。創作怖い。どちらにしろ…….彼女は映画制作にあたって関係者に詳しい取材を行なっていた。嗅ぎ回られるのを危惧して通り魔に襲わさせたのかも知れない。


 文化祭でシネマジャック同様に上映させたのは……彼女がロケの傍ら、日嗣さんの膨大な人脈を得て撮影したアナザーストーリー。こっちの方がお金かかってる。本来なら石竹君の記憶が戻ってから彼に見てもらう為に用意されたはずのものだった。


 もしかしたら、日嗣さんは……この頃には既に二川先輩と刺し違える覚悟だったのかも知れない。


 この映画の内容を石竹君、若草君は知らない。石竹君と杉村さんは本人出演してるけど、これは別撮りした映像を上手く編集したもの。二川先輩と別室に監禁されていた四人は「幼馴染と隠しナイフ」の内容を知らない。あっ、もちろん、作中作の方ね?あれ?私は脳内で誰に話しかけてるのだろう。こんな事だから天然キノコとか呼ばれてしまうのだ。自重せねば。因みに、石竹君と杉村さんが主演を務めた作品も、小室ちゃんが仕上げてくれている。その作品では、結局、石竹君が別人格持ちの真の犯人として……山小屋と共に爆破して最後を迎える結末だけど……んん?石竹君も……別人格持ちだったとしたら……どうなるんだろ?でも、記憶を失うぐらい酷い目にあった彼なら……事件のショックで多重人格になった杉村さんの様になっていたとしてもおかしく無い。時々、本来の彼らしからぬ行動も垣間見えるし……うぅ、分かんない。


 どちらにしろ、もし万が一問題の出題者として選ばれた場合は、映画の視聴、未視聴の違いを利用できるかも知れない。一応、事件を題材にした映画だから大丈夫だよね?


 宍戸友華さん以外の殺された軍事研究部の人達は、二川先輩に殺されたとコッキーが言っていた。それにどうやら若草君も一枚噛んでるみたい。電話をかけてきた女の子の証言からそんな気がする。だとすると、彼はもっと前から誘拐犯だ。よく二川先輩に殺されなかったね?


 私は確かに事件の被害者でもある。けど、私は彼女達みたいに二川先輩や北白直哉さんの事を恨んだりする気持ちは湧いてこない。街で自暴自棄になって助けてくれたのもまた二川先輩だったから。


 私は杉村さんのワンパンで落ちる自信がある。


 石竹君が意識を取り戻してたら、上手く東雲さんをフォローしたのかも知れないけど、ここは誰の味方でも敵でも無い私にしか東雲さんを元気付けられない気がする。死んでよい人間なんて居ない。例え、殺人鬼だったとしても。その人を大事に思って居た人にとっては掛け替えのない存在を失った事になる。その喪失感に彼女はうちのめされようとしている。彼女の幼馴染、稲穂ちゃんの支えも得られない今、私が立ち上がるしか無い!


 むぐぐぐ……!


 座り続けて痛いお尻と痺れた足に力を入れる。ブレザーは一度脱いで、首のとこで袖を結んでマントみたいにする。私に出来る事はきっと少ない。けど、同じ生贄ゲームの被験者として、それに関わった人達の心は癒してあげたい。素早く、私は左手で端末を操作して、意気込みをΣterで呟く。


 私は、足の痺れを我慢して立ち上がり、ハイキックをしながら左手を大きく上げ、右手を腰辺りに構える。


 そう……。

 今の私はモモレンジャ!

 助けを求める少女の悲痛な心の叫びに答え、ヒーローは立ち上がるのだ。


「恋と慈悲の英雄!カナレンジャー!私、参上!」


 うっ、脚が痺れて痛い。


「東雲さん!そんなとこで迷ってたら二川先輩にまた注意されちゃうよ!」


「……江ノ木……さん?」


「違う!私はカナレンジャー!貴女の心を救いに現れた愛のヒーローだよ!」


 うん。室内に居るメンバー全員、唖然としていて、その視線を痛い程に感じてしまう。それでも構わない。私は、私の信じるものの為に戦う英雄なのだから。



 <Σter>

 トレンド:#隠者死亡説#棍棒美少女強い#白パンツ#カナレンジャ#西森軒#検死#司法解剖#暗殺者#殺人鬼#謎の中国人


( ❤︎ ):カナレンジャ(恋人の贄)@LoveKANA

「私、参上!!」

(=゜ω゜)無念@munemunen

「@LoveKANA え!?あれ?えぇ?!」

(´・Д・)スクルト@sukt6537

「@LoveKANA @munemunen 妙な事を口走る奴が居るなと思ってたが、まさかの……本人登場?!って、何気に、手錠外れてるし!隠者倒れてから本当にガバガバだな!」

(=゜ω゜)無念@munemunen

「@sukt6537巻き込みリプやめて下さいね」

(´・Д・)スクルト@sukt6537

「@munemunen 失礼しました。(Σterの仕様変更、マジでクソ改悪ですよね)」


 :他 1321件の返信 ⇆ 6万 ♡4万


(^人^)かんちょ@bbussassu

「見え……た。#白パンツ」


{(-_-)}とーふ@kingosiDEATh

「カナというか、モモレンジャだよね?ブレザー、マント代わりにしてるし、ハイキックからの高度差のある手の構え、ポージング再現度高ぇな、おい。」


( ´θ`)キムチ@gekikara

「えっと、何さっきの立ち回り。ここにきて一方的だった蜜蜂少女の攻撃を耐えたの初めてじゃない?→(||)#棍棒少女」


(ゝ。∂) lie‪@raila91a ‬※

「問答に圧倒されたけど、星の贄、一体何者?」


(^ー゜)メンタルスライム@pikiii

「あの小さい女の子、太陽の少女も何者なんだ?まるで本物の……監察医みたいだし……あの証言、本当に起きた事なんだよな?ひどいな……」


(OvO)采火:蜂蜜愛好会No.072‪@unebi72 ‬※

「天使先輩、涙目可愛い(。-_-。)……でも流石、無敗の中堅……閃滅の剣乙女と称される雀先輩はなかなか手強いですね……でも、元気無さそう」


(=゜ω゜)無念@munemunen

「#棍棒少女……何気にスタイル良くない?モデル体型だ。額の傷、大丈夫か?あっ、女子アナ優しい……パンツは子供っぽいけど」


(G_G)ソロモンの惡夢@anabel-gatt

「なんだ?さっきのいかにも中国人みたいな電話主は?イタ電にしては……リアリティがあったな……」


( ^ω^ )ミクニ‪@mikunisk ‬※

「西森軒の猫耳娘と細目のお兄さん目的に通ってます。オススメは唐揚げ定食です。生電話聞いてたナウ」


( ⬆︎ )@tvsuki

「ついに……」

( 〓 )@looksky

「我々の……」

( ◆ )@fdnm-563

「五人目の戦士が」

( ◉ )@monoeye

「目を覚覚ましたね」


 ↑

( ゜д゜)@ooo1ooo

「なんだ……こいつら?」



 <山小屋外:サリア>


「おいおい……今度は何が始まるんだ?」


 端末に映し出される画面の中で、今度はハートマークの仮面を付けた少女が立ち上がる。私の膝の上で首だけの陽守芽依が一人はしゃいで騒ぐ。


「サリアさん!見てください!モモレンジャが出てきましたよ!再現度も高いです!今にもラグビーボール出してきそうな雰囲気!」


「知らん」


「えぇ……そんなんじゃ、婦警さん失格ですよ?」


「言っておくが、私は戦隊ヒーローに憧れて警察になった訳では無いからな?」

「あっ、魔法少女の方ですね」

「それも違う!確かに変身するが、それは関係無い。私は……父上の言われるがまま、生まれ持った宿命に素直に従ったまでだ」

「そうですね……でも貴女は私達を滅する立場でありながら、何度も目を瞑って見逃してくれている」

「お陰で出世コースから外れてしまってるよ」

「……クビになったら、私の探偵事務所に来て下さいね?紗凪ちゃんもきっと喜びますよ、サリアお姉様!って」

「……考えておくよ。月々の給与額は?」

「ドーナツ」

「断る。まぁ……警察をクビになっても、化物退治の本業もあるしな……流石に、この仕事の代わりは誰も居ないと思っているよ」

「そう言えば……」

「あぁ。さっきの電話主の事だろ?私の権限でお前と対峙したあの暗殺者達は名目上、私の部隊の非正規雇用者、臨時の戦闘員とした」

「流石、ネフィリムですね……実力主義で強ければ犯罪暦は問わない」

「あぁ。私の部隊に必要なのは圧倒的な強さだ。それも人の領域を超えた様な人材がな」

「ですよね、なんせ相手は本物のバケモノ。人の身で戦うには中々骨が折れますもんね……」

「バケモノのお前が言うなよ」

「ひどーい!サリアさん!あっ、そう言えば気になったんですけど……サリアさんの義妹さんについてなんですが……」

「なんだ?」

「人を殺してますよね?正当防衛や殺人鬼堕ちの暗殺者とはいえ、聴取すら行われないのは不思議です。その点、未遂とはいえ、私の友達、日嗣尊さんは青年を刺した傷害罪で指名手配。幾ら大事な妹さんだからとはいえ、甘過ぎないですか?」

「……何が言いたい?」

 手にした端末を置き、膝の上に置かれた芽依の首を此方に向け、その紫色の瞳を覗き込む。その不思議な色合いは嘗ての叔母の瞳の色だった。冥府の女王としての役割を捨て、化物達に肩入れした裏切り者。もっと別の形があっても良かったのかも知れない。陽守芽依が盲目少女として普通に暮らし、父と叔母が健在で世の中を裏から見守り続ける世界があっても。けど、私は、私達はそれを選んだ。化物を狩る道と自ら人の道を外れる道を。その目的は等しく、大事な者達を守る為だというのに。

「サリアさんの義妹さんも……恐らく、既に、非正規雇用の部隊員では?」

 この親友は、誰よりもマイペースで、誰よりもその本質を見抜いてくる厄介な存在だ。おまけに頑固者ときた。

「違うよ」

「なら、サリアさんは法を守る立場の人間でありながら、身内という理由でその罪を免除している事になります。それは如何なものかと。あっ、私は既に人では無いのでいいんですけど、殺人は犯してませんからね?」

「……非正規雇用では無い、正式雇用だよ。それも……七年以上も前からのな」

「正規雇用者?それも七年も前から?」

「あぁ、あいつがまだ幼い頃だ。職場見学に杉村誠一と訪れてな……何を思ったか、私の部隊に入りたいと申し出されたよ」

「じゃあ、その時に……」

「本人に自覚は無いが約束だからな。本人もよく分からずにサインしただろうが……」

「よくケーラさんのお兄さんが認めましたね?」

「……無条件じゃ無いよ。愚妹に申し付けた条件は……私を倒す事だった」

「……えっ?ていう事は?」

「本人に勝ったという自覚は無いだろうが、私の不得意な接近戦に持ち込まれ、喉元にナイフを突き付けられた」

「……負けちゃったんですね。十歳ぐらいの女の子に」

「杉村誠一の奴……とんだバケモノに愚妹を仕立て上げてくれたものだよ。昔は人形の様に大人しく、静かな女の子だったのに。日本に来てあの少年と出会ってからだ。あんなお転婆娘になったのは」

「……フフッ、それにしては嬉しそうですね」

「気の所為だ」

「きっと、妹さんは彼の為に強くなったんですよ。彼が居たから強くなれた」

「……なり過ぎだろ。特殊捜査班の人間をあぁも容易く投げ飛ばすとは……メスゴリラ扱いされても文句は言えまい。言った奴は私が殺すが」

「あはは。まぁ、それは……風評被害的なものもあるんですが……」

「ん?」

「……えっと、あっ、それより、英国側が動き出したみたいですね」

「もうすぐこの辺りにも部隊が到着するだろうな。そうなれば後は正式に母様と英国の管轄になる……そうなれば最後、私は動けない。動いてもいいが、私まで其方側に着けば……事態を収拾する術を完全に失う事になる。その時は頼むぞ、現場を滅茶苦茶にしてやれ」

「フフッ、合点承知ですよ。最初からそのつもりですから」

「……お前一体何を……」

 陽守芽依の作り出した非干渉の黒い結界に覆われた山小屋を見上げる。その上方には彼女の首から下の身体が短刀で磔にされたままだ。上空では段ボール箱を被ったあやしい男が背中から生やした鋼の翼で辺りを旋回し、黒い装束に身を包んだ黒髪の少女が山小屋の屋根に当たる付近で陽守芽依の身体の傍でつまらなそうにあぐらをかいている。私はそっと陽守芽依の首に囁く。

「今はまだ……あの結界は解くなよ?核兵器すらも干渉できないお前の結界内は何処よりも安全だ」

「……もちろんです……それより、体の方を返して貰えませんか?首だけだと話すのも一苦労なんですよ」

「……上で待機している黒髪の忍者娘は、確かに組織内でもトップクラスの実力の持ち主だが、お前の力の方が上だろ?レオボルトは……お前にメロンパンで買収済だろうし、あいつがお前と敵対するとは思えん」

「……この結界を張ってる間は……私の身体の再構築に干渉力を回せないんですよ……貼るだけなら、食事や睡眠さえ取っていれば半永久的に継続する事は可能ですが……」

「そうか……なら、そのままで居た方が安全だな……」

(サリアさんは仕方ないなあ)といった皮肉交じりの溜息を芽依が吐いた後、複雑な表情になる。どうしたというのだろうか。

「そうでもないんですよねぇ……」

「どういう意味だ?」

「流石と言ったところですが、英国側の動きをあの死神さんは察知しておられました。その上で姿を眩ますと」

「そうだな……あんな事を言えば、私の保護下にあるとは言え、暗殺者としての立場を危うくするだけだ。そんな事を奴が自ら犯すとは思えない。暗殺者狩人の件に関してもそうだ。警察ではまだその関係性を結びつけてはいなかったはずだ。それを公の場で公表するのは……奴らしからぬ行動だ」

 私の魂を見つめる様な芽依の紫眼が不思議な色合いで輝きを帯びる。

「あれは恐らく……義妹さん達だけでは無い、他の複数の何者かに向けた警告かも知れません。もしくは、英国部隊への牽制か……あっ、でも、佐藤深緋さんに対する同情心からかも知れませんが」

「ふむ……流石、犬探しから化物退治の陽守探偵事務所だな……なら、一つ、答えて貰おうか?」

「なんでしょうか?」

「パンツの色……についてだ」

「えっ?あっ!まさか……」

「フッ……私を舐めるなよ?これでもエリートコースを進んでいるはずの警視正だ。みくびっては困る」

「ぐぬぬ……流石、名探偵芽依のライバル警察官、警視正天ノ宮サリアさんですね……」

「フッ……本当にお前達は……無茶苦茶だな。安心しろ、私は警視正である前にお前の……」

「ライバルですね」

「親友だよ。返せない様な借りもあるしな……」

「えへっ、そんな風に言われると恥ずかしいです」

「時が来れば……全力で芽依のフォローに入る。それでいいか?」

「助かります……」

 球状の結界の上で腕に顎を乗せながら紅い瞳のまだ若い少女が此方を見下ろしている。

「隊長……作戦会議、私には筒抜けですよ?」

「あはは、すまんな」

「私、お二人に恩義は感じてますが、協力出来ませんよー?」

「あぁ。それでいい。全力で芽依とそれに加担する者達を斬り伏せてくれればいい……」

「……後悔しますよ?例え隊長とは云えど、サシで戦えば私の方が強いですし。私は組織に歯向かえば即処刑される身ですから」

 彼女が手に持つ白銀の短刀の柄が此方に向けられる。その紅い相貌が怪しく光を宿した気がした。この娘は正真正銘の殺人鬼、子殺しの人喰魔女と呼ばれ、警察の記録上では射殺された事になっていたはずだ。

「いいよ。それで……本気で殺しに来てくれていいさ」

「あとトイレ行きたいんですけど……」

「……その辺でしてろ……」

「はーい……よいしょ」

「こっちに尻を向けるな!って!お前らは拝むな!」

 山小屋の周りに配置された白スーツの部下達を注意し、上空で旋回を続けて様子を見守る段ボール男に声をかける。

「レオボルト、すまないがポゥと持ち場を変わってくれないか?トイレだそうだ」

 上空の方で男の返事が聞こえ、ポゥの両肩を掴むとそっと私達の前に降ろす。

「此処でしていいのかしら?」

「アホか!その辺の茂みでしてこい!」

「あっ、ポゥ、これ使う?」

 陽守芽依の首から下の体が球状の結界の上でモゾモゾと動くとふわりと何かが落ちてくる。ひらりと舞い降りてきたそれは、ポケットティッシュだった。

「あら、芽依さん、気が効くわね」

「いいって事よ」

 上方の芽依の身体から伸びた手が、グッドサインを此方に送っている。視線は私と向き合っていた為、私のお腹の方に向いているにも関わらず、指先の感覚だけでポシェットから取り出したのだ。これはずっと盲目少女として暮らしてきた彼女だからこそ出来る芸当だ。つまり、身体に突き刺さった短刀も、いつでも抜けるという事になる。何故、動かない?何を待っているのだろうか。テッシュを受け取ったポゥが茂みに入っていくその背中に注意を促す。

「あまり離れ過ぎるなよ?あの少年の仕掛けた遠隔式の爆薬が仕掛けられているかも知れな……い?」

「大丈夫よ、上から見てたけどあの少年の持ってた端末から操作してたわ。その彼は今、あの隔離され、断絶された結界内に居る。そこからじゃきっと信号も送れないわよ、じゃ、ちょっとパンツ下ろすわね」

「そんな報告は……いらない……って、もっと離れた所でしろ。はしたない」

「もう降ろしちゃったんだけど、まぁいいわ」

 段々と離れていく彼女の声。私は確認の為に遠方から狙撃手として待機して居る小川ハミルトンに連絡を取る。全快していない為、殆ど観測手としての役割しかさせていないが。

「(隊長、どうしました?)」

「そちらから見える状況を教えてくれ」

 小川の居る場所は山小屋から半径20M以内に居る私達から約150M程離れた場所で長距離狙撃対物ライフルを構えている。

「そちらでももう直ぐ視認と伝達があると思いますが……SASらしき部隊員が約15名、そちらに隊列を組んで進んでいますね。別の離れた地点にヘリで降下後、合流したものと思われます」

「そうか……母上は見えるか?」

「フル装備だと分かりませんが、黒いコンバットスーツに身を包んだ人間ばかりですね。長官服に身を包んだ金髪の女性は居ません」

 もしかしたら、此処には来ていないのかも知れない。だとしたら……。

「爆薬は作動しなかったのか?」

「はい。第一波の爆破の時、私は身の危険を感じましたが、その爆破区域よりも外側から部隊は侵入して来ましたが、一度も爆破は起きてません」

「やはり……そうか……そうだよな。奴は爆破しようとしても出来ない状況下にある事は間違いないか……」

 私はそっと抱えている陽守芽依の首を抱き抱えて、その頭に顎を乗せ山小屋の方を見やる。

「今の私に出来るのは……あの子達を信じてやる事ぐらいか……」

「むぐぐ……サリアさん……顎乗せないで下さい、地味に痛いです。あとサリアさんの胸に挟まれて苦しいです、死んじゃいます」

「愚妹……ハニーよ……彼等の命、預けたぞ」

「サ、サリアさーん!死なないけど、苦しいのは苦しいんですよ!痛いのは痛いですし!」

「私の胸で死ぬのは不満か?」

「太腿で死にたいです……」

 私は再びこの生首少女の顔の向きを変えると、彼女にも見えるように端末を向けてやる。画面にはハートマークの仮面を着けた少女があの木刀娘を励ます為の言葉を投げかけていた。


 その右手は誘拐犯の北白直哉を杉村誠一の銃弾から庇う為に穴が開いてしまった。


 彼等の話ではその北白直哉の共犯者として石竹緑青が射殺した少年の名が挙がっている。もしそれが事実なのだとすれば……我々の北白事件に対する認識が根底から覆えされる事になり兼ねない。そしてそこには警察の捜査に対する不手際も内包されている。


 彼等は、石竹緑青は、警察という公的機関を経由せず、私達に事件の真実を伝えようとしている。頼りない警察や頼りない大人達がアテにならないと痛い程痛感しているからだ。


 ホント、不甲斐ないなぁ……私達は。


 私の下に全身を黒い兵装に身を包んだ本国特殊部隊SASの隊員の一名が此方に近付き、私に敬礼した後、要件を伝える。


「本国より通達です。これより、本件の指揮権は英国側により掌握されるとのこと。ネフィリム並びにサリア=レヴィアン部隊長は引き続き、外道者にのみ限定的に対処されたしとの事です」


 それが本来の私達の役目。

 私がこの生贄ゲーム事件に関われるのは此処までのようだ。


 さぁ、義妹婿よ、私の大事な妹の背中は預けたぞ。最後まで二人で生き延びてくれ。


 私は……私に出来る事をするまでだ。


 画面の向う側、愚妹がトンファーを両手に構えながら駆け出す姿が映し出される。


 目で追い切れない程の速度で木刀娘に迫る愚妹だが、相手の手元にはいつの間にか一本の木刀が握られていた。


 目を離してる隙に何が起きたのだ?

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