表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
248/319

深淵より這い出た想い


 それはまるで地を這う黒い獣。

 黒い影が尾を引き、瞬く間のうちにその牙が相手の身体を削って行く。


 与えられた時間、僅か一分。


 瞬きすら許されない圧縮されたその僅かな時間、地を蹴り、飛び跳ねる。深淵より這い出たかの様なその少女は命を燃やし尽くさんとするその動きは、挙動の先を読み、先手を打つのを得意とする白鼠の認識をほんの僅かに上回っていた。それは彼女にしか出来ない芸当……その反応速度は瞬間的ながらもハニー=レヴィアンに匹敵する程である。躊躇なく繰り出される致命へ至る箇所への刺突。相手が防御型の人間で無ければ瞬きの間に黒刃による三撃の致命傷を与えられている。彼女は只管、内から湧き上がる衝動に身を任せ、その刃を繰り出す。彼女は知っていた。彼の強さも優しさも。知っていたからこそ、信じているのだ。彼の強さを。彼の優しさを。だからこそ、自分にしか示せないものがあると……彼女は直感的に感じていた。それが、あの事件に関わってしまった者としての役目だと。


 ほぼ無意識領域下により繰り出されたナイフは嘗て、山から降りたその足で四十人もの人間を斬りつけ、そして八人を失血死させた……。


 2001年11月8日、十一年前、彼女は北白直哉に選ばれ、もう一人の被験者、里宮翔子と殺し合いをさせられた。当初、彼女は小三女児無差別殺傷事件の加害者として世間からは最年少の通り魔殺人鬼、深淵の少女として世間を賑わせた怪物だった。転機が訪れたのは2003年10月2日、双子の姉妹による生贄ゲームが行われ、姉は死に、妹が生還した日だ。彼女はまるで何かに取り憑かれたかのように事件を調べ、独自に捜査を進めた。そして自分と同様の事件が過去にも起きた事を示唆すると、その被害者達を言い当てた。犯人に関しても早い段階で、北方の霊樹を任されている北白家の誰かだと睨んでいた。しかし、精神病の疑いが持たれていた北白直哉を北白家は恥だとし、存在をひた隠しにしていた。日嗣尊は深淵の少女と深い関わりを持つ公務員の女性から天野樹理の事を聞き、自身が遭遇した事件がこの先も続く危険性を孕んでいる事を確信すると、メディアを通じて全世界へとその危険性を呼び掛けた。北白事件の一件目と二件目の犯行内容が明らかになるに伴い、深淵の少女は事件加害者から事件被害者へとその立ち位置を変えた。八ツ森市民の掌返しの様に彼女に向けられる哀れみの声と、加熱されていく銀髪美少女への声援が膨大な熱量を孕んで行く渦中に於いて、彼女の手によって殺された被害者達への無念だけが話題と共に掻き消えてしまった。


 天野樹理は友達と森に出掛け、行方不明になったその日の夕刻……錯乱した彼女は刃先の欠けたナイフで大勢の通行人の波に紛れる形で次々の人を刺していった。彼女の口からは何度も何度もこう囁かれていた。自分は生贄では無いと……。それはまるで、彼女が最初に犯した殺人、里宮翔子という少女を殺した事を必死に正当化するかの如く。



 <死(13)>


 身体の調子は万全では無い、軽い訳でも無い。その一挙一動が重い。それに反して私の身体は半ば機械的に獰猛な獣の如く反射による反応で動いている。癒えたばかりの傷口からじんわりとその痛みが体中に拡がっていく感覚がある。けど、構わない。今、ここで全てを出し切る事が私に与えられた役割。


 あの日、私が生贄ゲーム事件の最初の被害者に遭った。私は本来なら二人とも死ぬ運命にあった第一生贄ゲームに於いて先じて相手の少女の心臓へとナイフを捩じ込み、絶命させた。その時の私の手元を不思議そうに見つめる彼女の顔が眼に焦きついて離れなかった。それを振り払う為に私は自ら狂気へと触れた気がした。あの時、私にはきっと別の何かが宿っていたのかも知れない。その何かに身を任せるように私は手から離れてくれないナイフを振るい続けた。離してしまえば最後、すぐにでも私の身体は崩れ去ってしまいそうだったから。私は最初、自らの力で勝ち残り、生き残ったんだと思っていた。けどそれは違った……もし、本当に里宮翔子に私を殺す気があるのなら……あんなに優しく首に鎖を巻き付けないし、私と会話する猶予すら与えてくれなかっただろう。そして下山した先、多くの人を斬りつけながら辿り着いた先で、私を抱き留める様に止めてくれた男性が居た。栗原友介さん。そうされ無ければ私は警察に射殺される運命にあった。私はこの場所に至るまで何人もの人間に支えられて生きてきた。精神病棟で暮らす私を見捨てず、医療費を出し続け、そして迎え入れてくれた両親。霧島大学附属病院の人達、私を閉じ込めたあの肌黒いおっさんは別だけど。そこで入院する精神病棟の患者達。そして私を見捨てずに面会に来てくれた静夢お姉ちゃん。緑青に蜂蜜……感謝してもしきれない。


人が人を殺す。それは自ら死を選ぶ以上の覚悟と躊躇いが存在する。


 しかし、それを何とも思わない感情が欠落した人間も一定数居る。彼等は他者の痛みへの共感性など皆無だ。それは自らの命に対してもそうである様に無価値なものと捉えているのかも知れない。もし、最後の最後で命乞いする様な人間はきっと、単に自ら心を麻痺させ、壊れていると思い込んでいるに過ぎない。


「一分経過!ナイフを納めて!樹理さん!拘束します!」


 流れていく景色がピタリと止まる。黄金の髪を揺らす少女が慌てる様に私の背後から近付いてくる。身体が軋み、じんわりと血の味が口の中に拡がる。動いた反動で大分息も上がって、大きく肩で呼吸する事を余儀なくされる。私は、殺人鬼には成り切れなかった。狂い、そして、壊れようとした。けど、どんなに深淵の奥深くに潜ろうとしても、遥か天井に輝く光だけは幾ら消そうとしても消えなかった。蜂蜜の甘い匂いを背中に感じ、その手が私の両腕を掴もうとする。ごめんなさいね……予行演習でしか出来ないことがまだあるのよ。彼はルール違反を犯せば山小屋を爆破すると言っていた。多分、その言葉に嘘偽りは無い。彼はそれだけの覚悟を持ってこの場に居る。けど、これは予行演習。もし、私がルール違反を犯したとしても山小屋は爆破されない。多分ね?爆発したらごめんなさいっと。

 蜂蜜の伸ばされた指先から逃れる様に擦り抜けると、私は彼に駆け出す。その場に居る全員が呆気にとられている様に思う。蜂蜜の叫ぶ声が背後から聞こえてくるけど気にしない。私は確かめないといけないから。彼の真意がどこにあるかを!私の放った渾身の突きが相手の構えたナイフの刀身を削りながら、そのガスマスクへと届く。咄嗟に身体を捌いた彼の顔からガスマスクが引き剥がされ、ナイフを手放した彼は私の身体を背後から伸ばした腕でブラウスの襟首を掴み、優しく床へと私を引き倒す。ちなみに折角用意してくれたブレザーは邪魔だからその辺に脱ぎ捨てている。灰色の床が眼前に拡がり、額にポンと冷たい床が優しく押し当てられる。優しく捻じ上げられた右手に構えたナイフをそっとその手から引き剥がされていく。あの時の様に。ナイフを放す事を恐れていた私を彼等は物理的、精神的、両方の面からいとも簡単にやってのけた。背後から変声器を通さない、彼の優しい声が聞こえてくる。

「樹理さん……これは予行演習ですって!あまり無茶はしないで下さいよ……病み上がりなんですし……」

 ここから彼の表情は伺い知れないけど、きっと、私をあの牢獄から助け出してくれた時みたいに優しい眼差しをしているのだろう。口から滲み出る血を吐き出し、生贄ゲームの先輩として彼に告げる。私の吐いた血を見て、彼の拘束している手が僅かに反応を見せる。

「緑青……半端な事してたら許さないわよ!私が遭った生贄ゲームはこんな生温いものじゃ無かったわ。脅され、怯え、苦しみ、殺し合い、そして、失意の中、訳も分からないまま死んで行った。こんな斬り合いなんかで一割も私達の味わった恐怖は伝わらない!さぁ!次は貴方の番よ!練習問題でも半端な質問したら許さないわよっ!」

 私の腕を握る手に僅かに熱が込められた様な気がした。彼は溜息を吐きながら、尊姉さんのバストサイズ聞いた貴女がよく言いますよ、と呆れながら優しく溜息を吐く。

「すいません、カメラ……少し外して貰えますか?蜜蜂、少しの間、撮影会でもしてあげて?」

 緑青がカメラの向きを確認した後、私をひっくり返して仰向けに寝かせ、腰に付けたポーチから医療道具を確認し、私のブラウスのボタンを外していく。

「緑青?私を犯すの?」

 ブハッ!と吹き出す彼が顔を赤くしながら私の胸に当てられたガーゼの状態を確かめる。

「誘拐した上にレイプとか……北白直哉よりタチが悪いですよ。傷の状態を確かめる為です……少し、開いてるかもですね……失礼します……」

 彼がそっとガーゼを剥がして私の傷の状態を確かめる。手術から二週間程度。抜糸はまだされていない。どうやら少し、血が滲み出ていたようだ。彼が手際よく、消毒とガーゼ交換を行なう。

「私は君にならレイプされてもいいわよ?」

「合意の下ならただの……いや、何でも無いです。本当に樹理さんは人が悪いですよ。そんな事したら、今度こそ、蜂蜜に殺されますから」

「あはっ、命懸けの方が燃えないかしら?」

「燃えませんから!今回だけですよ?予行演習じゃなきゃ、こういった治療もするつもりないですから……刺された箇所大丈夫ですか?」

「えぇ……平気よ」

 嘘。かなり痛む。けど、私は多くの人に痛みと消えない心の傷を遺族に植え付けた。これぐらいで痛みを訴える資格を私は持たされていない。彼が他にも斬り傷が無いかどうかを私のブラウスのボタンを締めながら全身を確認している。もっと大人の女性らしい体型だったら良かったんだけど、まるで小学生みたいな支えられて身体付きに少し気恥ずかしいし、その指先が素肌に触れる度に身体が反応してしまうのを必死に堪える。そっちの方が辛いんですけど。

「他に、怪我は無いですね……」

 そう言って笑う彼は私の防ぎ切れ無かったナイフによって刻まれた斬撃により、身体のあちこちから血を流していた。そう……彼はそういう人間。他人の為に血を流せる。彼が私達を誘拐してまで集め、監禁したのは……テレビの見世物にする為なんかじゃない。この事件を体感した者達の生の声を視聴者に届けようとしている。私はそう勝手に解釈する。彼が呆れて微笑みながら私を見下ろしている。

「本当に憎たらしいんだから……」

「えぇっ……?」

 困惑する彼の襟首を掴んで、引きつけるとそっとその唇に口を合わせる。お互いに顔を真っ赤にさせながら顔を引き剥がした彼が慌ててカメラの前に立つ蜂蜜を見やる。幸いな事に、彼女は恥ずかしながらも、必死にポーズをとって間を繋いでくれていた。今度はトンファーを取り出して、演舞に励んでいる。普通にすごい。でも、そっち?もっとセクシーな路線で撮影会が始まると思ったのに。

「ねぇ……不倫は文化だと思うの。どうかしら?」

 正直、真っ当な男女の営みがどういったものなのかはよく知らない。江ノ木カナに少しそういった類の二次創作漫画を無理矢理見せてもらったぐらいの知識だったりする。彼は私のそんな言葉に身体をビクつかせるが、聞こえなかったフリをして私の言葉をスルーする。まだ彼の真の狙いは分からない。けど、次の彼からの質問でその真意が分かるかも知れない。ルールの穴は先に私が塞いでおいた。だからもし、それを悪意を持って利用されない為の予防線は貼っておいた。だから上手くやりなさい、貴方達。どちらにしろ、私に貴方達は殺せない。今、こうして、自由の身になったのは……あの時、貴方達がマグナム銃片手に連れ出してくれたから。静夢姉や両親、愛犬ヨハンとまた再会出来た。それだけで、私は……満足だ。それ以上の幸せを私は望む資格など無いのだから。


「さぁ……次は貴方のターンよ!!」


このゲームは恐らく……私達が体感した北白事件の真相を世間に知らしめる為に用意されたもの。そして、記録を抹消された一人の少女を復元する為の儀式でもあるのだ……と私は勝手に思っている。


<蜂蜜>ま、間を繋がなきゃ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ