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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
最後の生贄ゲーム
242/319

陽陰の少女達

 霊樹の森が黒い煙と赤い炎を吐き出しながら燃えていく。まるで彼の世と此の世を繋ぐとされる霊樹が、命を失った少女達に捧げられているかの様に、爆焔の中に木々は焚べられたのだ。その様相はまるで巨大な影を模った死者達が円陣を作る様に似ていた。一人の幼い少女が殺された山小屋を守る様に見下ろしている。


 森の木陰から姿を現した白いコート姿の男を上空で旋回する報道ヘリが捉え、続報を伝える。先程までの白煙は風に流れ、視界は明けていた。


『……男が……誘拐犯の少年が出て来ました……作戦は失敗したようです。小屋の扉前には黒コートの女が辺りを見渡し、誘拐犯を手招いています』


 白き鼠は右手の痺れに違和感を感じながらコートを特注した少女と通信する。彼はあの時、確実に右腕を撃ち抜かれ、その衝撃で転倒したのは明らかだったが、その着弾した腕に外傷は全く見られなかったからだ。右腕は問題なく使用できるが、その僅かな違和感が彼に警戒心を持たせていた。山小屋を囲む警察隊の殲滅は成功したが、彼の中でその事が疑念を拭いきれずにいる。


「ハニー……この特注のコートは、防弾性を含むと言っていたけど……百M程の距離から狙撃銃で撃たれた場合も通用するのかい?」


 やや暫く間があり、ガスマスクに備えられた通信機から応答がある。

「……ティーザー銃なら電気は通さないけど、狙撃銃から放たれた弾までは無理よ。多少、威力は弱められるけど、確実に貫通するわ。撃たれたの?」

 白鼠は具合を確かめるように右手を繰り返し動かしながら答える。

「あぁ。狙撃班の携帯する長銃はPSG-1だった。スタン的な武装では無い……」

「敵の殲滅は確認したの?」

 石竹緑青が山小屋の扉から十M程の距離でぐるりと辺りを見渡すが、その異常を感知する事は出来ない。

「あぁ。ハックした通信からの情報では狙撃班各二名が三班。突入部隊は5人。指揮官一人に付き添いの警官二名だ。それ以上の情報は無かった」

「撃たれた箇所は?」

「出血、弾痕、共に無し。僅かな痺れと脱力感が多少あるくらいだ。少し休めば治るさ」

「脱力感……狙撃班の発砲タイミングはこちらでも測っていた。最初から此方では撃たれたフリをするつもりだったけど、弾は初弾より早く着弾し、その衝撃で転倒した。……本当に回りに人の気配は無い?」

 少しずつだが、ハニーもその違和感の正体に気付きつつある。そろそろ限界か。

「あぁ。居ない。目視で人の姿は無い……しかし、何か……圧の様なものは感じる。この霊樹の森、独特のものかも知れないが。もしくは過去の事件現場であるこの場所が心理的な作用として働いているのかも知れない」

 無線の向こう側、山小屋の扉前で何かを思案するハニー=レヴィアン。

「見えない敵に……見えない……弾丸?そして謎の痺れと……脱力感?」

 その思考の中にある答えを導き出した瞬間、ハニーの声が弾ける。

「すぐに!山小屋の中に非難して!まだ中には入られてないはず!」

「どういう事だ?」

 流石だ。その指示の意図を理解する前にその足が動き、山小屋の扉目掛けて白鼠が走り出す。

「私は、その敵と対峙した事がある……八年ぐらい前に」

「姿の見えない敵と?」

「ううん。味方。けど、今は敵かも知れない」

 そろそろ頃合だな。私はそっと左手を上げ、包囲する隊全体に準備待機の指示を出す。

「味方が敵?何を言ってるんだ?」

「私達は今、誘拐犯。つまり犯罪者。法の下、犯罪者を裁く権限を与えられているのは……警察」

「それがどうしたと言うんだ?」

「今回、人質救出の為に特殊犯捜査第一係が動いた。ここ、八ツ森には特殊権限であらゆる事件に独自介入出来る特殊部隊が存在する」

「まさか……?」

「私が昔、義姉のとこに遊びに行った時、私の方が接近戦は強いと思って何度も戦いを挑んでたら……怒らせてしまった事があったのよ。その時、義姉の姿を目で追っていたのに突然消えて、死角から金色に輝く銃で撃たれて暫く動けなかったの。その時は単に義姉が私の動体視力を超えて動いたのだと思っていたけど、ずっと引っかかっていた。義姉が私の動体視力を超えて動く事なんて過去の一度も無かったから」

「サリア?」

「そう。義姉の組織する部隊……決して公表される事は無い、存在しないはずの警視庁第五係……」

「対化物犯罪特殊捜査兼殲滅部隊の八ツ森特殊部隊……NEPHILIM(ネフィリム)か!?」

 ハニーが小屋の中に一足早く入り、石竹緑青が山小屋の扉へと滑り込もうとした刹那の瞬間、黄金に輝く銃から放たれた光弾が、光の速度で彼の背中に3発同時に撃ち込まれる。その衝撃で地に倒れる石竹緑青。質量を持たない弾とはいえ、光の速さで撃ち込まれるその衝撃は銃弾のそれと変わらない。愚妹の声がガスマスク越しに聞こえる。

「サリア御姉様!?」

 通信を傍受するのがお前達の専売特許と思うなよ?私は彼を確保する為に隣り合う陰の世界から、陽の世界へとその姿を現す。警視正として婦警の制服を身に纏った姿で。警察として一人の犯罪者を裁く為に。その男の背中を青いヒールで踏みつけ、黄金の色のリボリバーの照準をその脳天に合わせながら。

「久しぶりだな……妹婿よ」

「サ……リア……」

 背中を撃たれ、苦しそうに私の名を呼ぶ石竹緑青。彼の事を助けようと扉からこちらに駆けつけようとする愚妹に銃口を向ける。この距離、この銃なら外さない。

「通信機越しにハニーの声が流れ込んでくる」

「この通信、聞いてたんですね?」

「あぁ。それぐらいはお前ならすると思ってな。声を潜めて機を伺っていた」

「狙撃班から撃たれる前に……」

「あぁ。撃たれる前に撃った」

「……助ける為に?」

「……半分正解だ」

「半分?」

 私はそっと左手を挙げ、それを前に振り下ろす。

「私達は決して表に出る事を許されない、対化物専門の殲滅部隊。内部の人間にもあまりその存在を知られたくは無いからな……」

「対化物?何を言ってるの?」

「反転干渉……顕現せよ!」

 私の合図と共にその包囲網が姿を現す。

 山小屋を囲む様に百からなる部隊員が不思議な色合いで輝き、その手に持つ剣を構える。異形なるその全身鎧の姿。その頭頂には輝く光輪と背中には光状の二対の羽根が突き出ている。神々しくもあるその姿は、人と天使との間に生まれた子達を差す「ネフィリム」に相応しい。普段は彼等も普通の人間の姿をしているが、必要ともあらば理を外れたモノを殲滅せんが為、異形を模る。最も……人と天使と呼ばれる存在に近い者の間に生まれたのは……私1人だけなのだが。この力、本来なら人に対して使う事を固く禁じられている。しかし、私は……。

「それでも私は!お前を此処で引き留める!各自構え!抵抗するなら撃て!」

 忠誠を誓う様に眼前で構えられた銀色の百の両手剣が山小屋に向けて突き出され、天使達の光輪が蒼く輝きながら光を帯びる。我らの剣は此の世の理から外れし化物共を滅する為の力。肉体無き、不滅の者を滅する魂を砕く為の力。己の魂を剣とする。心が世界に触れる力、世界に触れ、運命を切り拓く為の力。それを総して我々はこう呼ぶ。干渉力と。相手は一級の暗殺者とも対等に戦い、そして九人の殺人鬼へと堕ちた暗殺者達を殺しきった掃除屋「烏」でもある。愚妹だからとて気は抜けない。

「全力で行かせて貰う……愚昧よ。干渉転移、光衣、着装……」

 それは心が形を成す、黄泉の世界から呼び寄せた冥府の衣。此方側の既存の兵器でそれを破壊する事は不可能な霊衣だ。

 私の制服が光の粒子となり、光衣に侵食され、その姿形を変えていく。最後には私の背にも同様に光輪が現れ、三対の光の翼を顕現させる。ある男が私の姿を見てこう言った。天使だと。それは少なからず、その姿を冠するに相応しいと私は感じていた。手足に部分的な鎧を。胴には裾の短い祭服を着用し、首には青いストールが巻かれている。これでいい、これで。これはフィクション。視聴者はその現実離れした光景を見て、こう考えるだろう……これは捏造され、創られた映像なのだと。誘拐の事実など無かった。それでいい。それが、私にしてやれる彼等への出来得る限りの物語への干渉だ。その意思、その思いが僅かに世界に触れ、その形を少しずつ変えてゆくのだ……。すまないな、君達の思惑、ここで断ち切らせて貰うよ……。

「動くな、貴様等!妙な動きを見せたら即座に引き金を引く」

 左手に手錠を持ち、倒れる彼の腕を後ろ手にし、その腕に手錠をかけようとした時、上空から少女の軽やかな歌声が聞こえてくる。それはまるでこの森で亡くなった死者達を弔う為の鎮魂歌の様に。私はその銃口を愚昧に向けたまま上を見上げる。山小屋の屋根の上。何の気配も無く現れたのは銀色の髪を風になびかせながら歌を口遊む、盲目の少女だった。その手にする指揮棒で拍子を刻む様に健やかに歌を唄っている。

「やはり現れたか……陽守芽依よ」

 ヒタリと止めた指揮棒が宙に止まり、その口元を優しく微笑ませながら此方を見下ろす。その目には白いリボンが掛けられているにも関わらず、その奥底にある紫眼が私の蒼眼を見据えている。

「……はい。現れました」

 私はその銃口を山小屋の二階、屋根の上で立ち上がった陽守芽依へと向け直す。愚妹と私が踏み付けている男なら他の隊員が剣先を向けているので気にしなくていい。相手は陽陰(ひかげ)歩きの芽依と呼ばれる冥府の防人、史上最悪の外道者、理を大きく外れた銀髪の魔女だ。

「分かっているのか?我々を妨害する行為がどう言った意味を持つのか」

「はい……分かってますよ。サリアさん」

「それは抵触行為だ」

「先に抵触したのはサリアさんですよね?一般人への干渉力の行使。立派な抵触行為です」

「人質を救う為だ」

「なら私は誘拐犯を救う為にその力を行使させて貰います」

「犯罪者に加担するのか!」

 陽守芽依の持つ、指揮棒が一瞬のうちに姿を変え、錫杖の様なものへと変化する。

「そうですね……彼がそうというのなら私はそれを強く否定出来ません。しかし、そうである前に私は……全ての被害者達の象徴として貴女達、ネフィリム特殊部隊に宣戦布告しようと思います……」

 彼女を中心に黒い泥状の闇が地を這い、それが辺り一帯を侵食していく。可視化されたそれは視えるのにも関わらず、触れた感触すらない泥の水溜まりの様なものだった。包囲する隊員達に戸惑う様子は無いが、内心、屋根に佇む少女に対し、戦慄している事だろう。我々は謂わば……冥府の女王と戦おうとしているのだから。

「叔母様……貴女が陽守芽依に力を与えた事。今、恨めしく思います」

 私は本来なら守るべきはずの友人、いや、一番の親友にその銃口を向ける。

「二度目……ですね」

「あぁ。そうだな」

「あの時はごめんなさい。けど、今回の事を謝罪するつもりはありません」

「私は本当は、君がずっと盲目のまま、一般市民として八ツ森で暮らす事を望んでいた」

「……知ってます」

「その気持ちは今も変わらない」

「……それも知ってます」

「だが」

「けど」

「「それでも譲れないものがある!」」

 黒い黄泉の沼から陽守芽依の合図と共に姿を現したのは人の形すら保てていない異形なる怪物達だった。その数、二百。此方の倍はゆうに超えていた。それはまるで天使と悪魔との戦い、終末戦争を彷彿とさせた。

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