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幼馴染と隠しナイフ:原罪  作者: 氷ロ雪
劇場特別版
232/319

石竹緑青逃亡す。

 撮影に使われた視聴覚室を出ると背後から声をかけられる。

「杉村さん!石竹さんは?!」

 この撮影場所を知る留咲アウラさんだ。制服の上に星の教会の青いローブを身に纏っている。私はろっくんを追う為に後の事を留咲さんに任せる事にする。確か構内にはまだ警察も何人か残っていたし大丈夫だろう。

「留咲さん……二川は映像通りに頭を撃ち抜かれていた。けど、若草君は生かされて居たの。私を気絶させようとしたから眠って貰ってるけども。事情は彼から聞いた方が早いかも知れない……でも、撮影していたテープは持ち去られていた。何か知られては不味い場面が録画されてるのかも知れない。もしかしたらろっくんが持ち去ったのかも知れないわ」

 少し戸惑いながら留咲さんが私に返事する。

「少し、杉村さん、雰囲気変わりました……ね?えっと、その、若草さんは生きてたんですね……良かった……彼には色々とお手伝い頂いてて……でも彼がみこっちゃんの言う共犯者なのでしょうか?」

「日嗣さんからは何て言われてたの?」

 私との会話を続けながら恐る恐る扉を開いた留咲さんはその中の光景に唖然とし、再び扉を閉める。

「これは!私達で対応出来る状況じゃないです!幸いな事に何人かの刑事課の人がまだ学校に残っていました。そちらへは生徒会と居合わせた教員達が伝達に向かっていますが……このままでは石竹さんは誘拐犯扱いされてしまいます!もし、文化祭の出し物として上映された映画だったとしても実際に二川さんはこの部屋で死んでいました!それだけでもう……殺人事件なんですよ!」

 語気が強くなっていく留咲さんを余所に私は焦りそうになる心を抑えつけ、冷静に質問をくり返す。

「どこまでが日嗣さんのシナリオ?」

 その言葉に少し冷静になった留咲さんが考えを巡らせる。

「私が言われていたのは……二川さんの出席を確認し、ここへと案内する事。体育館での小室さんを星の教会員全員でサポートする事だけです。若草君の話は聞いてませんでしたし、今日、協力を持ちかけられたのは若草さんの方からです。あっ、でも、それは今日初めて小室さん経由で受け取った手紙で知りました。同様のものを若草さんや佐藤さんも受け取っていましたし、そこに私の知らない事が書かれていたのかも知れません」

 日嗣さんがもし、二川を殺すのが目的ならあの日夜、彼の事は刺し殺してたはず。それをしなかったのは二川に何か役目があったから。その役目とは何なのだろうか。多くの生徒が見る中でろっくんに射殺される事?いや、違う。考えられるとしたら彼を餌に誘き寄せる為だろう。それに釣られて若草君が現れた?でも、若草君にも日嗣さんの手紙は渡っているらしいし、彼が犯人だとしたらのこのこ危険な場所に現れるだろうか。騒ぎが収まるまで静観を決め込む。もしかしたらその手紙にそうせざるを得ない何かが書かれていたのだろうか。ダメだ、情報が少な過ぎて判断が出来ない。それよりも今はろっくんを追う事が先決だ。あの映像を見る限り、佐藤さんを人質として一緒に歩かないといけない。それに怪我もしているようだった。満身創痍なはずの彼がどうして其処までするのだろうか。彼の三日後の潜伏先は分かるけど、それまでの間を何処で過ごすのだろうか。その間に警察に捕まってしまえば全てが無駄になる。

「無駄?ここで言う無駄って一体何かしら?」

 視界の端、構内の廊下に点々と続く赤い染みを発見する。それはきっとろっくんの血だ。逃げる時に止血しきれずにそれが落ちた。これなら追えるかも知れない。私は留咲アウラさんにこの場を任せるとその血の痕跡を頼りに再び駆け出した。


 *


 ふらつく足取りの佐藤深緋の肩を抱えながら僕等はその歩みを止めない。何度も崩れそうになるもう一人の幼馴染の心と体を支えながら僕等はこの街と、そして世界に復讐する為に進む。その先に地獄が待ち構えていたとしても。眩む意識の中、僕の額から血が流れ落ちていく。それはまるで僕の犯す罪の現れであるように。ごめんな……杉村。お前との約束、果たせないかも知れない……それでもきっとお前は……僕を追いかけてくるんだろうな……。


 *


 西門を出てしばらく駆けたところでその背中を遠くに目撃する。路地の陰りから車道へと続く境目、そこに彼が居た!

「待って!ろっくん!」

 私の言葉に僅かに立ち止まるけど、それでも彼はその歩みを止めなかった。よろけながら、それでも一歩一歩踏み出している。放心状態の佐藤さんの手を引きながら。

「ろっくん!何をする気なの!佐藤さんを離して!」

 私の声に構うことなく、その通りを抜けようとするろっくん。距離にして約三百。これ以上、行かせる訳にはいかない。ろっくんは三日後に最後の生贄ゲームを始めようとしている。北白直哉と二川が死に、若草君が捕まった今、そんな事をする必要は無いはずなのに。ろっくんが二川を射殺したとしてもそれは状況的正当防衛にはならないだろうか?いや、そもそも二川がこれまでの犯行と警察で結びつけられない限り、ろっくんは殺害犯となってしまう。彼は画面越しに記憶が戻ったとも言っていた。最後の生贄ゲームを行なう。わざわざそんな宣言をしたら警察に居場所を特定され、突入されるのも時間の問題。最悪、射殺されるケースもありえる。だから私は彼を此処で止めなければならない。脚に力を込めた瞬間、不意に流れ込んできた圧倒的な殺気にワンステップバックする。それと同時に車道から一台のタクシーが向こうからやって来てろっくんと佐藤さんの前に横付けする。そっちには今、構ってられない。私の前に現れたのは……私の知る限り最強の傭兵である、風神や侍、傭兵王だとも呼ばれている杉村誠一。私の父親だった。

「パパ……そこ退いて?」

 間髪入れずにいつの間にかコートの下から引き抜かれた短銃が私に静かに向けられる。素早く背中からトンファーを引き抜こうとして、私の足下の地面に数発、銃弾が撃ち込まれ、穴を穿つ。私に武装させる隙を与えない。

「パパ?」

 無言を貫く父。その背中の向こうには此方を心配そうに見守るろっくんの視線があった。横着けされたタクシーの運転席から何時ぞやのおじさん、遠くで川岸さんが顔を出して声を荒げる。

「早く!今の内に!」

「川岸さん達は巻き込みたくないんだ……これは僕の……」

「いいから乗りなさい!安心して!私と誠一さんは君の味方だから!警察なんて糞食らえだよ!」

 此方に振り返るろっくん。もっと……近くで彼と話したい。

「……誠一おじさん!なんで僕を助けようとしてくれるんですか?!」

 その銃口を此方に向けたままパパが静かに言葉を発する。

「暴力団に命を狙われた君の事、用心の為に陰から見守っていたんだが……今回はあの暗殺者達のお陰で事無きを得た。そして今度、君は警察に追われる状況へと変わりつつある。どちらにせよ、私のやる事は変わらないよ。君を守るだけだ。それが……それが君のお父さんの意思だからだ。君がもし、何かを決断し、行動を起こすならそれを全力で助けてあげてほしいと」

「だからって……おじさんが今、姿を現せばおじさんの立場が危うくなるよ!」

 私への警戒を解かないまま、言葉を続ける父。

「私の事は気にしなくていい。私のもう一人の娘、サリアに融通は効かせて貰っている身だ」

「なら、余計に僕の肩を持つような真似をしたらダメじゃないですか!これは僕達の問題です!だからおじさんは……」

「改めて話そうと思っていたが……君のお父さん、白緑さんが刑務所内で首を吊って死んでいるのが見つかった」

「えっ……」

「すまない、君に事件の事を話した段階で警戒はしていたのだが、間に合わなかった。私の所為でもある……」

「父が……死んだ?そんな、まだ、何も、何も殆ど話せてないのに!なんでだよっ!いっつもそうだ!勝手に抱えて勝手に自己解決して、僕等にはなんの相談も無い!勝手に殺して勝手に死んで!あの時もあの時も、そして最後まで!」

 私の目からも涙が零れ落ちる。もうこの世にろっくんの肉親は居ない。もう、あの家族ぐるみの幸せだった時間は戻ってくる事はないのだ。それが……それが刑期満了直前を迎えたろっくんのお父さんの答え……。

「私は君の事も本当の息子の様に思ってる」

「有難う……ございます……」

「だから行きたまえ。私は白緑さんに雇われた君の傭兵だ」

 ろっくんが眼に涙を溜めながら深く頭を下げる。その傍にいた佐藤さんがそっと緑青の事を抱き締め、その震える背中を撫でている。私は……こんなとこで何をしているのだろうか。本来なら私は彼の横に居るべきなのに。

「パパ!ろっくん!あなた達のしようとしている事は……八ツ森の人全員を敵に回す行為なんだよ!佐藤さんを人質にとったら警察も動く!下手したら特殊警察に射殺されちゃうかも知れないんだよ!そんなの絶対嫌!お願い!行かないで!まだ間に合う!引き返し……」

「引き返すつもりはないっ!」

 遠くからろっくんの私を拒絶する声が路地に響く。

「なんで……そんな……」

 ろっくんが佐藤さんと一緒にタクシーに乗り込もうとする。私の声はもう彼に届かないのかも知れない。がくりと肩を落とす私、それに相反する様に生まれる感情、それは後悔。このまま彼を行かせてしまうの?また私は……彼を守れないの?そんなのは……。

「そんなのは嫌っ!!」

 私は装着しているトンファーを体から素早く切り離すと同時に、スカートの下に忍ばせたナイフを牽制にパパの眼前に投げつける。パパならまず避ける。緑青が私の動きに気付き、傭兵王である父に抗う私を止める声。私は音も無く牽制で投げたナイフに気を取られたパパの死角から忍び寄る。その手に握られた短銃を蹴り飛ばし、コートの襟首を掴んで床に引き倒そうとする。それにすぐさま反応したパパが私の手を払いながら逆に私の手を掴んで投げようとする。

「お願い、ホーネット……」

 相手は格上の、一流の暗殺者でさえ逃げ出す特級の傭兵。その一瞬の攻防、お互いが相手を捉えようと手を伸ばすが、そのどれもが小手先で捌かれ、相殺されていく。その攻防が一瞬の間に行われ、お互いの放つ圧がぶつかり合う。態勢を立て直す為に距離をとる。それでも通路の進行を阻害してくる辺り、緑青への護衛は抜かりない。流石、お父様ね。

「この殺気は……」

「こんにちわ、お父様」

「娘を……娘を返してくれ」

「あらあら、不躾な貴方の娘なら此処に居ますわよ?」

 私自身が認識出来ない速度でパパに斬り込んでいくもう一人の私。それは殆ど頭で考える前に繰り出された斬撃。手にはいつの間にか両手にナイフが握られている。対するパパも小型のサバイバルナイフでそれらの斬撃を受け止めている。

「この動き……先程までとパターンが違うな。斬り込み速度も桁違いに上がっている……」

 私の繰り出す斬撃の数々の癖を相手に悟られる前に、もう一人の私に主導権を託す。私へと突き出された拳を紙一重で避けると相手へと足払いを行い、それを避けるようにお父様が空を舞う。その一瞬の隙を見逃さず、右手のナイフを地面に離すと、地面に転がっていたトンファーを手に振り上げ、追撃を行なう。リーチの伸びた棍が父の側面、脇腹に打ち込まれ、苦悶の表情を生む。

「またパターンを変えた?だと」

 その違和感に間合いを取ろうする父に向け、左手にしたナイフを投げ付ける。それが相手の腿へと突き刺さる。

「くっ!?」

 父親だろうと構わない。私は、私自身を傷つけようとする相手を許さない。それが私の働き蜂としての役目。だから誰であろうと叩き潰す。その僅かなよろめきを逃さず、私は杉村誠一の腿に刺さったナイフ目掛けてトンファーを切り返し、其処にそれを打ち込む。当たりは浅いがそれでも深く刺さったナイフが足止めぐらいにはなる。苦悶の表情を浮かべ、その場によろけた隙を突き、私はアオミドロが乗り込もうとしているタクシーに全力で駆けて行く。殺人鬼と化した暗殺者を九人殺した経験を経て多少なりとも強くはなっているようだ。辺りの景色が加速する様に流れていく。ぶつかりそうになった通行人をなぎ払いながらその三百メートルを一気に駆け抜けた。その光景に戸惑い、ロリポップを座席に詰め込んだアオミドロが迫る私を待つ様に振り返り、タクシーのドアを閉め、運転手に発進を促す。

「川岸さん!さっき言った場所に深緋をお願いします。僕は後から追いつきます」

 運転手がアクセルを踏み、タクシーがその場を急発進する。

「アオミドロ……どういうつもりだ?」

「……働き蜂さん……すいません、例え貴女でも邪魔するというなら……あ、あれ?」

 両手を伸ばしアオミドロの身体をしっかりと抱き締める。

「働き蜂さん……ですよね?離して下さい、僕は行かないといけないんです」

「……」

「ハニー……?」

「アオミドロよ、私も連れて行け」

「働き蜂……?」

「私も……他の二人と一緒で、もう貴様と離れ離れは懲り懲りだよ……」

「いや、ダメだ。君は巻き込め……ない?!」

 その腕に力を込めてアオミドロの身体を締め付けていく。

「このまま背骨を圧し折るぞ?」

「あっ、これ、マジなやつだ」

「あの二人は少し回りくどい。私は、じゃなくて、彼女達も本当はお前と離れたくないただ、それだけだ」

「でも、君にも迷惑が……」

「……今更……私達、幼馴染でしょ?」

 射殺されるかも知れないのに此の期に及んでまだ私の心配をするアオミドロに私はついつい微笑んでしまう。

「そうだね……」

「あぁ、死ぬ時も一緒だ」

「ありがとう……」

 私より背の高いアオミドロがそっと私の唇に口付けする。ふぁっ!?体中の血液が沸騰し、忙しなく心臓が鼓動の刻む。

「女王蜂を置いて私が先に……き、キスを?!貴様ぁ!!」

 ドゴッ!っという音と共に私が鳩尾へ打ち込んだ拳が減り込む。

「ごめ……ぐはっ?!」

 その身体が項垂れ、私に寄り掛かる。怪我をし、血を流している奴はそろそろ限界に達していた。休息が必要だった……という事にしておくか。遠くにパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

「長居は不要か……」

 背後に立つ気配に気付いて振り返るとそこに杉村誠一が立っていた。

「もう一人の娘だね?」

「あぁ。聞いての通り、私はお前達の味方だ」

「それで……いいんだね?」

「私が居た方が何かと動き易い。違うか?」

 呆れた様に溜息をつく杉村誠一。

「確かにそうだな。私は公には爆死したことになっている。死人は表立って出歩けないからね。助かるよ」

 私は寄り掛かるアオミドロを両腕で抱き抱えると一時的に潜伏する為に杉村誠一と街の中を駆けて行く。

「緑青君、私が抱えようか?」

「いや、この眠り姫は私のものだ。誰にも渡さない」

 杉村誠一が言葉を返すことなく軽快に笑い声をあげる。そんなに変な事を言っただろうか。


 *


 その日、石竹緑青が佐藤深緋を誘拐し、杉村蜂蜜が街から姿を消した。

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