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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
終わりの始まり
239/319

もう一人の僕

それは黄昏、淡い緋色の記憶。

 自分とは別離した様な感覚のまま、もう一人の僕はその光景を見下ろす事しか出来なかったんだ。あの時、僕に何が出来たのだろう。七年前のあの森の山小屋で僕はただ後悔と罪悪の念を持ちながら顛末を見守っていた。今でも鮮明に耳にこびりついて離れない少女の声。9歳の佐藤浅緋の少女の泣き出した声が反芻される。

 「……ごめんね!私の性で緑青君が!」

 少し離れた所に座る北白直哉が静かに口を開く。

 「やぁ、おめでとう。君達は選ばれ……」

 世間的にその存在を抹消された生贄ゲーム事件、その四件目に佐藤浅緋は巻き込まれた。いや、正確には彼女は選ばれたのだ。白き観測者と救世主である僕に。寧ろ巻き込まれたのはハニー=レヴィアンだ。彼女があの山小屋を見付けられず、扉をぶち破って介入さえしなければ天使の心は壊れる事は無かった。だが、彼女の介入が無ければ、あの時、北白直哉は逮捕されず、五件目、六件目と更なる事件の被害者は確実に増えていた。男の声がする。

 「なんなんだこの子は!だから僕は反対だったんだよ!男の子をゲームに参加させるなんて!それに……」

 小屋の壁を強く叩く。男がそれに反応するように体を強ばらせる。もう一人の僕は助けが来たと思い、そちらの方に顔を向けるけど、その隙をついて男が側頭部に拳を全力で叩き込む。衝撃で頭が揺れ、意識が飛びそうになったもう一人の僕は手にしていたナイフを床に落とす。

「仕切り直しだよ、ゲームをしようか」

 冷静さを取り戻した北白直哉が大きめのサバイバルナイフをその手に構え直す。怯えていたはずの少女の声が確かな芯を持って僕に向けられる。

「緑青君。私を殺して?」

 静かに囁かれたその声に浅緋の方を見る僕。

 「この男は多分、あの少女誘拐事件の犯人」

 浅緋が男を睨みつける。いつも優しく僕に微笑みかけてくれた彼女のそんな表情を見たのはその時が初めてだった。

「この男の手口は、小さい女の子を誘拐して殺し合わせるの……緑青君、ごめんね。これは全部私の性なの。だから君が死ぬ必要なんてないの。巻き込んでごめ……!?」

 男が息を荒くして拳を浅緋に振り抜く。その光景に僕は歯を噛み締める。衝撃で吹き飛ばされた浅緋が鈍い音を立てて倒れる。

「話を聞けって言ってるでしょ!ゲームはルールに乗っ取って行わなければ儀式にならないんだよ。でないと僕の魂はいつまでたっても汚いままなんだよ!」


「いるんだろ?そこに!!お願いだから大人の人に連絡してくれよ」

 人の気配を感じて助けを求める。

「 ……緑青君が死んじゃえ」

 けど、その声に反応したのは静かな憎しみ湛えたもう一人の僕の声だった。愕然とする僕に少女が決意の目をして彼に告げる。

「 緑青君……聞いてほしいの。あのね」

 浅緋がこの状況と不釣り合いなぐらい顔を赤くして顔を上げるともう一人の僕の唇に自分の唇を重ねた。浅緋が恥ずかしそうに手をもじもじさせながら再び下を向く。

「蜂蜜ちゃんには内緒ね?最後だと思うから言うね?……緑青君、大好きだったよ……けど、ごめんね?忘れて?私のことは全部忘れていいから、貴方は……生きて?私からのお願い……」

 浅緋が真剣な眼差しで僕を見つめる。そうか、それが愛情なんだ。浅緋が僕の体を突き放し、言葉を放つ。

 「私を殺して?」

 男がナイフを手にこちらに近付いて来る。それを止める術を僕等は知らない。息を荒くしながら。男が一閃、ナイフを左目めがけて振り抜く。寸前で僕は避けるけど、その一撃により額から血が吹き出し、浅緋の叫び声が併せて響く。

「これは報いだよ」

 浅緋が僕を庇う様に男との間に身体を滑り込ませる。

「私を殺して!緑青君!私はこの生贄ゲームではどうせ生き残れないの!生贄に必要なのは”女の子の血”だから!」

 男が歩みを止め、わざと二人から距離を置く。

「なんだよそれ!そんなのゲームでもなんでもないじゃないか!最初から浅緋が死ぬ事が決まっているなんて!」

 これじゃあ僕が死んでも彼女は助からない。僕は左目から血の涙を。右目からは透明な涙を流している。浅緋ちゃんが緑青の額の傷を手で押さえ、止血しながら語りかける。

「この事件の最初の生き残り、その女の子がどうなったか知ってる?」

 僕が首を小さく横に振ると、額から流れ落ちていく赤い滴が音も立てずに床に点々と染みを作り出す。

 「彼女は1人で下山すると、麓で出会った人々を手にしていたナイフで次々と刺していった。彼女はこのゲームの影響で心が壊れてしまったの」

 浅緋はどちらにしろこの男に殺される運命にある。なんとか出来ないのかと必死に僕は思考を巡らせる!

 「彼女が刺し殺した人の中に、私の友達が居たの。私はその女の子の事を恨んだ。けど、違ったの。調べていくうちに彼女も事件の被害者だったことが分かった……だから、私は!」

 浅緋が憎しみを込めて椅子に腰をかける男を睨みつける。

「こいつに近づこうとした。けど、その性で私がターゲットに……」

 もう一人の僕の血が浅緋ちゃんの白いワンピースを紅く染めていく。

「気付いた時にはもう遅かった。だから、私はこんな事でしか抵抗出来なかった。ごめんね緑青君」

 北白直哉は首を傾げる。浅緋が何を言っているのか本当に分からないようだ。僕は彼女に陰る死の予感にその名前を叫び続ける。こんな結末、誰も望んでいなかった!こんなはずでは無かった!死ぬべきは僕だったはずなのに!

「これは多分、もう1人の君の誤算。君は私を本当は生かしたかったんよね。そして彼なら抵抗するだろうし、この犯人に返り討ちにされて死んでしまうだろうと……君は彼の死を願った。安心して?君の事は恨んで無いよ……君は両親から虐待を受け、心は深く傷付き、きっと誰かを不幸に巻き込むことで心の均衡を保とうとした……」

 浅緋ちゃんがこちらに向き直る。

「そして利用してごめんね?緑青君。本当ならその場所に私のお姉ちゃんが居るはずだったのに」

 まだ9歳の聡明な少女の口からその推測が語られる。

「過去の3件から犯人が得た教訓。姉妹同士で連れて来られた場合、姉の方が自らを犠牲になる可能性が高いの」

 それは的を得ている。姉の深緋が此処に連れて来られて居たら、浅緋を助ける為に自分を犠牲にしただろう。姉が妹を犠牲にする可能性は限りなく低い。

「私がね、この事件に首を突っ込み過ぎた性でもう1人の犯人に目をつけられた。その性でお姉ちゃんが犠牲になる事だけは私は避けたかったの。そして私は君を選んだ。いや、私が選ばせたと言った方が正しいのかな?だからこれは私の我儘で……私の罪……決して死後も許される事の無い原罪なの」

 だから僕に近づいて、事件現場から近い森に自ら出向いたというのだろうか。自分が殺される道を自ら選んだ?姉が事件に巻き込まれる事を危惧して。北白直哉に視線を向ける少女。

「……君は賢いね。下手したらテレビで世間を賑わせている白髪の女の子よりも聡明だよ。確かに僕は男の子の血はいらない。それが最初のルールだからね。だから必然的にその慈悲深い女の子を生贄に捧げるしか僕に選択肢は無いんだ。いい子なのにね……僕も本当は殺したくなんかないのにね」

 少女が少年の瞳を強く覗き込む。

「だから私を殺して。お願い……愛する人の手で死にたいの」

 愛という言葉に僕の心は反応する。君のおかげで愛って何かを思い出す事ができたのに。止めてくれ。もう一人の僕は徐々に浅緋ちゃんの細い首に回したその指、一本一本に力を加えていく。出血により、飛びそうになる意識をその場に繋ぎ止めながら。苦しむ浅緋が最後に口を開く。掠れた声で紡がれた重い最期の言葉。

「お姉ちゃんに伝えて?誰も恨んじゃいけない。憎しみなんかに負け無いで、真っ直ぐに進んで!あと、もうちょっと素直になって……てね?君、は、君を、待つ、あの女の子の……下に……」

 浅緋の目が充血し、青冷めた顔色が色を変え、真っ赤に染まっていく。苦しみの中で浅緋ちゃんは緑青の身体に手を回して抱き締め、何かを囁き、少年が虚ろな目で何かを呟く。

「帰らなきゃ。生きて彼女の下に」

 その言葉が聞こえたのか、浅緋の口元が微笑んだような気がした。僕は叫んだ。有らん限りの声で。自分の声で鼓膜が震え、熱を帯びていく。床に倒れる彼女を見下ろす僕達。僕に誰も恨まずに生きていく事が出来るだろうか。それはきっと出来ない。この事件を切っ掛けに世界は絶望と憎しみと恐怖を連鎖させていく。理不尽なこの世界にせめて復讐の業火を。憎しみよ、全てを燃やし、焼け焦がしてしまえ。


 〆


「緑青……呼び寄せた報道関係者二人が来たわよ?さぁ、私達の最後のゲームを始めましょうか」


 僕は僕の中から消えていた少女へ思いを馳せ、その椅子から立ち上がる。そこはかつて、北白直哉の立ち位置だった。


「そうだね、これはあくまで僕等の世界に対するゲーム。世界に復讐の業火を……」


 黒いコートに身を包んだ彼女が僕に優しく微笑みかけながら鳥を模したガスマスクを装着し、僕には鼠を彷彿とさせるガスマスクを差し出す。

「えぇ、全て燃やし尽くしてしまいましょう。過去への後悔も誤ちも」

「ハニー?このマスクは?」

「裏ルートで作製して貰った特殊なマスクよ。暗視機能や遮光機能、催涙ガス対策、そしてピッチを変えられる変声器、小型無線も兼ねてるわ。恐らく相手は警察だけじゃない。もしかしたら、私が人質と知られている場合、軍属の英国特殊空挺部隊、母様の管轄するSAS(SpecialAirService)の出動もあり得る」

「英国の特殊部隊?!国内なら特殊捜査のSITで事足りるんじゃ……」

 ハニーがいたずらっぽくその桃色の唇に笑みを湛えながら僕の白いコートの肩をポンポンと叩きながら僕を励ます。

「国防省長官を母に持つ幼馴染の英国美少女を誘拐した報いよ」

 僕は溜息を吐きながら鼠を模したガスマスクを装着し、白いコートから伸びるフードを目深に被る。懐にはAMT社のカバメントモデル、AMTハードボーラー(.45口径の半自動式拳銃)とベンチメイド社の#928 Proxy、各種閃光筒、そして脚部には蜜蜂マークのハニーの特注ナイフを数本忍ばせる。極力、こんな物騒な装備は使いたく無い。対するハニーは愛用する特注品の隠しナイフに加え、護身銃であるレミントンダブルデリンジャーにベンチメイド社の黒い刀身が特徴的なニムラバスを背に背負った小型の背嚢に収納している。その姿は暗殺者「レイヴン」である。これから起こす最後の生贄ゲーム事件は、報道を通じて世界に流すつもりだ。そんな中、暗殺者達が始末屋である彼女の姿を見たらどう思うのだろうか……。ハニーが倉庫の扉を開けると人質である八ツ森の生徒達が僕等を見上げ、不安そうな表情をする。その片手は柱から伸びた鎖によって繋ぎ止められ、逃げ出せない様にいている。僕は罪悪感で震える声を誤魔化す様に変成器のスイッチを入れ、彼ら其々に白い仮面を配り、それを装着する様に促す。右手にAMTハードボーラー、ステンレス製の銀色の拳銃を構えながら。

「さぁ、君達も最後の生贄ゲームの始まりだ……」

 僕は全員が仮面を付け終わるのを待つ間、出入口で待機しているハニーが僕を促す様にハンドサインを送りながら無線を通して声が聞こえてくる。

「(そろそろ、行くわよ。待たせたら怪しまれるわ)」

「(そうだね、あとは日嗣姉さんが仮面を装着したら……)」

 僕はその視線を生きていた日嗣姉さんに向ける。すっかり短くなってしまった髪型は長かった髪に慣れている僕からしたらまるで別人の様で……。

「(何見つめ合ってるのよ。二回戦目は許さないわよ?)」

「ブハッ!?」

 変成器越しに吹き出してしまう僕に、頬を赤くしながら日嗣姉さんがこちらを見つめるのを止め、そそくさと白い仮面を装着する。その面には大アルカナの星を模したデザインが施されている。既視感があると思ったらあれだ、筋肉男に出てくる超人、顔が星マークのキャラだ。他のメンバーの仮面にもそれぞれ、日嗣姉さんが割り振ったアルカナマークが施されている。今回の件、世間に晒されるのは僕だけで充分だ。周りを見渡し、その光景を見た仮面を被った若草青磁が周りを見渡した後、日嗣姉さんに一言加える。

「このデザイン、誰が考えたんだ?一人、超人ペンタ○ンが混じってんだけど?」

 慌てて立ち上がる日嗣姉さんが抗議する。

「う、うるさいのじゃ!妾のデザインにケチを付けるのか!ペンタゴンとはアメリカ国防総省本庁舎の事であろう?一体何が関係しているというのじゃ!」

 若草青磁が状況に構う事無く、いつもの調子で答える。

「知らねぇならいいさww」

「貴様!草を生やすでない!それに妾はまだお主のしでかした事を許してはおらぬぞ!」

 顔は見えないが、日嗣姉さんのぐぬぬと言った表情が仮面越しに見えてきそうだ。そのやりとりに女教皇の十字架をモチーフにした仮面を付けた留咲アウラさんが若草の仮面を見て感想を述べる。

「そういう若草さんは……審判、ラッパのマークの正○丸みたいですね!」

 その言葉に頭を抱える様にジタバタしながら若草が悶える。

「いい薬ですーっ!」

 日嗣姉さんがいつもの様に腰に手を当てて立ち上がると若草を指差す。

「ぬーふっふっ!!ざまぁ無いの!ラッパ男よ!」

「テメェ!ワザとだろ!」

そのやりとりを聞いて笑い合うかつての心理部員達。多分、こうやって笑い合うのは最後だろう。ちなみにこの場に居るのは……以下の通りで、モチーフとなるデザインの横に数字も書かれている。各コメントも添えておく。


 石竹緑青:隠者(9)(鼠型ガスマスク)

「蜂蜜……これじゃあ本当にイかれたサイコな誘拐犯だよ」

 杉村蜂蜜:月(18)(鳥型ガスマスク)

「これで暗殺者烏として、完璧ね」

 佐藤深緋:太陽(19):(太陽のマーク)

「……」

 若草青磁:審判(20):(ラッパのマーク)

「ペンタゴンよりましか」

 日嗣 尊 :星(17):(ペン○ゴン)

「正露○よりマシじゃの」

 天野樹理:死(13):(漢字で大きく死と描かれている)

「なんで私だけハイソな漢字なの?」

 鳩羽竜胆:吊るされた男(12):(棒人間が逆さに吊るされている)

「ちょっと可愛い感じがイラッときますね」

 江ノ木カナ:恋人(6):(ハートマーク)

「これも……昔どこかで………あっ!あれだ!」

 留咲アウラ:女教皇(2):(十字架のマーク)

「ちょっとカッコいいですねぇ、エィメェン!!」

 田宮稲穂:硬貨の女王(Queen):(金貨を握る女王の絵柄)

「これちょっと、私に対する悪意を感じるわ」

 東雲 雀 :棒の1(Ace):(| |)

「な、なぜか、私のだけ変な気がするぞ!?」


 お互いの顔を見合わせ、戸惑いながら片腕を繋がれた鎖に目をやるメンバー。ちなみに彼等には当日、わざわざ八ツ森の制服に着替えて貰っている。寒い中、東雲だけがブラウス一枚で半袖姿なのに違和感を覚えるが、どうしても冬服を着て貰えなかった。その東雲は何故か力無くだらりとその場で足を投げ出して放心気味である。僕は流石に心配になって声をかける。

「東雲……さん?」

 僕の声に反応した東雲がそのままそっぽを向いて三角座りをしてしまう。拗ねた様な彼女の仕草とは反対に、縦に引かれた棒の1のマークが( I 1 )顔文字みたいで少し可愛い事には敢えて触れない。

「東雲さん?怒って……る?」

 僕の言葉に無反応な東雲が今度は完全に僕に背中を向けてしまう。江ノ木は逆にソワソワして落ち着かない様子で自分のマスクを両手で指差しながら何かに似ていないかを答えさせようとしているが、皆はピンときていないようだった。

「ねぇ、ねぇ!私もあの懐かしのキャラにそっくりだよ!ほら!」

 何やらポーズまで添えてアピールするが、それを理解してくれる人物は居ないようだ。「死」という漢字が大きく書かれたマスクを何の躊躇も無く外してペンタゴンな日嗣姉さんにクレームを付ける。

「私のもなんかみんなと違くない?」

 デザインを担当した日嗣姉さんが困り顔で無言で首を傾ける。

「ねぇ、都合悪い時だけ東雲さんみたいに拗ねてもダメよ。もっとこう……深緋みたいに普通な感じにしてほしかったのだけど……」

 日嗣姉さんが何かを思い出した様に鎖を引き吊りながら部屋の片隅まで足を運ぶと、別のマスクを取り出してくれる。僕らは仮面の下地だけ用意して、デザインセンスの無い僕らの代わりに描いて貰ったのだ。小室や病院で目覚めた木田に頼んでも良かったのだが、本当に無関係な彼女をこれ以上巻き込む訳にはいかない。江ノ木もアニメ研究部だが、右手を杉村おじさんに撃ち抜かれてからはリハビリ中で、終始、周りのサポートが必要な状態だ。最初は、全員の仮面には数字だけ油性マジックで描いたのだけど、手作り感満載過ぎて、どういう訳か生きて居た日嗣姉さんが横から助け舟を出してくれたという訳だ。プロも使っている顔料らしく、ちょっとやそっとじゃ取れないなかなかの一品に仕上がっている。

「じゅりたそよ、それなら、第一案で緑青君にボツにされた此方を……」

「あっ(察し)こっちにしておくわ」

「こっちの方が妾は気に入っておったのじゃが……」

「それは流石に○クリームの監督からクレーム来ちゃうからダメよ?今から始まる生贄ゲームは全国生放送なんでしょ?それにちょっとホラーみたいで怖いわ」

「ふむぅ。死神の仮面みたいにカッコいいと思うのじゃがの……」

「それよりなんで報道なんか利用するのよ?私、メディアとか凄く嫌いなんですけど?」

樹理さんがジロリと殺気を交えながら深淵の圧を僕らにかけてくる。彼女は当時、純粋な通り魔の加害者として報道され、マスコミを今も心地良く思って居ない。

「ふむ、それなのじゃが……緑青君たってのお願いで……」

 日嗣姉さんの黒目がちで猫の様な灰色の瞳が此方を見つめると、その視線が交差する。

「っと、ととと」

ガスマスク越しでも照れた様に僕らはその視線がかち合うのを避ける為、明後日の方向を向く。気不味い。非常に気不味いのである。そこに重なって杉村からの痛い程の視線も合間って極めて非常に気不味いのである。樹理さんが小首を傾げながら僕と日嗣姉さんを交互に様子を伺ってから、半目になってその確信を言葉にする。

「ははーん、おかしいと思ったのよね。昨日も皆んなで食事している時、二人ともわざと視線を合わせようとしなかったし、死んだと思ってた日嗣尊が生きてて、再会出来た二人は嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは何かやましい事があるって事ね?」

盛大に僕と日嗣姉さんが咳き込み、杉村がわざとらしく咳払いをする。

「あのねぇ、蜂蜜。貴女と緑青は幼馴染であって恋人では無いの。分かる?」

杉村(殺人蜂)が眉をひそめながらも上手く反論出来ないでいる。

「私も貴女がもし、緑青と恋人って言うなら、キスなんかしないわよ?それとも、二人は正式に恋人にでもなったとでも言うのかしら?」

「ググッ、そ、それは……確かに肯定出来ないわね。私達は婚約もしていない、ただの幼馴染よ。でも、キスぐらい私もいっぱいしてるわ!キス、だけならねっ!」

  仮面越しに分からないが、ここに居る若草以外のメンバーは恐らく赤面している。

「はぁ……それぐらい知ってるわよ。昨日の夜、二人で部屋に引きこもってる時、壁に耳を当てて盗み聴きしてたもの。時々、蜂蜜の可愛い甘い声が……あっ、確か今は殺人蜂のハニーだったわよね?」

「「ふぁっ?!」」(石竹&杉村)

 十字架の仮面を付けた留咲さんが手をアワアワさせながら否定する。

「わ、私達は止めたんですよ!けど、どうしてもって……」

 ラッパのマークの若草が口を挟む。

「でも良かったじゃねぇか。緑青、前はキスする時に冷や汗かいて意識を失ってた事を考えたら進歩したよなぁ」

 日嗣姉さんが余所余所しい態度でそれに同意する。

「うむ。緑青君は壁を一つ乗り越えたのじゃ……わ、妾とは壁二つ分を超えてしまったがの……ごにょごにょ」

「ん?」

 樹理さんが再び仮面を付けながら微笑む。

「まぁどちらにしろ、良かったわ。蜂蜜、頑張りなさいよ。あんまり緑青の事、待ち続けてると、私が彼にキス以上の事をしてしま……」

「「ブフォ!?」」(石竹&日嗣)

「どうしたの二人とも?」

「い、いや、何でも無いです」

「何でも無いのじゃ、じゅりたそ……」

「……緑青?」

仮面を再び外したじゅりたそがガスマスク越しに僕の瞳を射抜く。慌てて変声器の強度を上げる。

「な。何ですか?」

「キミ、童貞卒業したの?」

「ぐわぁぁぁ!」

 その場に転げ回る僕。恥ずかしくて死にそうになる。

「尊?処女喪失はあのいけ好かない生徒会長だとして……貴女、まさか……緑青を寝とったの?」

「うぎゃあああ!」

今度はその場に日嗣姉さんが転げ回る。その光景を眺めながら呆れて溜息を吐くじゅりたそ。

「私、別に気になりません!傍から見ても二人は両想いだった……しかも、緑青の話では尊は出血が酷くて死にかけていた。しかも、彼女は一番寝たく無い男に一矢報いる為にその身体を許したの。それも恐らく、そこで転げ回って居る少年の為に。それぐらいの見返りを死の間際に求めても文句は言えないわ。ね?江ノ木さん?」

 突然求められた質問に江ノ木が迷いなく答える。

「うん!私もレイプされそうになった時、鳩羽君にキスしちゃったもん!本当は鳩羽君に初めてを捧げたかったのだけど、振られちゃっただけだもん!だからきっと、日嗣さんの気持ち、分かるよ!それよりほら、私の仮面!」

 樹理さんが年代的に分かっているらしく、溜息を吐きながらそれに頷く。

「はいはい、モモレンジャイね。そっくりよ」

「やったー!やっと分かって貰えた!モヤモヤすっきり!」

 江ノ木の恐ろしいぐらいの天然系美少女度合いに僕らは溜息を吐く。樹理さんが仮面を付け直した後、思い出した様に付け加える。

「そうそう緑青」

「は!はい!」

「蜂蜜の事、全てにカタが着いたら……尊の百倍抱いてあげなさい」

「ええっ?!」

「それが出来ないなら……ここで尊を先に殺しておくわ。だってこれは生贄ゲームなんでしょ?障害は取り除いておくわ。まぁ、最終的には蜂蜜を殺す事に全力を注ぐ為に……だけどね?フフフ」

 樹理さんの身体を中心に深淵から這い出た様な黒い闇が辺りに拡がった様な錯覚を覚える。やっぱり怒ってらっしゃる。日嗣姉さんもその殺気を敏感に感じ取り、鎖が許す限り、部屋の隅っこへと退避する。何だかんだ言って、樹理さんは僕と同じぐらいに杉村の事も恩人として大切に思ってくれているので何だか嬉しい。

「あと尊……」

「はい!」

「緑青との情交を詳しく纏めてレポート用紙5枚以上にして私に提出する事。あっ、貴女は確か、絵を描くのが上手かったわね。詳細な挿絵をつけて私に寄越しなさい。対価は命よ」

「は、はいぃ!!(←出血多量の貧血気味で本当はよく覚えてない)」

 そんな僕ららしいやりとりの中、硬貨の女王たる田宮がガスマスク越し、恐らく僕に怪訝な表情をしながら疑問を投げかける。

「石竹君が節操の無い男の子だって事は分かったし、君と杉村さんが何かを仕出かそうとしているのも分かる。世間に貴方達は喧嘩を売った。いや、貴方の立場になって言えば、自分の事を七年間も悪意は無いとはいえ、騙し続けてた八ツ森の人間に復讐する……っていうのも百歩譲って理解出来るわ。けど、理解しているのかしら?すず(東雲雀)が貴方に対して怒っているもう一つ理由を」

 僕は立ち上がり、その質問に真摯に向き合って答える。

「うん。僕は東雲や鳩羽、田宮や生徒会、八ツ森の多くの生徒が慕う二川亮を射殺した。皆んなが見て居る前で」

「私達がこうして大人しく捕まってあげているのは……その真相が最後の生贄ゲームの中でされると説明を受けたからよ。分かってるの?貴方は殺人を犯した。そこに居る日嗣尊も彼を刺したけど、命を奪う様な真似はしなかった。この差は大きいわ。君は人としての一線を超えたの、その自覚はあるのかしら?」

 その言葉に日嗣姉さんが反論する。

「待って。彼が記憶と共に取り戻した憎悪が引金となった事は確かなの。それに二川亮は正真正銘、あの北白事件の共犯者であり、何人もの生徒を自分の都合だけで殺害を……」

 田宮の怒声が響く。

「分かってるわよ!そんな事!貴女は彼の事を小学校から知らないからそうやって言えるのよ!彼はね、母を父親に殺され、彼もまた殺人者の息子として蔑まれ、不当な暴力や虐めを受けていた。殺人者の息子もまた殺人者になるのだと。分かってるの?君は、それを実行してしまったの。殺人者の子供は殺人者と成り下がる事の証明よ?それを、貴方は……分かってる……の?」

 俯いた田宮の仮面の下から涙が溢れ落ちて行く。彼女は近い位置に居ながら、公平な立場に居るが故に僕を表立って助けられずに居て、それをずっと我慢し続けてきた女の子だった。

「田宮……ごめん」

 首を振る田宮。

「いえ、分かってるわ。これもただの私のワガママなのは。君は弁明してないけど、生徒会長が本当に軍部の部員達や君達を亡き者にしようとしていたのだとしたら正当防衛よ。分からないのが、なぜ、君はわざわざ人前で二川亮を殺して辱める様な真似をしたのかよ。君は……そんな人じゃ無いでしょ?」

 僕はそれに静かに答える。

「ごめん、そんな人なんだよ。いや、そんな人だったと言うべきかな……」

 杉村が扉の前で時間を確認しながら僕に合図を送る。そろそろ時間切れのようだ。横切る僕に鳩羽と東雲が食いかかる。

「石竹先輩、僕も許してませんからね?僕にとっても二川先輩は大事な人でしたから」

「石竹緑青よ、私もだ。私も貴様の事は許して居ない。その隙あらばいつでも仇をとるつもりで居る」

 僕は二人の言葉に静かに答える。

「うん。二川亮も、二人の事は誰よりも心配してたよ。そしてありがとってね……」

 その言葉に息を詰まらせた二人が僕への憎しみを混じらせながら嗚咽を殺す。

「ズルいですよ……石竹先輩」

「石竹緑青よ、貴様、生贄ゲーム事件の決着を付けると言っていた。それなら、鳩羽と江ノ木は兎も角、留咲や私や稲穂は関係無かったのでは無いか?」

 僕は杉村の隣に並ぶと、振り返って答える。

「留咲さんは多分、日嗣姉さんが生きていると知ったらきっと山小屋に駆け付けると思った。だからここで一緒に監禁した方が都合が良かった。田宮はいつでも公平な立場で僕を叱ってくれるからかな。そして東雲も田宮が誘拐されたと知ったら黙ってられないだろ?僕らはこれから警察を敵に回す。そんな状況下で、杉村とほぼ対等に渡り合える東雲雀の存在はやっぱり無視出来なかった。それにもう一つ……僕は別の目的で君の事を誘拐してきて貰ったんだ」

 東雲雀が僕の方を見つめる。

「別の目的だと?」

 僕は東雲にガスマスク越しに微笑みかける。

「もし、杉村が暴走したら、止めてほしい」

「暴走?だと?」

「世間を敵に回して、無傷で事を済ませられるなんて思ってない。これでも命を失う覚悟はしているんだ。けど……僕が死ぬ事によって杉村が復讐の鬼と化す、もしくは、自死を選んだ時、彼女を止めて欲しい。木刀なら僕らが居た倉庫に立て掛けてある。僕が存命なうちは……倉庫への鍵は預からせて貰うけど……」

 東雲が狼狽える様に扉に手を掛けた僕を呼び止める。

「鼻血君……君は……まさか、自分が死んで全てを終わらせる気なのかっ!?」

 僕はその質問へは答え無いまま、杉村と一緒にレポーターとカメラマンをこの部屋に迎え入れる為にその扉を開いて外へと出る。


「さぁ……始めようか。僕らの最後の生贄ゲームを……」


 それは僕らの歪んでしまった過去からくる歪な日常を取り戻すが為、全ては前に進む為の戦い……足掻け!心に傷持つ者達よ!

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