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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
終わりの始まり
240/319

木霊する悲鳴

緑青君……ごめんね。

 東京都八ツ森市、四方に広がる霊樹に囲まれた都市がある。その北方に広がる森の所有者、北白家。その名を冠する一人の男が連続誘拐監禁殺害事件を起こした……。


 その七年後である2012年12月27日、生贄ゲーム事件と呼ばれた北白事件の被害者の17歳の少年が今度はその加害者と成り替わる。空中を旋回する報道ヘリが見守る中、その四軒目の事件現場となった山小屋から白いコートに鼠を模したガスマスクを着けた男が姿を現わす。


「さぁ……最後の生贄ゲームを始めましょうか」


 その言葉は彼に呼び寄せられた報道レポーターのマイクとカメラを通して全世界にリアルタイムで配信された。


 〆


 上空を低く飛ぶ報道ヘリからも同時中継で現場の様子を俯瞰して捉え続けている。レポーターの女性が、緊張した面持ちで背後にヘリのローター音を混じえながら中継を行なう。


『文化祭での犯行予告通り、誘拐、射殺犯の少年は人質をとった状態で山小屋を占拠しています。背後に見えるのは人質でしょうか?鳥を模したガスマスクを着用した、黒コート姿の女性が心配そうに見守っています!今、レポーターとカメラマンの二人を小屋内に招き入れようとしています!警官隊の姿は何処にも見当たりません、森の中でしょうか?おっと?!レポーターが扉の前で転倒しました!それを起こそうと……誘拐犯の少年らしき人物が手を差し伸べています。意外と紳士……ですね?』


 〆


 山小屋の周囲、半径三十Mは木々は間引かれ、上空からの目視も可能だが、それ以降は森が生い茂り、中の様子は伺えない。それは地上からも同様で山小屋から周囲を見渡してもその中に人が潜んで居たとしても発見する事は困難だ。


 誘拐犯の少年、石竹緑青が立て篭もっているとされる山小屋から約百Mの位置に、若草青磁の取調べを行なった刑事課の佐伯警部補と宮谷巡査が防弾チョッキを着込んだ姿で事の成り行きを見守っていた。その傍らで双眼鏡と無線を片手に偵察を兼ねる狙撃班とのやり取りを繰り返すのは、特殊犯捜査第一係、この場の指揮を任されているSITの淀川圭助だった。


「狙撃a班、b班、c班、レポーターとカメラマンの二人が小屋へと接近。犯人との接触近いぞ。突入部隊、配置につけ」


 森の中に配置された各班から了承の旨を伝える返事が返される。待機する各班におのずと緊張が走る。山小屋を中心に犯人をどの角度からでも撃てるようにと、百M離れた三方向の地点に狙撃班(狙撃手、観測手一名ずつ)を配置し、山小屋の裏口から四十M地点の森の中に待機している。突入班は五名。服装は防弾ベストやフェイスガードの下に紺色のアサルトスーツを着込み、その腕には「SIT」というワッペンを。背中には白文字でPOLICEと描かれている。山小屋から百M地点で構える狙撃班の装備は日本で改修を行ったH&K社製PSG-1(精密狙撃銃)のセミオート式スナイパーライフルに付属する三脚を使用。突入班五名の武装は自動式拳銃であるベレッタ92FS-VertecとH&K MP5の短機関銃を基本とし、特殊閃光弾をいくつか提げている程度だ。誘拐犯の17歳の少年一人に対しては充分過ぎる武力である。最も、予行演習では狙撃班による初弾。それで全てにカタが付くとされており、突入班五名は人質救出と、狙撃が失敗した時のバックアップとして投入されていた。


 狙撃班が使用しているPSG-1の狙撃銃は作戦用にカスタマイズされているとは言え、基本性能としては精度が高いとされるボルトアクション狙撃銃クラスを誇り、その精度は1MOA以下の着弾精度を持つ。この1MOA(MinuteOfArc:分角)という数値が低いほど集弾率が高く命中精度が高い事になる。その数値の出し方は固定した銃で複数回射撃を行ない、最も遠い着弾の中心点同士の距離を測ったもので1MOAは狙撃距離を百Mとした場合、最遠の着弾間の距離が29.1㎜以下となり、狙撃班が待機する狙撃位置からの銃由来の誤差は僅か3cm以下。つまり、照準器により定めた地点から3cm以下の精度で対象に命中する事になる。頭の中心を狙えば確実に頭を。心臓を狙えばほぼ正確にその周囲の肉体を射抜く事が出来るという事だ。もちろん、そこに狙撃手の技能も関与する。スコープの微調整やその時の天候の影響も受けるが、今回狙撃を担当するのは警察の中でも突出したスキルの持ち主である選ばれた精鋭、特殊犯捜査第一係であり、その初弾を外す事はまず考えられない。ただ、立て篭もり犯が同じ場所に、しかも最も危険とされる窓際にじっと立っているケースは殆ど考えられない為、今回はその確実性を上げる為、中継を担当するレポーターに”犯人が彼女を迎え入れる為に姿を現した場合”はその場でわざと転倒する事で誘拐犯、石竹緑青の動きを少しでもその場に留めておく事が初弾の命中率を上げる為の最適手だった。森の茂みから山小屋前の状況を見守るSITの指揮官、淀川が双眼鏡越しにレポーターの転倒を確認すると射撃が可能な位置にa、b班に射撃準備の指示を出す。

 「a、b班、狙撃準備。状況どうか?」

 「a班、レッド。ダメです。女生徒への被弾の危険性がある為、8時方向からは撃てません」

 「b班、グリーン。4時方向、いけます」

 無線の内容を傍から耳を澄まして聞いている刑事課の佐伯警部補と宮谷巡査の顔が自然と強張る。初弾を外し、誘拐犯が警戒し、回避行動に移ると狙撃手からの二射目、三射目の命中率はぐんと下がり、突入班が介入してしまえば誘拐犯との銃の撃ち合いに縺れ込み、死傷者が出る可能性がぐっと高くなる。犯人(敵)への直接的な射殺が認められているのは軍事組織のみであり、あくまで警察の組織内であるSITは犯人と言えど、射殺する権限を与えられていない。あくまで人質救出を大前提で行動しなければいけないところに難しさがある。初弾で犯人を殺さず、かつ、行動不能、もしくは抵抗不可能、戦意喪失状態にする事が何より重要なのである。刑事課の二人は犯人と言えど相手は高校生の少年である。可能な限り殺したくはないのが心情である。佐伯警部補が双眼鏡を眺めながら、辺りを少し警戒しながら転倒したレポーターに近付く少年を見守る。有事の装備に身を包んだ宮谷巡査も祈るように手を合わせ、事の成り行きを見守っている。

「b班、タイミングを合わせ、撃て」

「……b班、了解」

 指揮官の淀川が通信を切るとそっとその場の成り行きを見守る。

 まだ若い中谷巡査が心配そうに声を潜めて会話をする。

「(警部補、成功……しますよね?)」

「(当たり前だ、警察屈指の実力者揃い、SITだぞ?)」

「(そうっすね……警部補、銃、どうします?)」

 中谷巡査が腰に提げた回転式拳銃のM360J SAKURAにそっと手を伸ばす。佐伯警部補は出番など無いと腰に提げたニューナンブM60に触れもしない。双眼鏡の向こう側では白いコートに鼠の様なガスマスクを付けた石竹緑青が尻餅をつくレポーターに手を伸ばそうとして思い留まる。

「(ん?勘付かれたのか?)」

 指揮官である淀川圭介の無線を通して狙撃a班の観測手から無線が入る。

「こちらb班」

「どうした?対象は何をしている?」

「どうやら、レポーターのスカートの乱れを気にしているみたいですね。ちなみに黒です」

「了解。(黒か……)引き続き状況を伝えろ」

「慌ててレポーターがスカートの乱れを直しています。その間、対象は明後日の方向を向いています。我々と違って紳士ですね」

「そうか……対象は手を伸ばしそうか?」

「……はい、こちらに勘付いた訳では無さそうです。今、レポーターが手を伸ばしました」

「了解、b班、継続してタイミングを測れ」

「b班了解……」

 森が静寂に包まれ、緊張が辺りを包む中、静かにその時は訪れる。石竹緑青が伸ばしたその腕に向けて静かな発砲音が一度、風が木々を揺らすざわめきの中に紛れて放たれた。


 狙撃銃から発せられた銃声に気付いた瞬間に回避行動を取ったとしても秒速約800Mの弾丸を避け切る事は到底不可能なのだ。狙撃手が素人であるなら別ではあるが、今回投入されたのは警察の中でもトップクラスの人員、SITで構成されている。その初弾が石竹緑青の身体を勢い良く弾き飛ばす。転倒した石竹緑青はその衝撃で気を失ったのかピクリとも動かなくなる。


「……b班、命中を確認」


「了解。突入班、対象の確保、人質の救出へと移れ……」


 佐伯警部補と中谷巡査は淀川指揮官の知らせを聞いてほっと胸を撫で下ろし、安堵した表情で双眼鏡を覗くのを止め、作戦成功を喜び、頷き合う。石竹緑青の人質誘拐、山小屋への立て篭もり事件はこうして警察の手により未然に最悪なシナリオが回避されたのである。


 そんな中、慌しく、指揮官の淀川圭介の下に突入班五名から無線が入る。


「こちら突入班。……その、不思議な事に対象は全く血を流して……いません。反応はありませんが、無傷で……す!?ぐあっ?!」


 その無線を最後に、百M離れた地点で展開する突入班からの連絡が途絶えた……。


「一体、何が起こっているん……だ?」


 淀川指揮官が再度双眼鏡を覗いたその向こう側では信じられない光景が広がっていた。人質であったはずの女生徒、黒コートに鳥を模したガスマスクを着用した杉村蜂蜜がどういう訳か助けに来たはずの五名のSIT隊員全員を殴り倒していく姿が映ったからだ。指揮官の淀川圭介が防弾服に身を包んでいるはずの屈強な男達を次々に薙ぎ倒して光景を冷や汗を掻きながら呟く。


「あれは人質なんかじゃ無い……あれは……メスゴリラだ……!!」


 八ツ森の北方の森。徘徊していたはずの野犬は夏期にとある少女二人(杉村蜂蜜と東雲雀)に狩りつくされ、静けさを取り戻したその森に、今度は屈強な男達の悲痛な叫び声が木霊する。


 一匹のメスゴリラの手によって……。

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