幼馴染のスカートの中=武器庫
※杉村蜂蜜同好会規定(2012.6.5)
其1,我らは彼女を女神とし、崇拝する。
其2,汝ら女神に必要以上に近付く事無かれ。
其3,何度拒絶されても諦めるな、我らの人生は女神と供にある。
其4,女神を孤独にしてはならない。
其5,女神に危害を加える者を我らは決して許さない。
其6,同好会会員は女神の情報を共有する事。
今日もライバルと腕を競う杉村蜂蜜。(楽しそう)に加えて杉村同好会会長(よく僕に突っ掛って来る先輩)と鳩羽との小競り合い。(無益な争い)東雲雀が現れて以来、2年A組の日常風景は少し変わった。
晴れて東雲のライバルと認められた杉村蜂蜜はことある事に彼女からの決闘を受けていた。毎朝の事はもちろん場所を選ばずにだ。
正確には東雲が木刀を片手に殴りかかってくるから、杉村としても敵と見なさざるを得ない訳だが。攻撃対象が今のところ東雲に集中しているからだろうか、心なしか教師や生徒の表情は穏やかだ。これで全て解決した感じなのだろうか。さりとて今日も2年A組に硬質的な打撃音が響く。
「ふむ、リーチが長い筈の私の一撃がお前に届かないという事は……」
常人の目では追えない速度で東雲の突きが杉村の顔面を襲う。
それを目で捉える事無く寸前の高さで避ける杉村。リーチの長い東雲の懐に臆さず突っ込んでいくが、あと一歩届かない。東雲は近接してくる杉村から遠ざかるか、剣術以外の体術で彼女の態勢を崩すからだ。
「くっ、何故だ!私の間合いだぞ!なぜこうも攻撃が防がれてしまう!」杉村の悔しそうな言葉が教室に響く。焦っている杉村を見るのはなんだか新鮮だ。
不思議なものでこういう光景も毎朝続くと慣れてくる。なんだか微笑ましいもの見ているように感覚が鈍化されていく。それは他のクラスメイトも同じ様で毎朝の決闘が日常の風景と化していた。そういう意味ではあの東雲という子には感謝している。
横にいる佐藤が囁く。
「東雲さんって、男勝りだけど結構ファンが多いらしいよ?」
興味無さげにそれに若草が答える。
「確かに身長高いし、足も長い。顔も整ってる方だし、スタイルもいい。モデル体型ってやつだな。俺は興味範囲外だが」
「あなたにとってはそうよね。でも、あれで恋人いないのは何だか勿体無いわ。素直で少し天然な所も男子にはポイントが高いらしいし」
佐藤が羨ましそうな目で剣技を繰り出す東雲の胸元を見つめてぼやく。
「あの揺れ具合はD位はありそうね。くそったれめぇ!!」
おっと、杉村のトンファーが東雲の頭をかすめ、ヘアピンが弾け飛ぶ。焦る東雲を見て、杉村はしたり顔になっている。
「ねぇ、石竹君はどっちが好み?」え、僕?
僕は東雲と言う子をあまり知らない。とりあえず、顔を確認してみる。日本人の顔だ。ヘアピンがとれて前髪が下ろされた状態にあり、少し清楚な感じがして結構好みだ。頬もなんだか赤くなっているし。
「鳩羽ぁ!そいつをよこせぇ!!」
東雲の怒号が響く。少し距離をおいて杉村の近くに杉村同好会の面々と供に居た鳩羽は、慌てて持っていた木刀を布袋から出すと、彼女に放り投げる。それを回転しながら受け取る彼女。わざわざ回転したのは杉村に隙を突かせない為の配慮だ。杉村の表情が変わり、距離を置く。初めて見る東雲の戦闘スタイルに危険を敏感に感じ取ったらしい。
「二刀流?剣道なのに?」
僕の疑問の声を聞きつけた鳩羽が近くにやって来る。耳がいいな。
「東雲先輩の真価はですね、2刀流で発揮されるんです。本来の彼女は剣道と言うよりは“杖道”の使い手でもありますが、家系的に“二天一流”にその籍を置く人なんです」なんだか嬉しそうな鳩羽。
「じょうどう?にてんいちりゅう?ってなんだ?」
「あ、杖道っていうのはですね……まぁ剣道に似た感じなんですけど、主に木の棒や木刀を使用した武道で……二天一流っていうのはあの宮本武蔵が開祖した……」
「あぁ、宮本武蔵ね」
話が長くなりそうだったので、何となく相槌を打って話を止めた。最近、こいつとも仲良くなりつつある気がする。ストーカーの先輩と後輩だからかな?対する杉村も、もう1本のトンファーを背中から取り出した。
誰も突っ込まないけど、お前の背中は四次元か!って言いたい。じりじりと互いの間合いを測り、距離を詰めていく両者。固唾を飲んで見守る観衆。僕の視界を佐藤の大きな目と童顔が占拠する。
「で、どっちが好みなの?」
あ、そうか、その質問の途中だった。佐藤の後方で再び打撃音が幾つも炸裂している。
「好みで言うと、東雲さんで……でも情があるから、やっぱり杉村かな?」
「やっぱり!」と何だかプリプリ怒る佐藤。
そこにぞろぞろと杉村愛好会の面々が僕と鳩羽の元にやってくる。
「鳩羽くん!まだ私の話は終わっていないぞ!君も是非我が会に入会してくれたまえ!」鳩羽が迷惑そうに首を振る。
「嫌ですよ、あんな会に入るのは!ただの男子同士の慰め合いの会でしょ?僕は、へこたれませんよ!何度気を失わされてもね!」
杉村同好会会長……確か、3年の「細馬 奨」先輩が苦虫を潰したような顔になる。
「違う、我らは女神を崇め、見守る組織、言わば保護団体の様なものなのだ!ちなみにこれが会員証で1枚150円で特注して作って貰った。裏面には会員Noと規定も刻まれているぞ?どうだほしいだろ?入らないか?」
「嫌です。それに保護って……彼女はパンダじゃありませんよ。それに彼女は女神でもありません、どちらかというと天使のイメージです。彼女の事は天使と呼んで下さい!」
「いや、女神だ!彼女の黄金の輝きは月の女神アルテミスを彷彿とさせる」
「いえ、彼女のあの輝きは天使の光輪と白い翼をイメージさせます!」
どっちでもいい。
正直うんざりしていた僕は「トイレに行く」と佐藤に言って席を立つ。僕が席を後にすると鳩羽と細馬会長は掴みあいの喧嘩に発展してしまう。彼らは1つ穴の狢だというのに。対する僕はどうなんろうか。彼女にとって僕は同じ狢なのだろうか。
以前ランカスター先生は話していた。
彼女にとって僕は特別なんだと。
決闘中の杉村達の横を通り、後ろの扉から出ようとすると、大きな音がした。杉村が東雲に剣技で僕の席近くまで吹き飛ばされてしまったのだ。離れてて良かった。
「これだ!この手応え!これを確かめたかった!」東雲の歓喜に震える声が響く。
杉村は手が痺れたのか、トンファーを両方とも床に落としてしまう。
武人である東雲はもちろんそんな杉村を攻撃する事は無いので安心して見て居られる。ふと視線を杉村の後方に目を向ける。
お互いに夢中になって近くに女神天使が居る事に気付かない狢が2匹。
ストーカー鳩羽と細馬会長。
嫌な予感がする。あのトラブルメーカー共め。
掴みあいの喧嘩をしていた鳩羽が細馬先輩に突き飛ばされて杉村の背中にぶつかってしまった。
いわんこっちゃない。
彼女に対する警告無視の0距離接触は前例が無いが……恐らくそれは危険を意味する。僕はトイレに行こうとしていたが、慌てて引き返す。
鳩羽が誰の背中にぶつかったのかを確認する刹那、僕はそれを垣間見た。杉村のスカートが翻り、腿にベルトで固定されていたナイフを手にすると、振り向き様に鳩羽に突き刺そうとしたのだ。
「間に合えー!!!」
と自分では気付かないうちに大きな声を出して杉村にヘッドスライディングをする形で飛び込む。
目を瞑っていて僕は解らなかったが、教室内にいる誰もが僕の大きな声に反応していたらしい。
クラスの注目を浴びながら、杉村にヘッドスライディングを決め込む僕。
アウトか?セーフか?
数秒後の僕の命運は既に決まっているかも知れない。
あの銀色に光るナイフが僕の体内にねじ込まれる未来。
そうである確率は高かった。
数秒後……
杉村は僕の声に動きを止めてくれたようで、しゃがんでいる状態で静止してくれているようだった。そして、あろうことか僕の顔はすっぽりと彼女のスカートの中にあった。
僕が目を開けた時、暗幕の中、自分がどこにいるかが解らなかったのはその為だ。
彼女のスカートの中は……まさに武器庫でした。
意識を現実に戻す。
彼女のか細い声がスカート越しに上方から聞こえて来る。
「ろっくん……あ、あの……」
近くで鳩羽と細馬先輩の声が聞こえる。
「おぉ、女神が近くいるぞ!」
「天使です!いや、それより、僕がぶつかったのってもしかして杉村天使先輩?」
「ぐぬぬ!貴様、なんて羨ま……」
2人の会話がぴたりと止まる。
どうやら、今の状況を正確に把握したらしい。
「おい、鳩羽とやら」
「なんですか、会長?」
「我らの敵は誰だ?」
「そんなこと言うまでもありませんよ。天使様の……」
「女神様の神聖なスカートの中に顔を突っ込んでいる不届き者」
「「石竹だぁ!!」」
2人の重なる声が教室に響く。その声に反応してクラスメイト数人の囁く声が杉村のスカート越しに聞こえて来る。
「(……え、あれ石竹くん?)」
「(さっきの声って石竹くんだったわよね?)」
「(真面目そうに見えて、石竹くん変態だったのね)」
「(…確か、前にも杉村の靴の匂いを嗅いで半殺しにされたらしいからな)」
「(なんて命知らずな奴だ)」
「(……あいつももしかして体育の前田みたいに消されるんじゃね?)」
対する杉村は、すぐ傍に鳩羽と細馬先輩が居るので引くにも引けず、かといって僕の頭が前にもあるから身動きが取れないでいた。そんな状況下、どうしていいものか戸惑い、体を揺らしている。そんな状況を打破してくれたのは例によって例のごとく学年代表の田宮稲穂だ。
その時ほど彼女に感謝した事はない。
対する僕も状況が飲みこめず、混乱している。
僕の両足を持って、杉村のスカートの中から救出してくれる学年代表。
ずるずると情けないかっこで、這いずる僕。
「杉村さん、まぁ事故なんだと思うけど、石竹君を警察に訴える?」
慌てて首を振る杉村。その表情はどこか転入時の彼女本来のものの様な気がした。後ろを振り返り、東雲にも注意を促す田宮。
「コラ、すず!あんたの事だから言っても聞かないし昔の好で大目に見ていたけど、周りを巻き込まないの!」と背伸びをして東雲に対して拳骨を落とす田宮。
「うぐ、すまぬ。つい本気で……」
「貴女もよく言ってるでしょ?制御出来ない力はただの暴力だって」
しゅんとなる東雲は涙目である。
田宮は辺りを見渡して近くの落ちていたヘアピンを持ち主の東雲に渡す。田宮に礼を言うと、東雲はそのヘアピンを胸のポケットに放り込む。木刀も鳩羽に投げて返すと、自分の木刀の切っ先を杉村に向ける。
「今日はこれぐらいにしておいてやるが、いずれ決着はつけよう!」
対する杉村は対照的に困った表情で受け答えする。
「勝負の決着に興味はないの。出来る限り私には近付かないで下さい。いつか貴女は死にます」制服の乱れをきちんと正す杉村。
その発言に対して自信満々に答える東雲。
「そんな短いナイフ1本で私に勝てると……」
慌てて僕は立ち上がると、はちゃめちゃな奇声を上げて東雲の口を塞いだ。
「思っているのか?……ふごほふ……む?(何をする?)おあえは(お前は)……?」
「石竹緑青。このクラスの住人で没個性君だ」
「むぅぅ……で?」
彼女の良すぎる動態視力は音速を超えそうな勢いの杉村の動きを捉え、その眼にナイフをしっかりと焼き付けていたのだ。これはまずい。
「(どうか、あのナイフの事はご内密に)」
「ふぐぐふぉ(なぜナイフの事を秘密に)?」
あ、ダメだこの人。ナイフを凶器とすら認識していない武道の人だった。確かに木刀を持ち歩くのにも許可がいるが、彼女は恐らくそのライセンスを持っているはずだ。この子なら帯刀してても違和感ないけど。
「(彼女が停学になって東雲さんと戦え無くなってもいいんですか?)」
「ふぐごご。(それは困る。了解した)ほにゃに?(お前は確か、何時ぞや杉村に隙を作った男子?)」
「え、あぁ……鳩羽が杉村にやられた時の事か」
「ん?」
何やら東雲は考え事をするように動きを止める。
「……」
「東雲……さん?」
すぐ近くでは田宮が2年A組に群がってきていた他のクラスの生徒を追い払っている。
「ほうか……ほういう事か……」
東雲がしばらく考え込んだ後、何かに気付いたようだった。
東雲は静かに僕の手を口元から離すとこう僕に囁きかけた。
「先程の件は了解した。石竹緑青くん。君のクラスで騒ぎすぎてすまなかった。それもただのぬか喜びだったというのに情けない話だ」
困惑する僕を余所に、その身を翻し教室から颯爽と出て行く東雲。
「ちょ、ちょっと東雲さん!杉村との勝負は勝ったんじゃ?喜んでいいと思うけど!」
僕は東雲の言葉が正確に理解出来ず、後を追う様に声をかける。
悲しそうに微笑みながら此方を振りかえる東雲。
「確かに勝負にはこれで2回勝てた。ただ、そのどちら供に君が協力してくれていた事に変わりは無い。そんな勝利に意味はないんだよ」
「僕が?」
こくりと頷くと自らの教室に帰っていく東雲。少し寂しそうな後ろ姿を眺める僕。
と、その時、再び教室から悲鳴が聞こえた。