表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
251/319

金貨の女王

 <白滝苗>


 灰色の室内。


 並べられた仮面の生贄達。

 主催者はかつて贄として捧げられた少年だつた。


 その少年の傍らに寄り添う黄金の少女。

 彼女だけは透き通る羽根を持つ蜜蜂の様に自由に翔び回る。


 その毒針を体内に忍ばせながら……。


 私の叫び声が室内に響く。目を閉じ、手に力を込め、私の選んだ少女が殴打される場面も見ない様にして耐える。私の不正解により罪も無い少女が金髪の女の子に殴り倒されてしまうのだ。いくら指示だからと言って指名したのは私であり、問題に間違えたのも私だ。こんな気持ちになるのなら回答しなければ良かった。でも、誰も答えなければ結局、あの場面では私が答えるしかなかった。そう、あれは仕方なかったんだ。……そもそも何故私は此処に立たされているんだろうか……。北白事件とはまったく無関係な立場で生きてきた。レポーターとしての立場上、悲惨な事件に関わる事は幾度と無くあれど、それはあくまでマスメディアという立場での間接的な立ち位置だった。確かに北白事件は特殊だけど、他にも残忍な事件は過去に何件も起きている。多分これからこの先、何回もそう言った事件は起こるだろう。その時間の流れの中、七年前に起きた事件は過去の事件として人々の記憶から薄らいで消えかけていた……施設を出た北白が再犯を犯し、日嗣尊が青年を刺し逃亡、天野樹理が集団暴行を受け、石竹緑青が青年を射殺し、そして、同校の生徒を誘拐し、こんな事を始めた。それに私は巻き込まれただけだ。同じ八ツ森に住む人間とはいえ、私は二年ほどしかこの街にいないし、北白事件に対してもなんら思い入れも無い。仕事とはいえ、回答者としてこの場に立たされた事を悔やみながら十秒経った後の光景を恐る恐る目を開いて確認する。丁度、隠者の少年の制止する声が聞こえて来た。次は……次は一体誰を私は指名すればいいのだろうか……。

「十秒経過。……そこまで……蜜蜂、施錠後……配置に戻れ……」

 次の贄を選ぶ為に仮面を着けた少年少女達へ目配せするが、先程の言葉が引っかかる。施錠をする?倒れた場合、施錠するのはおかしい。いや、天野樹理の時は確かに施錠したが、それは相手の攻撃時間が過ぎたからだ。過ぎてから彼女は蜜蜂少女に自分をけしかけさせた。施錠をする時は相手が生贄として続投する時だけ……だとしたら?私が金貨の女王の仮面を着けた少女の方へと振り返ると、目を閉じる前と同じ姿勢で凛と背筋を伸ばす彼女の姿があった。一体何が起きたのだろうか?混乱する私を他所に、質問する順番が私へと回ってくる。それに対して私はスタジオで決められた質問をそのまま隠者の少年へと投げかけた。何故、彼女は無傷で立っているのだろうか?何か武術の使い手なのだろうか?


 八ツ森サイド:

《 question(3): 同校の生徒を射殺したのも復讐からの行動だった? 》


 質問に関してはスタジオから提示されたものだが、その質問内容に隠者の少年は溜息を吐いてからアンサーの宣言を行なった。何が彼の中で引っかかったのだろうか。

「……anser」

 答えに対する宣言を了承する私。自然と辺りに緊張が走る。

「あ、accept……」

「答えは◯です。何度も言っているように、これは私を七年間もの間、騙し続け、一人の少女の存在を抹消し、それでいて私を救った気でいた八ツ森市民に対する復讐です……私が射殺した生徒に関してもそれは同様であり、北白事件の一端を彼が担ったからです」

 その回答を得て、やや暗い顔付きになっている蜜蜂が判定を下す。


「……judgeは……◯(マル)!私から補足します。確かに復讐ではあるのだけど……隠者と太陽はこの少年に拘束された上で監禁されていました。二人が助かるにはそうする他は無く、助かる為であり、守る為であり、そして……あの事件に深く関わっていた彼への復讐でもありました。なので隠者の回答は正解です!」


 やや暫くあって隠者の少年が溜息を吐きながら補足する。


「しかし……随分と余裕ですね。貴方がたの問題はハッキリ言ってクイズではありません。解答の是非がこちらにある為、質問に近い。どう転んでも此方側が回答を間違える様な事はあり得ません。質問をしてもいいですが、攻撃のチャンスは失います。それだけは肝に銘じておいて下さい。メディア的にどうなのかは知りませんが、動機を質問で探るよりは、私を先に負かす事を目的にした方がいいですよ?生贄は幸いな事にこの場に八人もいますが……最悪の場合、あと八回しかそちらに質問権は無いという事です。人は殴られても死にます。ましてや私の幼馴染は殺人鬼すら殺します。その事を肝に命じておいて下さい」


 隠者サイド:

《 question(4): 北白直哉による生贄ゲーム……彼は当初から少女以外を被験者に選ぶつもりは無かった。 》


 ん?んん?どういう事だろう。その四件目に君は巻き込まれたのに?

 そして五件目でも少年が巻き込まれた。つもりは無かったと言いながら事件被害者に少年は含まれている。つもりも何も少女以外を北白直哉は選んでいる事になる。普通に考えれば……このクイズの答えは✖️だ。けど、なんか、また間違えてそうな気がする……どうしよう……助けて!テレビの前のそこの貴方!


 <金貨の女王>


 私の視線の先、三角座りをした杉村さんが唇を横に引き結びながら自分の膝に顔を埋めている。白くボリュームのあるミニスカートから伸びる白い太腿が眩しいわね。カメラは固定され此方側に回る事は無いので安心だけど。さて……私なりに状況を整理しましょうか。よく分からないまま殴られるのは流石に癪だから。予行演習の天野さん脱落をカウントしない場合、初回で私が生贄として選ばれたのはもしかしたら杉村さんにとっては想定外なのかも知れない。先程の八ツ森側、白滝苗が不正解になり、私は天野さんと同様に殴り倒されるはずだった。けど、彼女は戸惑い、上げた拳を私に対して振り下ろす事を躊躇い、不動のまま十秒が過ぎた。私はこの中で一番、北白事件からは遠い存在である事が杉村さんの心に迷いを生んでいるのかも知れない。それは確かに、私が彼女の暴力に晒されない上では有利に働いている訳だけど……。


 私はぐるりと並ぶ生贄達の姿を眺める。

 佐藤深緋さんは妹さんを北白事件で失った。

 若草青磁君は失踪した軍部の人間と何かしらの接触を図り、そして生徒会長である二川亮が射殺された現場に居た。

 日嗣尊さんは北白事件三件目の被害者。

 壁際で座らされ寝息を立てている天野樹理は北白事件一件目の被害者。

 鳩羽竜胆君と江ノ木カナさんは第五生贄ゲームの被験者。

 留咲アウラさんは事件に関係はしていないが、日嗣尊さんと協力関係にあり、文化祭のアニメ研究部の上映会では率先して小室さんと江ノ木の後押しをした事から二川亮射殺に関係しているともとれる。

 すず(東雲雀)も私と同じで無関係だ。関係があるとすれば石竹君がヤクザに誘拐された時、私を助ける為に乗り込んで来た。あと、日嗣さんや杉村さん、鳩羽君、江ノ木さんが森で危険な目に遭った時、単身で森に乗り込んでいる。それぐらいか。私もすずと同程度ぐらいだけど、石竹君とは少し関わりを持って居た。私は、何故二川亮が射殺されたのか。そして、何故、石竹君が犯罪を犯したのか。それだけが知りたかっただけだ。彼は……その境遇故に孤独だった。その境遇を作り出したのは紛れも無く石竹君のお父様が意図せず作り出したものだった。それは本人の意図とは別に彼を周囲から孤立させた。それはいつから始まったかも分からない暴力だった。石竹家も田宮家は八ツ森の中でも家柄が近しいものがある。本人の与り知らぬところで縁談を決められたりするほどの。接する機会は自然と増え、彼の事は幼少期から時々見かける少年の立ち位置だった。……もし、私がこの場に呼ばれた本当の理由があるのだとしたら、幼馴染である佐藤さんや杉村さんが知る彼の見せない悲しい部分を知っている点かも知れない。杉村さんは彼が六歳の時に出会った。佐藤さんとは石竹家と杉村家が親交を深めて行く最中で知り合った。多分、彼の事だから強がりか他人に重荷を背負わせない為に全ては話していないのだと思う。


 彼のお母様がお父様に刺し殺されたのは杉村さんと出会って約二年後、確か八歳の時だ。八ツ森の人間はその事に強いショックを受けていたけど、私はどこかで、やっぱりそうなったのねという思いの方が強かった。


 彼は幼い頃から……時折お父様から虐待を受けていた。酷いもの、致命傷に至るようなものは無く、基本的には石竹君を溺愛する良い父親なのだけど、時折、顔には殴られた様な痕が浮かんでは消えていた。彼が街中でいつも無機質な表情を湛えているお母様、葵さんに引き連れられてる時、歩き方が怪我を負った人のそれに近かったのが印象的に記憶の片隅に残っている。彼が暴力を振るわれる原因は多分、葵さんにあったのだと思う。時折、家から姿を消し、別の男と逢瀬しているという噂が彼女の周りにはたっていた。その信憑性はどれぐらいのものかは分からないけど、子供心に見上げた葵さんの憂いを帯びたその白い顔を見かけた時には、吹けば何処かに飛んで行ってしまいそうな程儚げで、神秘的な女性の印象がとても強かった。そういう女性であればある程きっと男ウケは良く、ベッドで乱れる彼女とのギャップに男達は彼女にハマっていくのだろう……その噂を聞き付けた何人かの男が、石竹君を連れて歩く彼女に声を掛け、石竹君を置いてホテル街へと消えていく姿が何度も目撃されていた。特定の誰かはおらず、どんな男とも寝ると田宮家のお手伝いさん達が話していたのを聞いた事がある。当時はその意味を良く理解していなかったけど。彼女は子供を産んだ身でありながらいつまでも綺麗なままだった。刺殺されるまでの間の記憶、綺麗なままの葵さんの姿が焼き付いている。噂が立つのも無理がないと子供心にでも感じる程に。……彼女が姿を消すのは決まって雨の日だった。彼、石竹君は雨の降った次の日、痣を作る事が多かった。彼のお父様も葵さんの浮気は何となくは察していたんだと思う。田宮家でもその噂はあったけど、相手は同程度の石竹家。波風を立てない様に別の家庭の問題とし、静観を決め込んだ。それは私も同様に。息子に愛を捧げない浮気症の無機質な母親と愛情故の嫉妬の矛先を向ける先を間違えた哀れな父親。私からすれば父親の白緑さんは真面目で善良な市民だった。けど、日々募っていく葵さんの良くない噂に一人心を痛めていたのだと思う。反面、妻を何人もの男に寝取られながら、事実を知るのが怖くて奥さん本人に言及する事が出来ない不甲斐ない自分への怒り。でもそれを言うなら私も同罪だ。他の田宮家の人間同様、白緑さんにも石竹君にも手を差し伸べる事は最後までしなかった。した事と言えば憐れみからか、私と彼との縁談を田宮家から持ち掛けたくらいに留まっている。もし、あの時、近しい存在である田宮家が一歩歩み寄る勇気を見せていたら……何かが変わっていたのかも知れない。昔の幼い頃の彼に私は問いかけた事がある。どうしてじっと我慢しているの?と。子供なら泣き叫んだり、もっと周りの人間に甘えればいいと思ったから。そしたら彼はこう答えた。

「僕は大丈夫だよ……それにきっと、もっと辛いのはパパとママの方だから……」

 私は子供心に少なからず衝撃を受けた。それと同時にその子供らしからぬ答えに得体の知れない気味の悪さを覚えた。縁談を断ったのは、彼に愛という概念が理解出来ない事を理由にしたけど……その大半は私とは住む世界の違う人間なのだと感じたからだ。今でもそうかと言われれば……その事に関して言及は避ける。彼はそんな家庭環境に育ちながらも真っ直ぐに成長した。それは杉村家や佐藤家の献身的な介入があったお陰だと思う。静観を決め込んだ田宮家が無様だと思う程に。その結果、蜂蜜さんと浅緋さんが事件に巻き込まれる形になったのは何とも理不尽で皮肉な事だ。もちろん、石竹君が一番報われないのだけど。幼馴染をあの事件で一度に二人も失くす事になったのだから。杉村さんはこうして彼の元に戻ってきたけど。石竹君は私の知る限り理由無く人は殺さない。いや、幾ら自分が殺されかけても相手を殺す事は最後までしない性格だと思う。


 恐らく、彼は二川亮を殺さざるを得ない状況に彼は追い込まれた。彼の白滝苗に対するクイズの答えと動機は恐らく本当だろう。けど、何かが引っかかる。それが何かが分からない。恐らく圧倒的に北白事件に関連する情報が足りて居ない。


「anser……」


 白滝苗の弱々しい声が耳に届く。なら、情報が足りて居ない私達とは違い、足りている人物とは誰だろうか。七年前に起きた事件。世間では北白直哉が犯人とされ、裁判で無罪判決が出た解決済事件だ。たった一つ、他の凶悪事件と比べて違う点は……その事件の生存者である石竹君の為だけに佐藤浅緋さんの痕跡が丸々此の世から消された点にある。


「……accept」


 石竹君が静かに白滝苗の宣言を受領する。彼女の唇は青く震え、その責任感による重圧から今にも倒れそうだ。そもそもこの事件、正確に把握している人間は誰だと言うのだろうか。石竹君は四件目の被害者とはいえ、三日前まで記憶を失っていた事になる。それに……彼の記憶が戻ったとしても四件目の事件現場の記憶しかないはず。事件に対する情報を得るのに警察からの情報提供は恐らく無いだろう。


 三日前、彼が誘拐したのは佐藤さんと杉村さん。私達はこの三日の間に杉村さんに半ば強引に誘拐され、此処まで連れて来られた。私は二日前だけど、昨日、連れて来られたのは若草君に日嗣尊さんだ。この中で事件に関する情報を一番所有しているのは普通に考えて、北白事件と少女失踪と結び付け、解決まで導いた日嗣尊さん。そして次点で同じく被害に遭った天野樹理さんと仮定する。この両者の差は大きいけど。他の生贄のメンバーに関しては同じぐらいの事件知識しか無いはず……あっ、違う。日嗣さんと天野さんに関しては文化祭自体に出席していない。日嗣さんは逃亡犯。天野さんは病院、もしくは自宅で療養していたはずだ。……誰がなんの情報を知っているかが今回の鍵だと思う。そして石竹君の持っている情報も三日で収集出来る情報は限られているはず。しかも彼の協力者と言えば杉村蜂蜜さんぐらい。得られる情報にも限界はあるはず。そこを突けば、此方側に分はあるかも知れない。


「こ、答えは協議の結果、私達の回答は✖︎……です。それは北白事件で現に貴方が北白に誘拐され、そして、五件目の再犯では少年が誘拐されました。故に北白直哉は少女ばかりを狙った犯行では無かった……」


 私の腕の鎖は外されている。

 恐らく八ツ森側の回答は間違っている。そんな分かりきった事に対して彼が出題する筈もない。彼の質問内容から察するに……少しずつ北白事件に対する世間のズレを正す事も恐らく目的にしている気がする。ダメだ。このまま行けば私達からの回答は理由を答えられないから全て不正解となってしまう……?これらの質問の回答を最も知るのはどう考えても私達生贄として選ばれたメンバー以外に居ないはず。何故回答権を何も知らないレポーターなんかに任せたのだろうか。それに、天野さんは眠りについているから兎も角、日嗣尊さんは今までの質問、全てに的確に答えられたはず。そして当時の捜査記録から警察側からもレポーターへと捜査情報は流れているはず。それに答えられないという事は当時の捜査記録だけではカバー仕切れない情報が新たに浮上しているのかも知れない。日嗣尊は北白事件の共犯者として二川亮を刺した。そして石竹君は彼を射殺した。二人の目的は恐らく同じだったはず。天野さんが局にリークした情報が正しいとするなら日嗣尊さんも石竹君と同等かそれ以上の調べはついていたはず。何故、彼女は答えなかったの?杉村さんが伏せ目がちに是非の判断を下す。


「不正解。北白直哉は生贄としては少女しか選ばなかったよ!その証拠にろっくんは怪我は負ったけど、殺され無かった。北白直哉が五件目で同じく誘拐した少年少女のうち、少女だけを抱えて山小屋を飛び出したのが何よりの証拠……です。逆に言うと何故少年の方を現場に放置したのか。それは生贄に選ばれるのは常に少女だからだよっ……だから彼は儀式から彼女を助けたくて山小屋を飛び出したの」


 私にある考えが思い浮かぶ。答えられた質問を答えなかった日嗣尊さんは……石竹君と杉村さんとグルである可能性が高い。そして文化祭の時、何人かの人間に小室さんを介して手紙を渡し、二川亮と石竹君を対峙させた。これはただの◯✖︎クイズゲームなんかじゃない。彼等の思惑を成就させる為だけに用意された舞台。そう考えると全てに納得がいく。でもこんなクイズゲームになる事まで彼女が果たして予想出来ていたのだろうか。それに石竹君の記憶が戻っていなかった時期に、関係者である杉村誠一さんや石竹白緑さんから事実を聞かされていたとしたら?日嗣さんからの情報無しでも十分にクイズゲームに対応出来るはずだ。もし、アンケートで脱衣形式になっていたとしたら……どうするつもりだったのだろう?そして脱がされる最初の犠牲者は私になっていた。仮面をしているとはいえ、そんなのは御免被りたい。そのもしもの為に用意された仮面だったとしたら呆れるけど。


「待って下さい!そんな説明では不十分です!だっておかしいじゃ無いですか!誘拐した本人が、殺せな……生贄に捧げられない少年を連れてくるはずが無……い……?まさか……あの死神少女が番組に寄せた情報は正しかった?犯行は北白だったけど、生贄の選定は……別の人間が行ったということ……に……」


 悪足掻き、尚も食い下がるレポーターが何かに気付いた様に口を抑える。そう、これは勝ち負けを競うクイズゲームなんかじゃ無い。私達八ツ森の人間が上辺だけしか知らない北白事件を理解する為に設けられた特別ステージ。彼は言った。これは八ツ森市民に対する「ふくしゅう」だと。


「復習違いか……本当にやってくれるわね……貴方達!」


 私は顔を覆う仮面を投げ捨て、しっかりと彼等の眼を見据える。椅子に掛けた石竹君が僅かに顔を痙攣らせながらガスマスクを再び着用する。杉村さんも同様に慌ててガスマスクを着用しようとするけど、それを私が許さない。一歩一歩、力強く、生徒会、学年代表の圧、田宮稲穂として彼女に近付いていく。予想外の私の行動に身体が強張り、着用する前の手を払うとそのままガスマスクが床に転がる。メスゴリラと呼ばれる本来の彼女らしからぬ失態だ。


「石竹君、杉村さん!」


「「ハイッ!!」」


「このままゲームを続けてもきっと八ツ森側の人間はそこに並ぶ生贄達を超える回答は、きっと得られないわ。その事に貴方達は最初から気付いて居た。違うかしら?」


 杉村さんが困った顔で石竹君に助けを求める様に振り返ってから私に仕切り直しを訴えてくる。


「あの、その……今は回答者側のjudgeです。その問いには答えられないま……せっ!?」


 杉村さんが涙目で私に拳骨を落とされた額を抑えながら呻く。


「うぅ、田宮さん、クイズに答えてないのに攻撃しちゃダメだよ……それに私を攻撃しても意味なんか……」


「これはクイズゲームよね?私はクイズをだしているんじゃないわ。ただ質問をしているだけよ」


 杉村さんを殴った拳がヒリヒリと痛む。そう、きっと殴られた方も同じぐらい痛いのよ。杉村さんが特別頑丈に出来ているのかも知れないけど。身体だけで無く、心も相応の負荷がかかっているはず。その負荷がきっと事件から最も遠い私を殴打する事への躊躇を生み出している。このままでは決着はつかない。私はそういうふわふわした状況が大嫌いだ。


「私すら殴る覚悟の無い貴女に言われたくないわ」


「田宮さ……ふぎゃ」


 念の為にもう一回拳骨を降らせておいた。これで少しでも彼女の中に罪悪感が薄まってくれる事を願って。


「ひどいよぉ……二度も殴った……パパにも額をまともに殴られた事無いのにぃ……」


 うん、もう一回殴っておこう。


「……ぐすん」


 流石に三回も殴られると抵抗の意思が無くなったのかただ下を向いて何も言わなくなってしまった。私は溜息を吐きながら彼女の両肩を掴み、その体を奮い立たさせる様に揺らす。


「杉村さん!しっかりしなさい!貴女達が成したい事って、私如きの存在が判断を鈍らせる程度なの?違うでしょ!そんな半かな覚悟で事件を起こそうとするならすぐにでも自首しなさい!貴女は、石竹君が全てを背負おう覚悟で立っているのに、貴女だけが弱腰でどうするのよ!杉村蜂蜜っ!」

「はいっ!」

「覚悟を決めなさいっ!一切の容赦もしないで!それが……それが私達、八ツ森側の人間の代表として此処に立つ意味だから!さぁ!殴り返しなさい!蜂蜜っ!」

 私の一言でその眼に光が宿る。うん、それでいい。貴女なら大丈夫……。

「私……私、転校当初、田宮さんから親切にして貰った事、すごく感謝してるの……あと外履きで教室入ってごめんなさい。校則違反のジャングルブーツも履いて御免なさい。こうして叱ってくれる事にも……ありがと……だから、私も、頑張る!」

「それでいいのよ……私の方こそありがとね……私達の代わりに彼を救ってくれたのは紛れもない貴女なんだから……もっと自信を持ちなさい……よ」

「田宮……さん?」

 彼女の拳が強く握られる。それは怒りや憎しみからくるものでは無い。過去と向き合う事を決めた覚悟から来ている。スッと引き下げられた拳。私が微笑みながら眼を閉じると歯を食い縛る。舌は噛まない様にしないとね。そのタイミングでガスマスクを外したのか、元の声で石竹君から杉村さんに声がかけられる。

「蜜蜂……いや、ハニー……僕達の覚悟が足りなかったみたいだな……田宮、有難う……負けてられないな……僕らも」

「ろっくん?」

「田宮の事はなるべく巻き込みたく無かった……けど、その田宮に叱られてちゃ訳ないよな……Wake a Hornet(目覚めろ殺人蜂)……此処から本当のショータイムだ……」

 彼の声と共に杉村さんの目つきや表情が一変する。この圧は知っている……教室内で時々垣間見えたもう一人の杉村さんだ。私の意識がプツリと途切れる直前、彼女が囁いた。

「そうね……これは"私達"の問題……よね」

 石竹君の宣言の後、衝撃も痛みも何も感じず暗く塗りつぶされていく視界の端、彼女の冷たい緑青色の瞳が私の事を無表情にただ見つめていた……その瞳は何処か石竹葵さんを彷彿とさせた……私が目覚めた時、全てが解決した後だといい。このままもしかしたら目覚められない可能性も無きにしも非ずだけど。

白滝苗「……(゜o゜;;!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ