爆焔包囲網
「えー、こちら報道ヘリです。私達は誘拐犯の少年が立て籠もる北方の森、その事件現場から中継をお伝えします!」
現時刻は2012年12月27日14:21。山小屋の上空をヘリが旋回し、リアルタイムで映像を流し続けている。
「今後の中継は別のレポーターから小屋の内部の撮影を予定しております。おっと!今っ!誘拐犯の少年が狙撃されました!救出作戦は成功でしょうか?!犯人の少年は倒れたままピクリとも動きません!警察の特殊部隊が人質の少女を今、保護しました!」
中継を通して流れてくる情報にハチモリッ!出演者達が救出作戦の成功を確信し、安堵する姿が映し出される。しかし、続いて流れてきた情報にスタジオの空気は一変する。
「……先頭の一人が犯人の状態を確認しています。ピクリとも動かないようです……が……無線を通して状況を報告しているようです。あれ?どいう事でしょうか!救出された人質の少女が!傍に居た二人の隊員の気を失わせたようです!そして!背後から次々と隊員を千切っては投げ、千切っては投げ!……あれはまるで……ゴリラのようです!隊員が次々と投げ飛ばされ、最後の一人と取っ組み合いになってます!あっ!カメラ!ちょっとズーム出来ますか?少年の手が、僅かに動き……何か、端末の様なものを操作しています。一体何を……!?」
その数瞬後、ヘリがその衝撃で揺れ、レポーターの女性がコクピットが投げ出されそうになる。顔を真っ青にしながらレポーターが叫ぶ。
「ば、爆発です!今、私達を囲む様に次々と爆発が起きています!火柱が次々と上がっていきます!だ、ダメです!炎の柱に囲まれ報道ヘリも退避出来ませんっ!あっ、今、少年が立ち上がると同時に何かを投げました!煙幕とすごい閃光で此方からでは何も見えなくなりました!少年はまだ動ける様です!駄目です!上空からの目視は不可能です!そして、爆炎が私達の包囲していきます!助けて下さい!」
〆
山小屋を包囲する様、時間差で次々と火柱が立ち昇っていく。爆発の位置は狙撃距離として百Mの狙撃距離に居たSITの更に二百M程の外側で連続して起きる。その轟音と爆風により一帯が熱気に包まれていく。この場の指揮を担当する指揮官の淀川圭助が巻き起こる爆発音に警戒しながら冷汗を流す。
「今度は一体何が……あの爆炎の拡がり方……クレイモア等の指向性地雷か。距離は約二百。一体何処でそんなものを?この山小屋を広範囲に包囲するだけの火力が……向こうにあるだと?こっちは警察だぞ?それじゃあ……まるで軍隊レベルの武力じゃないか……。一人の高校生が起こした案件に自衛隊の出動が必要なレベルだぞ?」
破裂音が連続して森内に鳴り響く。指揮を取る淀川はそれをSITの突入班によるものだと判断し、様子を見守る。
「さすがに……閃光筒や催涙弾を食らえば、相手も行動不能に……いや、しかし、相手はガスマスクを着用している。効果は……弱いか」
辺り一帯を覆うそ白煙が薄らぎ、視界がクリアーになる頃、狙撃班観測手から無線が入る。
「視界、クリアー。小屋近くに突入班五名が拘束されている姿が見えます……レポーターとカメラマンの姿が見えません。小屋内に先導された模様」
「了解。人質のメスゴ……女生徒と誘拐犯の少年はどうか?」
狙撃三チームの六名が双眼鏡を覗き、小屋の付近を見渡すが何処にもその姿は見当たらない。狙撃班の報告を受け、眉間に皺を寄せる指揮官の淀川。
「くそっ!狙撃は失敗だ。犯人も警戒している。もう窓辺に姿も現さないだろう。一度退却を……」
そこに正面扉が開け放たれ、黒コートの女が外の様子を伺う様に扉を開けて出てくる。
「こちらa班!人質の少女が……どういう訳か、辺りを警戒しながら姿を現しました」
「こちらb班!彼女の処遇、どうしますか?」
SITの今回の作戦はあくまで人質救出である。事前の作戦会議で、まさか人質の少女が抵抗、しかも、屈強なフル装備の隊員を全員殴り倒す事など想定外だった。この場は拘束された突入班を現場から救い出した後、退却する必要性があると淀川は感じていた。つまり、作戦は失敗に終わったのだ。
「b班は引き続きその場で狙撃待機。人質の少女は撃つな。他二班は突入班の救出行動に移れ。救出後、我々は撤退する」
「a班、了解」
「c班、了解」
「……」
「?どうした?b班、応答せよ?!」
b班からの応答が途絶し、淀川に悪い予感が走る。双眼鏡で山小屋の様子を確認しながら繰り返しb班に呼び掛けるが、一向に返答は無い。
「まさか……しまった!奴らの目的は……狙撃班を潰す事か!a、c班!今直ぐその場を離れろ!誘拐犯は恐らく小屋の中には居ない!我々が潜む森の中だ!」
「しかし!先程の爆発、我々の外側に地雷が仕掛けられている可能性も……!」
「くっ、その為の爆破か!石竹緑青!姑息な真似を!ひとまずその場から少しでも移動し、身を潜めろ!」
淀川の怒号が響く中、黒煙が漂う森に乾いた銃声が数発、響き渡る。SIT指揮官と共にいる刑事課の二人が冷汗を滲ませながら腰に提げた回転式拳銃に手を添える中、中谷巡査が不安そうに淀川に訊ねる。
「撃たれた……のですか?」
無線を片手に淀川が苛立ちを隠さずに答える。
「こちらの狙撃手もハンドガンぐらいは携行させている。条件は同等だ。撃ち合いになってこちらが負ける事は考えにくい!」
「しかし!此方は相手を殺せません」
部下の言葉を遮る様に佐伯警部補が手を翳して制する。
「勘違いするな。犯人と言えど簡単に射殺は出来ない。しかし、この状況下、相手はこちらに敵意を向けて森へ入ってきた。しかも相手は同じ学校の生徒を射殺した拳銃保持者。止むを得ず、射殺したとしてもそれは仕方無しとされる」
「ですが、彼はただの射殺犯ではありません!あの北白事件で……唯一、まともに生き延びて……俺達が、八ツ森市民がずっと見守ってきた少年ですよっ!」
淀川が中谷巡査の言葉に苦虫を潰した様な顔をする。
「気持ちは分かるが……指名手配犯には変わりない。上からの命令があれば我々はそれに従うまでだ。それより……あの山小屋の扉でこちらの様子を伺っている人質が厄介だな。明らかに犯人側についてしまっている」
新たな銃声が森に響く。乾いた炸裂音にその場の三人が硬直し、冷や汗を流す。その焦燥の中、指揮官の淀川が舌打ちする。
「二回目という事は……既に狙撃班がやられたかも知れん。……考えにくい事だが、選りすぐりの1係がだ。佐伯警部補、中谷巡査、我々も一度退く。状況報告と体制の立て直しが必要だ。それにしても銃声の間隔が短すぎる10分も経っていないぞ?何者なのだ?あの少年は。狙撃ポイント三点の直線距離は二百M以上……それを木々が生い茂る森の中を駆け抜けるなど至難の技……」
不必要な装備をその場で切り離した淀川が身を屈めながら、状況を分析する様に呟く。腰に携帯するベレッタ92FS-Vertecをホルダーから引き抜いた瞬間、それは遮られる。その響いた銃声と共に苦しそうに息を詰まらせる。銃はその手に握ったままだ。二回目の銃声からさほど時間は経っていない。何処から撃たれたのかと辺りを見渡すが淀川の近くにその姿は無かった。防弾ベストの部分に弾が当たったとはいえ、高速で撃ち出される弾丸の着弾時には、相応の衝撃が発生し、呼吸困難に陥る。通常、ハンドガンによる撃ち合いは命中率の兼ね合いから遠くて約二十Mの範囲内、相手を充分目視出来る距離で行われる。少年が長物の銃火器を所持している様子は無かったはずだと思い返す淀川。隠せて精々、拳銃か護身用銃ぐらいである。しかし、その姿は見渡しても近くに見当たらない。
「ぐっ、奴は我々にゲリラ戦を仕掛けにきたというのか?我々SITに!……何処にいる!奴は!」
その姿を先に発見した中谷巡査が叫ぶ。
「白いコートが一瞬見えました!約五十M地点です!あっ!れ?もう居ない?!」
屈強な体格の淀川が、息苦しそうにベレッタの安全装置を外し、両手で構える。近くに佐伯警部補がやって来て、淀川の撃たれた箇所を心配そうに確かめる。
「動けますかい?肩を借しますよ」
「弾は防弾ベストに当たっている。呼吸は苦しいが大丈夫だ。それより二人はこの場を離れろ。奴は直に此処に来る。位置は把握されている」
「しかし、淀川指揮官を置いてはいけませんね」
「早く行け、私がやられたら誰がこの状況を上に伝えると言うんだ」
「大丈夫ですよ、状況なら報道ヘリやレポーターからリアルタイムで情報を発信してくれてますからね。全世界の人が状況を知ってます」
「それも……そうだな。だが、あの距離で、もし、意図的に私の防弾ベストを狙ったのだとしたら、撃ち合いで負けるかも知れない」
「はい?高校生と我々が撃ち合いで負けるんですか?」
「その思い込みすら相手は利用している様に感じる。それがこの失態を……招いた」
中谷巡査が短い悲鳴を上げた瞬間、ふわりと白コートを揺らした男が淀川の背後に立つ。刹那の瞬間、淀川が振り返りながら銃口を向けた瞬間、相手のブーツの爪先がその手を弾き、拳銃が近くの茂みに弾かれる。
「ぐっ、貴様!」
石竹緑青がその殺気と共にその銃口を淀川に向ける。即座に佐伯警部補と中谷巡査が腰のホルダーに手をかけようとする前に、変声器によって変えられた声が二人を制する。
「抜くと撃つ」
その声にピタリと動きを止めた刑事課の二人が顔を見合わせた後、両手を上げ、息を飲む。蹴られた手を抑えながら淀川が呻く。
「石竹緑青……このままいけば、あの女の子を人質にとっていれば必ず英国の特殊部隊が動く。お前、撃ち殺されるぞ?それに他の人質の命も危ない。それを、貴様は分かっているのか?」
「そんな事は……させない」
「お前の行動がどれだけの人間を危険に晒しているのか分かっているのか?!」
その質問に答える素振りは見せずに引き金に指をかける石竹緑青に、慌てた様に淀川が質問する。
「ま、待て!最後に教えてくれ。狙撃班の連中は?」
引き金にかけた指を止める石竹。
「……無事だ」
「そうか、すまない。先程の爆炎は地雷か?」
「……違う」
「爆薬を仕掛ける距離を遠くにしたのは?」
「狙撃手達が巻き込まれない為だ」
「何故、貴様は三日という猶予を我々に与えた?」
「三日の猶予があれば下準備には十分だ。それにそれだけの時間があれば警察でも場所の特定や人員配置や専門組織の手配は行われる」
「そうか……あと一つ、教えてくれ。あの短時間で我々の位置を何故特定出来た?あの距離から狙って撃つには予め、潜伏位置を把握しておく必要があるはずだ」
構えていない方の左手でガスマスクをコンコンと数回叩く動作を混える石竹緑青。
「まさか!」
「このガスマスクは特注でね」
「こっちの通信は垂れ流しだったって事か……。そんな装備、特殊部隊ぐらいにしか支給されねぇよ……」
「知り合いの伝手を借りてね……」
「ろくでもねぇな!」
その言葉と同時に飛びかかる淀川に発砲する石竹。その弾丸は相手の防弾部分を正確に撃ち抜く。近距離の衝撃で意識が飛んだ淀川を支える様に手を伸ばした瞬間、待機していた刑事二人が一斉に飛びかかる。
「ここで捕まれ!少年!」
佐伯警部補がその上半身に。
「君の為でもあるんだ!」
中谷巡査がその下半身に果敢にタックルする。対する石竹は淀川を支えたまま反応が数瞬遅れる。
「「捕まえた!?」」
その手の先、捕まえたはずの感触は意識を失った淀川の体にすり替わっていた。先に動いたはずの二人の反応を超えた石竹の動きに困惑する刑事達。
「残念。でもその気持ちには感謝しているよ」
地に転がる二人が慌ててその手を伸ばすが、ガスマスク越しの狭い視界の中、その数手先を見越した様な動きでその手を躱すと、防弾チョッキの背中をAMTハードボーラーの拳銃が撃ち抜き、二人の意識を簡単に失わせる。遠くで黒煙と火柱は天へと伸び、煤けた匂いが森を焦げさせる。さもそれが当然の白い鼠は黒い烏へと簡単な報告を済ませる。
「こちら白鼠。対象の殲滅を確認。今から山小屋へと戻る」
離れた所に見える山小屋の前で鳥を模したガスマスクを付けた黒いコート姿の女が、一度コクリと頷くと、辺りを見渡した後、建物の中へと消えていく。
「こちら黒鳥。了解、お疲れ様。早く戻って」
「こちら白鼠。了解した」
意識を失った3人を武装解除させた後、その場に手早く拘束すると白い鼠はそのまま一直線に山小屋を目指して歩き出した……。押収した回転式拳銃のホイールを開き、全ての弾丸を排出した後、遠くの森の茂みにそれを放り投げながら。




