表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
250/319

穢れた魂


隠者(9)HP [ 95 / 150 ]

蜜蜂:月(18) HP [ 248 / 250 ]


太陽(19): HP [ 60 / 63 ]

 審判(20):HP [ 79 / 79 ]

 星(17):HP [ 60 / 70 ]

 死(13):HP [ 1 / 110 ] ねむり

 吊るされた男(12):HP [ 83 / 83 ]

 恋人(6):HP [ 74 / 74 ]

 女教皇(2):HP [ 69 / 69 ]

 硬貨の女王(Queen):HP [ 74 / 74 ]

 棒の1(Ace):HP [ 300 / 300 ]

 <山小屋・外>


「フンッ、私の妹婿に手を出すからだ。あの深淵娘め」


 手にした端末越しに小屋内の状況を見守るネフィリム特殊部隊隊長のサリアが婦警の制服姿に戻り、始まった最終生贄クイズゲームを膝の上に乗せた陽守芽依と視聴していた。膝の上に乗せられた生首の目隠し少女はテレビを見るために目元に巻かれたリボンをサリアに取ってもらっていた。その紫眼が心配そうに小屋内の様子を見つめる。


「サリアさん、きっと彼女わざとですよ。わざと妹さんを怒らせて……」


「フン、まさか、単に妹婿を奪おうと目論んでいるに違いない」

「あはは、本当に妹さん思いなんですね。あっ、知ってます?私も兄妹の妹なんですよ?だから大事にして下さいよー」

 サリアが端末から目を離し、彼女の首を見下ろす。

「ん?だからこうやって大事に抱えてるだろ?」

「……具体的に言うと、非干渉隔離結界の上で横たわっている胴体と合体したいんですけど。監視してるポゥさんも段ボールおじさんとつまらなそうに空を眺めてますし……」

 サリアは山小屋の周囲をドーム状に囲む陽守芽依が出現させた結界の上方を見上げる。

「ダメだ」

「ポゥさんの刀に貫かれて、動けないんですよ」

「そうさせているからな」

「ドーナツあげますから」

「警官を買収しようとするな」

「オーガニックなドーナツでもですか?健康に良くて、太りませんよ!」

「うぐぐ……だが、屈しないぞ。それに、お前なら……あの結界を解けば持てる力を百%自分に回し、強引に抜け出す事は可能だろう。もちろん、私の膝の上からも」

「そうですね……けど、それはまだなんです。それにサリアさんの膝の上も結界が張られて動けません」

「もう何も企んでないよな?それに私は何もしてないぞ?」

「この温もりと白い足の柔らかさから抜け出せる術を私は知りません」

「蹴飛ばしてやってもいいんだが」

「ごめんなさい!大人しく彼等を見守ってまーす」

「厄介ごとを増やすなよ?私でも庇いきれないのでな。これ以上は」

「サリアさんは本当に優しいですよね。誰よりも」

「……気のせいだよ」

 少し照れたサリアが誤魔化すように端末に視線を戻し、陽守芽依にも見えるようにと少し画面を傾ける。その傍では到着した警察の支援班が小屋の周りで気を失う隊員達を回収していく。その中の警察官一人が現場の責任者であるサリアに声をかける。

「天ノ宮警視正!」

 端末を眺めながら生返事をするサリア。

「ん?なんだ?」

「警官隊、全員無事です。こちらで回収致しますので引き続き、小屋の監視をと長官よりお達しがありました」

「あぁ、そのつもりだよ。無傷か……妹婿も元気そうだったな……死傷者が出なかっただけ、マシか。しかし、凄い精神力だよ。私の弾を四発喰らって平気な顔してるとは……流石愚妹の背中を守る男だけはあるか。以後、増援は?」

「はい!ひとまず、此処はネフィリムに任せておくようにと指示を受けています」

「そうか……了承した」

 支援班の警官が敬礼した後、辺りに浮遊する可視化された黒い亡霊達を恐る恐る避けながら姿を消していく。因みに、爆炎に囲まれてはいたが、その一部を段ボール男に吹き飛ばして貰い、部分的には通行可能になっている。サリアが違和感を覚えたのは、金貨の女王の仮面を被る黒髪の少女が白滝苗に指定されたタイミングだった。ここから本番という訳だ。

「(ん?警察としては今のこの時間は戦力投入準備を進めるのに絶好機会だろ?それを待機指示だと?)」

 サリアが上空を見渡し。その違和感を口にする。

「おかしい……静か過ぎる。まさか……日本警察は撤退を余儀なくされたと言うのか?七年前と同じ様に……」

 膝の上から少女の声がかけられる。

「どうしたんですか?サリアさん?」

「……もしかしたら……既に事態は最悪の方向へと動き出しているのかも知れない……」

「最悪の事態?ですか?」

「私達のお母様が……動き出すかも知れない……いや、既に動き出しているかも知れない。もう時間はあまり残されていないぞ?少年……」

「サリアさんのお母さん……?」

「あぁ……あの人も規格外の人間だからな……娘が誘拐されたとなれば、ネフィリムと日本警察の伝手を利用して介入してくるはず。私の手で止めておきたかったのだが……」

「そのお母様1人で何か変わるんですか?」

「……本国の特殊部隊S.A.Sを動かせる権限を持つ母様の事だ……やりかねない」

「警察の方よりも……強いんですか?」

「もちろんだよ。相手は軍隊だ。犯人を殺す権限も与えられている。最悪の場合……愚妹以外の命の保証は出来なくなる……。単純な強さで言えば……芽依の身体を串刺しにしているポゥ=グィズィーや、段ボール箱を被ったレオボルト……そして、お前は……別格だからカウントしないでおく」

「えへっ。まぁ……半分人じゃ無いですしねれより……そんな戦力を投入するなんておかしく無いですか?」

「それが……それがあいつの犯した罪の重さだよ。テロリストとなんら変わらない。芽依……前言撤回だ……この結界、まだ解くなよ?」

「はい……大丈夫です。まだ、解く気はありませんから……それに始まりましたよ……彼らの最後のゲームが……此処からが彼等の言う本番……私も部屋内についての展開は聞かされていません……ドキドキ」


 <白滝苗>


 予行練習が終わると、全ての照明は落とされ暗転する。暗闇の中、私の宣言する声だけが部屋に響く。


「……serect the Queen of Pentacles(金貨の女王)……」


 画面の正面奥、一人の少女の姿を局所的なライトが浮かび上がらせる。スポットライトを浴びた少女は私の呼びかけに何の迷いもなく立ち上がる。凛とした姿勢が印象的だ。その仮面の絵柄は女王の王冠の下に丸い金貨が描かれていた。彼女の素性は知らない。けど、その毅然とした雰囲気が彼女自身の生真面目さを伺わせた。素顔が明らかになった蜜蜂、日嗣尊、天野樹理に加えて彼女もまた均整の取れた躰つきからどうしても美少女の素顔を想像してしまう。もしかしたら、この生贄ゲームは何か映画のオーディションなのでは?と思わせる粒揃いの美少女達が集められている気がする。偶々なのだろうか?

 私情を挟むなら、私は先程の小学生の様な少女の惨状を顧みて、殴られる可能性があるなら審判か吊るされた男の少年二人どちらかを選ぼうとした。けど、生贄選択についてはチーフプロデューサーから直々に指定があった。多分、絵面的に生贄ゲーム事件、本番の最初として視聴者を引き込む為の演出の一つだろう。画面の向こうで見ている視聴者は……美しい少女が血を流す様を心の中で求めているのだ。私はしがないレポーター……チーフプロデューサーに逆らう権限など無い。けど、私は回答者として選ばれてこの場に立っている。もしもの時は……私は私の意志で彼等と向き合おうと思う。私の手の中には、気を失い、眠り続ける死神幼女の仮面が握られている。


 もしもの時は、私自身が生贄になるつもりだ。……でも、あの金髪の女の子に殴られたら痛そうだ。殴打でも充分殺せる技量をきっと彼女なら持っているはず。ん?ならば相手を殺さない為の技量も当然持ち合わせているという事かな?この質問はスタジオ内から投げかけられたもの。私は八ツ森代表の回答者である前に局の傀儡に過ぎない。


《question ⑴:これは…この最後の生け贄ゲームは……我々八ツ森市民への復讐である》


 私が質問をすると、私と隠者側にライトが当てられる。ボロ布になった白いポンチョを纏いながら、石竹少年が切れ目の出来たガスマスクを着用しながら静かに抑揚の無い声で答える。その声は変声機を通す為、声から感情は読み取れない。彼の宣言が部屋に響く。

「……anser」

 私がその宣言に受諾を意味する言葉を返す。

「accept……」

「答えは◯です。貴方達は僕を七年にもわたり騙し続けていました。父のお節介と皆さんの善意から出た行動でしょうが……忘れないで下さい?貴方達は一人の少女の記録を抹消し、一人、少年を救った気でいる。そして、その少女の遺族の気持ちを真剣に考えた事がありますか?私の知る限り……彼女達の部屋にはその子の写真すら……飾られて……なかった……んです」

 言葉尻に向かうと共にトーンが低く、抑揚が無くなっていく。彼にもきっと思うところがあるのだろう。彼の横に座る蜜蜂さんが画面の中央にやってくると、黄色いレインコートの下から◯✖️棒を両手でくるくるさせた後、答えを掲げる。

「judge!判定は……◯だよ!隠者(ハーミット)側、正解!よって生贄の解放は無しです!」

 素早く◯✖️棒を直した蜜蜂が元居た場所へと帰っていく。カメラの位置関係は、正面の奥に生贄の少年少女達。カメラのすぐ横に私が待機し、左側に隠者と蜜蜂。そして右側に選ばれた生贄が片腕に鎖を繋がれながら立っている。隠者側は八ツ森側の質問に対して正解した為、隠者側のターンとなる。


《question ⑵:北白直哉は幼児性愛者だった……》


 その質問に私を含め、スタジオから流れてくる音声内にも静かなどよめきが起こった。凶悪な犯罪内容であるにも関わらず、北白事件は犯人へ下された判決は無罪。重度の精神疾患が見受けられたからだ。あの事件では佐藤浅緋さんを含む五人が死亡したにも関わらず、犯人はその罪を償う事無く施設に入れられた。そう、あれは現実と妄想の区別がつかなくなった精神異常者が起こした事件であり、その動機は様々な噂が流れたものの誰一人として分からず終いだった。

 スタジオ内からの声で、当時、映画やゲーム、コミック、アニメなどの影響を受けて北白直哉は子供達を殺し合わさせたという意見が大半で、もう一つ、十歳前後の少女ばかりを狙った犯行であった為、小児性愛者であるという噂も少なくなかった。様々な憶測が飛び交うスタジオで誰もがハッキリとした答えを用意できなかった。

 私は、隠者がなぜこの質問を用意したかを考える。正直なところ、予行演習を終えたばかりのこの段階でここまで踏み込んだ質問をしてくるとは思っていなかった。だから私はその踏み込み具合からその話題を出した点を踏まえ、答えの出せないスタジオや視聴者を他所に、私の感覚で答える。

「anser……」

 隠者が頷き、了承の宣言をする。

「accept……」

「北白直哉は小児性愛者……故に……◯である」


 <小屋・外 (サリアと芽依)>


 端末越しに状況を見守る天ノ宮サリアと陽守芽依だけは事実を知っているかの如く、眉を顰め、サリアが膝に鎮座する芽依の顔を覗き込むとお互いの視線を交わす。


「おい、回答者は何をやってるんだ?スタジオや視聴者と相談した結果がそれとはな……彼は違う……よな、芽依?」

「はい。私はサリアさんと違って直接話した事は無いですが……彼が犯行を儀式と呼んだ点と、この八ツ森の四方を冠する一族の末裔である事を鑑みれば……生贄ゲーム事件はその背景に古い慣わしが存在する事が読み取れます。ただ……」

「あぁ。北白直哉オリジナルの要素が生贄の儀式には付け加えられている……そう考えるとわざわざ少女を対象にした事は、小児性愛者を匂わせるが……あいつに限ってそれは無いだろうな」

「あらら?そうどうしてそう言い切れるんですか?」

「私は、生前の彼の元担当医とも仲が良くてね」

「あぁ!ネフィリムにも席を置くあの丸眼鏡の女医さんですね!」

「あぁ。高野美帆の診断に間違いは無いと……私は思っている」


 <白滝苗>


 画面の中央に移動した蜜蜂にのみスポットライトが当てられ、✖️の札が掲げられる。そんな……間違えた?隠者が答えを捕捉していく。

「……北白直哉は小児性愛者では無かった。正確には……同性愛者であると彼を担当する医師から事前に伺う事が出来ました。故に、幼い少女を目的とした犯行ではそもそも無かったんです」

 ど、同性愛?スポットライトが切り替わり、照明が全体を淡く照らし出していく。不正解故に私達が選択した生贄の少女の腕輪が蜜蜂によって外される。それはまるでガンマンの決闘の様に金髪の少女と長い黒髪を垂らす少女が向かい合う。隠者の言葉は更に続く。

「彼……北白直哉が行った生贄ゲームは伝承にあった逸話を模倣したもの。ただ、本来の伝承では幼い少女だけが贄になった訳では無く、殺し合いも無かった。その目的は、森に住まう怪異からの被害を防ぐ為でもあったとあります。森に捧げられた者達は……別の何かになってしまうという言い伝えと共に……北白家、並びに四方を冠する氏の持ち主達へはそう伝えられていました。今はもう……廃れた伝承のうちの一つです。よって、正解は✖️です。さぁ……翔べ……」

「待って!!」

 私の言葉に隠者が首を傾げる。

「そんな、そんなオカルト!信じられません!」

 イヤーカフを通してスタジオ内でも騒めきが巻き起こっている。

「この八ツ森に残る伝承が彼とを直接結びつける要因にはならないと思います!スタジオや視聴者からも反対の声が多数出ています!」

 隠者が困った様に首を傾げる。

「なら……彼自身の声に真剣に耳を傾けて来た人間が何人いるでしょうか……」

 そこで私達は気付いた。私達の知る北白直哉の犯人像は、その残忍な手口からメディアによりその残虐性は助長され、彼の異常な行動と発言ばかりが祀り上げられていた。彼の声に何の偏見も無く耳を傾けた人間は果たしていただろうか。

「でも……例え、伝承が事件を起こす発端だったとしても!幼い女の子ばかりを狙った犯行に変わりは無いはず!幼い女の子達が血塗れになっていく様を見て、興奮してたかも知れない異常者なんですよ!」

 隠者が困った様に端末を懐から取り出すと、中継映像を呼び出し、誰かに呼びかける。

「ハチモリッ!スタジオの……特別顧問、柳本さん、聞こえますか?」

 隠者がカメラを通して警察の特別顧問である柳本さんに呼びかける。

「……何かね、少年?」

「一つお伺いします。過去五件、被害に遭った少女達の衣服や身体に北白直哉の指紋や体液、もしくは小児性愛者を疑われる様な痕跡はありましたか?」

 暫くの沈黙の後、顧問が静かにその口を開く。

「……ないよ。生存者、死亡者に関わらず、被害少女達への性的関心を匂わせる痕跡は全く無かった。一件目の死亡した少女に関しては乱雑に扱われ、衣服が切り裂かれていたにも関わらず、斬り傷以外の痕跡は無かった。生存した其処で気を失っている死神少女への暴行の痕跡はあったが、性的なものはない。目が覚めたら本人に聞いてみてもいい」

「他の件に関してはどうです、柳本さん?」

「二件目も同様だ。こちらは白骨化した遺体の検死により、少女二人が殺し合った可能性が高い。包帯で手厚く葬られていた少女にもその痕跡は無かった」

「三件目は……?」

「この件だけは不思議でね……被害に遭った双子の姉の方は……乱雑に扱われていた他の死亡者と違い、丁寧に棺桶に入れられていたよ。山百合の花と自ら切り落とした手首と一緒にね。妹さんの方も安全な人目のつきやすい車道へと大事に座らされていた。姉の血がこびりついた衣服は着替えさせられてはいたが……これは衛生面と野犬が血の匂いを嗅ぎつけない様にと考慮していた可能性が高いと警察では見ている……」

 星の面を付けた少女が手を挙げ、発言する。

「妾も……北白直哉の小児性愛については無いと思う。身体を弄られた記憶も痕跡も私の身体には無かったわ……。私の第三ゲームは特殊なのよ……敗者である私が生き残った。姉さんは……命姉さんは……生きる為に最後まで抗った勝者。私を生かす為に最後まで戦って北白を刺して失血死した……私の命を救う為に……」

 隠者が軽く星の少女に頷き、画面に映し出されたスタジオに居る柳本さんと向かい合う。

「四件目は……君も知っての通り……だが、腹腔は縦に切り裂かれて、内包物は崩れ落ち、その刃先は幼い子宮まで傷つけられていた。これは性的な欲求が起こした行為ではない。彼はその血を身体に浴びる為にそうした可能性が高い。その直前に君に絞殺されていたからね」

 隠者の少年の拳が硬く握られるのを私は見た。彼は……やはり北白を恨んでいるのだろうか。自らがその立場になったというのに。床を何かが打ち付ける音がする。そちらを向くと、太陽の仮面を付けた少女がしきりに床に拳を叩きつけ、自らの身体を引きちぎる勢いで掻きむしっていた。その彼女を宥める様にラッパのマークの少年がその背中を叩いて宥めている。どうしたというのだろうか?

「ん?少年、大丈夫か?」

「はい……私は大丈夫です。次、五件目は?」

「五件目?あぁ、施設を退院した後に起きた高校生二人が被験者に選ばれた件についてだね。幸いな事に、誘拐された少年少女が死ぬ事は無かったが……レイプ目的で侵入してきた青年三人に襲われた時に怪我を負いはしたが……むしろ逆だった。北白直哉は贄の二人を助けるかの様に現れ、手持ちの斧で二人を殺害。その後、生贄ゲームを始めるものの、四件目までに見られたルールを独自に解釈し、二人を生かす努力をした。そして、彼は贄の少女をまるで逃がす為に小屋から飛び出し、そして……森の中で男に殺された。最終的な死因は撲殺だったが少女の身体には衣服がかけられ、北白直哉の少女に対する性的暴行は認められなかった……」

 一通り語り終えた後、柳本さんが私に謝罪する。

「すまないね。白滝キャスター……本来なら君に味方すべきだが……性的な被害があったかどうかにより少女達に対する世間の目は変わる。それが良い方か悪い方、どちらに転ぶかは分からないが……その事実が確認されていないなら、そう答えるべきだと私は判断した」

 私はそれに必死に首を横に振って否定する。

「そんな、私が勝手に答えた件、柳本さんは悪くないですよ……悪いのは……私……で」

 そうだ。私だ。私の答えの所為で少女は殴られる?いや、でも、例え✖️を選んでいたとしても、明確な理由を述べる事ができない時点で無効となっていた……はず。隠者の少年が視聴者の同意を得られた事を確信した様に頷くと、手元の懐中時計を掲げ、蜜蜂の少女に指示を出す。

「では、よろしい様ですね。……翔べ!蜜……」

 私の所為で罪の無い少女が殴られる場面を想像し、心が悲鳴を上げる。想像以上に自分の責任に於いて誰かが暴力を振るわれるのは厳しいものがある。

「待って!下さい!性的暴行が無かったからと言って、小児性愛者では無かったという理由にはなら無いはずです!もっと、そうね……彼の身近に居た人物から話を伺う事は出来ないでしょうか!」

 尚も食い下がる私に呆れた様に溜息を吐く隠者。端末を覗き、スタジオの様子を伺っているようだ。

「えっと、ハチモリッ!の鳳さん」

 私のカフ越しに驚いた様な鳳さんの声が届く。

「はい!何でしょうか!」

「スタジオへ視聴者から回答の信憑性に対して異議があった場合に備えて連絡先を常に表示してこちらに繋ぐ事って出来ますか?」

「はい、こちらでも今回のクイズゲームの内容についてはリアルタイムで配信しています。そして、視聴者からの電話も随時受け付けております……」

「二分待ちます」

 隠者が懐中時計を取り出し、カウントを始める。長く感じられる沈黙の中、画面両端で待機している蜜蜂少女は三角座りで待機する。金貨の女王は体勢を崩す事なく、背筋を伸ばしたまま立って居た。これは◯✖️クイズという体裁でありながら信憑性のある理由や証言が必須となる。それはまるでクイズというよりは裁判に近いものを感じざるを得なかった。その電話が掛かってきたのは、残り時間があと五秒と差し迫った時だった。スタジオから慌しく、鳳先輩へと電話が繋がれる。

隠者(ハーミット)さん、えっと、一般の方からの貴方に繋いで欲しいと連絡がありました」

「分かりました。音声、繋いで下さい」

 電話相手の小さな息遣いが聞こえてくる。暫く間の後、意を決した様に女性の声が受話器の向こうから聞こえてくる。

「……何時ぞやは北白家の者がご迷惑をおかけしました。名乗る事は出来ませんが、北白の名を冠する親族とだけお伝えしておきます」

 隠者の少年が静かにその言葉を受け取ると、北白家の女性が話を続ける。

「直哉は……北白直哉は確かに石竹様の仰る通り、同性愛者でありました……」

 その発言にスタジオ内にもどよめきが起こる。

「いえ、私は同性愛である事に偏見はありませんが、直哉の……北白直哉の両親はその事を恥じ、ひた隠し、息子である直哉さんの事を穢れた存在として蔑まれて育ちました……その事に対して強制を促し、日常的に暴力を振るわれ、窮屈な生活を強いられていたと言っても差し支えありません……そしてその事に対して直哉さんは劣等感を抱き、変えられない自分を呪い、如何にかして自分の汚れた魂を浄化する術を求めた末に、あの忌まわしい事件を引き起こしたんだと思います。だから……我々、北白家にも少なからず問題はありました。不幸が不幸を呼び、憎しみが憎しみを引き起こす連鎖を……私達は……本当に、被害者並びに被害者遺族の方になんと言って謝罪すれば良いかも……」

 言葉尻が弱々しく消え去りそうになりながらも、一族の犯した過ちを告白する女性の声は少なくとも虚偽を語っている様には思えなかった。もしかしたら、隠者の少年はこの事も踏まえて事件を起こしたのかも知れない。それに対して被害者でもある隠者の少年が仮面を外し、本来の優しい声で答える。

「情報提供有難うございます。そして、北白家の方達も加害者の関係者としてこの七年間を苦しんだはずです。そして、公にはなっていませんが、北白家の土地や財産は当主になった北白直哉の判断で被害者、被害者遺族に全て分配され、もうその名前しか北白家には残っていません。そうですよね?」

 電話相手の女性が涙ながらに静かにその言葉に頷く。

「本当にごめんなさい。私達がもっと、もっと直哉さんの苦しみと向き合い、そして手を差し伸べる事が出来ていれば、あの事件は起こらなかったかも知れないんです。本当に申し訳ありませんでした……本当に……」

 その言葉を聞く全員が全く言葉を発せられない状態だった。私達はどこかで北白直哉という犯人像を勝手に決め付け、異常者としてしか見れなくなっていた。そして予行演習の時に果てた死神少女についてもそうだ。事件被害者であり、加害者である彼女があんなに元気よく飛び跳ね回る姿を誰が一体想像出来たのだろうか。

「その勇気に感謝します。個人的な意見ですが、僕は……北白直哉が引き起こした五件目の事件、彼は本当はあんな事、したく無かったのでは無いかと……考えています……」

 その言葉は優しくもあり、どこか鋭さを伴っている様にも思えた。此処に来て、初めて彼の本心が垣間見えた気がした。そしてそっとガスマスクを着用すると静かにその声が響く。

「北白家の方からの発言を得て、以上の事から八ツ森側の回答は不正解と致します。蜜蜂、準備を」

 その言葉を受けて蜜蜂の女の子が黄色いレインコートを翻しながら勢い良く立ち上がる。

「翔べ……蜜蜂!」

 隠者の掲げた懐中時計のカウントは無慈悲にその十秒を刻み始める。

「ま、待って!悪いのは私だから!」

 私の声はただ虚しく部屋に木霊する。私の声には何の影響力も無い。

 私はただ只管、自分の無力感を呪い、その黄金の軌跡が仄明るい室内を切り裂く様を眺める事しか出来なかった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ