天ノ宮サリアとペドフィリア
聴取を行う刑事二人の前に現れたのは青い木漏日高校の制服に身を包んだサリア=レヴィアンだった。本来なら彼女も婦警の制服を着る規定が施されているのだが、潜入や活動の点に於いて高校で実際に使用されている制服を着用している。署の人間からは揶揄として女子高生さんと呼ばれて居たりする。本人は全く気にしていないが。
「女子高生さん、どういう事だ?また七年前みたいにネフィリムが介入してくるのかい?」
警部補の佐伯が怪訝な顔でサリアに問い詰める。
「私達特殊課は独自の犯罪介入権限を公式に得ている。何か問題でもあるか?警部補?」
「いや、ルールはそうだとしても、節操が無いのは気に入らないね。そんなやり方をしていれば署内の人間からは疎まれる。それぐらい分かるだろ?警視正様?」
「……無礼は承知の上だ。しかし、事態が変わった」
首を傾げる警官達に告げられた内容は、午後に放送されたニュース番組の中で一連の北白直哉による生贄ゲーム事件に一人の少年が関わっていたというものだった。そしてその少年こそが射殺された二川亮であったという電話が生放送で全国に流されたというものだった。しかも電話相手は最初の被害者である少女で深淵の少女として世間を賑わせた天野樹理本人だという事だ。
「おい嘘だろ?まだ現場検証も事実関係も確認出来ていない状態でそんな話を警察が鵜呑みにするとでも?」
佐伯警部補が呆れた様に口を開く。そこへ若草青磁が不気味な笑い声が漏れ出してくる。
「クククッ、さすが樹理さん。やってくれるねぇ……」
「お前、何か知ってるのか?あの事件は北白直哉が殺された事によって完全に決着が着いたはずだ。それを今更蒸し返してどうする?」
「言ったろ?だからあんたらに言っても無駄だと。樹理さんも端から警察に信じて貰えるとは思ってないさ。それはあいつもそうだ」
「あいつ?」
「留年女の日嗣尊だよ」
中谷巡査が焦り顔で佐伯警部補に詰め寄る。
「先輩、もしかして……日嗣尊が二川亮を刺して逃亡したのは……」
「復讐の為だと?七年前の警察の対応を鑑みて、自らの手で実行したと?」
サリアが長く伸ばされたストレートの髪を掻き流すと言い切る。
「そして石竹緑青が二川亮を射殺するだけの十分たる動機になる」
若草がニヤニヤしながらそれに同意する。
「そういうこった」
サリアが椅子に座る佐伯に構う事なく机の上に紙切れを叩きつける。
「少年、もう一つ確認したい事がある」
その紙切れを見て若草青磁の顔が僅かに強張る。
「それは……」
「これは君が文化祭で着用していたメイド服のポケットに仕舞われていたものだ。現場検証のすがら、君が所属する部活の顧問を兼ねている担任の荒川静が片付けをしている時にこれを見つけたらしい」
若草の顔に焦りの色が浮かぶ。
「あの婆……余計な事を……」
「まず始めに確認する……お前、そっちの趣味があるのか?」
「そこ!?蜂蜜の姉ちゃん、そこ今関係あるっ?!」
「いや、無い……か?二川亮をお前と妹婿が取り合ってという線はこれで消えたという事か」
「最初からねぇよ!それになんで緑青までそっち路線にされてんだよ!」
机の上に叩きつけた数枚の写真は石竹と若草が汗水流しながらメイド服姿で働く姿だった。
「うぐっ、脅す気か?」
「ん……いや?聞き込みを繰り返すうちに当日の午前中はこうしてメイド喫茶を催していたと聞いてな。途中、妹婿に復讐する為に現れた極道者達に襲撃されたと聞いたが、糸目の中国人と猫耳のチャイナ服のお姉さん、そして戦車男と書かれたTシャツを着た男が介入し、ご丁寧に遺体ごと丸っきり証拠隠滅して何処かに去って行ったと聞いてな……こいつらの正体は大体想像がつくが、君達は十分すぎるほど女装を着こなしていたと聞いた。男だと気付かない者も多かったとか」
若草青磁が呆れた顔で溜息吐く。
「悪いが、極道の人間達の介入は此方としてもイレギュラーだった」
「ほう……では、そのレギュラーとやらをこの日嗣尊からの手紙を踏まえて教えて貰えないか?」
「あんた……見かけによらず食えないな」
「安心しろ。これをネガから焼き回して、ばら撒く様な事はしない……99%な」
「くっ!そこの二人よりタチが悪いぜ」
背後に構える信じられないといった様に呆れる。少年に対する扱いは流石婦警ともあってか話を始めてものの数分で相手を懐柔してしまった手腕に父親である警視長の天ノ宮焔里の影を見る佐伯警部補。その人物は過去の八ツ森で起きた局所的な超干渉反転現象により姿を消している訳だが。目の前に居る女子高生の制服を着こなす17歳前後の英国人少女にしか見えない金髪の女性は彼が失踪後、彼が独自の権限で指揮を取っていた対外道用組織特殊部隊ネフィリムの指揮権を引き継いだ訳だが、その活動内容に関しては単に遊ばせているに過ぎないとこの警部補は感じていた。ネフィリム内の組織構成は一般戦闘員が二百人前後で配置されいている中隊程度だが、階級などが無く、総じて皆戦闘員である事が特質として挙げられていた。その実力主義の方針は出生や来歴問わず、中には犯罪者ですら隊長であるサリアに認められれば雇う事を厭わない謎の多い集団である。中でも主要な戦闘要因となるネフィリムの十一使徒と呼ばれるアタッカーは個の戦闘力でいえば軍隊すら凌ぐと言われている。因みに陽守芽依という銀髪の少女はそれらに匹敵する規格外な力を持ちながらも組織に属する人間では無く、唯の一般人。天ノ宮サリアの友達だという位置付けである。そのサリアが介入したともなれば犯罪捜査介入への自由権限を持つ警視庁特殊犯捜査、公式には存在しない第五係が動く可能性もあり得ると考えた佐伯警部補は先行して部下の中谷巡査に耳打ちし、石竹緑青が生贄ゲームを再開させる可能性がある八ツ森の北方、霊樹の森、第四生贄ゲーム事件が行われた山小屋を包囲するように公式に存在する方の部内通称SIT、特殊事件捜査第1係に出動要請を通す様に指示を出す。中谷巡査がその部屋を出た事に構わず、サリア警視正が少年の取り調べを継続している。
「俺は……石竹に殺された二川亮と同じ部屋に居た。全部、あの日嗣尊っていう留年女の指示で……動いていた。あいつがもし、二川亮に殺されそうになったら杉村蜂蜜……ハニー=レヴィアンを連れて緑青の事を助けてほしいと」
「……なぜこの手紙に書かれている通りに動かなかった」
「必要無いと感じたからだ。あの文化祭での一連はあの女が全部仕組んだ事だ。俺はその手助けをしたに過ぎない」
「違うだろ?この手紙にはもう一つの懸念材料が日嗣尊の言葉で書かれている。お前が八ツ森の生徒を拉致監禁し、そして北白事件の共犯者である二川亮とグルでる可能性もだ!」
状況を掴めない佐伯警部補が言葉を挟む。
「ちょっと待ってくれ。北白直哉の共犯者?奴は市内のタクシー運転手に惨殺された。あの事件には北白以外に共犯者が居たのか?それがあの射殺された少年だと?」
話を聞き、困惑する佐伯警部補に簡単にサリアが説明する。
「警部補、午後に放送された生放送番組で今回の八ツ森生徒射殺事件の特集が組まれ、その報道中に生贄ゲーム事件の最初の被害者である天野樹理から電話が精神科医の藤森修にあり、その通話の中で彼女が告げた」
「深淵の少女……その言葉をあんたは信じるのかい?彼女は11年間も病棟暮らし。証拠も無い、唯の妄想とは思わないのか?」
「顔を合わせた私だからこそ分かるが、彼女は……貴方達が思っている程異常者では無いよ。妹婿にキスをしたのは解せないが」
「ハハッ……警視正、貴女もまともでは無……」
予備動作無く背中から引き抜かれたシンプルな形状をした黒い拳銃、グロッグ17を警部補に突きつける。
「まともで無くて結構。今は時間が無い。貴様への説明はこれで終わりだ。あとでテレビで天野樹理が発言がした内容を同僚にでも聞いておくといい」
その言葉を受けて部屋を出た佐伯警部補はすぐさま北方の森へと向かう手筈を整える準備に取り掛かった。あの金髪の小娘に邪魔をされる前に。
「いいのか?警察内の評判下がるんじゃ?」
「大丈夫だ。元々高くも無いからな」
「苦笑いだよ。義姉さん……もやっぱりちょっと残念な感じなのな」
「やっぱりってなんだ!愚妹を愚弄するつもりか?!」
「自分の事は認めるのかよ」
一度咳払いをして仕切り直したサリア警視正が若草に日嗣尊から託された手紙について尋ねる」
「それより確認したいのはこの手紙の内容だ。天野樹理の話では二川亮が北白直哉の共犯者である事は言って居たが、それが二人いる事については全く触れていなかった。そしてこの手紙の内容には北白直哉の共犯者は二人いるとされている」
「お前は何を狙っている?そして日嗣尊は何を画策していたのだ?」
「石竹緑青の狙いが知りたかったんじゃなかったのかよ」
「この手紙の存在がお前の事を見逃せなくさせている」
「……」
手にした銃を躊躇なく少年に突きつけるサリアが声色を変えて事務的に言い放つ。
「好きにしろ。私達ネフィリムは生殺与奪の権限を与えられている。愚妹と妹婿、そして誘拐されて少女の命に関わるなら、犯罪者であるお前を撃ち殺す事も私は厭わない」
「……ちっ」
「……日嗣尊、彼女は逃亡中と公式には発表されているが、天野の証言でそれは覆った。もしやお前か二川亮のどちらかが証拠隠滅の為に殺したんじゃ無いのか?そして日嗣尊は自分が二川を殺しきれなかった場合を想定して、予め用意して居た手紙を元に、間接的に亡き姉の仇討ちをさせたかったのでは無いのか……?」
「もし、その女を俺が殺して居たらどうする?」
「法の下で裁く」
「北白直哉を無罪とした糞みたいな法律でか?」
「結果はどうであれ、法で裁かれた結果を私は受け入れるだけだ」
「おかしく無いか?被害者ばかりが苦しんで、加害者の生活が守られる社会が」
「だから貴様は虐待被害者から加害者側へと成り果てたのか?」
「あぁ。そうだよ!こんな糞みたいな世界、俺だけが踏み躙られる世界なんて一度壊れちまえばいい。その時、やっと人間は気付くのさ。世界がどれほど歪に歪んでいるのかをな!」
「子供が!甘ったれるな!世界を受け入れられないから壊す?世界を否定し、ダダをこねたければ自分の部屋でおとなしくしていろ!悲観の末に自殺でもしてみるか?!ほら、目の前の銃を手に取れ!少年!」
目に怒りを抱えた若草青磁が天ノ宮サリアに銃口を向けられながら歯を食いしばる。
「お前の出生には同情する。どこの誰だか知らないが産み捨てられたお前は児童施設に預けられ、そしてやっと君の事を迎え入れてくれた夫婦の間のトラブルに巻き込まれ、酒浸りの父に殴られる母を庇って自分も傷つく毎日を送って居た。そして挙句にお前は13歳の時、夫に殴られ傷だらけになった子を成せない母を犯す様に父から」
サリアの言葉が言い終わらないうちに若草青磁が両手で素早く銃のトリガーに手をかけ、安全装置を解除する。その素早い慣れた動作にサリアの反応が一歩遅れる。脳天に突き付けられたままの銃の引き金を引く若草青磁。その瞬間、閃光と破裂音が室内に鈍く響き渡る。
「お前……何て事を……」
その騒ぎを聞きつけた署内の職員が慌ただしく駆けつけ、室内を覗くと放射線状に壁に血が付着していた。戸惑う職員の一人が救急箱を持って室内に入ると止血の応急処置に移る。
「一歩間違えれば頭の一部が吹き飛んでたんだぞ?」
体を硬直させた若草が眩しそうに目を開くと口元を歪める。
「らしいな……」
撃たれた箇所から血が止まらずに流れ続けていく。職員の婦警がその血に塗れながら医務室に連れて行こうとするのをサリアが止める。
「大丈夫だ。痛覚は遮断している」
「でも!左手の指が吹き飛んで……」
「構わん。この程度」
「杉村の姉さん……自分の指を犠牲に……なんで俺を助けた?殺しても罪に問われないんじゃ」
「嘘だよ。そんな権限、ネフィリムには無い。寧ろ他の警察官以上に人間に対しては厳重な法による縛りが存在する。それを侵せば我々でも極刑を免れ得ない」
「あんた……」
「すまない。君の奥底が知れなかった。それを引き出す為だけに挑発したのは私だ。責任は全て私にある。銃の扱い、どこで覚えた?君がそこまで銃を扱えるとは予想出来なかった」
「簡単な銃の使い方は杉村おじさんに」
サリアが呆れた様に無傷の右手を額につける。
「あのロクデナシめ。本当にろくな事を子供達に教えない。だが」
「俺も緑青も蜂蜜もそれが無かったらどこかで死んでたかもな」
「全くだ。でも……本当に君が無事で良かった……よっ」
ポロポロと急に涙を流し始めるサリアに若草が戸惑う。
「いや、えっ?さっき銃で自殺しろって言ってた人が言うセリフ?!」
「うぐぐ。本当に近頃の子供達は自分の危険も顧みずに無茶ばかりする。見て居られないよ……すんすん」
「えっと、あの、とりあえず、すいません」
左手の治療をされながらサリアが制服の裾で涙を拭うと、職員達をその部屋から追い出す。
「……君の過去を、トラウマを刺激する様な真似をしてすまない。どうしても君の根底にあるものが何なのか確かめたくて。君の出生についてはこちらでも調べる事が出来るが……どうする?」
「あぁ……だからなんか取られたのか。いいよ、俺が誰の子かはもう気にして無い。警察にDNA情報が残ってるって事は犯罪者かその予備軍だろ?笑えない」
「……あと八ツ森高校で聞き込みをした時に、同性愛者の噂の他に幼児性愛者である噂も聞いた……幼児性愛者に関連する犯罪者から調べた方が手っ取り早いかも知れないな」
「やめてくれっ!多分、これは後天的なものだ」
「認める……のかっ!?同性愛でありながらペドフィリア!この変態っ!!」
「……ゲイではないか!」
「だが、まずいな……犯罪者予備軍を世に放つ訳には……私で手を打たないか?多分、永遠の17歳だぞ?」
「あっ、結構です。15歳以下は愛せないんで」
「ぎ、貴様っ!お前まで私を拒否するのかーっ!」
半泣きになりながらブンブンと右手を振り回すサリアに呆れて溜息を吐く若草。治療されている左手を痛々しそうに見やる。
「手の指は悪いと思ってる。俺も寸前で照準はずらしたが、まさか銃口を握って弾道をずらすとは思わなかった」
「これか……安心しろ、また生やす事は出来る」
「まじか?」
「あぁ。きにするな。魂さえ無事なら肉体の方は単独でも再生可能だ。まぁ……芽依に頼んだ方が早いが」
「……本当にあんた人間か?」
「それには半分、そうだと答えておこう」
「まさか、杉村の怪我の治りが早かったり、バケモノ染みた強さって」
「……同じ母から生まれたので確かしらの影響は出てるかも知れないな。多分、私の父の余波だ」
「……あんたと話してると自分の中の常識が覆りそうで怖い」
「覆したかったらいつでも言ってくれ?」
「遠慮しとくよ」
「賢明な判断だ。君はなかなか骨がある。戦闘要員にはなれなくてもサポート要因としてからうちにスカウトしてもいいと思ってる」
「悪い。俺は将来児童相談所で働くつもりだから」
「そうか……それは残念……って、それは止めろ。お前がその職に就いてはいけない気がする」
「大丈夫だ。俺は女児を愛しんでいる。傷付ける様な真似は恐れ多くて出来ない」
「……君は……北白直哉の共犯者では無い様な気がする」
「なんでだ?俺がその犯人だって言ってるだろ?」
「君は目の前で傷付いてる人間に対して傍観を決め込めない人間だ……長年の勘だがな」
「……俺が残忍な部分を見せてないだけかも知れないだろ?」
「まぁいいさ……記憶の戻った妹婿を確保すれば嫌でも真実は明るみになる……今日は家に帰っていいが、警察からの呼び出しには必ず応えるようにな……」
話し合う二人の間には目に見えない絆の様なものが生まれつつあった。サリア自身に自覚は無いが、彼女が26歳にして組織をまとめ上げ、指揮を任されている由縁はこうした相手との信頼関係作りの巧さから来ている。昔は彼女も非情に徹していたが、とある銀髪少女との出会いが彼女を丸くさせる要因になるのだが、それはまた別の彼女の物語である。
「で?俺を怒らせて自分の指を吹き飛ばして、得られる収穫はあったのかい?」
「結局のところ、嫌疑が完全に晴れたわけでもない。つまるところ分からない」
「おいっ!やっぱり義姉妹だな!そういうとこそっくりだよ!」
「あぁ。だが、お前は人を殺すタイプじゃ無い。それだけは分かったよ。女児二人が殺し合う様を楽しそうに傍観出来る奴じゃないってことはな」
「……そんなの分からないだろ?」
「そもそも、あくまで記録上だが、北白事件が最初に起きた十一年前、君は他県の児童施設に預けられて居た。北白と接触自体が不可能なんだよ」
「分からないだろ?ネットとか使って……」
「6歳の子供が現代機器を扱えるとは思ってはいないし、君にパソコンの技量が無い事も学校側に確認済みだ」
「この女……」
「アハハッ、すまないね。こんな格好をしているがこれでもエリートなものでね、それなりに頭はキレる方さ」
「叶わないよ、あんたには」
「私も君の事は甘く見て居た。すまない。ところで……私にはどうも君達が何かを隠している様に見えるのだが……気の所為かな?」
心を開きつつある少年に対してピンポイトに踏み込んだ質問をするサリアに若草もギクリとした表情を浮かべる。
「そ、それは……」
「フフッ、いや、それには答えなくてもいい。その反応だけで十分だ。これが私の聴取の仕方だ。許せ。……何かを隠す。もしくは君達は誰かの事を庇おうとしてるのかも知れないな。君か天野樹理、どちらかが嘘をついてるか、どちらも嘘をついてるか……」
「あんた……すごいな」
「よく滅茶苦茶だと怒られるよ。もう一つ聞きたい、誘拐された少女二人についてだが、まぁ……あの愚妹はついては自ら石竹緑青に着いて行ったのだと思うが、佐藤浅緋の姉をあいつが誘拐する必要はどこにあるんだ?それもわざわざ人前で二川亮を射殺した理由は?二川亮がもし、天野樹理が言う様に、北白直哉の共犯者で、他の生徒殺しの犯人だったとしたら……そいつに石竹緑青は身体を拘束されていたはずだ。現場に残されていたロープからそれぐらいの事は分かる。その状況下、途中から介入した君から銃を奪い、わざわざ大勢の前で二川を射殺した。まるで自分が加害者である事を知らしめる為に。もし、そうなるのが目的なら、証拠であるはずのものが現場から持ち去れれている。一部始終を撮影していたであろうカメラのテープだ。自分を犯人にする決め手となる証拠をその場に残さず、持ち去った理由がわからない。少年よ……現場から持ち去られたテープは何処にあるか知ってるか?」
「それは知らない。あいつが持ってったんだろ?」
「何故だ?何か不都合な事があるのか?」
「そりゃあ……俺があいつなら、犯行現場を撮影された記録があるなら消すさ……」
サリアが頭の中で事象同士を結びつけつつ、推測を立てていく。
「ふむ。あいつにとって不都合な記録がそこにあった。あいつにとっての不都合とは……なんだ?まさか……いや、ありえる……のか?もしそうだとしたら……。フフッ、本当に……あの問題児ども。しかし、彼等を放置すれば確実に奴は射殺される」
「射殺?」
「あぁ。女の子を人質にとる銃保持者だ。扱いにも慣れてるようだしな。石竹の潜伏先が分かればSITである第一係が動くだろう……その前に手を打てればいいが」
「やべぇ……あのおっさんに緑青の潜伏先場所の目星を話しちまった」
「どこだ?それは?」
「あいつが第四ゲームで閉じ込められた場所だ……あいつは最後の生贄ゲームをしようとしている……自らが裁かれる為に」
「そうか、分かった……。私からは以上だ。ありがとう……感謝する。妹婿の事をお前は大切に思ってるんだな……」
ふわりと抱きしめられる若草。
「おい!俺はあんたみたいなおばさんに……」
そっと若草に耳打ちをするサリア。
「奴が佐藤深緋を誘拐してから三日の猶予を警察に与えたのは……こちらの準備期間に加え、報道機関への配慮だろ?そしてあいつらも準備の為に相応の時間が必要だった……」
「あんた、まさか……」
「そのままでいい、ここからまた別の人間にお前の聴取は引き継ぐが、お前達が企んでる事を気取られるな。警察からの尋問……あと1日でいい、耐えられるか?」
「誰に聞いてるんだよ」
「愚問だったな……恩にきるよ、耐えろよ、あいつの命がかかってる」
「言われなくても……」
「本当に……困った問題児どもだ……」
そっと若草の頬にキスをして顔を離すサリア。それに戸惑い治療の為に室内に居た婦警が目を丸くする。
「ダメだなぁ……色仕掛けも通用しないとは……お手上げだよ、あとは別の人間に宜しく頼む」
ウィンクしてその場を立ち去るサリア。
「くっ、ババァなのに……なんだこの感情は!」
少年の言葉を背に受け、微笑みながら部屋を出るサリア。部下たちに端末で指示を出し、北方の森へと終結させる手筈をとり始める。そこにプライベート用に保持している青い携帯へ着信がある。
「小川……か?なんだ?私だ?もう怪我は大丈夫なのか?」
「はい……それが、先程、ゼノヴィア=ランカスターから電話がありまして……八ツ森高校の心理部員達の行方が分からなくなってるそうなんですよ。ゼノヴィアが事件後のケアを行おうと連絡をとろうとしたんですが全く繋がらないようで……親御さんも心当たりが全く無いようで……」
サリアが事態の進展を重くみ、声をあげる。
「あいつ!まさか……くそっ!!やられたよ……石竹緑青……あいつは部員を集めて最後の生贄ゲーム事件を始める気だ……複数の人質を取るなど……本当に射殺されかねない状況になりつつある。お前は第一係の動向の監視を続けてくれ。必ず奴らは動くはずだ」
「Yes.Sir」
「私は段ボール男と人喰魔女を呼び寄せる」
「十一使徒の中でも最強に近い彼等を呼び寄せるんですか?!確か、別件で外道退治に出ていたような……」
「構わない。何としても第一係より先に事態の収拾を図る。それが……それが唯一の世間的に犯罪者と見なされている少年を救う方法だ」
征中の二強と呼ばれる二人に電話をかける。この二人の実力は隊長であるサリアを遥かに凌ぐ戦力とされている。
「私だ。今、大丈夫か?レオボルト?」
「サリアさん、どうしたんですか?此方は久し振りに兄と弟達と再会して、新宿公園で宴会中なので大丈夫ですよ?」
「近いな……って、任務はどうした?」
「今は対象が小康状態に入ったので別の天使に監視を任せてます。大丈夫ですよ、知らせがあればすぐに飛びます……」
「まぁ……お前の事だから心配はしていないが……今日中に本部へ顔を出せるか?」
電話越しに楽しそうな声が聞こえ、脱力気味になるサリア。電話の向こうからサリアの名前が出た事に反応した周りの人間が集まってきたらしく、スピーカーモードに切り替えたようだった。
「サリアさん?久瀬浩樹……だけど、このおっさん達をどうにかしてくれ……変な奴ばかりでこっちがおかしくなりそうだよ……宴会って、何すればいいの?」
「少年よ、お酒は二十歳になってからだぞ?……とりあえずジュースでも貰っておけ」
今度は遠慮がちに少女の様な声が聞こえてくる。
「サリアさん……佐島奏です。お仕事大丈夫?」
サリアが少し微笑みながら溜息ながら応える。
「あぁ、何とかな。だが、もうひと嵐来そうだから、段ボールおじさんの力を少し借りようと思ってな……」
少し間を空けてから少女の返答がある。
「うん。段ボールおじさん、強いからかしてあげる……だからサリアさんも死なないでね?」
「あぁ……分かっている。大丈夫さ、私は頑丈だからな……さて、レオボルト!聞こえてるのだろ?とにかくすぐに本部に顔を出せ!以上だ!」
「わかりました。一時間後には飛んでいきます」
「「あっ!芽依さんと紗凪さんにも宜しくって伝えて!」」
陽守の友人である中学一年の久瀬と佐島の声に短く「あぁ」と答え、一旦電話を切るサリア。二強であるレオボルトもそうなのだが、類は友を呼ぶというか……その周りの人間もこぞって規格外の人間ばかりなのだ。そして次に電話をかける二強の一人、人喰魔女と呼ばれる人間もまた規格外なので気が重くなるサリアであった。こっちはまだ人間ではあると言えるのだが、どうも内面が規格外過ぎて隊長であるサリアの苦手意識が拭えない。彼女は正真正銘の小児性愛者で死刑判決を受けた犯罪者でもあるからだ……。




